Hanacell

2009年のドイツを展望する

1月1日の未明、新年を祝う花火が今年も鮮やかにドイツの夜空を彩った。だが美しい光の乱舞を見つめるメルケル首相、政界、経済界の関係者、そして市民の胸の内は複雑だったに違いない。2009年は様々な試練に満ちた年だからである。

政治の混迷

政界で今年最も注目が集まるイベントは、9月に行われる連邦議会選挙である。その最大の争点は、市民の所得格差が広がる中、「社会的公正(Soziale Gerechtigkeit)をどう実現するかという問題である。具体的には、シュレーダー前首相が口火を切り、メルケル政権が続けている社会保障の削減、企業減税、規制緩和などを続けるのかどうかが焦点になる。シュレーダー氏による改革は、失業率を一時的に下げたものの、富裕層と低所得層の間のギャップを一段と広げた。

選挙の行方は非常に読みにくい。それは、大連立政権に参加している社会民主党(SPD)が深刻な危機に直面しているからだ。SPDの混乱の最大の原因は、シュレーダー流の改革を続けるのかどうかについて、党内の意見が分裂していることである。

ミュンテフェリング党首やSPDの首相候補であるシュタインマイヤー氏は、シュレーダー流改革をさらに推進しようとしている。これに対し、前党首だったベック氏はシュレーダー路線にブレーキをかけようとしただけでなく、左派政党リンケと州議会選挙で協力するという態度まで示した。このためSPDは、一挙に左旋回するかに見えた。

ところが、ベック氏はミュンテフェリング氏に敗れて党首の座を追われた。有権者は猫の目のようにくるくる変わるSPDの路線にあきれるばかりだ。この内紛は国民を失望させ、SPDの支持率は25%に下がっている。

一方、所得格差の拡大や社会保障削減に対する不満はリンケの支持率を高めている。リンケは昨年12月初めの時点で13%の支持率を確保し、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)、SPDに次ぐ第3党の地位にのし上がった。旧東ドイツでは、実に有権者の31%がリンケを支持している。社会保障を拡充したり、大企業や富裕層への課税を強化したりすることを求めるリンケのポピュリズム(大衆迎合路線)は、自分を「グローバル化の負け組」と感じている市民の心をしっかりと捕まえつつあるのだ。現在のままでは、CDU/CSU、SPDがともに単独で過半数を取れないという2005年の選挙の悪夢が再来するかもしれない。

戦後最悪の不況?

新年早々、暗い話題について書きたくはない。しかし正直なところ、どの専門家に耳を傾けても今年の経済の見通しは明るくない。その原因は、昨年秋に米国でくすぶり続けていた不動産危機がリーマン・ブラザースの破たんをきっかけとしてグローバル金融危機に拡大し、ドイツなど欧州諸国を直撃したことだ。連邦政府・経済諮問評議会のリュルップ座長は、「ドイツ経済は戦後もっとも急激な景気停滞を経験しつつある。これまで様々な不況があったが、これほど深刻な不況は1度もなかった」と語っている。その理由は、欧州だけでなく重要な輸出市場である米国とアジアも同時に不況に陥ったことである。貿易に大きく依存しているドイツにとって、外国で物が売れないことは大きな痛手である。

ドイツでは、米国や英国ほど不動産価格が急激に上昇していなかったので、不動産バブルの崩壊は経験しなかった。だがサブプライム関連投資によって、州立銀行を始めとする多くの金融機関が巨額の損失を被った。このため銀行が融資に慎重になり、経済の血液である「おカネ」が流れなくなっている。

市場への不信感が強まった今、政府に対する市民の期待は高まっている。連邦政府は財政赤字が一時的に悪化しても景気の刺激に努め、不況による悪影響を緩和することに全力を上げてほしい。同時に、各国の金融システムを根底から揺るがすような危機の再発を防ぐために、複雑化した金融市場に対する監視措置を強めるべきだろう。特に連邦金融サービス監督庁(BaFin)は、金融機関がバランスシートに載せていない外国の子会社がどのような投資を行っているかなど、より細かい監督を行う必要がある。昨年発生した銀行危機は、BaFinの監督が不十分だったことをはっきり示したからだ。

対米関係の再構築を

米国の歴代大統領の中でも、ドイツで最も批判されたブッシュ氏が今年退場し、非常に人気が高いオバマ氏がホワイトハウス入りすることは、新春の明るいニュースの1つだ。ドイツには米国に行ったこともないのに米国が嫌いな人が多いが、初めてアフリカ系市民が大統領に就任するのは、米国のユニークさ、バイタリティーを改めて証明する出来事である。

イラク侵攻がきっかけとなって、ブッシュ政権の時代には、米独関係だけでなく米国とEUの関係は第2次世界大戦後最も悪い状態に落ち込んだ。オバマ氏は国連などの多国間関係を重視すると発言しており、世界全体で失われた米国への信頼感を回復するための努力をすることが期待されている。

国際テロリズム、アフガニスタン戦争、イラク問題、イランの核開発、ロシアが周辺諸国に与える脅威など、安全保障の分野でも国際社会が抱える問題は山積する一方だ。ドイツはオバマ新政権と協力して、これらの問題の解決に向けて貢献するべきだろう。


(筆者より読者の皆様へ)

いつも記事を読んで下さり、どうも有り難うございます。皆様にとりまして2009年が良い年となりますよう、お祈りいたします。今年もよろしくお願い申し上げます。

2 Januar 2009 Nr. 746

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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