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Oliver Was­ser­mann
Fr. 26. Apr. 2019

グッテンベルク・落ちた偶像

2009年に、彗星のごとくドイツ政界の表舞台に登場したグッテンベルク氏は、ハンサムな容貌とさわやかな弁舌、貴族の血筋で人々を魅了し、この国で最も人気のある政治家の座に駆け上った。その人物が今年3月、博士論文の盗用の責任を取り、国防相ばかりでなく連邦議会議員まで辞職した。本人は世間の追及を避けてフランケン地方の居城に閉じこもってしまったが、異例のスキャンダルの余震は、今もドイツ社会を揺さぶっている。

裕福な貴族の家庭に生まれた彼は「あまり苦労をせずに、比較的大きな成果を得る」、つまり要領よく生きる男であることを自認していた。

グッテンベルク氏は、子どもの頃から人前で話をするのが非常に上手かった。12歳くらいの時から家庭内のパーティーや家族企業の催しなどで、物おじせずに堂々とミニ・スピーチをすることができた。私は昨年バイエルン州で行なわれた政治講演会で、彼が話し始めて数分間で聴衆の心をつかむのを目撃した。その話術を、彼は子どもの頃にすでに体得していたのだ。政治家にとって重要な資質の1つを備えた人物なのである。

その代わり、彼は1つのテーマの細部にこだわり、時間を掛けてこつこつと仕事をするのが不得意だった。1993年にバイロイト大学で法律を学び始めたが、第1次国家試験の成績は「befriedigend(可)」と冴えなかった。グッテンベルク氏は第2次国家試験も、司法修習も受けていない。これでは弁護士として働くことはできない。職業資格ゼロというのは、貴族の家庭では不名誉である。この欠点をカバーするには、博士論文を書くのが手っ取り早い。グッテンベルク氏は、そのために7年も掛けてコピー&ペーストで論文を書き、ドクターの称号を手にしたのだ。ここにも「あまり苦労をせずに、比較的大きな成果を得る」という彼の人生哲学がにじみ出ている。

グッテンベルク氏の人気が高かった理由の1つは、彼が「真面目さ、真剣さ、潔さ」を売り物にしたことだ。多くの有権者は、「大半の政治家はこうした資質を持っていない」と考えて政治に飽き飽きしていたからだ。庶民は、グッテンベルク氏がそうした性格を持っていると信じ、「連邦首相になってほしい」とまで望んだ。だが今回の論文盗用事件で、グッテンベルク氏は馬脚を現した。

ブレーメン大学の教授が最初に盗用の疑いを指摘した時、彼は「ばかげたことだ」と疑惑を一蹴した。その発言は2週間でどんどん弱まり、最後は責任を認めざるを得なくなった。特に引用先を明らかにして博士論文を書き、ドクターの称号を取った市民たちからは、国防相や議員の座にしがみつくグッテンベルク氏の態度に対して、怒りの声が強まった。人々は、この貴族が「真面目さ、真剣さ、潔さ」という資質を欠いていたことに気付いたのである。その意味でグッテンベルク氏に辞職以外の道はなかった。今回のスキャンダルは、ドイツ政界の人材不足をも象徴している。英語で言うポリティシャン(政治屋)は多いが、真に国家の将来を考えるステーツマン(政治家)が不足しているのだ。

それでも一部の市民は、グッテンベルク氏に強い「愛情」を抱いており、カムバックを切望している。ドイツには、「ブンテ」などの女性誌の表紙をポートレートが飾る政治家は、グッテンベルク氏を除くとこれまでほとんどいなかった。庶民は、常にスターを求めている。彼がいつの日か「みそぎ」を済ませて、政界に復帰しても全く不思議ではない。

18 März 2011 Nr. 859

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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