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ドイツの武器輸出をめぐる激論

今年1月、トルコ軍はシリアに進撃し、北西部の町アフリンへの攻撃を開始した。この町は2012年以来、クルド人の組織PYDが支配している。PYDはトルコ政府がテロ組織と見なすPKK(クルド人労働者党)と関係が深い。このためエルドアン大統領は、アフリンからPYDを駆逐することを目指している。トルコ軍とクルド人武装勢力YPGの間では激しい戦闘が展開されたが、この戦いでドイツ人を悩ませた問題がある。

シリアのクルド自治領アフリンで戦闘を繰り広げるトルコ軍
シリアのクルド自治領アフリンで戦闘を繰り広げるトルコ軍

ドイツの戦車がクルド人攻撃に使われた

トルコのテレビ局は、最前線で撮影した映像を流した。黄土色と暗緑色の迷彩塗装を施された威圧的な戦車が、シリアとの国境へ向けて進撃していく。だがドイツの政治家たちは、この映像を見てギョッとした。これらの戦車が、ドイツ製のレオパルド2・A4型だった。ドイツで製造された戦車が、クルド人攻撃に使われているのだ。トルコはドイツと同じくNATO(北大西洋条約機構)に加盟。このためドイツは1990年代にレオパルド1型を400台、2009年にレオパルド2型を350台、トルコに輸出した。同盟国に武器を輸出することは、通常ならば問題はないとされている。

だがクルド人の武装組織は、テロ組織イスラム国(IS)とも戦ってきた。このためドイツや米国などは、クルド人の武装組織に武器を供給したり、軍事教練を施したりしてきた。つまりクルド人はドイツにとっては、ISとの戦いにおいては味方である。そのクルド人たちを、ドイツから輸出された戦車が殺傷する。これはドイツにとって大きなジレンマだ。

緑の党、トルコへの武器輸出停止を要求

緑の党で防衛問題を担当するアグネシュカ・ブルガー氏は、ドイツ政府に対してトルコへの武器輸出を直ちにやめるよう要求。同党のクラウディア・ロート氏も「エルドアン大統領は中東地域の情勢をさらに不安定化している。メルケル政権は、トルコへの武器輸出を即時停止するとともに、シリア難民に関するトルコとの合意も廃棄するべきだ」と語っている。

エルドアン大統領は、2016年のクーデター未遂事件以来、独裁的な性格を強めており、敵視してきたクルド人に対する弾圧を強化している。トルコ政府がドイツのジャーナリストや人権活動家を逮捕して長期間にわたり投獄するなど、両国の関係は悪化している。ドイツ政府はそのような国に大量の武器を輸出したことを、いま悔やんでいるに違いない。

ロシアに接近するトルコ

エルドアン大統領はEUやNATOに対して敵対的な姿勢を強めている。彼はEUを挑発するために、時折ロシアのプーチン大統領に接近するかのような態度を見せる。一方欧米との対決姿勢を強めるプーチン氏は、NATOの足並みを崩すために、トルコを自分の側に引き入れたいという思惑を持っている。たとえばロシアはシリア上空の制空権を握っているが、トルコ空軍の戦闘機がクルド人武装勢力を爆撃できるように、アフリン上空の飛行を許した。欧米諸国は「ロシアとトルコが接近しつつある兆候」と見て懸念を強めている。

ドイツは世界4位の武器輸出国

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2013年~2017年までの世界の武器輸出額のなかでドイツは5.8%を占め、世界で4番目に武器輸出額が多い。2016年のドイツの武器輸出額は、前年比で57%も増えて、28億1300万ユーロ(3657億円・1ユーロ=130円換算)。ドイツ市民の間に平和主義的な思想を持った人が多いことを考えると、ドイツが武器輸出大国であるという事実は、違和感を与える。

ドイツ政府では、民間企業が外国政府に武器の輸出を希望する場合、首相、外務大臣、国防大臣、経済エネルギー大臣などが構成する「国防評議会」の許可を得なくてはならない。ドイツは原則として「紛争地域には武器を輸出しない」という方針を持っている。だが、武器を輸出する時点で輸入先が紛争に関与していなくても、トルコのケースのように輸出後、数年経ってからその国が紛争に巻き込まれ、ドイツの兵器を使用するという事態もあり得る。その意味で、現状の原則だけでは、不十分である。

中東地域の不安定化

すでに7年間も続くシリア内戦の影響で、中東地域では、不安定化の傾向が強まっている。サウジアラビアやアラブ首長国連邦などは、イランやイランに支援された過激勢力との対立姿勢を強めている。イランの革命防衛隊は、シリア西部に拠点を設置し、レバノンのシーア派過激組織「神の党(ヒズボラ)」への軍事支援を強めている。ヒズボラはイスラエルとの戦争に備えて、数万発のミサイルを持っていると伝えられる。

イスラエルはイランとヒズボラを最大の脅威と見なしており、これらの勢力との間でいつ戦端が開かれても不思議ではない。中東では今日の事態が平穏でも、明日何が起こるかわからない。

武器輸出三原則を守るべきだ

こうした状況を考えると、ドイツ政府は中東地域への武器輸出を大幅に減らすべきだろう。日本でも武器輸出三原則の大幅な緩和を求める声が強まっているが、私は日本に対し武器輸出には慎重な態度を貫いてほしいと思う。クルド人に砲口を向けるドイツのレオパルド戦車は、日本人にも教訓を与えている。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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