instagram Facebookツイッター
ロンドンのゲストハウス
Sa. 29. Feb. 2020

そのとき時代が変わった1945年敗戦から1989年ベルリンの壁崩壊まで

高橋容子 ドイツニュースダイジェスト創刊時からの常連ライター。日本で文芸映像翻訳を手がけ、渡欧。英・独・豪と移り、現在はスペインのバスク州暮らし。

初めての男女同権法 das Gleichberechtigungsgesetz

1958年7月1日 das Gleichberechtigungsgesetz
戦後、ドイツ連邦共和国基本法の3条2項に規定された「男女同権」。しかしその理念を家庭や職場など実際の生活環境で実現するには、まず民法の改正が必要だった。

男権社会から男女同権社会へ

アンゲラ・メルケル首相は世界で最も知名度の高い女性だそうだ。鮮やかなパンツスーツで国際会議に登場する最近の首相には、貫禄さえ伴ってきた。メルケル政権には女性閣僚がほかに5人。大学では女子学生の数が男子を上回り、連邦軍でも女性兵士が男性兵士と並んで戦闘訓練を受けている。

国連開発計画(UNDP)が2006年に発表した人間開発報告書でも、ドイツのジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)は75カ国中9位。女性が政治および経済活動に参加し、意思決定に加わる機会を十分持っていると評価されたのだ。

50年前とはまさに隔世の感である。当時、夫は婚姻関係のすべてに最終決定権を持ち、妻には夫に従う義務があった。親権を持つのは父親だけ。そんな男権社会がどのようなプロセスを経て現在の姿へと変貌したのだろう。

根強く残った男性優位の思想

西ドイツが基本法で「Männer und Frauen sind gleichberechtigt 男女は同権」と謳ったのは1949年。しかしこれを実行するには、どうしても民法第4編「家族法」の改正が必要だった。1896年に成立し、1900年1月1日に施行されたという事実から、この民法典がどれほど女性の存在を無視する内容だったかを想像していただきたい。夫は妻を無理やり退職させることができ、妻の財産も夫が管理。もちろん女親に親権はない。

こんな19世紀来の法に守られてきた男性議員たちが戦後、初めて耳にする「男女同権」なるものを民法に適用するのである。大論争が巻き起こり、特に1354条の「夫婦の共同生活に関わるすべての事柄において、決定権は男性にある」の是非では、もめにもめる。つまり、夫婦がどこに住んで何に出費し、子どもをどう育てるかを決めるのは夫という“男の権利”を、時のコンラード・アデナウアー首相(キリスト教民主同盟=CDU)でさえ譲れなかったのだ。

英首相官邸前で男女同権、自由を訴える女性たち(1971年
英首相官邸前で男女同権、自由を訴える女性たち(1971年)
当時、世界各地で同様の運動が活発に行われた
©PA/PA Archiv/PA Photos

紆余曲折を経て法制化

ゆえに1952年10月、同政権が提出した改正案にはこの「夫の最終決定権」が残り、そのため社会民主党(SPD)の反対によって棄却されてしまった。法案からこの記載が消えたのは、それから5年後の58年7月1日。ようやく初の男女同権法の施行にこぎつけた。

これは歴史を変える大きな一歩だった。父と母の両方に親権が与えられ、夫は妻から勝手に仕事を取り上げられなくなったのである。ただし妻の就労には、「夫と家族への義務に支障がない限り」という但し書きがついた。「妻は専業主婦(Hausfrauenehe)」という伝統的な性別役割分業が、婚姻の基本概念だったからだ。

ゆえに、ウーマンリブの60年代になって婚姻関係の見直しが強く求められたが、該当する民法の改正にはさらに時間がかかった。やっと新しい婚姻離婚法が施行されたのは77年7月1日。これで妻は就労に夫の許可を必要としなくなり、自分の苗字を残す複合姓の選択も可能になる(夫婦別姓は94年認可)。そして離婚には、夫婦のどちらに原因があるかを問う有責主義ではなく、婚姻関係がもはや存在しないときはその婚姻を失敗とみなす破綻主義がとられるようになった。

長く険しい実現への道

現在、ドイツの労働市場で女性が占める割合は44.9%。諸外国とほぼ同じ水準である。しかし女性の給与は男性の76%分にしかならない(フランス89%、スペイン83%、日本69%)。また母親の就労率で見ると、無職の割合が55%もあり、英米の30%台、北欧諸国の20%台に比べ、高さが目立っている。

国は出産を促し、育児を助けるために手厚い現金給付制度を導入したが、母親が働きに出られる子育てインフラの充実には力を入れなかった。これが母親就労率が低い最大の原因であろう。例えば3歳未満児が保育サービスを利用できる率は、わずか14%。さらに幼稚園や学校の大多数は半日制で、給食サービスもほとんどない。

男女同権法の導入から50年。現在のドイツは「男女格差が小さい国」の1つに数えられるまでになった。しかし、公共サービスの不備により母親の就労が難しい現状は、働きたい女性にとっては明らかな不平等だ。男女同権実現への道はまだ先が長そうである。

30 Januar 2009 Nr. 750

 

高橋容子 ドイツニュースダイジェスト創刊時からの常連ライター。日本で文芸映像翻訳を手がけ、渡欧。英・独・豪と移り、現在はスペインのバスク州暮らし。 www.geocities.jp/takahashi_mormann
Japan Airlines 2020年カレンダー販売
ロンドンのゲストハウス ドイツからのお引越しはグローバス・リロケーション ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド 日本メディカルセンター" バナー

ロンドンのゲストハウス