独断時評


新型肺炎の脅威とドイツ経済

新しい年を迎えたばかりの世界を、未知の病の影が覆っている。昨年12月に中国・武漢で発生した新型肺炎は瞬く間にほかの地域に広がった。空の旅が当たり前になったことと経済のグローバル化により、新型コロナウイルス2019-nCoVの感染者は中国以外の国々でも増えつつある。

1月29日、封鎖された武漢市で建設が進められている仮設病院1月29日、封鎖された武漢市で建設が進められている仮設病院

SARSを上回る感染者数

中国の保健当局、国家衛生健康委員会によると、2月4日の時点では、中国で約2万人が感染し、425人が死亡した。これは2003年に中国や香港に広まった新型肺炎SARS(重症急性呼吸器症候群)の感染者の数を大幅に上回る。

このほか2月3日の時点で、日本、米国、シンガポール、オーストラリアなど23カ国で183人の感染者が見つかっている(そのうちフィリピンで1人が死亡)。ドイツではこれまでに12人の感染が確認された。中国では感染者の数が毎日急激に増えている。だがウイルスの潜伏期間は最長14日間で、この間にも他人にウイルスが感染することから、医療機関が確認した感染者の数は、氷山の一角とみられている。

武漢など数都市を「封鎖」

中国政府はウイルスの拡大を防ぐために、SARSの時よりも厳格な対策を取った。中国は武漢と他地域を結ぶ交通を遮断し、武漢市民が市外に出ることや、他地域からの市民が同市に入ることも禁止した。さらに湖北省のほかの数カ所の都市でも事実上の「封鎖措置」が取られている。これらの街では合計約5000万人の市民が足止めを食っている。このため日本、米国、ドイツなどの政府はチャーター機などを武漢に送り自国民を「救出」した。

感染症のために百万都市の住民が事実上の隔離状態に置かれるというのは、歴史上例がない。中国政府が今回の事態をいかに深刻に見ているかを示している。武漢では患者の数に比べて医療施設が不足しているため、新たな病院が建設された。

だが、新型肺炎発生のタイミングは非常に悪かった。この時期は中国の春節(旧正月)の休日のために、多くの市民が国内外へ旅行するからだ。武漢市が封鎖される前に、住民1100万人のうち500万人がすでに同市を離れていたという情報もある。つまり新型肺炎の拡大は目に見えない所で進んでいる可能性が高い。

このコロナウイルスの発生源は、武漢の海鮮市場で食用に売られていた野生動物とみられている。動物の体内にあったコロナウイルスが、「種の壁」を乗り越えて人間に伝播し、人間から人間へ感染するようになった新種の病原体だ。このため、治療薬もワクチンもまだ開発されていない。

パンデミックの脅威

WHOは、ウイルスが複数の国々、複数の大陸に広がって多数の市民を感染させる現象を「パンデミック」と呼んでいる。1918年のスペイン風邪、1968年の香港風邪、2003年のSARSや2009年の豚インフルエンザ(H1N1)はその例だ。

WHOは、1月30日に武漢発の新型肺炎を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」と認定し、各国にウイルス拡大防止のための対策を取るよう求めた。2月3日の時点では、WHOはこの肺炎をパンデミックとは呼んでいない。だが米国・国立アレルギー感染症研究所のフォーシ所長は、2月3日付のニューヨークタイムズ紙に対し「このウイルスの感染力は非常に強く、患者数は毎日急増している。パンデミックに発展することは、ほぼ確実だ」と語っている。

世界経済にも悪影響?

新型肺炎の流行が長期間にわたった場合、世界経済にも深刻な影響が出る可能性がある。すでに多くの企業が中国への出張を延期、または中止するよう社員に命じている。ドイツだけではなく、世界中の多くの企業にとって中国は最も重要な市場の1つ。世界中で毎年販売される車の3台に1台は中国で売られ、ドイツのフォルクスワーゲン・グループでは2.4台に1台に達する。世界銀行によると中国の経済成長率は2007年には14.2%だったが、2018年には6.6%に低下した。新型肺炎のために企業活動に支障が出た場合、経済成長率をさらに圧迫する可能性がある。

金融市場にも新型肺炎の影響が出始めた。1月27日には、ドイツの株式指数市場(DAX)で「新型肺炎が経済に悪影響を与えるかもしれない」という懸念が広がり、株式指数が2.7%下落した。2月3日には、上海株式市場でも株価が一時8.7%下落した。

ドイツ保健当局の素早い対応

ドイツではまだ感染者数が少ないため、医療関係者は余裕を持って感染者の治療にあたっている。保健当局はバイエルン州で見つかった最初の感染者の感染経路も直ちに特定し、この人物が接触した人々に対する検査を実施。連邦健康省も、「事態は深刻だが、われわれは万端の準備を整えている」と述べている。

だが武漢など中国の都市では医師や看護師たちが不眠不休で、病院に押し寄せる患者たちの治療にあたり、未知の病原体と闘っている。街からの脱出を政府によって禁じられた「封鎖都市」の市民たち、特に幼い子どものいる親の不安はどれほどであろうか。一刻も早く治療薬やワクチンが開発されて、感染者数や死者数の増加に歯止めがかかることを祈りたい。

最終更新 Dienstag, 10 März 2020 10:57
 

米国・イラン戦争の危険とドイツの苦悩

新年早々、中東で新たな戦争の危険が高まっている。1月3日に米国はイランの挑発行為に対する報復として、同国の革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したのだ。

6日、ソレイマニ司令官の葬儀に数十万人が参列。米国とイスラエル国旗が燃やされる場面も6日、ソレイマニ司令官の葬儀に数十万人が参列。米国とイスラエル国旗が燃やされる場面も

「影のナンバー2」を暗殺

ソレイマニ氏は、革命防衛隊のエリート部隊「コッズ部隊」の司令官だが、イランの宗教指導者ハメネイ師の片腕で、同国の「影のナンバー2」と呼ばれた人物だった。ソレイマニ司令官はシリアから飛行機でイラクのバグダッド空港に到着し、迎えの車に乗り込んだ直後に、米軍のドローンによるミサイル攻撃で殺害された。イランはこの暗殺を「国家によるテロ」と強く非難している。

ドイツをはじめとする欧州連合(EU)諸国は米国とイランに対し自制と軍事衝突の回避を求めているが、8日にはイラン軍がイラク国内の米軍基地をミサイルで攻撃するなど、両国が正面衝突する危険は刻一刻と高まっている。

ドイツ・EUは両国に自制を要求

欧州は、米国や日本以上に中東危機の影響を強く受ける。ドイツなどEU諸国は、中東の国々との政治的・経済的な結びつきが強い。それだけに、ドイツとEUの反応は速かった。たとえばドイツのマース外相は、事件の翌日に新聞のインタビューで、「ソレイマニ司令官は中東各地でテロ事件を起こしてきたため、EUのブラックリストにテロリストとして登録されていた」と述べ、まずこの人物が米国だけでなく、EUからも危険視されていた点を強調した。だがマース外相は同時に「ソレイマニ殺害によって、中東情勢全体が不安定になった。緊張緩和の試みが一段と難しくなった」として、米国のソレイマニ暗殺を間接的に批判した。

さらにマース外相は「われわれの政策目標は、3つある。1つ目は、米国とイランの軍事衝突を避けること。2つ目は、イラクの安定を維持すること。3つ目は、この混乱に乗じてテロ組織イスラム国(IS)が勢力を回復するのを防ぐことだ。われわれは国連などを通じて、事態の鎮静化に全力を尽くす」と述べた。ドイツは、イラクに駐留する反IS連合軍に約120人の将兵を派遣し、ISと戦うクルド人民兵に軍事訓練を行っている。

メルケル首相も6日にフランスのマクロン大統領、英国のジョンソン首相とともに共同声明を発表し、事態の鎮静化を求めた。メルケル首相らは声明のなかで、まず「イランが先月以来、イラク国内に駐留する反IS連合軍に対して挑発攻撃を行ってきたことを糾弾する。さらにソレイマニ司令官が率いるコッズ部隊が、中東各地でテロ行為などを起こしてきたことについても、深く憂慮する」として、イラン側の態度にも非があったことを指摘した。

その上で三首脳は、「関係各国に対し自制と戦闘行為の終結を求める。事態をこれ以上エスカレートさせてはならない」として、米国とイランに軍事攻撃を行わないように要求した。そしてメルケル首相らはイランに対し、2015年に英独仏、米国、ロシア、中国と調印した核合意の維持を求めた。

昨年からイランの挑発が激化

なぜ米国は、ソレイマニ司令官殺害という過激な作戦を実行したのか。その背景には、イランによる挑発行為のエスカレートがある。

昨年6月にイラン軍は、ホルムズ海峡上空で米軍のドローンを撃墜した。トランプ大統領は革命防衛隊の施設への攻撃を命令したが、攻撃直前に命令を撤回。その3カ月後にはサウジアラビアの製油施設がドローンによって攻撃され、イランが支援するイエメンの民兵組織フーシ派が「攻撃を実行した」という声明を出した。この時も米国は報復しなかった。

だが先月初めてイランの攻撃により米国人の死者が出たことで、トランプ大統領は態度を硬化させた。米国はイラクに駐留する反IS連合軍の中核である。昨年12月27日に、イランが支援するイラクのシーア派民兵組織「人民動員隊(PMF)」が、イラク北部キルクークの米軍基地K1をロケット弾で攻撃。米国の軍属1人が死亡し、米兵4人とイラク兵2人が重軽傷を負った。米軍が報復として2日後にPMFの施設を空爆して25人を殺害すると、シーア派民兵組織は大晦日に暴徒を動員してバグダッドの米国大使館に放火し、突入を図った。米国の海兵隊員たちは暴徒の侵入をからくも食い止め、大使館が占拠される事態は避けられた。

トランプ大統領は今年11月に大統領選挙を控えているため、イラン危機で弱腰の姿勢を見せることで支持率が下がることを恐れているのだ。

中東の核軍拡競争への懸念

今回の事件について、EUの外交担当者の間では失望感が強い。EU諸国は米国がイランとの核合意からの離脱を表明した後も、イランがこの合意を維持するよう説得に努めてきた。だが暗殺事件によって、核合意は事実上終焉したも同然だ。

EUが最も恐れるのは、今回の事件でイランが核兵器開発に拍車をかけることだ。イランと敵対関係にあるサウジアラビアをはじめ、エジプトやトルコも核兵器の開発を始める可能性がある。欧州の目と鼻の先の中東での核軍拡競争は、EUにとって最悪の事態の1つだ。米国とイランの全面戦争は、両国民の間に死傷者を出すだけではなく、世界の景気にも悪影響を与える。一刻も早く事態が鎮静化されることを祈りたい。

最終更新 Donnerstag, 16 Januar 2020 18:06
 

2020年のドイツを展望する

教会の鐘と花火の音とともに、新たな年を迎えた。2020年は、ドイツにとって一体どのような年になるだろうか。

昨年12月12日、ブリュッセルの欧州理事会に出席するメルケル首相昨年12月12日、ブリュッセルの欧州理事会に出席するメルケル首相

2021年・連邦議会選挙の前哨戦が始まる

今年はハンブルク(2月23日)を除けば、州議会選挙が1つもない。バイエルン州とノルトライン=ヴェストファーレン州で自治体選挙が行われるだけだ。

しかし、来年10月24日の連邦議会選挙へ向けた選挙戦は、今年スタートする。この選挙はドイツだけではなく、欧州全体にとって最も重要な選挙の1つとなるだろう。

2005年以来この国を率いてきたメルケル首相は、この選挙を境に政界を去る。同氏はユーロ危機、リーマンショック、難民危機など欧州が直面したさまざまな難題と対決した、欧州連合(EU)で最も経験が豊富な政治家である。EUの事実上のリーダーだったメルケル氏の引退は、欧州にとっても大きな損失だ。

任期が長い首相の負の遺産は、後継者が見劣りすることだ。例えば、メルケル氏の後継者として有力視されていたクランプ=カレンバウアーCDU党首の人気は低い。最近発表された世論調査によると、「メルケル首相の仕事ぶりに満足している」と答えた回答者の比率は47%だったが、「クランプ=カレンバウアー国防大臣の仕事に満足している」と答えた回答者は24%とはるかに低かった。昨年秋の旧東ドイツ3州での州議会選挙で、CDUは大幅に得票率を減らした。11月に行われたCDUの党大会で代議員たちはクランプ=カレンバウアー氏を一応は支持。CDUはクランプ=カレンバウアー氏を首相候補に擁立するだろうが、同氏の選挙戦は険しい道程となるだろう。

一方大連立政権のパートナー・社会民主党(SPD)では、凋落ぶりがCDUよりも深刻だ。同党は昨年12月6日の党大会で、左派に属するサスキア・エスケン議員と、ノルベルト・ヴァルター=ボリャンス氏(元ノルトライン=ヴェストファーレン州財務大臣)を共同党首に選んだ。これまで中央政界では無名だった2人のうち、どちらが首相候補になるのかはまだ決まっていない。いずれにしても、SPDはCDUとの違いを際立たせるため、政策を左傾化するものとみられる。

伝統政党の弱体化、左派・右派の躍進

公共放送局ARDが昨年12月5日に発表した政党支持率調査によると、CDU・CSU(キリスト教社会同盟)の支持率は25%。SPDは第4位に転落し、支持率は13%にすぎない。つまりCDU・CSUとSPDは合計38%しか取れず、議会の過半数を確保できていないのだ。1970年代にはこれらの3党が約90%の得票率を記録したことを考えると、ドイツ社会の大きな変遷を感じる。こうした数字を見ると、来年の総選挙以降、大連立政権が継続される可能性はかなり低いと見るべきだろう。

ARDのアンケートでは、緑の党の支持率はCDU・CSUにわずか2ポイントの所まで肉迫している。現在の状況が続けば、緑の党抜きでは連立政権を構成することはできない。今年緑の党が支持率の維持に成功できるかどうかは、来年の総選挙の結果を占う上で極めて重要だ。一方右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、来年の総選挙へ向けて旧西ドイツで支持率を伸ばすという目標を打ち出している。つまりこの国では、第二次世界大戦後の二大政党制を支えてきた伝統政党が弱体化し、緑の党に代表されるリベラル勢力と、AfDに代表される右派勢力が支持率を伸ばしているのだ。英国やフランス、イタリアでも見られる社会の分極化現象は、今年のドイツでも強まるだろう。

最近一部のドイツ人の間では、反ユダヤ主義や排外主義が強まっている。昨年はカッセル区長暗殺やハレのユダヤ教礼拝施設襲撃未遂など、ショッキングな事件が相次いだ。今年はこうした不穏な動きに歯止めがかかることを望む。

ドイツ産業界の試練

もう1つ心配なのは、独経済の停滞傾向。昨年正式なリセッション(景気後退)の診断は下らなかったが、第2四半期には国内総生産(GDP)が0.2%減った。国際通貨基金(IMF)の統計では、昨年のドイツのGDP成長率は0.5%で、EU平均1.2%の半分以下。イタリア(0%)に次いでユーロ圏で2番目に低い。

景気を冷え込ませている最大の原因は、米中間、米欧間の貿易摩擦だ。特にこの国の産業界の屋台骨の1つである自動車産業では、懸念が強まっている。ドイツ自動車工業会(VDA)では、今年のドイツでの乗用車の販売台数が前年比で3.9%減って343万台になると予測している。産業界は売上高・収益が減っているにもかかわらず、デジタル化、モビリティー転換、人工知能の活用などさまざまな構造変化を実現しなくてはならない。どの業界にとっても重大な試練である。ドイツが政治的、経済的な難題を克服できるかどうか、注目していきたいと思う。

また昨年12月13日には、英国でボリス・ジョンソン首相が率いる保守党が圧勝。3年間続いた交渉の末、英国が近くEUとの合意に基づいて離脱することがほぼ確実になった。合意なしのハード・ブレグジットは避けられたものの、EUは創設以来初めて加盟国を失うことになる。欧州全体にとっては大きな痛手である。

ー 筆者より読者の皆様へ ー

いつも当コラムを読んでくださり、ありがとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
最終更新 Donnerstag, 02 Januar 2020 15:25
 

SPD新執行部の五里霧中

社会民主党(SPD)は、12月6日から3日間にわたりベルリンで党大会を開き、新党首を選んだが、その人事は同党の混迷の深さを浮き彫りにした。

8日、SPDの党代表に選ばれたヴァルター=ボリャンス氏(左)とエスケン氏(右)8日、SPDの党代表に選ばれたヴァルター=ボリャンス氏(左)とエスケン氏(右)

中央政界では無名の人物が党首に

代議員たちは、左派のサスキア・エスケン議員と、ノルベルト・ヴァルター=ボリャンス氏(元ノルトライン=ヴェストファーレン州財務大臣)を共同党首に選んだ。2人とも中央政界では、ほとんど名前を知られていない。SPDはすでに12月1日の党員集会で、2人を共同党首に指名していた。現在財務大臣であるオーラフ・ショルツ氏は指名されなかった。

エスケン氏らが党首に選ばれた最大の理由は、彼らがキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との大連立に批判的であるからだ。2人は、SPDが支持率を引き上げるには、社会保障を大幅に拡充することが重要だと考えている。具体的には所得格差を減らすため、国が新たな借金をしてでも財政出動を行ったり、今年12月時点で1時間当たり9.19ユーロの最低賃金を12ユーロに引き上げることなどを要求している。

SPDの大幅な左傾化

さらに基本法(憲法)には、「連邦政府と州政府の財政赤字は、国内総生産(GDP)の0.35%を上回ってはならない」とする「債務ブレーキ」という規定があるが、エスケン氏らは、福祉増進のためには債務ブレーキの規制を緩和するべきだと考えている。

またエスケン氏らは富裕層への新税導入も提案。地球温暖化に歯止めをかけるためにメルケル政権が打ち出した「2030年気候保護プログラム」についても「産業界に忖度したために内容が手ぬるい」として、二酸化炭素の排出価格の大幅引き上げも求めている。

エスケン氏らは、「社会保障を拡充するために、CDU・CSUとの連立協定の変更を目指して交渉を始める。保守党が変更に反対する場合には、SPDは大連立政権を解消する」という姿勢を示した。党大会で代議員たちがこの2人を共同党首に選んだ事実から、SPDが左傾化への道を歩み出したことが分かる。

影の権力者は30歳の青年部長

実は、今回の党首人事の陰の立役者は、SPD青年部を率いるケビン・キューネルト部長だ。同党の急進的左派に属するキューネルト氏は、SPD衰退の原因が保守党との大連立にあると推測。大連立によりSPDと保守政党の政策の違いが見えにくくなったことで、多くの党員を失望させ、SPDは緑の党やリンケ(左翼党)、ドイツのための選択肢(AfD)に支持者を奪われたと考えているのだ。

キューネルト氏は、エスケン氏らが「連立協定の変更、場合によっては大連立を解消」という条件を受け入れたために、青年部を動員して、2人の無名の政治家を党首の地位に押し上げた。さらにキューネルト氏は、副党首にも選ばれた。通常SPDの副党首は3人だが、同党はキューネルト氏を選出するため、その枠を5人に増やしたほどだ。実務派のショルツ財務大臣や、マル・ドライヤー前党首代行など、中央政界で有名な政治家たちは、党執行部から事実上追い出された。

その意味で、ベルリンでの党大会の勝者はキューネルト氏であり、エスケン氏ら新党首は青年部長にコントロールされる「傀儡(くぐつ)」と言うことができる。弱冠30歳のキューネルト氏の地位は、大幅に高まった。

大連立政権崩壊の可能性も

新執行部は、現在15%前後にまで落ち込んでいるSPDの支持率を、2倍の30%まで引き上げることを当面の目標としている。エスケン氏らは、今後CDUのアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首やCSUのマルクス・ゼーダ―党首と協議して、連立協定の変更を要求しなくてはならない。

しかしCDU・CSU側はすでに協定の変更を拒否する方針を打ち出している。クランプ=カレンバウアー氏は「憲法の規定である債務ブレーキを揺るがすことはあり得ない。歳出と歳入の均衡という原則も変えない」と述べたほか、最低賃金の12ユーロへの引き上げも拒否する姿勢を見せた。エスケン氏らは、CDU・CSUから連立協定や財政政策の変更をはねつけられた場合、キューネルト氏が望むようにSPDの閣僚を全員辞任させて、大連立政権を崩壊させる可能性がある。

ドイツの政局は不安定化か

この場合、可能なオプションは2つある。1つは、2021年10月に予定されている連邦議会選挙を前倒しすることだ。しかしこれについては、CDU・CSUの多くの政治家が否定的である。このため2つ目のオプションとして、メルケル首相がCDU・CSUの閣僚だけから成る「少数派政権」を来年の総選挙まで維持するという可能性が取りざたされている。少数派政権は議会の過半数を持たないため、法案を連邦議会で可決させるにはその都度野党と協議しなくてはならず、政局運営に多大な時間がかかるようになる。

いずれにしても、今後の政局が不安定化する可能性が強い。もちろん新執行部が、マルティン・シュルツ氏(SPD)のように「やはり権力の座にあった方が心地よい」として妥協する可能性もゼロではない。だがその場合、SPDの支持率はさらに低下するだろう。30歳の青年部長に事実上コントロールされる新SPDは、ドイツをどの方向に進ませようとしているのか。経済界、多くの市民が固唾をのんで見守っている。

最終更新 Donnerstag, 19 Dezember 2019 14:17
 

CDU・緑の党の党大会が示した明暗

次の連邦議会選挙は、2021年10月24日。あと2年足らずである。各政党は首相候補を絞り込むための作業を始めた。キリスト教民主同盟(CDU)が11月22~23日に、緑の党が11月15~17日に開催した党大会は、再来年の総選挙で大きな波乱が起きることをはっきりと示した。支持率低下に苦しむ伝統政党と、「国盗り」を目指す環境政党の躍動感と結束の強さ。2つの党大会は、この格差を白日の下にさらした。

11月22日、CDUの党大会で演説するクランプ=カレンバウアー氏11月22日、CDUの党大会で演説するクランプ=カレンバウアー氏

批判を封じ込んだクランプ=カレンバウアー氏

CDUのライプツィヒでの党大会は、A・クランプ=カレンバウアー党首にとって正念場だった。同党では彼女の指導力に疑問を呈する声が強まっていたからだ。「首相候補にふさわしくないのではないか」という見方も浮上している。だが彼女は党大会での捨て身の演説によって、こうした不満を少なくとも一時的に鎮静化させることに成功した。

同氏は「私が望んでいる将来のドイツが皆さんの希望と異なる場合には、今日この場で率直に話し合って、諍(いさかい)に終止符を打ちましょう。もしも私の構想が皆さんの希望と一致する場合には、今日から一緒に仕事に取り組みましょう」と訴えた。彼女は「私に不満があるならば、党大会ではっきりさせよう」という「最後通牒」を突き付けたのだ。この演説直後、代議員たちは総立ちになり7分間にわたって党首に拍手を送った。これによって同氏は一種の「みそぎ」を受けて、自分への批判を封じ込んだのである。

党首の人気がわずか18%に下落

党首に対する批判の理由の1つは、今年9~10月にザクセン州など3つの州で行われた州議会選挙で、CDUが「惨敗」したことだ。同党のテューリンゲン州議会選挙での得票率は前回に比べて約12ポイント、ザクセン州とブランデンブルク州ではそれぞれ約7ポイント減った。右翼政党ドイツのための選択肢(AfD)がどの州でも、得票率を大幅に増やしたのとは対照的だ。昨年11月の党大会での党首選で敗れたF・メルツ元院内総務は、「連邦政府のイメージは最悪だ」と公言し、旧東ドイツ地域での州議会選挙の連敗の責任はメルケル政権にあると批判した。

メルケル首相の後継者として最も有力視されていたクランプ=カレンバウアー氏の人気は下がる一方だ。公共放送ARDの意識調査によると、同氏への支持率は今年1月には46%だったが、11月にはわずか18%に下落した。同氏は7月に連邦国防大臣に就任したが、突然「欧州諸国はシリア北部に軍を派遣して緩衝地帯を設置し、トルコ軍の侵攻で危険にさらされているクルド人を守るべきだ。ドイツも約2500人の兵士を送る準備がある」と発表。同氏はこの構想を大連立政権のパートナーである社会民主党(SPD)と全く協議していなかった。またクランプ=カレンバウアー氏は、トルコ軍のシリア侵攻を誤って「併合」と発言してしまい、国際政治の領域での知識や経験不足が露呈した。

それだけに党大会での代議員たちのソフトな反応は意外だった。最大のライバルのメルツ氏さえ、クランプ=カレンバウアー氏を全く批判せず、指導部に協力する姿勢を見せた。CDUはメディアと有権者が注目する党大会で、分裂している印象を与えることを避けたのだ。つまり本当は険悪な関係の夫婦が、公では仲良く振舞うようなものである。ただしこの党大会でCDUの問題が抜本的に解決されたわけではなく、多くの有権者が厳しい目を向けていることに変わりない。

緑の党の次期政権入りは確実か?

これとは対照的に、圧倒的な統率力と団結、政権奪取への熱意を示したのが、緑の党のビーレフェルトでの党大会だった。共同代表A・ベアボック氏とR・ハベック氏は、CDUやSPDの執行部が足元にも及ばない強い指導力を発揮した。

ベアボック氏は代議員の97.1%、ハベック氏は90.4%という高い支持率で代表に再選された。これは緑の党の党大会での代表選における支持率としては、過去最高である。緑の党は1998~2005年までSPDとの連立政権に参加したが、当時は副次的な役割しか演じることができなかった。ベアボック氏は、「われわれは1998年には他党の随伴役にすぎなかった。しかしそのような時代は終わった。これからは、われわれが自ら政策を実行する番だ」と語り、再来年の選挙で政権に参加し、緑の党が連邦首相府のあるじになるという野望を明確に打ち出した。

緑の党は1999年にもビーレフェルトで党大会を開いた。当時外務大臣だったJ・フィッシャー氏は、左派勢力からインクの入った袋を投げつけられた。彼はコソボに連邦軍を派遣することを支持していたからだ。しかし今回の党大会では、共同代表の両氏が左派を見事にコントロールし、結束の固さを見せつけた。

指導層の過半数が緑の党の入閣を希望

11月のARDの意識調査によると、緑の党への支持率は22%で、第二党の座にある。現在の状況が続けば、緑の党が連立政権に入ることは確実だ。アレンスバッハ研究所によるドイツの企業幹部や政治家など指導層へのアンケートでは、「CDUと緑の党の連立政権を望む」と回答した比率は、2月には19%だったが、11月には31%に増加。回答者の62%が、緑の党が何らかの形で政権に加わることを望んでいる。上昇気流に乗った緑の党と下降を続けるCDUが見せた明暗は、新時代の到来を暗示しているように思える。

最終更新 Donnerstag, 05 Dezember 2019 13:33
 

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