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大連立政権を揺るがす エダティー事件

日本と同じく、ドイツの政界も一寸先は闇だ。そのことを感じさせるのが、現在メルケル政権を揺るがしている「エダティー事件」だ。社会民主党(SPD)の議員が行ったオンライン・ショッピングがきっかけとなって、2カ月前に発足したばかりのメルケル政権の閣僚が辞任に追い込まれるとは、誰が想像しただろうか。

捜査情報を漏えいした大臣

2月14日、メルケル政権のハンス=ペーター・フリードリヒ農相(キリスト教社会同盟=CSU)が、辞任を発表した。その理由は、同氏が内相だった昨年10月に、連邦検察庁の捜査情報をSPDの党首らに漏らしたからだという。

2月14日、農相を辞任したフリードリヒ氏(CSU)
2月14日、農相を辞任したフリードリヒ氏(CSU)

フリードリヒ氏は、検察庁がSPDのゼバスティアン・エダティー連邦議会議員(当時)に対し、児童ポルノグラフィーのデータを買った疑いで捜査を行っていることをSPDのジグマー・ガブリエル党首に伝えた。昨年11月にカナダの警察が児童ポルノを販売していた企業を摘発した際、その顧客リストにエダティー氏の名前が含まれていたという。ガブリエル氏はこの情報を同党のトーマス・オッパーマン院内総務らに通告。エダティー氏は、2月7日に議員を辞職した。

2月10日、検察庁と警察はエダティー氏の自宅と事務所を家宅捜索したが、検察庁によると「明らかに児童ポルノと断定できる露骨な映像は発見できなかった」という。

その理由としては、2つの可能性が考えられる。1つは、エダティー氏が購入した映像が法に抵触しない内容であった可能性。もう1つは、SPD関係者がエダティー氏に捜査の情報を伝えたために、彼が法律に触れるような映像を捜索前に廃棄した可能性だ。エダティー氏は2月に、連邦議会に対して「列車の中で議会から貸与されていたコンピューターを紛失した」と届け出ている。彼がコンピューターを紛失した1月に、直ちに議会に報告しなかったことも不自然である。

捜査妨害の可能性も

なぜ捜査当局が、エダティー氏の家宅捜索で法律に違反する映像を見付けられなかったのかは分かっていない。しかし、仮にSPD関係者が情報を漏らしたために証拠が隠滅されたのだとしたら、捜査妨害という重罪である。

フリードリヒ氏の責任も大きい。昨年秋の時点では、警察と検察庁はエダティー氏について「疑わしい点がある」と考えていただけであり、クロとは断定していなかった。内相が進行中の捜査について、捜査に関係のない政治家に伝えるというのは言語道断である。その情報が第三者に伝わって、捜査が妨害される危険性があるからだ。さらに、仮に容疑者の嫌疑が最終的になくなり、「シロ」という結果になっても、内相が伝えた情報が独り歩きして、無実の市民がメディアなどに追及される危険性もある。したがって、フリードリヒ氏は、エダティー氏に関する捜査情報を部外者に伝えるべきではなかったのだ。捜査関係者は、内相が捜査情報を容疑者の属する政党に伝えていたという事実に唖然としたはずである。

このため検察庁は、2月26日にフリードリヒ氏に対して、「秘密漏えい」の疑いで捜査を開始した。法治国家ドイツでは当然のことだが、「法の番人」であるべき内相が捜査情報を漏らして検察の捜査を受けるとは、前代未聞である。

法律よりも党利党略を優先

これに対しフリードリヒ氏は、辞任の意向を明らかにしたときの記者会見で、「私は正しいことをしたと思っている」と反論。彼は、このような重要な情報を独占することは許されないと思っていたようだ。確かに、フリードリヒ氏がこの情報を得たのは、政治的に極めてデリケートな時期だった。当時キリスト教民主同盟(CDU)とCSU、SPDは大連立政権を樹立するために、連日連夜交渉を続けていた。

フリードリヒ氏は、機微な情報を入手して、こう考えたに違いない。「もしも自分がエダティー氏に嫌疑がかかっていることを誰にも伝えなかったら、SPDがエダティー氏を政権内で要職に就かせる可能性もある。後にエダティー氏が『クロ』と断定された場合、このことをSPDに連絡しなかったとして自分が責任を問われる。だからSPDに連絡して、児童ポルノを買った疑いがある人物を要職に就かせるかどうか、党自身に判断させよう」。だがこれは、法律よりも党利党略と自分の保身を優先する考え方であり、まさに噴飯ものである。フリードリヒ氏が非を認めず、自分の行為の正当化を試みていることは、彼が内相の器ではなかったことを示している。

大連立政権に不協和音

エダティー事件のために、大連立政権の足並みは大きく乱れている。閣僚の1人を失って激怒したCSUは、SPDの情報管理に問題があったのではないかと批判する。連邦議会に、エダティー事件に関する調査委員会を設置するべきだという意見もある。

エダティー氏は、「自分は法律に違反しておらず、検察庁の捜査は不当だ」と主張している。メディアからは、検察庁が情報を入手してから4カ月間もエダティー氏に対する強制捜査に踏み切らなかったことを批判する声も出ている。

メルケル首相はこの事件について多くを語らないが、「捜査情報を外部に漏らしたウブな内相」を見て、CSUの人材不足を苦々しく思っているに違いない。

7 März 2014 Nr.973


 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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