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オペルを救うべきか?

11月中旬からドイツは厳しい寒さに包まれたが、この国の経済も凍りついたように活気を失いつつある。米国発のグローバル金融危機の影響でドイツが景気後退期に突入し、市民が消費を減らし始めたためだ。特に大きな影響を受けているのが自動車業界で、今年10月の主要自動車メーカーの新車の販売台数は、前の年の10月に比べて8%から17%も下落している。このため各メーカーは生産ラインの一部を止めたり、工場労働者のクリスマス休暇を延ばしたりして、生産にブレーキをかけるのに必死だ。

自動車メーカーの中で最も苦境に立っているのがオペル。親会社で世界最大の米GM(ゼネラル・モーターズ)が倒産の危機に追い込まれているからだ。GMは毎月10億ドル(約980億円)の損失を出しており、米国政府から少なくとも150億ドル(約1兆4700億円)の資金援助を受けないと経営が行き詰まる可能性が強い。

オペルはGMのために行った開発プロジェクトの代金として、親会社から約18億ユーロ(約2160億円)の支払いを待っている。だがGMが倒産すると、この債権が焦げ付いて自社の存続が危うくなるのだ。このためオペルはドイツ政府に対して、GMが倒産した場合に18億ユーロの信用保証を行うよう要請した。メルケル首相が直ちに支援を約束しなかったのは国内の政界、経済界で企業に対する支援をめぐって激しい議論が起きているからだ。

オペルを救った場合、業績が急激に悪化している他の自動車メーカーも似たような救済措置を求めるに違いない。さらにドイツの大手化学メーカーBASFが世界180カ所の工場で操業を中止したり、生産を縮小したりしたことに表われているように、自動車業界の不況は他の業界にも飛び火しつつある。ドイツ政府は金融業界に対しては緊急支援制度を導入したが、今後は自動車業界だけでなく化学業界など様々な業界が政府の門を叩き、公的資金の注入を求める可能性がある。オペルは政府がどこまで企業に救いの手を差し伸べるかを占う上で、重要な試金石なのだ。

ただし自動車メーカーの苦境は、金融危機だけによって引き起こされたものではない。今年初めの燃料価格の高騰は、すでに新車の販売台数を大幅に減らしていた。ドイツの多くのメーカーは伝統的に馬力が大きい車の生産に力を入れてきたが、燃料効率が高く二酸化炭素の排出量が少ない車の開発は日本メーカーに比べて大幅に遅れている。原油価格は現在下がっているが、専門家の間では将来、1バレルが200ドルの水準に達するという見方が強まっている。つまり、ドイツの自動車メーカーは過剰な生産能力を減らし、燃料効率が良い車を本腰で開発する努力を怠ってきたのだ。このため「長期的に誤った経営を行ってきたために苦境に陥ったメーカーを救う必要があるのか」という声も出ている。

だが自動車産業は、ドイツの勤労者の7人に1人を直接・間接的に雇用し、輸出の19%を稼ぎ出す、この国で最も重要な業種だ。自動車業界の救済は政党支持率にも大きな影響を与えるだろう。来年、連邦議会選挙を控えたメルケル政権にとって、オペルを救う以外に道はないのかもしれない。

5 Dezember 2008 Nr. 743

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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