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Mi. 11. Dez. 2019

ドクター・エトカーと ナチスの過去

ドイツで「ドクター・エトカー」と言えば、この国で最も有名な食材メーカーの1つだ。ケーキを焼くために、「Dr. Oetker」のロゴマークが付いたベーキングパウダーを使ったことがある読者もおられるだろう。

1891年にビーレフェルトで創業した家族経営企業「ドクター・アウグスト・エトカー合資会社」は、ケーキやプリンなど製菓の材料、ピザやビール、ワインやシャンパンなどを手広く扱う総合食品メーカーである。その製品は、世界中のあらゆるスーパーマーケットに並んでいる。同社は経営を多角化して、海運業や銀行業、出版業にも携わっており、バーデン・バーデンの高級ホテル「ブレナー」も、エトカー・グループが所有する。全世界の総社員数は2万6000人を超え、2012年の売上高は109億4200万ユーロ(1兆4224億円、1ユーロ=130円換算)に上った。ドイツで最も成功した家族経営企業の1つだ。

ナチス政権との深い闇

だがこの会社、1930年代からナチス政権と深い関わりを持っていたことが明らかになった。ミュンヘン大学の歴史学者アンドレアス・ヴィルシング教授らは、今年10月に『ドクター・エトカーと国家社会主義』という研究書を発表し、「同社の幹部とエトカー家は戦前から戦中にかけてナチス政権を支援し、その庇護を受けた」と断定している。

ヴィルシング教授によると、ナチスとのパイプを作ったのは、1921年から1944年まで同社の社長を務めたリヒャルト・カセロフスキーだった。創業者アウグスト・エトカーの一人息子ルドルフ・エトカーは、第1次世界大戦中に戦死。このため、親友だったカセロフスキーがルドルフの遺言に従って未亡人と結婚し、ルドルフの息子が成人するまで社長として会社を経営したのだ。

カセロフスキーはヒトラーの心酔者で、後に親衛隊の長官になるハインリヒ・ヒムラーとも親交があった。ナチスがユダヤ人の所有していた企業を没収し、経済のアーリア化(ユダヤ系企業を非ユダヤ人に売却させ、ユダヤ人を経済活動から排斥する行為)を進めた際にカセロフスキーは協力し、飲料業界への進出に成功した。また、ナチス党がノルトライン=ヴェストファーレン地方で広報活動のために地方紙を所有したいと考えた際には、カセロフスキーは自社が所有していたある新聞社をナチスに売却し、国防軍にプリンやケーキの材料を納入して売上高を増やすなどした。さらに、前線の兵士の栄養状態を改善するため、保存食(野菜や果物のドライフード)の開発・研究を、軍や親衛隊と共同で行っている。戦時中には物資が不足したが、同社はナチス政権との太いパイプがあったために、優先的に原材料の提供を受けられたという。

同社は、ナチス政権にとって優等生のような企業だった。カセロフスキーは、ヒムラーと共にダッハウおよびザクセンハウゼン強制収容所を訪問したことすらある。つまり彼は、ナチス体制の犯罪性をはっきりと自覚しながら、第三帝国を支援し続けたのだ。

後継者は事実を看過

創業者の孫ルドルフ・アウグスト・エトカーも、ナチス体制の泥沼にどっぷりと浸かっていた。彼は1939年にナチス党員になり、親衛隊の戦闘部隊である武装親衛隊の将校となった。しかし、党幹部との太いパイプのために前線に送られることはなく、親衛隊の経済管理部門で食料調達業務を担当した。

カセロフスキーは、1944年に連合軍の空襲によって妻と2人の娘と共に自宅で死亡。このためルドルフ・アウグストが義父の跡を継いでエトカー社の社長に就任した。彼は2007年に90歳で死亡するまで、「ナチスの犯罪については知らなかった」と主張し続け、同社の倫理的責任を認めなかった。彼は、ナチス政権の外相の息子で、武装親衛隊員だったルドルフ・フォン・リッベントロップを、グループ内の銀行に幹部として就職させている。ルドルフ・アウグストの存命中は、エトカー家でナチスとの関わりについて語ることはタブーとされていた。

暗い過去の清算へ

しかし、ルドルフ・アウグストの息子で、1981年から2009年まで同社の社長を務めたアウグスト・エトカーは父親の死後、そのタブーを打ち破った。彼は今年になって「我が社の幹部たちがナチス支配を肯定したことは間違いない。彼らが行ったいくつかの判断について、我々は今日、後悔している」という声明を発表したのだ。そして彼は、歴史家たちに自社のナチス時代との関わりについての文書を公開し、研究書を発表させた。「ナチスの過去と批判的に対決する」という、今日のドイツ社会の常識を受け入れたのである。

エトカー社は、戦前そして戦時中にナチスに加担して利益を得た多くの有名企業の1社に過ぎない。私が興味深く思うのは、これらの企業が1990年代以降、ナチスと協力した事実を積極的に書籍やウェブサイトで公表していることだ。経済のグローバル化が進む今日、こうした事実を隠すことは企業活動にとってマイナスになる。情報開示によって、過去の失敗に対して反省の念を世間に表明することは、ドイツ企業にとって社会的責任の遂行であり、重要なリスクマネジメントなのだ。

ドイツ人は、「歴史リスク」を否定し続ける国家や企業が、いつか手痛いしっぺ返しを受けることを知っている。(本文中敬称略)

20 Dezember 2013 Nr.968

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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