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燃え上がる移民論争

ドイツでは連邦銀行のティロ・ザラツィン元理事の著作がきっかけとなって、外国人をめぐる論争が激しく燃え上がっている。ザラツィン氏はドイツ政府と連銀の事実上の圧力によって理事を辞任したが、彼の著作「Deutschland schafft sich ab」は、シュピーゲル誌のベストセラー・リストの第1位に躍り出たほか、書店で品切れになるほどの人気だ。

興味深いのは、多数のドイツ人がザラツィン氏を支持していることだ。彼が辞める直前に連銀にかかってきた市民からの電話の大半は、彼を応援するためのものだった。テレビの世論調査によると、回答者の70%から90%がザラツィン氏の主張に賛成している。新聞に「ザラツィン氏は正しい」という意見広告を出す保守政治家もいる。

ザラツィン氏が属する社会民主党(SPD)のガブリエル党首は、彼を同党から追放する手続きを開始したが、SPDのシュタインブリュック元財務大臣など一部の政治家からは「ザラツィン氏を追放せずに、外国人問題について議論するべきだ」という意見も出ている。

なぜザラツィン氏はドイツ人から支持されているのか? そのことを理解するには、彼の主張を2つの部分に分ける必要がある。メルケル首相やドイツのマスコミが彼を批判する最大の理由は、彼の主張の中の「知能水準は人種間の生物学的な違いに影響される」という部分である。ザラツィン氏は「ユダヤ人は共通の遺伝子を持っている」というナチスの優生学を連想させる発言を行い、社会の顰蹙(ひんしゅく)を買った(彼はこの発言を後に撤回している)。大半のドイツ人は、彼のこうした人種差別的な発言には拒絶反応を示している。

だがザラツィン氏が、トルコ人などイスラム系市民に対して向けている批判については、多くのドイツ人が賛成している。ベルリン市で財務大臣だったザラツィン氏は、「一部のトルコ人はドイツ語を学ばず、子どもにもきちんと教育を受けさせない。教育を受けなければ仕事にも就けないので、社会保障に頼って生活している。彼らは国に依存しているのに、ドイツの習慣や価値観を無視し、トルコ人のゲットーに閉じこもって生活している。ドイツは、社会に溶け込もうとしない移民は必要としない」と主張しているのだ。実際に、外国人の失業率は14%前後で、ドイツ人の約2倍である。また、学業を修了していない、つまりSchulabschlussがない外国人の比率は10%近くと、ドイツ人(約2%)を大幅に上回っている。

高い税金や社会保険料を払わされているドイツの多くの勤労者は、一部のトルコ人のこうした態度について不満を抱いていたが、「外国人を差別している」と批判されることを恐れて、発言しなかった。ところがザラツィン氏が今回、その著作によって堂々とトルコ人らを批判したために、多くのドイツ人が彼に強い共感を抱いているのだ。

ザラツィン氏は財務問題の専門家らしく、「外国人がドイツ経済に貢献するかどうか」を唯一の尺度としているが、この発想も問題を含んでいる。ドイツにとって経済的に有益な外国人だけが、ドイツに住んで良いと言うのか。誰が「外国人の有益性」を判断するのか。ザラツィン氏の批判の矛先は、今のところトルコ人とイスラム系市民だけに向けられているが、彼に対する大衆の支持が、やがてすべての外国人に対する反感に変わるとしたら、危険な事態である。実際、ネオナチは彼の主張を全面的に支持している。

今回の外国人論争の行方は、注意深く見守る必要がありそうだ。

24 September 2010 Nr. 835

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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