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トランプはなぜ、ドイツを叩くのか

米国のトランプ大統領は、既成の秩序の破壊者だ。友好国に対して懲罰関税を導入し貿易戦争を仕掛ける。多国間の自由貿易協定や地球温暖化を防ぐための協定から脱退し、英国のEU離脱を支援する。各国首脳と合意した共同声明について、ツイッターで合意を撤回する。クリミア半島を併合して国際法に違反しているロシアの指導者プーチン大統領にすり寄る。女性や外国人、イスラム教徒などを侮辱する発言を行う。

「人を撃っても支持者は減らない」

米国優先主義と保護主義を掲げるトランプ氏は伝統的な制度を破壊し常識に挑戦することで、米国の政治制度に不満を持つ有権者の心をつかむ。彼の支持者の中核は、グローバル化の負け組と感じている、白人の低所得層。彼らはヒラリー・クリントンに代表される職業政治家たちに不信感と憎しみを抱いている。

トランプ氏は2016年の選挙戦の時に行った演説で「私が五番街の真ん中に立って、通行人を銃で撃っても私は支持者を失わないだろう」と言ったことがある。通行人を銃で撃つというのは、常識的には「悪事」と見なされる行為だ。通常は大統領選挙の候補者がするべき発言ではない。「政治的に穏当(politically correct)」な発言ではないからだ。だが、彼はポリティカル・コレクトネスにあえて挑戦する。トランプ氏は普通の職業政治家が避ける発言をあえて行うことによって、社会の負け組から支持される。実際この挑発的な言葉は、トランプ氏の支持率に悪影響を及ぼさなかった。彼のようなタイプは、歴代の米国大統領の間には、全くいなかった。いわゆるポリティカル・コレクトネスを攻撃するのは、米国に限らず世界中で勢力を広げるポピュリストに共通する特徴である。これまでの非常識が、ポピュリストの間では「常識」になる。

ドイツを攻撃するトランプ

読者の皆さんは、トランプ氏がドイツを特に厳しく槍玉に上げることに気づかれただろうか? そのことがはっきり表われたのは、今年7月の欧州歴訪の際である。北大西洋条約機構(NATO)は2014年にウェールズでの首脳会議で、「2024年までに防衛費の対GDP比率を少なくとも2%まで引き上げるよう努力する」という決議を行っていた。今年の時点で米国は国内総生産(GDP)の3.5%を防衛費に充てている。これに対しドイツは1.24%にすぎない。

トランプ氏は7月11日から2日間にわたり、ブリュッセルで開かれたNATO首脳会議に出席し「ドイツは防衛費を十分に負担せず、米国に守ってもらっている一方で、米国に対して巨額の貿易黒字を抱えている。さらにロシアから直接天然ガスを輸入するためのパイプライン『ノルトストリーム2』も建設している。ドイツはロシアの囚人(captive)になっているようなものだ」と主張。主権国家ドイツに対する強い侮辱である。

NATO首脳会議に参加したメルケル首相(左)とトランプ大統領
NATO首脳会議に参加したメルケル首相(左)とトランプ大統領

NATO首脳会議の大混乱

NATO首脳会議は防衛支出をめぐって大混乱に陥った。まず初日の会議でトランプ氏が2%の目標を満たしているのが米国など5カ国にすぎず、ドイツなどほかの23の加盟国がこの数値に達していないことについて怒りを爆発させた。ほかの加盟国首脳はトランプ氏を説得して、「加盟国は2014年のウェールズ首脳会議での目標を順守することを再確認した」という内容を含む共同声明について合意した。

ところが合意後もトランプ氏は、矢のようにツイッターのつぶやきを打ち続けた。その矛先は、またもやドイツに向けられた。
「ドイツがロシアに対しエネルギーとガスのために数10億ドルも払っているとしたら、NATOに何の意味があるのだ? なぜ28カ国の内、5カ国しか防衛費の対GDP比率の目標を守っていないのだ? 米国は欧州の防衛のために費用を負担しているのに、貿易では何10億ドルも損をしている。ほかの加盟国は、2%の目標を2025年までにではなく、すぐに達成するべきだ」

これらのツイッターは欧州諸国首脳を戦慄させた。メルケル氏らは2日目の会議で「防衛支出の追加額をこれまで予定していた額よりも増やし、これまでを上回るスピードでGDP比2%ラインに近づける」と約束せざるを得なかった。

ポピュリズムに対する防波堤・ドイツ

ドイツは多国間の自由貿易協定や環境保護のための協定を重視し、人権保護、人種や性別、宗教による差別の禁止を重んじる。つまりトランプ氏の政策と真逆の方針を貫く国だ。彼にとって「ポピュリズムと戦う防波堤」メルケル氏の存在は目の上のコブだ。

メルケル氏は2016年にトランプ氏が大統領選挙に勝った時に贈った祝辞に「あなたが人権、自由の尊重、差別の禁止などの価値を我々と共有するという前提があるならば、私はあなたとともに働く準備があります」という辛口の文章を入れた。同盟国の首相が米国大統領との協力に条件を付けるのは異例だ。トランプ氏は内心カチンときたに違いない。

米国はEUに対して当面自動車への関税をかけない方針を打ち出している。だがトランプ氏は発言や考えを猫の目のように頻繁に変えることで有名だ。今後もメルケル氏とトランプ氏の確執は続くに違いない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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