Hanacell

銀行救済基金は機能するか

メルケル政権は3月31日の閣議で、銀行が経営難に陥った際に支援する救済基金について、ショイブレ連邦財務大臣の提案を了承した。すべての銀行が毎年この基金に拠出金を払い込み、今後破たんしそうになった銀行に対する資金注入は、この基金から行われることになる。

政府がこの基金を設置するのは、2008年秋のリーマン・ブラザース破たんが引き金となった銀行危機の教訓である。ドイツは、戦後最悪の金融危機によって世界で最も深刻な影響を受けた国の1つである。

多くの有名銀行がサブプライム・ローン関連融資の混入した危険な金融商品に投資していたため、破たんの瀬戸際まで追い詰められた。経営難に陥ったのは、ドイツ産業銀行(IKB)、バイエルン州立銀行、ザクセン州立銀行、ヒポ・リアル・エステート(HRE)銀行など、それまで堅実な経営を行っていたと思われていた銀行ばかりである。

一時、国民の間で銀行に対する不安が高まったため、メルケル首相が「個人の預金は政府が全額保証する」と直接約束したほどである。これほど危機的な事態は、戦後のドイツで1度もなかった。これらの銀行は公的資金の注入などによって、かろうじて倒産を免れた。大手銀行が倒産した場合、世界中の金融市場に連鎖反応が起こる恐れがあるため、国民がずさんな経営のつけを血税によって払わされたのである。

ドイツ政府が銀行を救うために注ぎ込んだ資金の総額は、約7000億ユーロ(94兆5000億円)。米国、英国に次いで世界で3番目に多い。国内総生産の実に28%が銀行破たんを食い止めるために使われたことになる。「これだけの金を託児所や学校、病院や介護施設などの建設費に充てていたら・・・・・・」と思うと、納税者としては大いに不満が残る。

しかも銀行から解雇された取締役や投資銀行のディーラーの中には、雇用契約の中で保証されていた多額のボーナスの支払いを求めて銀行を訴える者すらいた。正に噴飯物である。

救済基金の設置の最大の目的は、経営ミスを犯した銀行を国民の血税によって救うような事態の再発を防ぐことだ。

だが、救済基金が銀行危機に適切に対処できるかどうかに疑問を呈する声もある。この基金に毎年銀行が払い込む額は、総額10億~12億ユーロ(1200億~1440億円)程度。金融危機では1つの銀行だけで100億ユーロ(1兆2000億円)を超える公的資金の投入が必要となったケースもあったため、拠出金の額が不十分ではないかという意見もある。

さらに銀行ビジネス、特に投資銀行部門はグローバル化が進んでいるので、1つの国が救済基金を作ったり監視を強化したりするだけでは危機に対応しきれないという指摘もある。実際HRE銀行を破たん寸前に追い込んだのは、ドイツ本社ではなく、アイルランドの子会社だった。こう考えると、金融危機に備えるには国際的な協調が不可欠である。その意味ではEUがより強い主導権を握る必要があるかもしれない。

金融危機のピークは過ぎたが、欧州の一部の銀行の損失は今も増えており、余波は完全には収まっていない。さらにドイツの銀行が債務危機に揺れるギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの国々に行っている融資の総額は、3850億ユーロ(46兆2000億円)に上る。この融資が不良債権になった場合、欧州の金融界は再び激震に襲われる。1日も早く、金融危機に対する安全メカニズムを整備することが重要であろう。

16 April 2010 Nr. 812

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作