Hanacell

環境ロマン主義の費用

ドイツ人たちは今、社会改造計画を進めている。化石燃料と原子力に依存してきた社会を、再生可能エネルギー中心の「低炭素社会」に変えようとしているのだ。昨年メルケル政権が発表した長期エネルギー戦略「Energiekonzept」によると、政府は再生可能エネルギーが発電量に占める比率を現在の16%から、2050年までに80%に高めることを目指している。このエネルギー戦略によって、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出量を2050年までに1990年比で80%削減するというのだ。

具体的には北海やバルト海にオフショア風力発電基地を次々に建設し、建物の窓などをリフォームすることによって暖房の効率性を高め、エネルギーの消費を減らす。サハラ砂漠に太陽光発電施設を作って、電力を高圧線でヨーロッパに輸入するという壮大な計画もある。これが本当に実現すれば、正にエネルギー革命ともいうべき大変化である。

しかし「Energiekonzept」の5ページを見ると、「この目標を実現するには、2050年までに毎年約200億ユーロ(2兆2000億円)の追加投資が必要」という記述がある。連邦政府は「この投資によって環境技術が発展して新しい雇用が生まれるし、外国に技術を輸出することができる。また、石油などを輸入するコストを節約することもできる」として、この莫大な支出には意味があると主張している。

だが経済学者からは、再生可能エネルギーの拡大政策に疑問を呈する声も出ている。たとえばライン・ヴェストファーレン経済研究所(RWI)は、「ドイツ政府の再生可能エネルギーに対する助成は効率が悪く、CO2削減に役立たない」と主張する。RWIによると、2000年から09年までに太陽光発電の助成に投入された税金は655億ユーロ(7兆2050億円)に上る。それにもかかわらず、総発電量に太陽光発電が占める比率は、2009年の時点でわずか1.1%にすぎない。

太陽光発電や風力発電のための助成金を払っているのは、我々消費者だ。ドイツの電力料金の内約4割は税金だが、その中にはこの国を低炭素社会に改造するためのコストが含まれている。たとえば今年1月、ドイツの約700社の電力販売会社は、電力料金を平均6%ないし7%引き上げた。この最大の原因は、電力料金に上乗せされている再生可能エネルギーの助成金が、前年に比べて約70%増えたことにある。

ドイツ人は世界で最も環境保護に熱心な国民である。緑の党という環境政党を連立政権の一部にしたこともある。環境保護に関する法律や規則の数が2000を超え、マスコミは自然や環境に関する話題を頻繁に取り上げる。連邦統計庁によると、この国の政府と企業が環境保護のために行なう年間支出は、1990年から2007年の間に3.2倍に増えた。1995年に英国の大手石油会社が、老朽化した海上石油タンクを北海に沈めて処理しようとしたところ、ドイツ国民がこの会社のガソリンスタンドをボイコットして、廃棄計画を断念させたこともある。

私はドイツ人が環境保護に対して見せる強い執念を、「環境ロマン主義」と呼んでいる。この国の人々は環境ロマン主義のコストを、どこまで払い続けるのだろうか。特に地球温暖化の防止については、排出量が多い米国、インド、中国が国際的な枠組みに参加しないまま、ドイツなど欧州諸国だけがCO2削減を積極的に行なった場合、EU経済に悪い影響が及ぶ懸念も出ている。「エコロジーとエコノミー」のバランスをめぐる議論は、今後ドイツで激しくなるものと予想される。

10 Juni 2011 Nr. 871

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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