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冷戦の再来?独ロ関係に暗雲

黒海に面したソチは、年間平均気温が14度という比較的温暖な気候で知られ、ロシアで最も人気のある保養地である。だが8月15日にここで行われたメルケル首相とロシアのメドベージェフ大統領の首脳会談は、氷に閉ざされたような雰囲気の中で行われた。メルケル首相は終始硬い表情を崩さず、ソチでの滞在時間も大幅に減らされた。

その理由は、南オセチアをめぐる領土紛争で、ロシア軍がグルジアに侵攻した際に一部の都市に激しい空爆を加えただけでなく、首脳会談が開かれた時点ではグルジアの領土の一部を占領していたからである。メルケル首相は、「ロシアの対応は明らかに度を過ぎていた。グルジアの領土変更は許されない」と述べ、同国を厳しく批判した。

これに対しロシアは、「グルジア政府が南オセチアに軍を送ったので、そこに住むロシア系住民を守るために派兵した」という従来の主張を繰り返した。

ロシアに対するドイツの態度は、日一日と厳しくなっている。ドイツ政府のスポークスマンは8月18日に「グルジア侵攻によって、ロシアと欧州連合(EU)の関係は転機を迎えた」と述べ、EU加盟国が近く対ロシア関係の見直しについて協議することを明らかにした。

ドイツは、コール氏、シュレーダー氏が首相だった時に、ロシアとの関係改善に尽力した。特にシュレーダー氏はプーチン首相と密接な関係を築き上げ、自宅にまで招いて「正真正銘の民主主義者だ」と持ち上げた。彼は首相だった時に、ロシアから天然ガスをドイツに直接供給するバルト海パイプラインの建設プロジェクトをまとめあげたが、議員辞職後、このプロジェクトを運営する会社の監査役会長に就任している。メルケル首相は社会主義時代の東ドイツで、ソ連による圧制を見ているだけに、ロシアに対してはシュレーダー氏よりも批判的だった。グルジア侵攻は両国の関係を著しく冷却させるだろう。北大西洋条約機構(NATO)は、ロシアとの共同協議を中止したほか、米国では「経済主要国サミット(G8)からロシアを外すべきだ」という主張も出ている。

グルジア戦争をめぐり、ドイツは一部の国から批判の矢面に立たされている。今年4月にNATOがブカレストで首脳会議を開いた時に、メルケル首相はグルジアが周辺国との領土紛争を解決しないまま、NATOに加盟することに反対した。このためNATOはグルジアを将来加盟させる方針を示したものの、具体的な時期は明言しなかった。一部の国々はロシアの姿勢について、「グルジアのNATO加盟が決まる前に、南オセチア問題を強引に決着しようとして侵攻した」という意見が出ている。つまりドイツがグルジアのNATO加盟に反対したことが、間接的に今回の侵攻につながったという主張だ。ドイツ政府はこの主張を全面的に退けているが、ブカレストの会議がロシアの対外政策に大きな影響を与えた可能性はある。ゴルバチョフ時代に溶けた東西間のわだかまりは、約20年経った今復活し、「第2の冷戦」が始まるのだろうか。ドイツだけでなく、欧州全体にとって大きなマイナスである。

29 August 2008 Nr. 729

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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