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米国のパリ協定離脱にドイツとEU、強く反発

G7サミット
G7サミットにて写真撮影に応じる
トランプ大統領(右)とメルケル首相

「米国はパリ協定から離脱する。そして米国にとってフェアな協定に参加するために交渉を始める。交渉が成功して米国にとって公正な協定になれば良いが、成立しなくてもかまわない」。ドナルド・トランプ大統領が6月1日にワシントンDCで行った「離脱宣言」は、全世界に強い衝撃を与えた。彼は「パリ協定は、米国の富を他国に再配分するものであり、我が国にとって不利だ。離脱の決定は我々の経済的な利害に基づくものであり、地球温暖化には全く影響を及ぼさない」と述べ、環境保護のための国際的な取り決めよりも、米国の利益を優先する姿勢を強調した。

メルケル首相の失望

ドイツのアンゲラ・メルケル首相はトランプ氏に電話をかけ、遺憾の意を直接伝えた。ベルリンでの記者会見で「米国の離脱は、極めて残念だ。この言葉は非常に控えめな表現である」と異例の強い口調で失望を表した。さらに首相は「我々はパリ協定を必要としている。地球と、神の創造物を守るためにこの協定を守らなくてはならない。米国が離脱しても、我々は地球温暖化との戦いをやめない。たとえ道が険しくても、パリ協定は必ず成果を生む」と述べ、温室効果ガス排出量の削減へ向けて、不退転の決意を示した。

この後メルケル首相は、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、イタリアのパオロ・ジェンティローニ首相と連名で、「パリ協定は後戻りさせることができない」として、米国が求める交渉のやり直しを拒否する方針を明確に示した。

地球温暖化防止のための歴史的な合意

トランプ氏は、大統領に就任する前の2012年に、「地球温暖化は中国が米国経済に損害を与えるために、でっちあげたものだ」と発言している。彼は、温室効果ガス削減のための世界的な枠組みが、米国の石炭産業など化石燃料に関連する産業を弱体化させ、失業者を増やすと主張したのだ。だが大半の科学者は、「人類が排出する二酸化炭素などが地球温暖化に影響を与えている」という見解を持っている。

2015年12月のパリ協定は、ニカラグアとシリアを除く全ての国が調印した、温室効果ガス抑制のための初めての取り決めだ。気候変動に歯止めをかけるために、世界の大半の国が団結した、歴史的合意である。

2016年11月に発効したこの協定は、195の参加国・地域に対して、気温上昇の幅を、工業化が始まる前の時期に比べて2℃未満に抑えることを狙っている。先進国は、発展途上国が地球温暖化ガスの排出量を減らすための資金援助も行う。米国の地球温暖化ガスの排出量は、中国に次いで2番目に多い。その国が協定に背を向けることは、気候変動を防ごうとする努力に大きな影を投げかける行為だ。

G7サミットでも亀裂

欧州では、トランプ大統領の独善的な態度について、失望と怒りの声が高まっている。米国がパリ協定に背を向ける兆候は、5月末にイタリアのタオルミーナで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)ですでに現れていた。会議の席上、トランプ氏だけが「パリ協定は米国経済を不利な立場に追い込む」として履行に反対。他の首脳らとの間で深い亀裂が生じた。

メルケル首相は、帰国後にミュンヘンで行った演説の中で「我々が他国の首脳を信頼できる時代は、終わった。そのことをG7サミットで強く感じた。我々欧州人は、これからは(他国に頼らずに)自分の運命を自分の手で切り開かなければならない」と述べ、深い失望感を表した。

欧州委員会のジャン・クロード・ユンケル委員長は、「米国がパリ協定から離脱しようとするならば、我々欧州人は『それは許されない』と米国の前に立ちはだかる。地球温暖化は、先進国だけではなく、世界の多くの国々を脅かす深刻な問題である。83カ国が、海面の上昇によって水没する危険にさらされている。パリ協定という国際合意は、フェイクニュースではない」と強い口調で米国を批判した。世界でCO2排出量が最も多い中国は、今のところパリ協定を順守する方針を表明し、EU諸国と歩調を合わせている。だが中国がパリ協定に参加したのも、米国のオバマ前大統領が説得した結果である。それだけに、米国の離脱は、各国の協定順守の意思を弱める危険がある。ドイツの政治家や学者達が懸念しているのは、米国の真似をしてパリ協定を離脱する国が現れることだ。

米国からの自立を求められる欧州

米国が他の国々に背を向けているのは、環境問題だけではない。トランプ氏は、多国間の通商協定を批判し、保護主義的な姿勢を打ち出している。さらにドイツなど北大西洋条約機構(NATO)の大半の加盟国が、防衛のための支出を十分に行っていないとして、欧州防衛のための貢献を減らす可能性を示唆している。

米国はもはや西側の指導者、世界の警察官としての役割を果たさないだろう。欧州諸国の米国に対する信頼感は、トランプ氏が大統領になって以来、急激に低下した。ドイツを初めとするEU諸国は、米国の支援がなくても世界の秩序を守ることができるように、「米国からの精神的な乳離れ」を迫られているのだ。

欧州諸国が、今なお防衛について米国に大きく依存していることは、自立を妨げる。彼らは米国から自立するために、防衛努力を大幅に増やすことを求められるだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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