Hanacell
独断時評


2016年のドイツを展望する

ドイツ、そして欧州は五里霧中の状態にある。その理由は、第二次世界大戦後に一度もなかった事件が2015年に立て続けに起きたことにある。私は1990年からドイツに住んでいるが、過去25年間に今ほど日本で欧州が注目されたことは、一度もなかった。これらの事件の余韻はまださめておらず、2016年にも長い影を落とす。

ケルン大聖堂と新年の花火
ケルン大聖堂と新年の花火

イスラム・テロとの戦い

最も大きな影は、イスラム過激派の脅威が欧州の街角に到達したことだ。残念だが新春の欧州は、テロと戦争の暗雲に覆われている。2015年1月には、パリの風刺週刊新聞「シャルリー・エブド」とユダヤ系スーパーマーケットがテロリストに襲われて編集者らが殺害された。過激主義者らの凶弾は、その10カ月後にパリのコンサートホール、カフェ、レストランで130人の市民を殺害した。

フランスのオランド大統領はこのテロを「戦争行為」と断定。今年からシリアとイラクでテロ組織イスラム国(IS)に対する空爆を強化する。メルケル政権も、フランスなど有志国連合を電子偵察機や空中給油機によって支援することを決めた。今年から約1200人の連邦軍兵士が欧州版対テロ戦争に参加する。

だが対テロ戦争の先行きは不透明だ。テロ組織を空爆だけで壊滅させることは、不可能だ。フランスが地上部隊を送るとしたら、シリア政府軍、IS、クルド人部隊、ロシア軍、ヒズボラ(神の党)など種々の戦闘部隊が入り乱れて戦う泥沼に足を踏み入れることになる。オランドにはそれだけの覚悟があるのか。有志国連合は、ISとの戦いで何を達成したら戦争を止めるのかという「出口戦略」を確立するべきだ。出口戦略を持たずに軍事介入を行う国は、アフガニスタンやイラクでの米軍と同じ運命にさらされる。軍事攻撃だけではなく、シリア和平を実現するための外交工作にも力を入れるべきだ。

難民危機は終わっていない

シリアの内戦を一刻も早く終結させることは、難民危機を解決する上でも極めて重要だ。2015年、ドイツでは約100万人の難民が亡命を申請した。2015年からの3年間で、欧州連合(EU)に流入する難民の数は300万人に達すると予想されている。

英仏など多くのEU加盟国が難民受け入れに難色を示す中、メルケル首相は戦火を逃れてきた難民たちに対して寛容な態度を示した。彼女の「Wir schaffen das(我々は達成できる)」という言葉は、未知の世界に対して門戸を閉ざさない、新しいドイツの楽観主義を象徴するスローガンになった。

だがドイツの地方自治体や保守派は「難民の受け入れ数の上限(Obergrenze)を設定するべきだ」と主張し、メルケルへの批判を強めた。メルケルは昨年12月14日に行われたキリスト教民主同盟(CDU)の党大会で採択された「カールスルーエ宣言」で「難民数の大幅な削減を目指す」という文言は受け入れたが、上限という言葉の使用を拒否。それにもかかわらず、代議員の99%がこの宣言を承認した。メルケルは、「難民急増も、グローバル化時代の一側面だ。外国に向けて扉を閉ざして孤立することは、21世紀の解決策にはならない」と力説。メルケルに対して、代議員たちが起立したまま約10分間にわたって拍手を送った。

この出来事は、難民危機というドイツ戦後最大の試練の中で、メルケルに代わる強力な指導者がいないことを示している。2016年の欧州でも、メルケルは大きな存在感を示し続けるだろう。

極右政党の動向は?

気になるのは、欧州での右派ポピュリズムの拡大だ。昨年12月に行われたフランス地方選挙の第1回投票では、右派ポピュリスト政党「国民戦線(FN)」が社会党や国民運動連合(UMP)を上回る得票率を記録し、第一党になった。第2回投票では既存政党が団結して戦ったため、FNは敗北したものの、第1回投票の結果はフランスだけでなく、欧州全体に強い衝撃を与えた。この背景には難民急増やEUの権力拡大に対する庶民の強い不満がある。フランス以外の国でも、極右勢力が伸長する傾向が見られる。

VWにとって正念場の年

昨年ドイツでは、戦後未曽有の企業スキャンダルが表面化した。欧州最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)が、約1100万台のディーゼル車のエンジンに不正なソフトウエアを搭載して、米国などの排ガス規制をくぐり抜けていたのだ。

今年は、VWにとっては正念場となる。1月には製品のリコールが始まるが、同社は今年末までに欧州でのリコールと補修作業を完了させる方針。65億ユーロ(8775億円・1ユーロ=135円換算)のリコール費用が同社の業績にずしりとのしかかる。

米国での法務関連コストも顕在化する。米国・環境保護局(EPA)の罰金支払い命令や、市民による損害賠償訴訟、株主代表訴訟など様々な試練が、VWを待ち受ける。

今年も欧州では、予想外の事態が次々に起こるに違いない。社会や経済の変化に機敏に対応するためには、情報収集をこまめに行うことが一段と重要になる。

筆者より読者の皆様へ

旧年中はご愛読下さり、どうもありがとうございました。
今年もよろしくお願い申し上げます。

8 Januar 2016 Nr.1017

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:56
 

対テロ戦争に突入するドイツ

不吉な戦争の鼓動が鳴り始めた。街角を彩るクリスマスの装飾とは対照的に、欧州は沈鬱な空気に覆われている。

軍事攻撃を間接支援へ

メルケル政権は、テロ組織イスラム国(IS)を攻撃するフランスなどによる有志国連合を軍事的に支援することを決定し、ドイツ連邦議会も12月4日にこの提案を承認した。ドイツ連邦軍は、シリアやイラクのISの拠点に対する空爆には直接参加しないが、トルナード電子偵察機6機や軍事衛星によって、地上の状況をリアルタイムでフランスや英国の戦闘部隊に伝達する。また、空中給油機によって有志国連合軍の戦闘機に燃料を補給し、航続距離を延長する。さらに、シリア沖に展開するフランス海軍の空母「シャルル・ド・ゴール」をISのテロ攻撃から警護するために、フリゲート艦「アウグスブルク」を地中海に派遣する。

ドイツ連邦軍
ドイツ連邦軍は、監視偵察任務や兵站面で支援(写真はイメージです)

メルケル政権は、約1200人の連邦軍将兵をこの作戦に参加させる。来年1月には、兵士たちがシリア・イラク上空での監視偵察任務や、兵へいたん站(後方活動)面での支援を開始する。フォン・デア・ライエン国防相は連邦議会での演説で、「シリアとイラクでの支援任務は危険を伴い、長期間に及ぶだろう」と述べ、この作戦に大きなリスクが伴うことを認めた。同時に「この作戦は、盲目的に行われる冒険ではない。外交交渉と組み合わせることによって、シリアでの内戦を終結させるために必要な手段だ」と述べ、軍事支援と政治的プロセスを並行的に進めるという点を強調した。

「知らん顔はできない」

シュタインマイヤー外相は、同盟国フランスと連帯することの重要性を強調した。「テロリストが町を闊歩しているときに、我々ドイツ人が窓を閉め、シャッターを下ろして知らん顔をしていて良いのだろうか? ドイツはそのような態度を取ってはならない。テロリストの行為がエスカレートし、拡大しつつある今、我々も一致団結してテロと立ち向かわなければならない」

11月13日にパリで起きた同時多発テロでは、ISの戦闘員がコンサートホールやレストラン、カフェで自動小銃を乱射し、市民130人を殺害し、352人に重軽傷を負わせた。オランド仏大統領はこのテロを「戦争行為」と断定していた。

国連安保理は未承認

しかし、電子偵察機や空中給油機の派遣は、ISとの戦いへの関与の度合いを大幅に高めるとともに、リスクも増大させる。たとえばISは、戦闘機を撃墜して捕虜にしたヨルダン空軍のパイロットを焼き殺す模様の映像を、インターネット上に流したことがある。さらにISは、パリで行ったような無差別テロをドイツでも起こす可能性が強まる。

一方で、今回の軍事支援には国際法上の根拠が薄弱だという問題点がある。原則的には、ドイツ連邦軍が外国での武力行使に参加・協力するのは、国際連合の安全保障理事会が、国連憲章の第7条に基づいて武力行使を承認したときに限られる。だが国連安保理は、イラク・シリアでの軍事攻撃を正式に承認していない。唯一の法的根拠は、欧州連合(EU)の基本条約であるリスボン条約の第42条第7項だ。この条約によると、軍事攻撃を受けたEU加盟国は、他の加盟国に対して支援を要請することができる。フランスはこの条約に基づいて、ドイツなどに対して援助を求めた。

メルケル政権はこれまで「軍事攻撃だけでは、シリア問題を解決することはできない」として、英仏、ロシアのシリアでの軍事作戦を批判してきた。このため、当初「マリに駐留している3000人のフランス軍兵士がシリアでの作戦に参加できるように、ドイツ軍の将兵をマリに派遣する」とオランド政権に伝えていた。しかしフランス政府からは、「全く不十分だ」とする不満の声が強まった。このためドイツは、有志国連合軍に対する偵察と兵站面からの支援に同意せざるを得なかったのだ。

フランスとの連帯を重視

ガブリエル経済相は、連邦議会での11月26日の演説で、独仏協調の重要性を強調した。彼は、「ドイツが1945年に第二次世界大戦で敗北した後、フランスは他の国々とともに、我々が国際社会に復帰できるように助けてくれた。我々はフランスに借りがある。そう考えると、我々はフランスを支援しなくてはならない」と述べた。つまり、もしもドイツがフランスに対する軍事支援を拒否したら、独仏関係に修復不可能な傷がつくというわけだ。

しかし、緑の党や左派政党リンケからは、「有志国連合がシリアを空爆して、テロリストだけでなく一般市民にも死傷者が出た場合、ISに加わる者が増える危険性がある。政府は、議会で十分に審議を尽くさずに軍事支援を決めた」という批判の声が強まっている。

さらに、空爆だけではISを壊滅させることはできない。フランス軍など有志国連合軍はいずれ地上部隊を派遣せざるを得ない。ドイツ政府は、フランスから要請があった場合、地上軍の派遣を拒否できるだろうか。

米国のアフガニスタンやイラクでの経験は、この種の軍事作戦に明確な「出口戦略」が不可欠であることを示している。フランスなどの有志国連合は、対テロ戦争の遂行と終結についてはっきりした戦略を持っているのだろうか。2016年は、欧州の安全保障にとって分水嶺となるかもしれない。

18 Dezember 2015 Nr.1016

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:57
 

パリ同時多発テロと欧州の暗雲

2015年は悲しいことに、欧州でテロの嵐が吹き荒れる年となってしまった。11月13日の金曜日の夜、パリでテロ組織「イスラム国(IS)」が約130人の市民を殺害した事件は、フランスだけでなく世界全体に強い衝撃を与えた。

無差別攻撃へとエスカレート

パリでは1月にも、イスラム過激派のテロリストが風刺新聞「シャルリ・エブド」の編集部とユダヤ系スーパーマーケットを襲撃し、17人を殺害した。だが今回のテロ事件は、1月の事件と大きく質が異なる。

11・13事件で犠牲になった人々は、予言者ムハンマドを風刺するなどしてイスラム教徒を憤慨させたわけではない。テロリストたちは完全に無差別に、市民たちに向けて自動小銃を乱射した。彼らにとって、殺す相手は誰でも良かったのだ。一人でも多くのパリ市民や観光客を殺すことによって、社会に恐怖感を与えることが最大の目的だった。

8人のテロリストが3つの班に分かれて、ほぼ同じ時刻に攻撃を開始するという、長期間にわたって周到に準備された犯行だった。彼らは、フランスで初めて自爆ベストを使って自決した。自爆ベストの製作や調達には時間がかかる。これも、テロ組織による計画的な犯行であることを示している。

フランスは今年9月から、シリアにあるISの拠点に対して空爆を行っていた。ISは、そのフランスの空爆に対し、11・13事件で、パリ市民という「ソフト・ターゲット」に銃弾を浴びせることで報復したのだ。

1月のテロ事件の直後には、数百万人の市民がパリの路上を埋めてデモ行進を行い、外国の首脳たちもパリに駆けつけてフランスへの連帯を示した。

レピュブリック広場
パリ同時テロから1週間後のレピュブリック広場。

オランドは「戦争行為」と断定

だが今回の事態は、はるかに深刻である。そのことはオランド仏大統領が、この攻撃を「戦争行為」と断定して、非常事態を宣言したことに表れている。非常事態宣言によって、集会の自由が制限されたほか、警察は裁判所の令状なしに家宅捜索を行うことができるようになった。欧州の雰囲気は、2001年9月11日にニューヨークとワシントンDCで同時多発テロが起きたときの米国に似ている。今、フランス人たちは、「シャルリ・エブド」事件のときよりも深い悲しみに沈み、テロリストたちに対する強い怒りを抱いている。

オランドは、武力によってテロ組織と対決する道を選んだ。フランスは空母「シャルル・ドゴール」を地中海に移動させ、ISの拠点への空爆回数を増加させた。だが、アフガニスタンの例を見れば分かるように、テロ組織を空爆だけで壊滅させることは不可能であり、地上部隊の投入が不可欠である。このためオランドは、欧州連合(EU)のリスボン条約に基づき、「フランスは軍事攻撃を受けたので、他の加盟国はフランスを軍事的に支援してほしい」と要請。英国は、フランスの空爆を支援する姿勢を表明した。オランドは米国のオバマ大統領、ドイツのメルケル首相とも次々に会談し、支援を求めた。

だがメルケルは、「軍事的な手段によってテロの問題を解決することはできない」として、直接的な軍事支援には難色を示している。同国は、フランスが3000人の兵士を送っているマリにドイツ連邦軍を派遣し、フランス軍の負担を一部肩代わりすることを提案している。アフガニスタンとイラクでの戦争に疲弊した米国も、地上軍の派遣には消極的である。

武力だけではテロ問題は解決できない

フランスでは、極右政党「フロン・ナショナール(国民戦線=FN)」が近年、支持率を増やしている。再来年に大統領選挙を控えたオランドは、同国史上最悪のテロ事件で軟弱な姿勢を見せた場合、FNに多くの有権者を奪われる可能性がある。したがって、彼は米国のブッシュ前大統領が見せたような、「テロと闘う強い指導者」という顔を見せているのだ。

だがフランスの軍事攻撃は、ISの思うつぼである。ISは、欧州諸国をシリア内戦に引きずり込むことによって、「欧州人は中東でイスラム教徒を殺している」というプロパガンダを行い、自分たちの組織の戦闘員をさらに増やすことを目指している。

フランスが抱えるもう一つの大きな問題は、すでに約1万人の過激勢力が国内に住んでいることだ。彼らの大半は、アルジェリアやモロッコなどからの移民の子どもたちであり、フランス国籍を持つ。11・13事件の犯人たちの多くも、フランスかベルギーの国籍を持つイスラム教徒の子どもたちだった。インターネットやイスラム教の礼拝所で過激派の思想に感化され、シリアへ渡って戦闘訓練を受けて、フランスやベルギーに戻ってくる者もいる。つまりISは、すでにフランスやベルギーに多数のエージェントを潜伏させているのだ。フランス政府は、国内の差別問題、移民の多いバンリュー(郊外)と白人の多い地域が分離してしまっている問題(二重社会)について解答を出さない限り、「ホーム・メード・テロリスト」の問題を根本的に解決することはできない。

ドイツでも今年は、約100万人の難民が流入し、外国人の数が急増する。大半の難民は、戦火を逃れてきた善良な市民である。しかし将来、ドイツ社会に失望して過激思想に感化される者が現れるかもしれない。ISが、難民の中に戦闘員を紛れ込ませている可能性もある。ドイツにとっても、フランスの苦境は対岸の火事ではない。

4 Dezember 2015 Nr.1015

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:14
 

拡大するVW排ガス不正の闇

欧州最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)が不正なソフトウエア(ディフィート・デバイス)を使って米国の窒素酸化物(NOx)規制をくぐり抜けていた問題は、戦後最悪の企業スキャンダルの一つだ。

故意による法令違反

ドイツだけでなく欧州や米国をみても、これだけ根が深く、大規模な不祥事は起きたことがない。VWのスキャンダルは、部品の欠陥などを見過ごしてしまったというたぐいの不祥事ではない。エンジニアが、自分たちの技術では監督官庁の規制をクリアできないとして、違法なソフトウエアによって「故意」に規制逃れを行った、悪質な法令違反である。今年9月に米国の環境保護局(EPA)が暴露した不正ソフトが搭載されていた自動車の数は900万~1100万台に上り、同社は来年1月からリコールを開始する。

ガソリン車にも飛び火

VWは11月3日、同社が連邦自動車局(KBA=日本の運輸局に相当)から自動車の認可を受ける際に、二酸化炭素(CO2)の排出量を実際よりも低く申告していたことを、自ら明らかにした。NOx不正をきっかけに始まった同社の内部調査の過程で、CO2不正が見つかったのだ。同社は「1キロ走るごとに排出するCO2の量は90グラム」と申告していたが、実際には131グラムのCO2を排出しており、欧州連合(EU)の基準値に違反していることが分かった。

CO2の値が過少に申告されていた自動車の数は、80万台に上る。しかも、その中にはガソリン・エンジンを搭載した自動車が約9万8000台含まれている。つまり、VWの排ガス・スキャンダルは、ディーゼル車からガソリン車にまで広がったのだ。

VWは、これらの自動車のリコール費用として、20億ユーロ(約2700億円・1ユーロ=135円換算)の引当金を計上。同社はEPAから指摘されたNOxをめぐる不正のために、すでに65億ユーロ(約8775億円)のリコール費用を計上していた。

ドイツのメディアは、「CO2不正の発端がヴィンターコルン前CEO(最高経営責任者)の過大な要求にある」という、VWのエンジニアらの見方を報じている。ヴィンターコルンは、2012年に「15年までにCO2の排出量を30%減らせ」と命じたが、エンジニアたちは「技術的な限界のために、不正行為なしには、この目標の達成は不可能だ」と考えた。そこで技術陣は、13年頃から、検査場での排ガス検査の際のタイヤの空気圧を通常よりも高くしたり、自動車のオイルに軽油を混ぜたりすることによって、テストのときだけCO2排出量が少なくなるような工作を行ったという。

ユーザーの信頼感に傷

ドイツでは2009年以降、車両税を計算する際に、CO2の排出量も基準の一つとして使われている。このため、問題の80万台の車両については、CO2排出量がVWによって少なく申告されたので、徴税された車両税の額が不足していたことになる。連邦財務省は、「VWの不正のつけをドライバーに払わせるのは酷だ」として、法律を改正し、VWから車両税の不足額を追徴する方針だ。

CO2不正は、監督官庁のずさんな態勢をも明らかにした。KBAは、VWが提出した偽りのデータを独自に検査せず、鵜呑みにしていたのだ。

高級ディーゼル車にも飛び火?

VWが直面している新たな疑惑は、これだけではない。EPAは11月2日、「VWグループに属するアウディやポルシェの高級ディーゼル車約1万台についても、不正ソフトウエアによって、NOxの試験場での排出量を路上走行時よりも低く見せる工作が行われていた」と指摘した。EPAが新たに不正を指摘したのは、2014~16年までに発売された、ポルシェ・カイエンやアウディA6クワトロ、VWトウアレグなどの3リッターエンジン搭載車。カイエンなどは価格が高く、VWグループにとっては重要な収益源だ。また、これまでNOx不正が指摘されていたのは、2リッター以下のエンジン搭載車だった。

この発表は、VWにとって寝耳に水であった。同社は、「EPAが指摘したポルシェやアウディなどの自動車に、不正ソフトを使ったことは一切ない」として、疑惑を全面的に否定している。

DIW「費用総額は1000億ユーロに」

最初の疑惑の解明も終わっていないうちに、新たに2つの疑惑が浮かび上がったことは、VWの経営陣にとっては痛手である。VWは、特別監査チームのほかに米国の弁護士事務所も投入して内部調査を行っているが、「疑惑の解明には数カ月かかる」としている。ヴィンターコルン前CEOなど、経営陣が不正行為を知っていたかどうかが、調査の焦点の一つとなる。

ドイツ経済研究所(DIW)のフラッチャー所長は、「米国の監督官庁の罰金や、株主からの損害賠償訴訟なども考慮に入れると、VWにのしかかるコストは、最悪の場合1000億ユーロ(13.5兆円)に達する。これはドイツのGDPの約3%に相当する」という、悲観的な見方を明らかにしている。

VW、KBAや連邦交通省は、失われた信頼感を回復するために、不正の全容を1日も早く解明して発表するとともに、チェック体制を強化すべきだ。さもなくば、「メイド・イン・ジャーマニー」の栄光が泣く。

20 November 2015 Nr.1014

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:36
 

難民危機でメルケル首相への批判高まる

第2次世界大戦後最大の難民危機をめぐり、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は国民から厳しい批判を浴びている。難民危機は、メルケルの政治生命にとっても重大な脅威となりつつある。

批判の急先鋒は、大連立政権にも参加しているキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー党首だ。彼は、9月4日にメルケルがシリア難民の受け入れを決定した直後から、「重大な政策ミスであり、ドイツに長年にわたって悪影響を及ぼす」と批判していた。ゼーホーファーは、バイエルン州政府の首相でもある。今年1~9月までにバイエルン州が受け入れた亡命申請者の数は、約8万9000人。これは、ノルトライン=ヴェストファーレン州に次いで2番目に多い数である。

バイエルン州政府に対しては、市町村から、「難民のための暫定的な宿泊施設が見つからない。収容能力の限界を超えている」という声が寄せられている。

ゼーホーファーは、メルケルに対して「憲法が基本権として保障している亡命権を見直して、ドイツに受け入れる難民数を制限すべきだ」と述べ、難民政策の修正を要求。さらに、「連邦政府が難民の流入に歯止めをかけない場合、連邦憲法裁判所に提訴する」と強硬な態度を打ち出している。

だが、難民政策の見直しを求めているのは、CSUだけではない。メルケルの足元にも火がついている。彼女が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)の地方支部や、同党を支持する市町村の首長たちからも、「これ以上は不可能だ。難民の受け入れを制限してほしい」という要求がメルケル政権に寄せられている。

10月15日、メルケルはザクセン州のシュコイドリッツで行われたCDUの党員集会に参加したが、一部の党員たちは、首相に対して痛烈な批判を浴びせた。「メルケルさん、あなたは何人の難民がドイツに流れ込んでいるかも、誰が来ているのかも知らない。この難民流入を直ちに止めるべきです」「知り合いから、メルケルは私の首相ではないと言われました」(CSUの批判に対するメルケルの、「困っている人々に援助の手を差し伸べたことについて、私が謝罪しなくてはならないとしたら、ドイツは私の国ではない」との発言を受け)。党員の1人は、「Merkel entthronen!(メルケルを王座から引きずり下ろせ)」と書いた横断幕を掲げた。

Merkelmussweg
PEGIDAのデモで掲げられたプラカード「Merkelmussweg(メルケルよ去れ)」

これらの発言は、CDUの草の根の党員たちの間で、メルケルに対する反感がいかに強まっているかを示している。さらに、連邦議会のCDU・CSU議員団の間でも、メルケルの難民政策に対する批判が強まっており、会議の席上でメルケルに対し、「私はあなたとは違う意見を持っている」と、公然と反論する議員も現れた。

メルケルにとって深刻なのは、有権者からの支持率が難民危機の影響で低下していることだ。公共放送ARDが9月末に行った世論調査によると、回答者の51%が「難民急増に不安を抱いている」と答えた。1カ月前の調査に比べると、13ポイントの増加だ。メルケルへの支持率は、この1カ月間で9ポイント下落し、54%となった。逆に、メルケルを批判したゼーホーファーに対する支持率が、11ポイントも伸びた。

また、アレンスバッハ人口動態研究所が10月末に行った世論調査によると、「ドイツは何人の難民を受け入れるかについて、完全にコントロールを失っている」と答えた回答者は57%に上った。回答者の71%が、「ドイツは難民に対する待遇が良過ぎるために、難民が急増した。ドイツにも大きな責任がある」と答えている。今年8月に、「ドイツへの難民急増について、非常に強い懸念を抱いている」と答えた回答者は40%だったが、10月には54%となった。

保守勢力は、「メルケルの難民政策は、極右政党が支持率を増やすのに絶好のチャンスを与える」との危惧を強めている。実際、ドイツの極右勢力は難民急増を契機に過激化しつつある。旧東独に多くの支持者を持つ右派市民団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(PEGIDA)」が10月に行ったデモでは、一部の参加者が絞首台の模型を掲げ、メルケルの名前を書いた紙片をつるした。同月19日にドレスデンで行われたPEGIDAのデモには、約1万5000人の市民が参加した。ケルンの市長選挙の投票日前日には、難民受け入れを支持していた候補者が、極右思想を持つ暴漢にナイフで刺されて重傷を負った。

外国人排撃を動機とする犯罪は、今年1~6月までは毎月200件のペースで発生していた。しかしその数が、7月には423件、8月には628件と大幅に増加している。連邦内務省によると、難民宿泊施設に対する放火や落書きなどの犯罪行為についても、昨年は約153件だったが、今年は10月初めの時点で490件に増えている。昨年比220%以上もの増加だ。今後は、難民受け入れに批判的な右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率が急速に高まるだろう。

2011年の脱原子力に関する決定に見られるように、メルケルは世間の空気を読んで政策を急激に変えることをためらわない政治家だ。すでに難民政策を硬化させる兆候を見せており、例えば「国境近くにトランジット・ゾーンを設置して、亡命資格のない外国人は直ちに強制送還すべきだ」というCSUの提案に賛成している。

9月初めには「マザー・テレサ」にも例えられたメルケルだが、人道的な政策は、現実政治の厳しさの前に潰されるのだろうか。

6 November 2015 Nr.1013

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:57
 

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