Hanacell

銀行危機への抵抗力は十分か

「リーマンショック、ギリシャ債務危機のような事態が再発した時に、銀行はそのストレスに耐え抜き、倒産しないだけの抵抗力を持っているのか?」

欧州の金融監督官庁は、この問いに答えるために、今年7月下旬に異例の検査を行った。ストレス・テストと呼ばれるこの検査では、欧州銀行監督委員会(CEBS)がコンピューター・シミュレーションを使い、資本市場が大きな変動に襲われる事態を想定した。

具体的には、ギリシャの国債価格が23%下落し、2010年からの2年間に欧州全体で景気後退のために国内総生産(GDP)が0.8%減少し、失業率が10%から11.5%に上昇するというシナリオを想定。この場合に銀行の自己資本がどの程度減少するかをチェックした。銀行は、国際的な自己資本規則によって、総資産に対する自己資本の比率が6%を下回ってはならないと決められている。

その結果、検査を受けた91の銀行の内スペイン、ギリシャ、ドイツの7行を除いて、すべての銀行がテストに合格した。検査の対象となった銀行の自己資本比率は、10.3%から9.2%に下落したが、7行の「落第生」 を除くと、すべての銀行で自己資本比率が6%のボーダーラインよりも上の水準にとどまったのである。

ドイツで不合格となったのは、ミュンヘンの不動産融資銀行ヒポ・リアル・エステート(HRE)だけ。この銀行は、米国のサブプライムローン債権が混入した金融商品に多額の投資を行っていたため昨年深刻な経営危機に陥り、多額の資本注入と連邦政府の国営化によって、かろうじて倒産を免れた。HREにはすでに何兆円もの公的資金が注入されているが、さらに20億ユーロを注ぎ込まないと、深刻な危機の際に破たんする恐れがあることがわかったのである。

欧州委員会や欧州中央銀行は今回のテスト結果を受けて、「欧州の銀行の基盤は堅固である」という態度を示している。ユーロのドルや円に対する交換レートが下がり、長期的にインフレを懸念する向きが増える中、ヨーロッパの監督官庁は今回のテスト結果によって市民と投資家に安心感を与えようとしているのだ。

だが金融業界には、「ストレス・テストの基準は甘過ぎた」という批判もある。例えば今回、ギリシャやスペインのような債務過重国が債務を返済できなくなり「破たん」するという事態が想定されなかった。金融危機によって、短期的な債務を返済できなくなる銀行が現れることは想定されたが、国債のように償還期間が来るまで銀行が保持する債権が紙くずとなるシナリオは想定されなかったのである。

この点についてCEBSは、「将来債務危機が再燃した場合、欧州委員会が全力を上げて国家の破たんを阻止しようとする。このため、政府の債務不履行をストレス・テストの中で想定する必要がない」と説明している。だが、政府破たんを度外視したストレス・テストは楽観的に過ぎるのではないだろうか。

欧州委員会が巨額の支援策を打ち出したために、南ヨーロッパ諸国の債務危機は現在小康状態にあるが、将来一部の国で再び国債価格が暴落し、リスク・プレミアムが高騰する可能性は残っている。スペイン、ポルトガル、イタリアにまで危機が広がった場合、その国が必要とする融資額がEUの支援能力の限界を超える可能性もある。大半の銀行が今回のストレス・テストに合格したからといって、手放しで喜ぶことは禁物だ。各銀行は、将来の危機に備えてリスク管理態勢を整備し、自己資本をさらに増強してほしい。

13 August 2010 Nr. 829

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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