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ユーロ安定化への遠い道

昨年の総選挙に勝ち、ドイツの保守中道連立政権の首相として再選されたメルケル氏だが、今年は内外から批判の集中砲火を浴びている。これまでメルケル首相は外交政策に関して高い評価を受けてきたが、この秋には欧州連合(EU)との折衝で大きな挫折を経験した。焦点となったのは、ユーロの安定化をめぐる交渉である。

今年5月のギリシャの債務危機をきっかけとしてEUは、3年間にわたる緊急救済制度を発足させた。メルケル首相はEUのリスボン条約を改正して、財政赤字や公共債務に関する基準に違反した国に、自動的に制裁を加えることを提案していた。特にドイツは、違反国から理事会での議決権を剥奪することを求めていた。ユーロを安定化させるには罰則を厳しくしなければならないというのが、ドイツの主張だ。

さらに現在の緊急救済制度は、EUの事実上の「憲法」とも言うべきリスボン条約に盛り込まれていない。このためドイツでは2013年度以降、連邦憲法裁判所が緊急救済制度を「憲法違反」と判断する可能性がある。その場合、ドイツ政府の面目は丸つぶれになる。メルケル氏はこうした事態を防ぐために、リスボン条約を改正してこの制度について明記することを要求していた。 

しかし10月29日にブリュッセルで開かれたEU首脳会議で、メルケル氏は孤立した。自動的な制裁措置や議決権の剥奪は、ほかの加盟国の激しい反対によってリスボン条約に盛り込まれないことが決まった。そして将来、ギリシャのように基準に違反し続ける国が再び現われても、自動的に罰を受けるのではなく、各国の首脳が集まって様々な事情を勘案した上で、罰則を適用するかどうかを決めることになった。ドイツ人は日常生活でも万事について法律や規則を最優先しようとする傾向があるが、フランスや南欧の国々ではそうした態度は受け入れられない。今回の決定は、サルコジ仏大統領の勝利である。

EU諸国は、ドイツの国内事情にも配慮し、リスボン条約を改正して救済制度に法的な裏付けを与えることには同意したが、規則の強化というドイツにとって最も重要な提案は認められなかった。

メルケル政権の副首相であるヴェスターヴェレ外相は、「ユーロを安定化させるには、政治家がケースバイケースで判断するのではなく、厳しい規則が必要だ」と述べ、メルケル首相が自動的な制裁措置の導入に失敗したことを間接的に批判した。ヴェスターヴェレ氏は外相という立場にありながら、ユーロ安定化をめぐるEU諸国との交渉でメルケル首相から蚊帳の外に置かれていたので、腹を立てている。副首相が首相を公然と批判するとは、メルケル政権にとって末期的な症状である。

ドイツは、ユーロが誕生する前の1990年代後半にも、基準に違反した国に対する自動的な制裁メカニズムを導入しようとして失敗した。当時のコール政権のヴァイゲル財務相も、フランスなどの強硬な反対にあって要求を引っ込めざるを得なかった。

規則や法律よりも、国家としての決定権を重視するフランスと、規則最優先のドイツ。EUの屋台骨である2つの国の意見が、火と水のように異なっているのだ。さらにEUの小国は、独仏が中心となってユーロに関する政策を取り仕切ることを不愉快に思っている。これらの事実は、ユーロを安定化させ、信用性を長期的に維持するという課題が、いかに難しいものであるかを浮き彫りにしている。

12 November 2010 Nr. 842

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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