ドイツ自動車業界 トランプ関税で大打撃

第2次トランプ米政権の関税政策は、第二次世界大戦後、最も深刻な自由貿易に対する「攻撃」だ。トランプ大統領が4月3日に発動した輸入乗用車への25%の関税措置(発動前は2.5%)は、ものづくり大国ドイツの自動車産業に、深刻な打撃を与えそうだ。米国で人気があるSUVやピックアップトラックに対する関税率はこれまでも25%だったが、欧州連合(EU)が輸入自動車にかけている関税率は10%だ。

エムデンにあるVW工場の港で出荷を待つ新車エムデンにあるVW工場の港で出荷を待つ新車

第2次トランプ米政権の関税政策は、第二次世界大戦後、最も深刻な自由貿易に対する「攻撃」だ。トランプ大統領が4月3日に発動した輸入乗用車への25%の関税措置(発動前は2.5%)は、ものづくり大国ドイツの自動車産業に、深刻な打撃を与えそうだ。米国で人気があるSUVやピックアップトラックに対する関税率はこれまでも25%だったが、欧州連合(EU)が輸入自動車にかけている関税率は10%だ。

トランプ氏の政策の特徴は、敵とみなす国ばかりではなく友好国にも痛みを与えることだ。彼は、「われわれは関税によって、これまでほかの国がわれわれから奪った物を取り返すだけだ。われわれは友好国からも(雇用など)多くの物を奪われていた。関税によって、外国の車の値段が高くなり、米国の自動車産業は繫栄するだろう。外国企業は自動車を米国で生産すれば、関税はかからない」と語っている。

2018年は貿易戦争を回避

ドイツ自動車工業会(VDA)のミュラー会長は、「追加関税は、米国の消費者にとっても物価上昇をもたらし、不利益をもたらす。この措置は全ての国の繁栄と成長を阻害するだろう」と警告した。

欧州委員会は報復措置もちらつかせながら、硬軟取り混ぜた対応を取る。EUは2018年に一度米国との貿易戦争を回避した経験がある。当時トランプ政権は、EUから輸入される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の追加関税をかけた。これに対してEUは、米国のバーボン・ウイスキーなどに報復関税を導入。だが同年7月25日、ユンカー欧州委員長(当時)はトランプ氏との会談で「米国からの液化天然ガス(LNG)と大豆の輸入量を増やす」という条件で合意し、追加関税の撤廃に成功した。したがって欧州委員会は、今回もLNG輸入量の増加など、米国にとって有利なオファーを行い、貿易戦争を回避しようとするだろう。

米国はドイツの自動車業界にとって、最も重要な輸出先だ。VDAによると独企業は2025年に約45万台の自動車を米国へ輸出した。これはドイツの輸出自動車数の13.2%に当たる。2024年のドイツから米国への自動車の輸出額は368億ユーロ(5兆8880億円・1ユーロ=160円換算)だった。ドイツの自動車メーカーは、部分的に米国での現地生産を行っている。それでも独大手3社では、米国で2024年に売った車の50~60%が米国外で生産されて同国へ輸出されている。これらの車は、トランプ関税により悪影響を受ける。またトランプ関税は、ドイツから米国に輸入される自動車部品にも適用される。VDAの調査によると、ドイツで自動車部品製造に携わる中小企業の86%が「関税発動によって影響を受ける」と答えた。

110億ユーロの損害?

米国の市場調査企業バーンスタイン・リサーチは3月28日、「トランプ氏の追加関税により、ドイツの大手自動車メーカー3社が関税によって受ける悪影響は110億ユーロ(1兆7600億円)に達する可能性がある」と予測した。同社は「関税措置が長引いた場合、BMWの利益率は2ポイント、メルセデス・ベンツでは2.2ポイント下がるかもしれない」とみている。さらにスイスの大手銀行のアナリストは、フォルクスワーゲン(VW)グループの営業利益が約15%減る可能性を指摘。特にポルシェは米国に生産拠点を持っておらず、関税の影響を強く受ける。米国の投資銀行ジェフェリーズのアナリストは、「ドイツの大手自動車メーカーが追加関税によって受ける経済的損害は、1社当たり30億~35億ドル(4500億~5250億円・1ドル=150円換算)に上る」と試算している。

ドイツの自動車業界にとって、トランプ関税発動のタイミングは非常に悪い。この国の自動車メーカーでは、電気自動車(BEV)の販売台数の鈍化、過剰生産能力の増加、産業用電力価格の高騰、中国市場でのマーケットシェアの下落などによって、2024年の営業利益が前年に比べて約30%減っているからだ。ドイツの自動車産業では、2024年に1万9000人分の雇用が減った。VWグループは国内乗用車部門の営業利益率を引き上げるために、2030年までにドイツの従業員数を3万5000人減らす方針だ。

国内雇用にも悪影響の可能性

EUとトランプ政権が交渉を行っても合意に達することができなかった場合には、現在一時停止されている20%の相互関税も全てのEU製品に課される。この場合、欧米は本格的な貿易紛争に突入する危険がある。

キールの世界経済研究所とベルリンのドイツ経済研究所(DIW)は、「最悪の場合、EUから米国への自動車の輸出台数は、現在の半分に落ち込む。EU域内での自動車の生産額は、429億ユーロ(6兆8640億円)減る」という悲観的な予測を発表した。両研究所は、「貿易紛争がエスカレートした場合、欧州から米国に輸出されている医薬品や機械など、自動車以外の製品も悪影響を受けるかもしれない。EUではさまざまな業種の生産額が1740億ユーロ(27兆8400億円)減り、EUの2025年の国内総生産(GDP)は0.25%、ドイツのGDPは0.32%減るだろう」と予測している。

貿易戦争に勝者はいない。どちらの国も傷を負う。物価が上昇するので、最も大きなしわ寄せを受けるのは消費者だ。高い関税率の適用が長引いた場合、国内生産を縮小し、米国に新しい工場を設置する企業が増えるので、ドイツの雇用にも悪影響が出る。EUは貿易戦争の回避に全力を尽くしてほしい。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作