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メルケル首相、減税を!

ミュンヘンの中心部、オデオン広場からそれほど遠くないところに、バイエルン州の象徴である立派なライオンの石像を従えた大きなビルがある。バイエルン州立銀行の本店である。堂々とした建物だが、その内部は「炎上」している。

州政府の管理下にあるこの銀行は本来、中小企業の融資など公共の利益を重視した業務を行うはずだった。ところが米国のサブプライム・ローン関連の投資によって巨額の損失を被り、倒産の瀬戸際に追いつめられた。バイエルン州政府は300億ユーロ、日本円で3兆6000億円もの公的資金を投じて、この銀行を救うことを決めた。

公的資金とはわれわれ市民の税金である。ドイツでは年末になるとサラリーマン、自営業を問わず税務署に確定申告を行わなければならない。私たちが身を削るようにして払っている高い税金が、ずさんな経営によって傾いた銀行の建て直しのために、まるで湯水のように使われるのだ。全く納得できない話である。

しかも、米国のサブプライム危機はまだ峠を越しておらず、少なくとも来年夏までは続くと言われているので、バイエルン州立銀行の損失が今後さらに増える可能性もある。つまり、3兆6000億円で足りるという保証はないのだ。これでは市民の政府や経済界に対する怒りが募るのも無理はない。もともと倹約家が多いドイツだが、今後市民はさらに消費を減らすだろう。経済学者の間では、今回の不況について「戦後最も急激な景気の後退」という意見が出ている。

自動車業界、化学業界では早くも売上高が前の年に比べて大幅にダウンし、生産活動にブレーキをかける動きが強まっている。今後、失業者の数も急激に増えるに違いない。このため、キリスト教社会同盟(CSU)を中心に「所得税を減らすことによって市民の可処分所得を増やし、消費を促進するべきだ」という意見が強まっている。政府は自動車業界を支援するために、新車を購入した市民には一時的に車両税を免除することを決めているが、それだけでは十分ではないというのだ。

だがメルケル首相は減税に消極的である。彼女は、「税制の見直しは来年9月の選挙後に行うべきだ」としている。金融機関のための緊急支援制度などによって、ドイツの財政には余裕がなくなりつつある。減税を行えば財政赤字や公共債務が増えるので、ユーロ圏加盟国が満たさなければならない様々な基準に違反する恐れもある。もともとドイツ政府は、日本や米国と異なり、借金を増やすことによって景気を刺激することに対して極めて慎重である。

しかし、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会のグリーンスパン元議長が「過去100年間で最大の危機だ」と言ったように、今われわれが直面しつつある不況は第2次世界大戦後、最も深刻なものになる恐れがある。

政府の借金が増加し、ユーロ圏の基準に一時的に違反しても、ここは目をつぶって所得税減税を行い、景気刺激策を取るべきではないだろうか。市民の政府に対する信頼を確保するためにも、メルケル首相には思い切った財政出動を行ってほしい。

12 Dezember 2008 Nr. 744

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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