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Sa. 07. Dez. 2019

最低賃金導入へ ー SPD、アゲンダ2010を修正

10月17日、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)は、連立協定のための交渉に入ることを発表した。緑の党がCDU・CSUとの連立を諦めた今、CDU・CSUとSPDが大連立政権を組むことは、ほぼ確実となった。

連立協定の会議室
10月23日のCDU・CSUとSPDによる連立協定の様子

やって来る最低賃金制

CDU・CSUとSPDは、意見が対立していた政策についても譲歩する姿勢を打ち出している。最低賃金制は、その1つだ。

選挙前からSPDは、法律によって全業種に1時間当たり8.50ユーロ(1105円・1ユーロ=130円換算)の最低賃金を導入することを提案していたが、これに対してCDU・CSUは難色を示していた。しかし両党は、連立協定のための交渉に入る直前に、最低賃金をめぐり歩み寄りを決めた。SPDが富裕層に対する増税を断念する代わりに、CDU・CSUは最低賃金制への反対を撤回したのだ。

欧州の大半の国では、法律で最低賃金が決められている。しかしドイツでは、一部の業種が法律ではなく、労使間交渉によって最低賃金を設定していた。

経済学者たちの間からは、法律による最低賃金の導入は、雇用などに悪影響を及ぼすという声が上がっている。

ドイツ経済研究所(DIW)のフィヒトナー研究員は、「8.50ユーロの最低賃金は、旧東独地域の小規模企業に深刻な影響を与え、雇用の減少につながる」と警告する。彼によると、旧東独では就業者の25%が8.50ユーロよりも少ない時給で働いている。このため、最低賃金が8.50ユーロに引き上げられた場合、多くの市民が職を失う可能性があると言う。

リンツ大学のシュナイダー教授は、「時給8.50ユーロの最低賃金が法制化された場合、この金額よりも低い賃金で働く闇労働者が増加する。闇経済の規模は、1年間で約20億ユーロ(2600億円)増えるだろう」と推測する。シュナイダー教授は、現在ドイツで未申告労働に支払われる賃金や報酬の額が、毎年3405億ユーロ(44兆2650億円)に達すると推定している。闇労働の増加は、就業者が税金や社会保険料を納めないことを意味するので、社会に対して大きな損害を与える。

シュレーダー改革を修正へ

私が興味深く感じるのは、SPDがシュレーダー前首相による構造改革を部分的に逆戻りさせて、その悪影響を必死で弱めようとしていることだ。

ドイツでは、1998年から2005年まで首相だったシュレーダー氏が、構造改革「アゲンダ2010」を断行。彼は長期失業者に対する給付金を生活保護と同じ水準に引き下げ、公的年金を実質的に削減したり、健康保険の適用範囲を狭めたりした。さらに「ミニジョブ」と呼ばれる低賃金労働を可能にし、派遣労働に関する規制を大幅に減らした。ドイツではそれまで、雇用契約は基本的に無期限だったが、シュレーダー氏は法律を改正して、企業が期限付きの雇用契約を増やせるようにした。

こうした改革によってドイツの労働コストの伸び率はほかの欧州諸国よりも大幅に低くなり、失業者の数が約200万人減った。しかし、低賃金部門で働く労働者の比率は、EU主要国の間で最も高くなった。今でも200万人を超える人々が、1つの仕事の報酬だけでは生活できないため、国から失業給付金(ALG・II)を受け取っている。だがこれらの人々は、統計上は失業者に数えられない。シュレーダー氏は、低賃金部門の拡大と統計によるトリックによって、失業者数を大幅に減らしたのだ。

現在SPDは、連立協定をめぐる交渉の中で、最低賃金の導入だけではなく、派遣労働期間の制限や、期限付き雇用契約数の削減に狙いを定めている。

その理由は、シュレーダー改革について、SPDの左派勢力などから「所得格差を拡大し、ワーキングプアの問題を深刻化させた」として批判が出たからだ。シュレーダー氏が2期目の任期を全うせずに首相辞任に追い込まれたのは、アゲンダ2010に対する市民の不満が高まったからである。シュレーダー政権で一時財相を務めたが、SPDを離党して左派党に入ったラフォンテーヌ氏は、「数百万人の市民が貧困の脅威にさらされている。シュレーダー氏が首相の座を追われて良かった」と述べ、アゲンダ2010を厳しく批判している。

1976年には、SPDの党員数は100万人を超えていたが、今では半分以下の約49万人に減った。シュレーダー政権下でSPDを離党した市民も少なくない。つまりアゲンダ2010は、SPDに癒しがたい傷を与えたのだ。

今年はシュレーダー氏がアゲンダ2010を発令してからちょうど10年目だが、SPDは選挙期間中にこの言葉を使うことを避けた。今なおSPDの指導部にとって、アゲンダ2010という言葉は禁句なのだ。メルケル首相がシュレーダー氏による大改革を事あるごとに称賛するのとは、対照的である。

SPDは、時計の針を逆に戻して「負の遺産」を清算し、有権者の信頼を回復することができるだろうか。ガブリエル党首の戦いは、まだ始まったばかりだ。

1 November 2013 Nr.965

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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