独断時評


バイエルン州議会選でCSU惨敗、メルケル政権は弱体化

「歴史的大敗」という言葉がぴったりの選挙結果だった。10月14日に保守王国バイエルン州で行われた州議会選挙で、与党キリスト教社会同盟(CSU)が得票率を10ポイント以上減らし、過去64年間で最低の水準に落ち込んだのだ。CSUが1957年以来バイエルン州で続けてきた単独支配に終止符が打たれ、同党は他党と連立しなくては政権の座に就くことができなくなった。支持率が急降下しているメルケル首相にとっても、大連立政権の一翼を担うCSUの弱体化は、大きな打撃である。

CSUの凋落

CSUの得票率は前回の選挙(2013年)に比べ、10.5ポイント減って37.2%に。2003年に同党が60.7%もの得票率を記録したことを考えると、すさまじい凋落ぶりだ。CSUは、11.6%の票を集めた地域政党「自由な有権者(Freie Wähler=FW)」との連立政権をつくる方針だ。FWには保守的な支持者が多く、比較的CSUと似た路線を持っているからだ。

CSUのゼーダー・バイエルン州首相とFWのアイヴァンガー代表
10月23日に連立政権に関する記者会見を開いた、
CSUのゼーダー・バイエルン州首相(左)とFWのアイヴァンガー代表(右)

また社会民主党(SPD)も得票率を10.9ポイント減らして9.7%に落ち込んだ。10%も取れなくなったSPDは、国民政党(Volkspartei)としての地位を急激に失いつつある。逆に右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は10.9%の得票率を記録して、バイエルン州議会に初めて議席を持つことになった。

SPDに比べて善戦が目立ったのが緑の党だ。同党は前回に比べて得票率を約2倍に増やして17.5%の得票率を記録し、CSUに次ぐ第2党の座に躍り出た。

難民政策に対する不満が爆発

CSUの大敗と単独支配の終焉は予想されていた出来事だ。10月4日に公共放送局ARDが発表した支持率調査で、CSUの支持率は33%という低水準に落ち込んでいた。また2017年9月に行われた連邦議会選挙でも、CSUのバイエルン州での得票率は前回に比べて約11ポイントも下がって38.8%になっていた。

CSU大敗の原因は、メルケル政権に対する市民の抗議である。責任の大半はバイエルン州政府のマルクス・ゼーダ―首相ではなく、メルケル政権で連邦内務大臣を務めるホルスト・ゼーホーファーCSU党首にある。つまり連邦レベルの政治への有権者の不満が、CSUを直撃した。

2013年の選挙では約252万人がCSUに票を投じた。しかし、今回の選挙ではメルケル政権の難民政策などに強い不満を抱く保守層約16万人が、CSUからAfDに鞍替えした。CSUに背を向けてFWに票を投じた有権者も、約16万人にのぼる。これらの有権者たちは、今回の投票行動によって、「メルケル首相の政策はあまりにも左傾化しており、保守本流にはふさわしくない」という強い不満を表明したのだ。

バイエルン州では、2015年9月にメルケル政権が約100万人のシリア難民を受け入れたことについて、市民の不満が強かった。バイエルン州はドイツで最も南に位置し、ハンガリーやオーストリア経由の難民が最初に到着する地域だ。メルケル首相がブダペストで立ち往生していたシリア難民にドイツでの亡命申請を許すという超法規的措置を発表すると、ミュンヘン中央駅には毎日2万人もの難民が列車で到着した。

不満の捌け口としてのAfD

メルケル氏の難民政策はAfDにとって追い風となった。2013年に経済学者らが反ユーロ政党として創設したAfDでは、年々ネオナチに近い人種差別主義者たちが主導権を握るようになった。2015年9月のメルケル氏のシリア難民受け入れは、この党に共感する市民の数を爆発的に増やした。AfDはツイッターやフェイスブックで「メルケル氏の政策が治安を悪化させ、ドイツ固有の文化を侵食している」というメッセージを流し、有権者の不安を煽った。多くのAfD支持者はメルケル政権に加わるCSUも同罪と見たのだ。

彼らはAfDがドイツの直面する問題をCDU・CSU以上に効率的に解決できる政党だとは必ずしも思っていない。AfDにネオナチに似た思想を持つ党員がいることも知っている。だが彼らは「メルケル体制」を転覆させるための一手段として、あえてAfDを選んでいるのだ。彼らの要求は「メルケルは退陣すべきだ(Merkel muss weg)」という言葉に凝縮できる。米国でグローバル化で「負け組」とされた有権者が伝統的な政治システムに対して反旗を翻すために、トランプ氏という不動産業者を大統領にしたのと同じ現象である。

穏健なCSU支持者が緑の党に流れた

だがCSUにはAfDのシンパだけではなく、キリスト教精神を重視する人々も多い。彼らは戦火に追われてドイツに逃げざるを得なかった難民については、助けるべきだと考えている。これらの穏健勢力は、CSUのゼーホーファー党首が反イスラム色の濃い発言をするなど、AfDの路線を真似たことに嫌悪感を抱いていた。

このため前回はCSUを選んだ穏健派など約17万人が、今回の選挙では緑の党に鞍替えした。緑の党が得票率を倍増できたのは、そのためである。緑の党は、特に大都市部での人気が高く、ミュンヘン中部選挙区での緑の党の得票率は42.5%に達している。

CSUが必要とするのは指導部の刷新である。ゼーホーファー氏は歴史的大敗の責任を取って、若い世代に党首の座を譲るべきだ。一方、CDUでもメルケル首相の責任を問う声が高まりそうだ。今年12月のCDU党大会での役員改選の行方が注目される。

最終更新 Donnerstag, 01 November 2018 12:18
 

腹心カウダー院内総務の失脚で「メルケル時代」終焉へ

2005年からドイツに君臨するアンゲラ・メルケル首相の時代に終わりが近づきつつある。そのことを国民に強く印象づけたのが、連邦議会でキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)の会派を13年間にわたり率いたフォルカー・カウダー院内総務の失脚だ。

メルケル首相の腹心が落選

CDU・CSUの議員たちは9月25日の投票でそれまで副院内総務だったラルフ・ブリンクハウス氏を会派のトップに選び、カウダー氏を落選させた。院内総務という役職は、首相に次いで重要なポストだ。院内総務は、政府が議会で法案をスムーズに可決できるように議員たちを統率しなくてはならないからだ。

ラルフ・ブリンクハウス氏(左)
9月25日の投票で会派のトップに選ばれたラルフ・ブリンクハウス氏(左)

カウダー氏はメルケル氏の右腕とされ、時には強引なやり方で首相の意向を連邦議会の会派に徹底させていた。彼はしばしば議員の90%の票を集めて、院内総務に選ばれていた。メルケル首相やホルスト・ゼーホーファー内相(CSU)も、カウダー氏の再選を望んでいた。ベルリンで政局を観察しているドイツ・メディアの政治記者たちの中にも、カウダー落選を予想する者はほとんどいなかった。だがCDU・CSUの議員たちの間では、支持率の低下と極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進に危機感が強まっていた。

ドイツの公共放送局ARDは、9月21日に政党支持率に関する世論調査結果を発表し、「初めてAfDへの支持率(18%)が社会民主党(SPD)への支持率(17%)を上回り、第二党になった。もしも今総選挙が行われたら、政権与党は過半数を取れない」と報じていた。AfDの支持率の上昇は、メルケル首相の政策に不満を持つ有権者が増えていることを示している。

CDU・CSUの若手議員の不満

CDU・CSUの議員たちは地元に帰るたびに、草の根の党員たちの間で政権に対する不満が募っているのを感じていた。特に若手議員たちは「CDU・CSU会派を変えなくてはならない」という機運が強まっていた。その中でブリンクハウス氏は、院内総務選挙に立候補した後「これまでCDU・CSU会派は首相の意向を忠実に実行するだけの道具になり下がっていた。今後は独自の意見を持ち、時には首相の路線にノーと言うべきだ」と述べて議員たちの心をつかんだ。ブリンクハウス氏は経済問題に精通した政治家で、2016年に欧州中央銀行の金融緩和政策を批判したことがあるが、ほとんど注目されたことがない政治家。つまりほぼ無名だった議員によって、メルケル政権を支える影の黒幕が政治の表舞台から追い落とされたのだ。

カウダー氏落選は、メルケル首相にとっても敗北を意味する。今後はCDU・CSU会派の意見の調整がこれまでよりも難しくなるからだ。スイスの日刊紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」は、9月25日付の電子版で「カウダー失脚は、CDU・CSU議員たちのメルケル氏に対する宣戦布告だ。メルケル氏は自分の党の議員たちに頼ることすらできなくなった。メルケル時代の終わりが近づいてきた」と論評した。

大連立政権内部の不協和音

今年3月の政権発足以降、メルケル氏は失点続きだ。大連立政権の「金属疲労」を象徴する出来事が、次々に起きている。今年7月には「EU加盟国ですでに登録された難民のドイツへの入国を拒否するべきか否か」という問題をめぐり、メルケル首相とゼーホーファー内相が全面衝突した。首相が閣僚罷免権の行使までちらつかせ、大連立政権は崩壊の一歩手前まで追い込まれたが、オーストリア国境付近に難民審査センターを設けることでかろうじて合意した。

今年8月下旬には旧東独のケムニッツで、難民による殺人に抗議するデモが行われ、ネオナチなど一部の参加者が暴徒化して外国人を追いかけたり、ユダヤ・レストランに投石したりした。メルケル首相は外国人がドイツ人に追いかけられる映像について、「ドイツでこのような事態は絶対に起きてはならない」と強く批判した。しかし、連邦憲法擁護庁の長官だったハンス= ゲオルク・マーセン氏は、この映像について「捜査を撹乱するために偽造された可能性がある」と信憑性に疑問を投げかける発言を行い、首相の発言に挑戦し、右派勢力を擁護しているかのような印象を与えた。マーセン氏はメルケル首相の難民政策に批判的な意見を持っていた。メルケル氏はマーセン氏を憲法擁護庁長官のポストから外し、内務次官の役職を与えるという内務大臣の提案を承認。だが内務次官の給与は憲法擁護庁長官よりも高いために、事実上の「昇進」だった。このため社会民主党や国民から抗議の声が上がった。メルケル氏はやむなく承認を取り消して、マーセン氏を給与が同額の内務省顧問のポストに付けることを決めた。このことについてメルケル氏は、「市民の常識に反する決定だった」と述べ判断を誤ったことについて謝罪した。

メルケル辞任論が浮上か

10月14日のバイエルン州議会選挙ではCSUが歴史的な大敗を喫すると予想されている。投票直前にARDが発表した政党支持率調査ではCSUの支持率は33%という史上最低の水準に下がっていた。今年12月のCDUの党大会では執行部が改選されるが、この場でメルケル氏の党首辞任を求める動きが表面化する可能性もある。欧州で最も政治が安定した国と言われたドイツで、刻一刻と不透明感が強まりつつあるのは、残念なことだ。

最終更新 Mittwoch, 17 Oktober 2018 17:14
 

ハンバッハの森をめぐる激論 - 自然保護か褐炭火力発電か?

ノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のケルンとアーヘンの間に、広大な褐炭の露天掘り鉱山が広がる。その一角に残るハンバッハの森は9月13日から騒然とした雰囲気に包まれている。ヘルメットをかぶった数百人の警察官と大手電力会社RWEの職員たちが、樹木の伐採に抗議して森に立てこもる環境保護主義者たちやバリケードを排除し始めたのだ。

多くの市民が伐採に反対

若者たちは2012年から木の梢に小屋を作り、樹木の伐採を妨害しようとしていた。警官隊は若者たちを小屋から引きずり下ろして連行し、小屋も解体。一部の活動家は石やパチンコの玉で警官隊を攻撃したが、放水車まで動員した警察の力には対抗できなかった。

9月16日は約9000人の市民や環境団体の会員らが森に集まり、樹木の伐採に抗議するデモを行った。一部の活動家は、RWEがこの地区で行っている褐炭の露天掘り作業を妨害した。19日にはハンバッハの森で取材していたフリージャーナリストが、木の梢に作られた小屋をつなぐ梯子から転落して死亡した。

9月19日、取材中のジャーナリストが転落死する事故が起こった
9月19日、取材中のジャーナリストが転落死する事故が起こった

RWEは2003年からNRW州に所有するハンバッハの森で樹木を切り倒して、露天掘りによる褐炭採掘を進めてきた。褐炭は同社の火力発電所の燃料として使われる。森の面積は約5500ヘクタールだったが、すでに大半の木が伐採され樹木が残っているのは200ヘクタールにすぎない。RWEはNRW州政府の許可を受け、今年10月から残りの木も伐採する予定だった。

環境団体は裁判所に伐採停止を求めて訴訟を提起したが、裁判官が却下したため、RWEと州政府は森に立てこもる反対派の強制排除に乗り出したのだ。

脱褐炭の時期は今年中に決まる

ドイツの環境団体や左派勢力からは、電力会社と州政府の態度に対して強い批判の声が上がっている。その理由は、今政府と産業界が石炭・褐炭火力発電所の廃止時期を決めるために協議を行っているからだ。「成長、雇用、構造転換のための委員会」と命名された委員会には、M・プラチェク元ブランデンブルク州首相、S・ティリヒ元ザクセン州首相のほか、電力業界、環境団体、ドイツ産業連盟、労働組合、研究機関、褐炭採掘地域の代表ら28人が参加。この委員会は今年11月までに、褐炭の採掘と褐炭・石炭火力発電をやめる年を提言し、メルケル政権は年末までに脱褐炭・石炭の時期を決定する。褐炭による電力はドイツの発電量の約23%にあたる。さらにエッセンのRWI経済研究所によると、ドイツで褐炭・石炭関連産業に直接・間接的に従事する市民の数は約5万6000人にのぼる。このため褐炭の採掘や使用が禁止されるのは、2030年と2040年の間になるとみられている。

環境団体や左派議員は「地球温暖化に歯止めをかけるために、褐炭の採掘と使用をやめることについては社会的な合意ができている。それにもかかわらず、RWEに褐炭の採掘のための森林伐採を許すのは矛盾している。RWEは、脱褐炭・石炭委員会が協議している間はハンバッハの森の伐採作業を凍結するべきだ」と主張している。

脱褐炭・石炭委員会のメンバーである環境保護団体グリーンピースは「衛星写真の分析などから、RWEが今年10月にハンバッハの森で伐採を始めなくてはならない理由はない。その意味で現在の伐採計画は違法である。すでに約65万人の市民が森の保存を求める嘆願書に署名している」として、伐採中止を要求。同団体は自分たちの要求が受け入れられない場合、脱褐炭・石炭委員会から離脱する方針も明らかにした。

褐炭は収益性が高いエネルギー源だった

これに対しRWEは「ハンバッハの森の伐採は、今後2年間の褐炭火力発電を続けるために不可欠だ。我々は州政府と裁判所の許可を得ており、伐採作業は適法である。この伐採は、脱褐炭・石炭委員会の協議内容とは無関係である」と主張。同社としては、自社が所有する土地で木を切り倒すことを、第三者が妨害するのは許されないという立場を取っている。

確かにRWEの主張は法的には正しいかもしれない。だが、今日の企業経営では倫理的な側面も重視されなくてはならない。ドイツに豊富な褐炭は露天掘りが可能なので、採取コストが最も低いエネルギー源だ。減価償却が終わった火力発電所で褐炭を燃やして電気を作れば、企業にとっては利幅が大きかった。

しかし、褐炭には二酸化炭素(CO2)の排出量が天然ガスなどに比べて多いという欠点がある。メルケル政権はパリ協定の目標を達成するために、2030年までにCO2など温室効果ガスの排出量を1990年比で55%減らすことを目指している。

時代の流れに逆行する大手電力

社会全体が経済の非炭素化へ向けて進んでいるなか、大手電力会社が樹齢100年を超える木を切り倒し、褐炭の採掘を続けることは市民に「時代に逆行している」という印象を与える。

RWEではこれまで褐炭・石炭火力の比重が大きかったが、今後は再生可能エネルギーの比率を増やすことを目指している。ゴアレーベンやヴァッカースドルフが反原発運動の象徴だったように、ハンバッハの森は反褐炭・石炭運動の象徴となりつつある。RWEが褐炭使用に固執しハンバッハをめぐる議論という深い森に迷い込んだことは、同社のイメージを深く傷付けることになりそうだ。

最終更新 Donnerstag, 04 Oktober 2018 10:51
 

さらに短くなるドイツの労働時間

ドイツは世界で労働時間が最も短い国だ。企業の社員は1日10時間を超える労働を禁止され、基本的に毎年30日の有給休暇を完全に消化している。日本のように働き過ぎによる過労死や過労自殺が大きな社会問題にはなっていない。しかもこの国の労働時間はさらに柔軟化し、短くなる方向にある。

週28時間制の部分的な導入へ

今年4月にドイツ最大の労組IGメタル(全金属産業別労組)は、経営側との交渉で歴史的な勝利を勝ち取った。ドイツの歴史で初めて、部分的に「週28時間制」の導入に成功し、労働時間の柔軟化を実現したのだ。

製造業界の所定労働時間は週35時間(旧東ドイツは38時間)だが、2019年からは、労働者が希望すれば最高2年間まで、週の労働時間を28時間に減らすことが許される。1日7時間働くとすると、これは週4日制を意味する。

IGメタルが今年の労使交渉で週28時間制の部分的な導入をテーマとしたのは、組合員に対するアンケートから「子どもが生まれた直後や、年老いた親のための介護施設を探すために、一時的に労働時間を減らしたい」という要望が強まっていたからである。

今回の妥結内容で特に革新的なのは、IGメタルが一度減らした労働時間を、増やすことを経営側に認めさせたことである。

ドイツでは、これまでも社員が企業と個別に交渉することによって、子どもの養育や親の介護などを理由に、週の労働時間を所定労働時間よりも短くすることは可能だった。ドイツの社員の28%は、このような「パートタイム社員」として働いている。たとえば私の知人のAさんは、親の介護のために去年の夏以降すでに週休3日のパートタイム社員になっていた。だがこれまでは、労働時間を一度減らして「パートタイム社員」になると、労働時間を所定労働時間に戻すことが禁止されていた。

ただし社員たちの家庭の事情は常に同じではなく、時とともに変化する。就業者たちの間では、子育てが終わったり、親の介護施設が見つかったりして家庭での忙しさが一段落した後も、元の労働時間に戻れないことについて、不満が強まっていた。パートタイム社員になると当然給料が減額されるからである。

家庭の事情にあわせて労働時間を変える

IGメタルは今回の労使交渉で 、2年間が過ぎれば、一度減らした労働時間を35時間に戻す権利を勝ち取った。つまり、労働時間の柔軟性を高めたのである。

たとえば社員が、「子どもが生まれてから最初の2年間は、会社で働く時間を減らして、なるべく家で妻子の面倒を見たい」と考える場合や、「高齢の親が入る介護施設が見つかるまで、2年間にわたって自宅で親を介護したい」と考える場合には、週休3日制に切り替えることが可能になる。2年を経れば、企業は労働時間を28時間から35時間に戻さなくてはならない。2年間は給与が一時的に減るが、労働時間を28時間から35時間に戻せば、給与も2年前の水準に戻る。パートタイム社員からフルタイム社員への復帰が可能になるのだ。

経営側は最初、組合の要求に対して強く反発した。だがIGメタルが今年1月下旬にドイツ南部の250カ所の企業で24時間ストライキを実施するなどして激しく戦ったため、経営側は圧力に屈して要求を受け入れた。ストライキにはダイムラー、BMW、ボッシュ、MAN、ZFなどの大手企業の組合員も参加した。日本同様に貿易に依存する物づくり大国でありながら、ドイツの組合の力が強大であることには、驚かされる。

ドイツの労働者が家庭の事情に合わせて労働時間を選択する時代がやってくる(筆者撮影)
ドイツの労働者が家庭の事情に合わせて労働時間を選択する時代がやってくる(筆者撮影)

「自由時間は新しい通貨」

経営側が週28時間制の部分的な導入を受け入れた背景には、ドイツの現在の景気が、絶好調だという事実がある。ドイツの国内総生産(GDP)は2010年以降拡大する一方。GDP成長率は2014年以降、日本を上回っている。

機械製造業を中心に輸出が好調であるために、2017年の経常黒字は2870億ドル(31兆5700億円・1ドル=110円換算)に達し、中国を抜いて世界最大となった。ミュンヘンのIFO経済研究所は、「2018年のドイツの経常黒字はさらに増えて2990億ドル前後に達する」という予測を発表している。

欧州連合統計局によると今年6月のドイツの失業率は3.4%と、EUで2番目に低い。EU平均失業率(6.9%)のほぼ半分であり、1990年の東西ドイツ統一以来、最も低い数字だ。特に物づくりの中心地である南部のバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州の雇用市場では、大卒の高技能人材が払底した状態にあり、事実上の「完全雇用状態」となっている。

このためドイツ企業は空前の人材不足に悩んでいる。ケルンのドイツ経済研究所(IW)は、今年4月に「専門技能を持つ就業者が44万人不足している。現在の労働力不足がなければ、ドイツのGDPは今よりも300億ユーロ(3兆9000億円)増え、GDP成長率は毎年0.9ポイント高くなるだろう」という推計を発表している。つまり企業は優秀な人材を採用するには、労働条件を改善しなくてはならないのだ。

ドイツ企業の人事担当者の間では「自由時間は新しい通貨だ」という言葉が聞かれる。人材不足に出口が見えないことから、労働時間の柔軟化と短縮の傾向は今後ますます強まるに違いない。

最終更新 Donnerstag, 20 September 2018 12:19
 

メルケル政権は旧東独の混乱を放置してはならない

旧東独、特にザクセン州の社会的・政治的混乱は年々深刻化する一方だ。特にメルケル政権がこの地域での極右勢力の拡大に対抗して有効な対策を何一つ取っていないことが気になる。

極右が路上で外国人を「追跡」

8月末にザクセン州のケムニッツで起きた騒擾(そうじょう)は、同州と旧東独に対するイメージを一段と悪化させた。

ケムニッツでは8月25日に市民祭が開かれていたが、26日の未明に同市の路上で数人の男たちの間で口論が始まった。その結果ドイツ人3人が刃物で刺されて重傷を負い、その内1人が病院で死亡した。警察は現場から逃走した23歳のシリア人と22歳のイラク人を殺人の疑いで逮捕して、取り調べている。

8月27日午後に右派団体「ケムニッツのために」が殺人に抗議するためのデモを実施。地元の警察は参加者を約1000人と推定していたが、実際には他都市のネオナチもツイッターによる呼びかけに応じて参加し、約6000人に膨れ上がった。一部の参加者は路上で外国人を追い回したり、暴力をふるったりした。右派のデモ隊は警官隊や左派のデモ隊と小競り合いを繰り返し、警察官2人を含む20人の負傷者が出た。

8月27日、ケムニッツにて行われた右派団体による抗議デモの様子
8月27日、ケムニッツにて行われた右派団体による抗議デモの様子

警察の対応に不備

ケムニッツの警察当局は「デモの参加者の数を少なく見積もっていたため、動員した警察官の数が少なすぎた」と対応に不備な点があったことを認めた。

ケムニッツには社会主義時代に作られた有名なカール・マルクスの像がある。この前で撮影された映像を見ると、一部の右派勢力は右手を高く掲げるナチス式の敬礼(ヒトラー・グルス)を行っている。これはドイツの刑法によると国民扇動という違法行為である。しかし近くにいる警察官たちは、ナチス式の敬礼をしている男たちを見ても、逮捕はおろか全く反応していない。ドイツは法治国家であるはずだが、この日ケムニッツでは違法行為が野放しになっていた。

独政府は暴力を糾弾

メルケル首相は8月28日の記者会見で、殺されたドイツ人の遺族に弔意を表した。その上で、「ケムニッツの路上で外国人が追いかけられ、ヘイトスピーチが叫ばれた。これはドイツの町で起きてはならないことだ」と述べてネオナチの暴力を強く糾弾した。

フランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領も死者の家族、そして友人たちに対し追悼の意を表す一方で、「極右勢力は殺人事件による市民の動揺と悲しみを悪用して、外国人に対する憎しみを煽り立てた。私は極右による暴力を強く非難する」と述べた。

ネット世界には誹謗中傷やフェイクニュースが飛び交った。「警察はケムニッツの外国人に対し、危険だから屋内にいるように勧告している」というデマが流れた。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は血の付いたナイフのイラストとともに「ケムニッツのような事件はどこでも起こり得る」というメッセージをツイッターで発信し、市民の不安を煽る。右派団体「ケムニッツのために」は、2人の外国人に対する拘留命令の文書の映像を一時ツイッターの中で公表。そこには容疑者や被害者の氏名などが克明に記されていた。この文書は警察官、検察官、判事、弁護士しか見ることができないものだ。そのような文書がネット上で公表されたことは、司法関係者の間にも右派勢力と繋がりがある者がいることを示唆しており、不気味だ。

ザクセン州では、このほかにも極右勢力をめぐるトラブルが発生している。8月16日には、ドレスデンで右派勢力の反メルケル・デモを取材していた公共放送局ZDFのカメラクルーが、参加者から「撮影をやめろ」と言いがかりをつけられ、口論になった。記者とカメラマンはその後45分間にわたり警察官の尋問を受け、取材を妨害された。後になって言いがかりをつけた参加者は、ザクセン州刑事局の事務職員だったことが明らかになった。彼は非番の時に個人として反メルケル・デモに加わっていた。ザクセン州の警察は、「対応に手落ちがあった」としてZDFに謝罪した。

ザクセンではAfDが事実上の第一党

旧東独では、極右政党に対する市民の支持が西側より強い。去年9月の連邦議会選挙でAfDは12.6%の得票率を記録し、一挙に第3党になったが、ザクセン州では27%の有権者が同党を選び、AfDは首位の座に立った。AfDは旧東独全体でも22.5%という高い得票率を確保し、第2党の地位にある。ザクセン州では来年9月1日に州議会選挙が行われるが、AfDがトップに立つ可能性が強い。それ以外の政党がAfD抜きで連立政党を組めるかどうかが焦点である。

旧東独では今でも「我々は統一によって貧乏くじを引かされた」として伝統的な政党や中央政府に恨みを抱く市民が多い。今年6月の旧東独の失業率は6.6%で、旧西独(4.7%)を上回っている。旧東独の外国人の比率は約2%と全国平均よりも低いのだが、難民や外国人に対する反感は旧西独よりも強い。難民に対する暴力は、メルケル政権への攻撃でもある。

メルケル政権は、旧東独で市民との対話の機会を増やすべきだ。そして彼らの批判や不満に耳を傾け、対策を講じるべきだ。さもなければ、旧東独でのAfD支持者は今後も増える一方だろう。今のままではフランス同様に極右勢力の支持率が約20%に達して社会民主党(SPD)を追い抜き、第2党になる可能性もある。政府は今の状態を放置してはならない。

最終更新 Donnerstag, 06 September 2018 10:49
 

<< 最初 < 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 > 最後 >>
27 / 114 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作