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所得不平等の是正を!

ドイツ連邦議会選挙まで、いよいよあと2日。今回の選挙戦で各党が訴えたテーマの1つは、所得格差の是正だった。

ゲアハルト・シュレーダーは2003年に「アジェンダ2010」を発動し、失業保険制度や公的年金制度に大胆にメスを入れた。彼の政策は、「第2次世界大戦後、最大の社会保障サービス削減」と呼ばれた。このため統計上の失業者数は減ったものの、富裕層と貧困層の間の格差は拡大した。

ドイツも格差社会に

そのことは、社会の所得格差を測る物差しとして、欧州連合(EU)などの国際機関が最も頻繁に使うジニ係数に表れている。これは、社会の中で所得が完全に平等に分配されている場合に比べて、どれだけ分配が偏っているかを数値で示したものだ。例えば,収入格差がない完全に平等な集団では、ジニ係数は0になる。これに対し、1つの世帯だけが収入を独占する完全に不平等な集団ではジニ係数が限りなく1に近付く。数字が大きいほど、所得が一部の市民に偏っていることを意味する。

独・米・日のジニ係数の推移

経済協力開発機構(OECD)の統計によると、ドイツのジニ係数は、シュレーダー政権誕生直後の1999年には0.2585だったが、2005年には0.2968に増えている。約15%の上昇である。ただし、2005年以降は低下傾向にある(手元にある直近の数字は2010年で、0.286)。ドイツのジニ係数の絶対値には、ドイツ経済研究所(DIW)や欧州連合統計局、OECDなどの間でわずかな差異がある。計算方法などの違いによるものだろう。だが、ジニ係数が1990年代後半から2005年まで上昇し、それ以降下がるという傾向は、どの統計を見ても一致している。

富裕層に偏在する資産

ドイツで所得の偏在化が進んでいることを裏付ける、もう1つの数字がある。連邦統計局は、全世帯を個人資産が多い順に並べて、資産がどのように分布しているかを調べた。1998年には市民の内、最も裕福な10%の人々が、社会全体の個人資産の合計の45%を所有していた。シュレーダー改革後の2010年には、その比率が61%に拡大している。逆に、個人資産のリストの下半分に位置する市民は、1998年には個人資産全体の3%を所有していたが、2010年には、その比率が1%を割ってしまった。

このグラフは、ドイツの中間階層が時とともに小さくなっていく傾向も、くっきりと描いている。

ドイツの個人資産の分布状況

ベルリンにあるDIWのマルクス・グラプカ研究員は、この国の所得配分や貧困の問題をテーマに研究活動を行っている。彼は2012年に発表した研究報告書の中で、貧困に脅かされている市民の比率を調べた。貧困に脅かされている市民とは、市民の可処分所得を多い順に並べた場合、可処分所得が中間値の60%に満たない人々だ(これはEUなどの国際機関が使っている基準である)。

グラプカ研究員は、「1990年代のドイツでは、貧困に脅かされている市民の比率は約11%だった。しかし、1999年から2005年の間に貧困層は著しく拡大し、全体の14~15%となった。貧困率は、今もこの水準から下がっていない。特に旧東ドイツの貧困率は旧西ドイツを上回っており、2010年には市民の5人に1人が貧困層に属していた」と指摘している。

つまり、シュレーダー政権下で富裕層が資産の蓄積を加速する一方で、貧困に苦しむ市民の比率が拡大したのである。メルケル政権は、シュレーダー政権が実施した社会保障改革を一部緩和したが、それはシュレーダーの一部の政策に、市民にとって厳し過ぎる点があったからであろう。

ジニ係数に関するグラフをご覧頂ければお分かりになるように、ドイツの所得格差は米国や日本ほど大きくない。それでも今年誕生する新しい政権には、ドイツの国是である「社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)」の精神を再確認するためにも、貧困の危機にさらされているシングル・マザーの年金補てんなど、富の再分配を促進する政策を取ってほしい。

19 September 2013 Nr.962

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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