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エネルギー産業革命は可能か?

独断時評ドイツ人は、世界で最も環境意識が強い国民である。2007年は、彼らが環境問題に関するギアをトップに入れて、猛然と走り出す年になった。そのきっかけは、地球温暖化に関する議論である。二酸化炭素(CO2)削減は、ドイツ人にとって、かつての原発反対運動と似た重要なテーマになりつつある。

私はこれまでドイツの電力業界や自動車業界についても調べたり、書いたりしてきたのだが、この2つの分野だけでなく、航空業界や旅行業界など、CO2の放出と関連のある分野は、政府とマスコミが始めた一大キャンペーンの影響を受けるかもしれない。

最大の原因は、国連から委託を受けた気象学者の国際委員会が、今年1月に「CO2の排出に歯止めをかけなければ、今世紀末の世界の平均気温は、20世紀末に比べて6.4度も上昇し、アルプス山脈や南極大陸の氷が溶けて、海面が最悪の場合59センチも上昇する」と予測したことである。しかもこの報告が発表されたのが、1901年にドイツで気象観測が始まって以来、最も暖かい冬の真っ只中だったために、市民の関心は非常に高まった。真冬に雪がほとんど降らないドイツというのは、確かにきわめて珍しい。

大衆紙の一面に、「私たちの地球が死んでしまう」というセンセーショナルな記事が踊るのは、環境が政治的争点になるドイツならではである。フランクフルター・アルゲマイネ紙が、文芸欄の全9ページを使って、気象学者に地球温暖化についての記事を書かせたのにはびっくりした。日本では到底考えられない現象だ。

こうした世論の後押しを受けて、ドイツが現在議長国である欧州連合(EU)は、2020年までに、風力や太陽光発電などの再生可能エネルギーが消費電力量に占める比率を、現在の6.5%から20%に引き上げるという野心的な方針を打ち出した。

一連のCO2削減キャンペーンは、経済界に大きな影響をもたらしかねない。たとえばEUは自動車メーカーに対して、車が1キロ走る際に排出するCO2の量を、現在の平均160グラムから130グラムに減らすよう法律で規制する方針だ。また連邦運輸相は、車両税の基準をエンジンの大きさから、CO2などの排出量に変更することを提案している。CO2の排出量を示すワッペンを車体に貼るべきだという意見もある。どのドライバーが地球温暖化の防止に貢献し、誰がCO2を多く排出する車に乗っているかが、一目で分かるようにするためだ。

環境相は、「飛行機でバカンスに出かける市民は気候保護のために自主的に募金をするべきだ」と主張。航空会社が支払う空港使用料に、航空機が排出するCO2の量に応じて差をつけるという計画もある。つまり、CO2を多く出す老朽機を使っているエアラインの切符ほど高くなるのである。いずれにしても、フランクフルトからローマまで片道20ユーロで飛べるような超格安航空会社には、今後圧力が高まるだろう。逆に再生可能エネルギーや、暖房効率化に関する技術を扱っている企業にとっては追い風だ。世界一のハイブリッド技術を持つ日本の自動車メーカーも、今後は欧州でマーケットシェアを伸ばすだろう。

地球温暖化のペースを遅くするには、産業革命並みの発想の転換が必要だと主張する学者もいる。ドイツ人は一度その気になると、徹底的にやらないと気がすまない。環境保護は重要だが、感情的な反CO2キャンペーンは避けて、冷静な議論を期待する。

16 März 2007 Nr. 654

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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