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Mi. 22. Jan. 2020

ミュンヘン乱射事件の衝撃

ドイツ・第3の大都市ミュンヘンで7月22日に起きた乱射事件は、欧州だけでなく世界中の人々に強い衝撃を与えた。この日午後6時頃、18歳のミッテルシューレの生徒アリ・Sが、ミュンヘン北西部のモーザッハ地区にあるファストフード・レストランと向かいのオリンピア商店街(OEZ)で、9人の市民を射殺したのだ。35人が重軽傷を負った。

事件現場
7月24日、花束やろうそくが手向けられた
オリンピア商店街の事件現場(撮影: 熊谷 徹)

犯人は自殺、
リュックには300発の銃弾が

金曜日の夕刻に買い物を楽しんでいた市民たちは、突然の銃声に逃げまどった。MP5型サブマシンガンを持った警察官たちが、現場に駆け付けた。OEZ上空では、警察のヘリコプターが旋回する。Sは現場から北100メートルの裏道に隠れたが、警察官に見つかったため、拳銃で自殺した。彼は拳銃を約60発撃っていたが、背負っていたリュックサックには約300発の銃弾が残されていた。

Sはミュンヘン生まれで、イラン系のドイツ人。父親はイラン人のタクシー運転手である。自宅を捜索した警察官たちは、Sがうつ病のために精神科医の治療を受けていたことを示す書類や薬物を発見。また、彼の自宅では、欧州各地で起きた乱射事件に関する本も押収された。

7月22日は、極右思想を持っていたノルウェー人アンネシュ・ブレイヴィークが、オスロなどで77人の市民を殺害した日からちょうど5年目にあたる。Sはこの事件について強い関心を持っていた。このため警察は、Sがブレイヴィーク事件を模倣し、この日を選んで乱射事件を起こした疑いを強めている。

Sはオーストリア製の拳銃グロック17型を犯行に使ったが、彼がこの拳銃と銃弾をどのようにして入手したかは、大きな謎である。警察では、Sが武器や麻薬の取引に使われる「ダーク・ネット」というインターネットの秘密のサイトを使って、武器を入手したのではないかと見ている。

テロへの不安感がミュンヘンをパニックに

この事件は、ドイツ人に強いショックを与えた。今年夏に入って、異常なテロ事件が相次いでいるからだ。この事件の8日前の7月14日には、フランス・ニースの海岸でイスラム系過激派の青年がトラックを暴走させて観光客84人をひき殺した。また7月18日には、ドイツのヴュルツブルクの列車内で、昨年難民としてドイツに入国していたアフガニスタン人の青年が、おのと包丁で乗客に襲いかかり、ドイツを旅行していた香港の観光客4人が重傷を負った。この青年は、人々を襲う際に、「アラーは偉大なり」と叫んでいた。今回の事件の特徴は、イスラム系テロに対する不安感が、ミュンヘンを一時パニックに陥れたことだ。

第1報がテレビやラジオ、ネットで伝えられたとき、警察は「3人の犯人は逃走中」と発表した。その理由は、当初警察が「S以外に、現場から車で猛スピードで逃げた2人の男が目撃された」と考えたからだ。後にこの2人は事件と無関係だったことが判明した。しかし犯人が3人だという情報は、昨年11月にパリで起きた同時テロを連想させた。つまり警察は、テロリストたちがオリンピア商店街以外の場所でも攻撃するという最悪の事態を想定したのだ。バイエルン州警察本部は、一時Twitterで「Akute Terrorlage(極めて危険なテロ事態)」という情報を拡散したため、多くの市民がパリと同様のテロ攻撃がミュンヘンで起きたと感じた。周辺の州から続々と警察官が送り込まれ、その数は一時約2300人に達した。連邦内務省の対テロ特殊部隊GSG9も、ミュンヘンに急派された。

この日、通常の4倍を超える約4000件の911番通報があり、警察は、デマに振り回された。例えば「町の中心部のシュタッフス地下商店街でも銃声が聞こえた」という911番通報があったため、警察はシュタッフス商店街、ミュンヘン中央駅、マリエン広場の地下鉄駅を閉鎖。逃げまどう市民の中には、恐怖のために泣き出す人もいた。重武装した警察官たちが、人影のなくなった地下街を探索した。さらに警察は、市民に対して建物から外に出ないよう指示した。地下鉄、市電、バスも停止し、長距離列車も一時ミュンヘン駅には停まらなかった。タクシー運転手たちも、客を取らないように無線で指示された。多数の市民が帰宅できなくなり、ホテルやレストランなどで足止めを食った。ミュンヘンの中心部では一時金曜日の夕刻とは思えないほど人影が途絶え、ゴーストタウンになった。

警察がSが単独犯だと断定し、公共交通機関の使用を再開させたのは、事件発生から6時間後の翌日午前1時だった。

治安確保という大きな試練

私は事件から2日経った7月24日に、オリンピア商店街の現場に行った。惨劇の舞台となったファストフード・レストランとショッピングモールの前には、数百人の市民が置いた花束やろうそくがうず高く積まれていた。9人の犠牲者の大半は、10代。その内8人がトルコ、コソボ、アルバニア系だった。移民の子供たちだろう。友人を失ったのか、若い女性たちが地面にうずくまり、泣きじゃくっていた。多数の人々が集まっているにもかかわらず、重苦しい沈黙が漂っている。真夏の太陽が照り付ける中、多くの人々は呆然として立ちすくんでいた。ミュンヘンとヴュルツブルクの例が示すように、警察が単独犯による乱射やテロを100%防ぐことは、極めて難しい。テロの危険が高まる時代に、いかにして治安を確保するか。ドイツ政府は大きな試練に直面している。

5 August 2016 Nr.1031

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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