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大連立政権へ第一歩 SPDの苦悩は続く

ドイツでは去年9月の連邦議会選挙から約4カ月経っているのに、新政府が誕生していない。この戦後初の異常事態に、ようやく収拾の兆しが見えてきた。

2018年ドイツの展望1月21日にボンで開かれた党大会での投票後のナーレス氏(左)とシュルツ党首

SPD、僅差で大連立を承認

社会民主党(SPD)は、1月21日にボンで臨時党大会を開き、代議員の約56%が、キリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)との大連立へ向けた本交渉を始めることに同意したのだ。

SPDのマルティン・シュルツ党首は体調を崩して声を枯らし、厳しい表情で党大会の成り行きを見守っていた。だが党大会の議長役を務めていたハイコ・マース法務大臣が、代議員の投票の結果を読み上げると、シュルツ党首は満面の笑みを浮かべ、隣に座っていたアンドレア・ナーレス連邦議会・院内総務と抱き合った。

この結果、CDU・CSUとSPDは、連立協定書の合意へ向けて本格的な交渉を始める。交渉が順調に進めば、3月には新しい大連立政権が誕生する見通しだ。

メルケル首相は、ここ数週間にわたり「一刻も早く安定した政府を樹立するべきだ」と繰り返してきた。EUの事実上のリーダー国ドイツで、政府の空白状態が長引いているために、欧州全体の政局運営にも悪影響が出始めているからだ。たとえば、喫緊のテーマである欧州通貨同盟の改革やEUの安全保障体制の強化など、重要な議題が棚上げになっている。欧州委員会や周辺諸国の首脳の間では、ドイツの政治空白について苛立ちが強まっている。このためEU幹部やフランスの閣僚からは、SPD党大会の決議内容を高く評価する声が出ている。

SPDの深い亀裂

しかしSPDは喜ぶわけにはいかない。同党は大連立に参加するか否かをめぐり、分裂状態にある。青年部や旧東ドイツの党支部からは大連立に反対する意見が強かった。その理由はシュルツ党首が政権参加をめぐり右往左往したことだ。シュルツ氏は去年の連邦議会選挙の直後に、大連立政権への参加を拒否し、野党席に戻ると宣言。彼は、SPDの得票率が約20%という過去最低の水準に落ち込んだので、党を改革してSPDの個性を強めなくてはならないと考えたのだ。

だが、11月19日に、CDU・CSUと自由民主党(FDP),緑の党の四党連立をめぐる交渉が決裂。再選挙の可能性が浮上した。選挙をやり直す場合、政府の空白状態がさらに長引く危険がある。このためフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は、シュルツ氏に「下野宣言」を再考するよう要求した。

シュルツ氏は大統領の意向を受け入れて、方向を180度転換し、大連立政権への参加に前向きの姿勢を取り始めた。だがSPDの若い党員の間では、「党首が朝令暮改を続けていたら、この党の信用性はさらに落ち込む」として、シュルツ氏の方向転換を批判する声が強まった。臨時党大会で代議員の約44%が、大連立政権への参加に反対したのは、そのためである。左翼政党「リンケ」のべアント・リークシンガー副院内総務は、「SPDの大連立承認は、ハラキリ(自殺行為)だ」とコメントしている。彼は「SPDは、メルケル首相が現状維持をできるように、自党の改革を犠牲にした」と主張しているのだ。

SPDはメルケル氏の梯子役?

去年1月にシュルツ氏が党首に選ばれた時に、SPDの党員数は1万人も増えた。当時新しく入党した人の中には、今深い失望感を抱いている人も多いはずだ。SPDの党員の中には、「我々はメルケル氏が首相の座に登れるようにするための、梯子として使われているだけではないか」という不満もある。実際、CDU・CSUにはSPDを「小人」扱いする言動が見られる。

党大会に先立って、CDU・CSUとSPDの幹部たちは、大連立のための予備協議を終えて、新政権の政策アウトラインを公表した。その中では、SPDが要求してきた、民間健康保険の廃止による「市民保険制度」の創設や、富裕層に対する増税案、難民の家族呼び寄せに関する緩和措置などが無残に削り取られていた。

ナーレス院内総務は、「我々は連立協定をめぐる本交渉で、政策アウトラインの是正を求める」と宣言しているが、CDU・CSUがやすやすと応じるとは思えない。シュルツ氏はFDPのように交渉から離脱せずに、「安定した新政権を早期に樹立する」という大義名分を重視して、連立協定書にサインするだろう。

低下するSPDの支持率

一度メルケル氏に挑戦状を叩きつけておきながら、再びすごすごとCDU・CSUに寄り添うSPDの支持率は、さらに下がる可能性が強い。1月23日にドイツの世論調査機関INSAが発表したアンケート結果によると、SPDへの支持率は、去年9月の連邦議会選挙での得票率よりも2ポイント下がり、18%になった。

逆に極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率は、2ポイント増えて14%に達し、SPDとの差は4ポイントに縮まった。ドイツの報道機関は、毎週のようにAfDの幹部らの人種差別的な発言や、ネオナチを思わせる失言について報じているのだが、AfDへの支持率が下がる兆候はない。これは、多くの有権者がAfD幹部の過激な発言について、不感症になりつつあることを示しているのかもしれない。ドイツに住む我々にとっては、不気味な兆候である。

SPDはドイツの二大政党制の重要な柱だ。一刻も早く有権者の信頼を回復する道を歩み始めてほしい。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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