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ガス供給は大丈夫か?

欧州連合(EU)は、5億人近い人口を抱える世界最大の経済圏だが、「エネルギーの安定供給を確保できない」というアキレス腱を持っていることが明らかになった。そのきっかけは、ロシアとウクライナの天然ガスをめぐる紛争である。両国の間では2006年以来、毎年のようにガスの代金などをめぐるトラブルが起きているが、今年は一段とエスカレートした。初めの内、ロシアは「ウクライナが天然ガスの代金を滞納している」と非難。ウクライナが代金を振り込むと、今度は「ウクライナが西欧向けのガスを盗んでいる」と難癖をつけた。両国の交渉は決裂し、元日からロシアはウクライナ経由の天然ガスの供給を停止させた。このパイプラインは、ドイツ向けのガスの80%が通過する大動脈である。

国内で消費されるガスの内、ロシアのガスが占める比率は37%に及ぶ。だが、その内の5分の1を輸送しているベラルーシ経由のパイプラインは閉鎖されなかったことなどから、国内ではガスの供給が途絶えることはなかった。さらにガス会社は供給が完全に断たれても、70日間は持ちこたえられるだけの備蓄を持っている。

今回のガス紛争で最も深刻な影響を受けたのは、ブルガリア、スロバキアなど、ロシアのガスに100%依存している国だ。よりによって寒気団の影響で気温がマイナス10度前後まで下がったこの時期に、一部の家庭で暖房がストップしたり、工場が操業を停止したりするなど経済に大きな悪影響が出た。ガスの備蓄が少ないスロバキアは、昨年暮れにEUの要請で停止した旧式の原子力発電所の運転再開を検討するほど、追いつめられた。この原稿を書いている1月14日の時点では、ガス供給は完全には復旧していない。

今回のガス紛争は、単なる貿易上のトラブルではない。背景にはロシアとウクライナの間の政治的な関係が悪化しているという事実がある。去年のグルジア戦争は、ロシアが自国の権益を守るためには武力行使を含む強硬手段を取ることをはっきりと示した。今後もガスをめぐるトラブルは再発するだろう。いや、将来ロシアがウクライナそしてEUとの政治的な紛争を解決するために、パイプラインを長期間に渡って遮断することもありうる。

その意味で、ガス紛争が3年前から断続的に起きているにもかかわらず、安定供給を確保するための本格的な対策を取ってこなかったドイツ政府、そして欧州委員会の責任は重大である。EU市民は、ロシアの人質になっているようなものだ。ドイツが議会制民主国家ではないロシアに天然ガスの4割を依存することは危険であり、輸入先を多角化することが緊急の課題だ。政府は、ロシアが天然ガスの供給を停止する事態に備えて、昨年夏に戦略備蓄を構築することを決定しているが、これは正しい措置だ。ドイツは原油の戦略備蓄は行っているが、政府による天然ガスの備蓄制度はなかった。

寒冷地帯であるヨーロッパで、ガスは生活に欠かせない資源だ。ドイツを始めEUの政治家たちには、エネルギー安全保障の重要さをもっと強く認識してもらいたい。

23 Januar 2009 Nr. 749

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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