6月中旬から、中東情勢が急展開した。6月13日に突然イスラエルが、イラン攻撃を開始したのだ。攻撃は核施設だけではなく集合住宅にもおよび、市民を含む約600人が死亡し、約4700人が重軽傷を負った。
6月21日、ベルリンで行われたイラン反体制派によるデモで核兵器反対を訴える人々
イランの核開発阻止が目的
イスラエルが攻撃を始めた最大の理由は、イランが数十年前から続けていた核開発に歯止めをかけるためだった。国際原子力機関(IAEA)は、イランが濃縮ウランの濃度を60%まで高めることに成功した可能性を指摘していた。80%まで濃縮度を高めれば、核兵器に使える。イラン側は、「核施設の目的はあくまでも発電など平和利用だ」と主張していた。イランは、報復として弾道ミサイルなど約500発をテルアビブやハイファなどに撃ち込んだ。高層住宅や病院が被弾して、29人が死亡し約3200人が重軽傷を負った。
イスラエルは、イランを中東で最大の脅威と見なしていた。イスラエルは核兵器を持っているが、敵国が核兵器を持とうとすると先制攻撃でその芽を摘む「ベギン・ドクトリン」という戦略がある。イスラエルは1981年にもイラクが建設していた原子炉を、2007年にシリアが建設中だった原子炉を爆撃して破壊した。イランの核開発は、イラクとシリアの計画よりもはるかに進んでいた。
ドイツ政府はイランの現在の政権に強い不信感を持っている。革命防衛隊がレバノンやイエメンなどのシーア派テロ組織を支援してきたからだ。このためドイツ政府は「イスラエルとイランは戦火が中東全体に広がらないように自制するべきだ」としながらも、イスラエルに好意的だった。
例えばメルツ首相は6月17日にZDFとのインタビューで、「イスラエルはわれわれに代わって(イランを攻撃するという)汚れ仕事をやってくれている。私はこのことに敬意を表する。イランはヒズボラやハマスを支援し、世界中に犠牲者を出した。イスラエルが攻撃しなかったら、われわれは何年もイラン政府によるテロを経験しなくてはならなかったはずだ」と述べ、ネタニヤフ政権のイラン攻撃に理解を示した。
ドイツのヴァーデプール外相も6月22日に、「イランは軽蔑に値する政権に支配されている。この国が危険な核兵器を持つことは絶対に防がなくてはならない。それは、ドイツの利益でもある」と述べた。
これらの発言には、ナチスのユダヤ人虐殺への反省から、ドイツの歴代の政権がイスラエルに対し見せてきた同情的な姿勢が浮かび上がっている。
欧州の影響力の弱さを露呈
今回の戦争は、欧州の、国際紛争の解決能力の低さも示した。焦点は、イランの核施設の中で最も重要なフォルドウだった。この施設は地下深くにあるため、米国のバンカーバスターと呼ばれる特殊爆弾を使わなければ破壊できない。このためイスラエルは米国に攻撃を要請していた。トランプ大統領は、親イスラエル派である。彼は6月22日に米国本土からB2型ステルス爆撃機を発進させ、フォルドウなど3カ所の核施設にバンカーバスターで攻撃を実施した。
トランプはその上でイスラエルとイランを停戦に合意させた。イランはカタールの米軍基地を攻撃したが、それは国民に「米国に一矢報いた」ことを示すための形だけの攻撃であり、米国には事前に予告していた。
トランプは、選挙期間中に「外国での戦争には介入しない」と約束していた。このため、トランプは戦争の長期化だけは絶対に避けたかった。彼は強大な軍事力の行使でイランを畏怖させて、早期停戦をまとめ上げた。イランの核施設がどの程度破壊されたのかは分かっていない。核開発もあきらめず、濃縮ウラン400キログラムを安全な場所に移していた。しかし今回の攻撃で核開発が何年も遅れることは確かだ。
英独仏の外務大臣たちは6月20日にジュネーブでイランの外務大臣と会議を持ったものの、停戦に向けた前進はなかった。トランプは「イランは欧州と交渉してもだめだ。米国と交渉しろ」と言っていたが、その通りになった。国際紛争の交渉では、強大な軍事力を持つ国の方が、軍事力が弱い国よりも結果を生みやすい。今回の戦争は欧州の非力を浮き彫りにした。
露骨な国際法違反
ただし、今回イスラエルと米国が国際法を破ってイランを攻撃したことについては、批判の声も強い。フランクフルト大学で国際関係論を教えるダイテルホフ教授は、ARDとのインタビューで「米国はイランからの攻撃が迫っていたわけではないのに、イランを攻撃した。これは国際法が禁じている攻撃的戦争であり違法だ」と批判した。国連憲章は、外国からの軍事攻撃が迫っている時を除いて、外国に対する攻撃を禁じている。教授は、「米国のような国が堂々と国際法を無視する状態は、極めて危険だ。今、国際法は深刻な危機にさらされている。将来は国際法を守る国がなくなるかもしれない」と悲観的な見解を述べた。
左派政党リンケのヴァン・アケン党首も、「米国のイラン攻撃は国際法違反であり、イランの核保有を防ぐことができるのは外交交渉だけだ。米国の国際法無視は、ウクライナに対して違法な戦争を行っているプーチン大統領を勇気づけるだけだ」と述べた。
超大国が、堂々と国際法を無視する。国連は紛争解決にほとんど寄与できない。これでは将来も違法な攻撃的戦争を行う国が後を絶たないだろう。われわれは、国際秩序が崩壊した、弱肉強食の世界に生きている。