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大丈夫か? エネルギー革命

1年前に起きた福島第1原発の炉心溶融事故をきっかけに、ドイツのメルケル政権は、エネルギー政策を大きく転換した。物理学の博士号を持ち、原発推進派だったメルケル氏は、態度を一変させて原発批判派になった。

彼女は2010年秋に、大手電力や産業界の意向を受けて原子炉の稼動年数を平均12年間延長したが、福島事故後は延長措置を取り消し、老朽化した7基の原子炉を即時停止。残りの9基も2020年12月31日までにすべてストップさせることを決めた。脱原発路線のレールを2000年に最初に敷いたのは、社会民主党(SPD)と緑の党からなるシュレーダー政権だったが、終着駅を確定したのはメルケル首相だった。

だが原発停止は、政府が進めている「エネルギー革命(Energiewende)」のほんの一部でしかない。地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの削減も、ドイツ人にとっては極めて重要な課題だ。

メルケル政権はすでに2010年秋に「長期エネルギー戦略(Energiekonzept)」を発表し、2050年までに温室効果ガスの排出量を1990年に比べて80%減らすことや、再生可能エネルギーによる発電量の比率を80%に増やすという目標を打ち出している。ドイツでは昨年、再生可能エネルギーの比率が20%に達し、初めて原子力を上回った。昨年決まった脱原子力政策の加速によって、再生可能エネルギー拡大の重要性が増したことは、言うまでもない。

だが福島事故から1年経った今、ドイツでは「エネルギー革命は本当に成功するだろうか」という疑問の声も出始めている。最大の問題は、高圧送電網の建設が大幅に遅れていることだ。現在、再生可能エネルギーによる電力の約40%は風力によって作られている。ドイツ政府は、今後10年間でバルト海や北海に設置される洋上風力発電基地の設置容量(キャパシティー)が130倍に増えるというシナリオを描いている。だが、ドイツで最も多く電力を消費するのは、メーカーが多く産業立地として重要なバイエルン州とバーデン=ヴュルテンベルク州である。このため送電事業者は、今後10年間で約3600キロメートルの高圧送電線を建設しなくてはならない。だが2006年から5年間に新しく建設された送電線は、わずか90キロメートルにすぎない。

工事が遅れている最大の理由は、住民の反対運動が強まっていることだ。彼らは、家の近くに高圧送電線が建設されたことによる地価の下落、自然環境や景観の破壊、電磁波の健康への影響などを懸念しているのだ。

原発を廃止した後のつなぎとして、石炭火力発電所の新設や改修が必要だが、こうした工事も住民の反対で難航している。石炭火力発電所から出るCO2を分離して貯蔵し、温室効果ガスの排出を防ぐCCS発電所についても、CO2貯蔵施設の周辺で農家が反対運動を起こしている。

ある大手電力の元取締役は、私の取材に対し「多くの市民は脱原子力、再生可能エネルギー拡大という総論には賛成しても、自分の家の裏に送電線の鉄塔や風力発電装置が建設されるとなると反対する。エネルギー革命が個人の生活に悪影響を及ぼすのは、嫌なのだ。人々のメンタリティーが変わらなければ、エネルギー革命は成功しないだろう」と語った。

メルケル政権は、こうした批判にどう答えるだろうか

23 März 2012 Nr. 911

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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