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Fr. 19. Okt. 2018

そのとき時代が変わった - 敗戦からベルリンの崩壊まで

「Tatort」と大衆文化 "Tatort" in der Massenkultur

1970年代
反体制運動に揺れた1960年代後半からSPD・FDP(社民・自民)の連立政権へと政治が変わった70年代には、文化にも大きな変化が起きた。大衆に広く受容されるマスカルチャーが出現したのである。

時事問題を扱ったテレビドラマ

その代表格といえば、1970年11月29日のスタートから現在まで続くテレビドラマ「Tatort(タートオルト=事件現場)」である。制作指揮はドイツの公共放送ARDとオーストリアの公共放送ORF。レトロなタイトル・デザインはこの40年間に多少更新されているが、クラウス・ドルディンガー作曲のタイトル・ミュージックは変わらない。ドイツに長くお住まいの方なら、緊迫した、あのジャズのメロディーを一度は耳にされたことがおありだろう。

90分間のこの刑事ドラマを実際に作るのは、WDR(西部放送)やHR(ヘッセン放送)など地方の公共放送局。局ごとに脚本、監督、カメラ、俳優のチームが組まれる。つまり、シリーズにはハンブルク、ケルン、ミュンヘンなど各地の捜査班が交代で登場し、事件を解決するという趣向だ。そこでは地方の現実が描かれ、階層間の対立が暴かれる。この路線はハイカルチャー、エリート文化を自負する国、ドイツの社会に衝撃を与えることになった。

第1回のTatort作品『Taxi nach Leipzig(タクシーでライプツィヒへ)』を例に挙げよう。ライプツィヒの高速道路パーキングエリアで西ドイツ製の靴を履いた少年の死体が発見され、その子の父親が住むハンブルクの市警に東ドイツ検察から調査依頼が入る。しかし依頼は即キャンセルされたため、市警のトリムメル警部は逆に好奇心を募らせ、西ベルリンへ向かうと偽って自家用車で東ドイツに入国。ライプツィヒの近くでパンクを演出し、タクシーで少年の母親を探すと、彼女の愛人を名乗る人民警察官が現れた……。

統一から20年が経とうとしている今、若い方々にはさほどインパクトがないかもしれない。SPDのヴィリー・ブラント首相が東方接近を始めたとはいえ、この時代は冷戦のピークにあったことを思い出してほしい。東ドイツと分裂家族に触れるテーマは政治に真っ向から踏み込むことを意味した。もちろんライプツィヒでの撮影などはありえず、NDR局(北部放送)はハンブルクとフランクフルトでセット撮影をしている。

Tatortのタイトル・デザイン
ドラマの冒頭、緊迫感あふれるタイトル・ミュージックに
合わせて映されるTatortのタイトル・デザイン
©ARD/SF DRS/ORF

ニュー・ジャーマン・シネマの出現

さてここで、Tatortの出現に多大な影響を与えたドイツ映画の動きについて簡単に触れておこう。ドイツ映画は1920年代にエルンスト・ルビッチなど優れた監督を輩出したが、ナチ支配によって多くが亡命し、戦後は国際水準を追うばかりだった。しかし62年、無難な映画にうんざりした若い映画作家たちが、「古い映画は死んだ」と宣言。ここからニュー・ジャーマン・シネマと呼ばれる新しい動きが始まる。

しかし、彼らを財政支援するドイツ映画振興協会(FFA)が設立されたのは74年。それまでの間は、テレビ局が若手映像作家らに短編やドキュメンタリーなどの制作チャンスを与えていた。Tatortはこうした背景から生まれたのである。

この時代から非凡な監督が数多く出ていることはご存知かと思う。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『マリア・ブラウンの結婚』、フォルカー・シュレーンドルフの『ブリキの太鼓』(原作ギュンター・グラス)が世界的にヒットしたのは79年。ヴェルナー・ヘルツォーク、ヴィム・ヴェンダースも、カンヌやベルリンの映画祭で注目されていった。

Tatortが生んだスターたち

Tatortからハリウッドへ進出した監督もいる。ヴォルフガング・ペーターゼンは映画『Uボート』で商業的に成功するまで、Tatortドラマを4本手掛けていた。中でも1977年の作品『危険な年頃』は、当時16歳だったナスターシャ・キンスキーを一夜にして有名女優にした作品として、現在も語られることが多い。

シリーズでは、これまでに770本以上が制作された。登場した警部は90人を越える。中でも最も破天荒なのは、ゲッツ・ゲオルゲ演じるデュイスブルク署のホルスト・シマンスキー警部だろう。初登板は81年6月28日。飲んで殴る一匹狼シマンスキーは公務員のイメージをがらりと変え、老若男女を夢中にした。今や彼のホームページも開設され、劇中の情報を元にプロフィールまで作られているのだから驚きである。

文芸評論家も「本物の社会派ドラマであり、大衆文化の金字塔だ」と評価するTatort。来年放送予定のシマンスキー警部の最新作が待ち遠しい。

16 April 2010 Nr. 812

 
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高橋容子 ドイツニュースダイジェスト創刊時からの常連ライター。日本で文芸映像翻訳を手がけ、渡欧。英・独・豪と移り、現在はスペインのバスク州暮らし。 www.geocities.jp/takahashi_mormann
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