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福島事故・レベル7の衝撃

4月12日、経済産業省の原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、福島第1原発の事故を国際事故評価尺度(INES)に照らして、チェルノブイリ事故と同じ「レベル7」に引き上げた。INESは原発事故の深刻さを示す指標で、7は最悪のレベルである。

保安院はこれまで福島の事故の深刻度を米国のスリーマイル原発事故と同等の「レベル5」と発表していたが、福島で放出された放射性物質のレベルが、放射性ヨウ素に換算して37万から63万テラベクレルに達していることから、2段階引き上げることにした。INESによると、放射性物質の放出量が数万テラレベルの水準に達した場合、「レベル7」事故と定義される。

ただしレベル7への引き上げは、福島で放出された放射性物質の量が、チェルノブイリ事故に匹敵するという意味ではない。福島第1原発では、建屋が爆発で損傷したが、原子炉そのものは爆発していない。チェルノブイリ原発は福島第1原発と異なり、核反応の制御材に水ではなく黒鉛を使っていた。しかも原子炉が暴走して爆発するとともに黒鉛が燃えて、大量の放射性物質が環境に撒き散らされた。その量は520万テラベクレルにも達するとされている。つまり福島の事故で放出された放射性物質の量は、現時点ではチェルノブイリ事故の1割前後なのである。

しかし放射性物質の放出はまだ止まっておらず、油断は禁物である。4月12日の記者会見で東京電力の松本純一原子力・立地本部長代理は、「福島原発の1号機から6号機の核燃料物質がすべて外部に流出した場合、チェルノブイリ原発事故を超える可能性がある」と述べている。

また、経産省の発表はテンポが遅い。枝野官房長官は4月13日の会見で、「3月末には保安院からレベル7に引き上げる可能性について報告を受けていた」と認めている。4月12日に原子力安全委員会が発表したヨウ素131とセシウム137の放出総量に関するデータは、すでに3月末の段階で放出量が高かったことを示唆している。このグラフによると、放出量が急激に増えたのは、第2号機で圧力抑制室が損傷を受けたと見られる3月15日。それ以降、累積量はほぼ横ばいで大幅には増えていない。3月15日には、すでにフランス原子力安全局と米国の民間団体が「事故の深刻度はレベル6か7」と指摘していた。経産省は、国民に不安感を与えないように配慮して発表を遅らせたのだろうか。

今、福島の事故に注目しているのは、日本人だけではない。全世界の目が日本に向けられている。ドイツなど欧州諸国の人々は、「すべての情報が迅速に人々に伝えられているのだろうか」と首をかしげている。たとえばドイツの気象庁のホームページでは、風向きを考慮した、福島第1原発からの放射能の拡散予測が毎日公表されていた。日本の気象庁が国際原子力機関(IAEA)の要請に基づいて提供していたデータである。しかし肝心の日本では、このデータは4月上旬まで公表されていなかった。これも奇妙な話である。

多くのドイツ人は日本について「優秀なハイテクノロジー国家」という印象を抱いていた。だが福島第1原発の事故はその信頼を揺るがした。せめて、「市民の健康を守るために情報を迅速に公開する国」というイメージを築き上げ、人々の不安を払拭することは重要だと思う。私はかなり以前から原子力とエネルギー問題について取材してきたが、まさか日本でレベル7の事故が発生し、1カ月経っても収束のめどが立たないという事態に陥るとは想像すらできなかった。一刻も早く放射性物質の封じ込めと、原子炉の「冷温停止」が達成されることを祈る。

22 April 2011 Nr. 864

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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