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Oliver Was­ser­mann
Do. 25. Apr. 2019

「合意なしBREXIT」に身構えるドイツ企業

1月15日夜、ドイツの政界、経済界に衝撃が走った。英国議会下院が、メイ首相が推すEU離脱(BREXIT)に関する条約を圧倒的多数で否決したからだ。

1月15日にロンドンで行われた離脱合意案の議会採決に臨む、英国のメイ首相(中央)
1月15日にロンドンで行われた離脱合意案の議会採決に臨む、英国のメイ首相(中央)

袋小路のメイ首相

採決では432人の議員が条約案に反対したのに対し、賛成した議員は202人にすぎなかった。メイ首相が率いる保守党の議員からも、多数の反対者が出た。条約案の否決は予想されていたが、230人もの大差がついたのは想定外の事態である。これによってメイ首相の保守党内での立場は一段と弱まるとともに、英国政界の混乱が深まった。

この条約案が否決された最大の理由は、英領北アイルランドの取り扱いだ。EU側はアイルランドと北アイルランドの間の国境検査、税関検査が強化されることに反対しているが、合意に達することができなかった。そこでEUとメイ首相は「2020年末までの過渡期間中に、英国とEUが北アイルランドの扱いについて合意できなかった場合には、北アイルランドはEU関税同盟に残留する」という暫定措置(バックストップ)を取り決めた。

だが保守派の議員からは「これでは英国は自国の判断で関税同盟から抜け出ることができず、主権が制限される」と強い批判の声が上がっていた。つまりバックストップに期限をつけるなどの変更を加えない限り、この条約案が議会で承認される見込みは薄い。一方EUはメイ首相と合意した条約案を変更することを断固として拒否している。

1月21日にメイ首相は議会下院で「バックストップについてEUと再び協議する」と述べたが、EU側が態度を大きく変えるとは思えない。要するにメイ首相は袋小路に追い詰められてしまったのだ。

否決で合意なし離脱の可能性が強まった

3月29日のBREXITまでに残された時間は、わずか8週間。それまでにメイ首相が議会の同意を得られる条約案をまとめあげて、EUと合意できない場合には、英国は同意のないままEUを離脱する。いわゆる「ハードBREXIT」である。

ドイツの経済界、論壇では1月15日の否決以降、ムードががらりと変わった。「最後は英国とEUが妥協するだろう」という楽観論が影をひそめ、合意なしのBREXITがやって来るという悲観論が強まったのだ。経済団体や企業関係者の間では、「ハードBREXITが起きた場合、英国とEUの間の物流が少なくとも一時的に悪影響を受ける」という見方が有力だ。物流の混乱によって最も大きな影響を受けるのはドイツだ。

英国議会下院調査局によると、2017年の英国とほかのEU加盟国の間の貿易額(輸出額と輸入額の合計)は6150億ポンド(86兆1000億円・1ポンド=140円換算)だが、この内ドイツは1349億ポンド(18兆8860億円)と最も多い。同国は英国の対EU貿易の21.9%を占めていることになる。

英国と欧州大陸を結ぶドーバー海峡のユーロトンネルを毎日行き来し、英国とEUの間で物資を輸送しているトラックの数は、1日当たり1万~1万2000台。現在は税関検査がまったく行われていないが、ハードBREXITによって税関検査が始まり、1台のトラックにつき15~30分の検査が行われるとなれば、英国とEUの国境の間で大渋滞が発生する可能性がある。

今日多くのメーカーは部品の在庫を最小限に抑えるために、受注の状況に応じて短期的に部品を注文するカンバン方式を採用している。だがその前提は、ドーバー海峡を越える物流がスムーズに運ぶことである。国境でトラックが大渋滞に巻き込まれた場合、カンバン方式の前提が崩れてしまう。

多くの独企業はハードBREXITを想定

ドイツの多くの大企業は、2016年に英国の国民投票で離脱派が勝って以来、「合意なしのBREXITがあり得る」という前提で密かに準備を進めてきた。

たとえば英国企業から原材料や部品の供給を受けているドイツのある機械製造企業は、去年夏から原材料や部品の在庫を増やし、英国・UK国境でトラックの渋滞が2~6週間続いても支障が出ない体制を作り上げた。万一英国からの部品供給が途絶えても、2カ月近く自活できるようにしたわけだ。同企業では中長期的には英国の企業が供給している部品や原材料を、EU域内での調達に切り替えることも検討している。

また英国で車の組み立てを行っているドイツのあるメーカーは英国工場の保守点検のための操業停止を3月29日のBREXIT直後に予定することにより、数日間にわたって国境で大渋滞が起きることによる衝撃を緩和しようとしている。同社はドーバー海峡での渋滞に備えて、自動車部品を欧州大陸から英国に空輸するためのキャパシティーも確保したと伝えられている。

ミュンヘン・南部バイエルン商工会議所で貿易問題を担当するフランク・ドレンドルフ氏は、「大企業ではハードBREXITについての準備が進んでいるが、中小企業では、備えが遅れている」と語る。ドイツ産業連盟(BDI)のヨアヒム・ラング専務理事は、「合意なしBREXITは、英国とEUの数万社の企業、数多くの就業者に悪影響を及ぼす惨事となるので、絶対に避けるべきだ。英国政府と欧州委員会は妥協策を見つけてほしい」と訴える。だが楽観論は禁物だ。メイ首相の推す条約案の交渉には約1年半かかった。その案が否決された今、英国とEUはわずか2カ月の間に合意に達することができるだろうか?

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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