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Do. 21. Mär. 2019

なぜSPDは社会保障の拡大を目指すのか

今年2月6日に社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首が発表した政策提案書「Sozialstaat 2025(社会保障国家2025)」は、ドイツの政界・経済界で激しい論議を巻き起こした。

SPDのアンドレア・ナーレス党首
社会保障国家2025を発表した、SPDのアンドレア・ナーレス党首

長期失業者への支援を拡大

その理由は、この提案が同じSPDのゲアハルト・シュレーダー前首相が2003年に断行した労働市場・社会保障改革「アゲンダ2010」の根本的な見直しを求めるものだからだ。「アゲンダ2010」は、現在のドイツの好景気と低い失業率の基盤をつくった改革として、経済界では高い評価を受けている。

ナーレス党首の改革案は、長期にわたって失業している市民らに対する国の援助を改善し、生活水準を引き上げることを目指している。たとえば現在58歳の失業者が受け取る「第1失業者援助金(ALG1)」は24カ月を超えると打ち切られるが、ナーレス氏はその支給期間を33カ月に延長することを提案している。

ALG1の支給が終わると、生活保護とほぼ同水準の「第2失業者援助金(ALG2)」の支給が始まる。その額は独身の失業者の場合、月424ユーロ(5万5120円・1ユーロ=130円換算)である。この援助金は、提案者(フォルクスワーゲン社の元労務担当取締役)の名前を取って「ハルツIV」と呼ばれていた。ドイツでは「あの人はハルツIVだ」というと、長い間失業しているということを意味するが、ナーレス党首はこの侮蔑的な名称を廃止し、「Bürgergeld(市民のための支給金)」という名称の導入を提案した。

ハルツIVの特徴は、制裁措置の厳しさである。たとえば失業者が正当な理由もなく労働局とのアポイントメントを無視したり、労働局がすすめた仕事に就くことを拒否し続けたりする場合には、支給金を削減されたり、停止されるなどの可能性がある。2015年には、13万1520人がこの制裁措置を受けた。

さらに財産や住んでいる住宅の広さによっては、労働局から「経済状態に余裕がある」と見られて支給金を減らされる可能性もある。

ナーレス党首は、「市民のための支給金」を受け取る失業者には、最初の2年間については事実上制裁措置を廃止し、財産や住宅の広さによる支給金の減額も廃止することを要求している。ALG1の期間には制裁措置はないので、長期失業者はほぼ5年間にわたり制裁を受けないことになる。

ナーレス氏は「国は5年間にわたって失業者を支えて、新しい仕事を見つけられるように支援を行うべきだ。失業保険のための資金は十分にあるのだから、われわれは社会保障国家を改革して透明性と公平性を高めるべきだ」と語っている。

アゲンダ2010との訣別

ナーレス氏の提案の背景には、SPDの支持率がアゲンダ2010によって急激に低下したという事実がある。シュレーダー氏が首相に就任した1998年にはSPDの連邦議会選挙での得票率は40.9%だった。しかしアゲンダ2010が旧東独を中心に多くの市民の生活水準を低下させたために市民の不満が高まり、SPDの得票率は2009年には23%に低下。今年2月のARDの政党支持率調査では、SPDを支持する回答者の比率はわずか17%だった。

シュレーダー氏は、財界と太いパイプを持つSPDでは異色の政治家だった。彼はアゲンダ2010によって、失業者の数を大幅に減らすことに成功したが、一方では低賃金部門を拡大したので、社会の所得格差が広がった。多くの有権者が「SPDはシュレーダー氏の下で企業寄りの党となった」という疎外感を抱いて、まずリンケ(左翼党)に鞍替えし、2015年の難民危機以降は右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の下へ走ったのだ。SPDは元々労働組合を最も重要な支持基盤としてきたが、現在では旧東独を中心に「多くの労働者の利益を代表するのはSPDではなく、AfDだ」という意見が強まりつつある。

またSPDが2005年以来3回にわたってキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立政権に加わったことも同党の支持者の数を減らした。長年にわたり政権の座に就くことによって、リベラル政党SPDと、保守政党CDU・CSUの政策の違いが国民にとって見えにくくなったからである。

保守党・財界はナーレス氏の提案を批判

ナーレス党首は、SPD左派に属する政治家だ。彼女は、ジグマー・ガブリエル元外務大臣など、アゲンダ2010を黙認してきたこれまでの党首たちとは一線を画して、シュレーダー時代との訣別を目指している。左旋回によって「庶民と労働者のために富を再分配する政党」という姿勢を鮮明にすることによって、支持率の回復を目論んでいるのだ。この背景には、今年重要な選挙が目白押しだという事実がある。5月には欧州議会選挙、秋にはザクセン州、ブランデンブルク州、テューリンゲン州で州議会選挙が行われる。

CDU・CSUやドイツ経営者連盟(BDA)からは、「ナーレス党首の提案は、アゲンダ2010による成果をなきものにし、失業者数を増やす」として強い反対の声が上がっている。ナーレス党首は「大連立政権を離脱するつもりはない」と語っているが、SPDが本気で社会保障サービスの拡大を実行しようとしたら、保守政党との正面衝突は避けられない。SPDはアゲンダ2010の呪縛から自らを解き放ち、支持率の低落傾向に歯止めをかけることに成功するだろうか。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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