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新党首選出が露呈したCDUの深い亀裂

キリスト教民主同盟(CDU)は、12月7日の党大会でメルケル首相の「盟友」アンネグレート・クランプ=カレンバウアー幹事長(56歳)を新党首に選んだ。CDUは党の方針を急激に右傾化させる道を避け、メルケル路線の継承を望んだのだ。だが、クランプ=カレンバウアー氏の得票率はCDU党首選の歴史で最低だった。この事実は、メルケル派と反メルケル派の間の亀裂の深さをはっきりと示した。

クランプ=カレンバウアー氏とメルケル首相
CDU党首に選出されたクランプ=カレンバウアー氏(写真左)とメルケル首相

クランプ=カレンバウアー氏の薄氷の勝利

クランプ=カレンバウアー氏は保守派が推すフリードリッヒ・メルツ元院内総務、イェンツ・シュパーン健康大臣との最初の投票では過半数を取ることができなかった。このためメルツ氏との決選投票が行われたが、クランプ=カレンバウアー氏の得票率は51.8%で、メルツ氏の48.2%に対しわずか3.6ポイントの差をつけただけだった。つまりクランプ=カレンバウアー氏は、代議員の全幅の信頼を受けて党首になったわけではない。

メルツ氏はメルケル氏との権力争いに敗れて9年前に政界を去り、同氏の党首選不出馬宣言を受けてカムバックを試みた。彼は党首選の前に年収が100万ユーロ(1億3000万円・1ユーロ=130円換算)であるにもかかわらず、「自分は中間階層の上の方に属する」と言って世間の失笑を買った。庶民感覚では、年収が100万ユーロを超えている人は富裕層に属する。

またメルツ氏は「EU全体で難民受け入れに関する規則を統一するならば、ドイツの基本法で保障されている亡命権についても議論しなくてはならない」というAfDに似た発言を行って批判された。党大会での演説も外交問題などを前面に出し、自分がすでに首相になったかのような内容で、支持者を落胆させた。

こうした失点にもかかわらず、代議員の半分近くがメルツ氏を選んだことは、メルケル首相の息のかかったクランプ=カレンバウアー候補への反感がいかに根強いかを表わしている。辛くも党首に選ばれたクランプ=カレンバウアー氏は、涙をぬぐいながら党員たちに「われわれは欧州で生き残った最後の伝統政党だ。勇気を出して市民と語り合い、彼らの期待に応えていこう。そのためには団結する必要がある」と呼びかけた。

豊富な行政経験でメルケル首相に抜擢された

クランプ=カレンバウアー氏は、ほかの候補に比べて行政経験が豊富だ。同氏は2000年からザールラント州政府の大臣として内務、社会保障、労働行政、青少年問題などを担当した後、2011年から7年間にわたりザールラント州の首相を務めた。特に治安政策についてはメルケル氏よりも保守的な立場を取っている。たとえば2015年秋にドイツに多数のシリア難民が流入したときには、クランプ=カレンバウアー氏はザールラント州で難民の年齢を強制的に特定する検査を実行させた。その結果、検査を受けた難民の約30%が年齢を偽っていたことがわかった。

彼女は去年3月に同州の州議会選挙で、当時マルティン・シュルツ氏を党首に選んで支持率を高めつつあった社会民主党(SPD)に圧勝したことから、党内で高く評価された。シュルツ氏のSPDはザールラント州議会選挙で出鼻をくじかれた後、二度と立ち上がることができなかった。

クランプ=カレンバウアー氏はメルケル氏の難民政策を支持する数少ない政治家の一人だ。彼女は今年2月に首相によってCDU幹事長に指名され、党大会での選挙で約99%の高得票率を得て幹事長に選ばれた。この人事が注目されたのは、かつてメルケル氏自身が幹事長、CDU党首を経て連邦政府首相の座に就いたからである。

2019年の選挙が試金石

メルケル氏は党首のポストからは退くものの、2021年まで続く首相の任期は全うする方針だ。CDUで異なる人物が党首と首相を務めることは異例だが、自分が幹事長に抜擢した人物が党首になったことは、メルケル氏にとってスムーズな政策運営を可能にする。仮に2021年の連邦議会選挙でクランプ=カレンバウアー党首が首相になれば、人権を重視するメルケル氏の政策が引き継がれる可能性が強い。

メルケル・クランプ=カレンバウアーによる二頭体制の真価は、2019年の数々の選挙で問われる。欧州議会選挙だけでなく、旧東ドイツでも重要な地方議会選挙が控えている。これらの選挙でCDUが引き続き得票率を減らした場合、新党首への批判が強まることは必至だ。スイスの日刊紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」のマルク・フェリックス・ゼラオ記者は、「クランプ=カレンバウアー氏が『ミニ・メルケル』、『メルケル2.0』というイメージを払拭するには、メルケル氏の路線から距離を置かなくてはならない。さもなければ、保守層の信頼を回復することはできないだろう」と述べている。

確かに、メルケル首相と親しい党首が率いるCDUが、右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)に奪われた保守的な有権者たちを取り戻すことができるかどうかは、未知数である。メルツ氏の党首就任を切望していた経済界からも、クランプ=カレンバウアー氏の勝利に失望する声が聞こえる。クランプ=カレンバウアー氏は反メルケル派に共同歩調を歩ませることができるだろうか?新党首の今後の道程が険しくなることだけは、確実だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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