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連邦軍・新しい勲章の陰に


 ©Michael Kappeler/AP/PA Photos
今年7月6日、メルケル首相はベルリンで4人の連邦軍兵士たちに勲章を授与した。昨年秋にアフガニスタンのクンドゥスに近い村で、ドイツ連邦軍の検問所が自爆テロ攻撃を受けた際に、この兵士たちは危険をかえりみず、負傷した戦友と市民の救助にあたった。近くにあった軍用車両が炎上し、積まれていた弾薬が大爆発を起こす危険があったにもかかわらず、兵士たちは人命救助を優先した。政府はその功績を認めたのである。

「勇敢な行為のための栄誉十字章」と呼ばれるこの勲章は、昨年国防大臣が制定したもので、4人の兵士たちは初めての受章者となった。

ドイツの十字章の起源は、19世紀のプロイセンにまでさかのぼる。普仏戦争、第1次世界大戦、そしてナチス・ドイツが起こした第2次世界大戦でも、軍功や勇敢な行為を認められた将兵に鉄十字章が授与された。黒い十字のマークは、戦後もドイツ連邦軍の戦車や戦闘機に付けられている。

メルケル首相が授与した十字章は、形はプロイセンの伝統を引き継いでいるが、全体の色は黒が主体の鉄十字章とは異なり金色になっている。現在のドイツが、軍国主義体制だったプロイセンやナチス・ドイツとは異なる国家であることを強調するためである。

私が興味深く思ったのは、この勲章を国防大臣ではなくメルケル首相が授与したことである。メルケル氏は授与式で演説を行い、「国外で勤務している連邦軍兵士たちは故郷を遠く離れた地に駐留しているが、ドイツの安全保障上の利益に貢献している」とした上で、「兵士たちはドイツの対外的なイメージを良くしている」と称えた。

首相の言葉には、アフガニスタンに駐留している約4200人のドイツ兵士たちに対する配慮が強く感じられた。同国の治安確保を任務とするISAF(国際治安支援部隊)には42カ国が6万4500人の将兵を参加させているが、ドイツは米国、英国に次いで3番目に多い兵士を派遣している。

アフガニスタンでは数年前から抵抗勢力タリバンの攻撃が激化しており、ドイツ軍が展開している北東部でも自爆テロや待ち伏せ攻撃が増えている。すでにドイツ兵士ら33人が命を落とした。さらに前線で戦友や市民の死を体験するなどしたために、祖国に帰ってからもトラウマ(精神的な打撃)に苦しむ兵士の数は1100人に上るという。これは銃弾や砲弾による負傷者の6倍である。

このため、ドイツ市民の70%近くがアフガニスタン駐留に反対し、撤退を求めている。メルケル首相は9.11事件のような事態を防ぐため、「テロとの戦い」で米国や英国を支援し、カルザイ政権をタリバンの脅威から守る姿勢を崩していない。だが、ドイツがアフガニスタンで抵抗勢力と戦う必要性について、国民に理解を求める努力はまだ不十分だ。

国民の大半がアフガン駐留に反対しているという事実は、現地にいる兵士たちの士気にも大きな影響を与える。メルケル首相が自ら勲章を授けたのは、兵士たちの間に疎外感が生まれるのを防ぐためである。彼女が激務の合間をぬい、防弾チョッキを付けて時おりアフガニスタンのドイツ軍基地を訪れるのも、同じ理由からだ。

総選挙で新しい政権が生まれても、アフガン問題は頭痛の種であり続けるだろう。

4 September 2009 Nr. 781

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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