独断時評


パリ同時多発テロと欧州の暗雲

2015年は悲しいことに、欧州でテロの嵐が吹き荒れる年となってしまった。11月13日の金曜日の夜、パリでテロ組織「イスラム国(IS)」が約130人の市民を殺害した事件は、フランスだけでなく世界全体に強い衝撃を与えた。

無差別攻撃へとエスカレート

パリでは1月にも、イスラム過激派のテロリストが風刺新聞「シャルリ・エブド」の編集部とユダヤ系スーパーマーケットを襲撃し、17人を殺害した。だが今回のテロ事件は、1月の事件と大きく質が異なる。

11・13事件で犠牲になった人々は、予言者ムハンマドを風刺するなどしてイスラム教徒を憤慨させたわけではない。テロリストたちは完全に無差別に、市民たちに向けて自動小銃を乱射した。彼らにとって、殺す相手は誰でも良かったのだ。一人でも多くのパリ市民や観光客を殺すことによって、社会に恐怖感を与えることが最大の目的だった。

8人のテロリストが3つの班に分かれて、ほぼ同じ時刻に攻撃を開始するという、長期間にわたって周到に準備された犯行だった。彼らは、フランスで初めて自爆ベストを使って自決した。自爆ベストの製作や調達には時間がかかる。これも、テロ組織による計画的な犯行であることを示している。

フランスは今年9月から、シリアにあるISの拠点に対して空爆を行っていた。ISは、そのフランスの空爆に対し、11・13事件で、パリ市民という「ソフト・ターゲット」に銃弾を浴びせることで報復したのだ。

1月のテロ事件の直後には、数百万人の市民がパリの路上を埋めてデモ行進を行い、外国の首脳たちもパリに駆けつけてフランスへの連帯を示した。

レピュブリック広場
パリ同時テロから1週間後のレピュブリック広場。

オランドは「戦争行為」と断定

だが今回の事態は、はるかに深刻である。そのことはオランド仏大統領が、この攻撃を「戦争行為」と断定して、非常事態を宣言したことに表れている。非常事態宣言によって、集会の自由が制限されたほか、警察は裁判所の令状なしに家宅捜索を行うことができるようになった。欧州の雰囲気は、2001年9月11日にニューヨークとワシントンDCで同時多発テロが起きたときの米国に似ている。今、フランス人たちは、「シャルリ・エブド」事件のときよりも深い悲しみに沈み、テロリストたちに対する強い怒りを抱いている。

オランドは、武力によってテロ組織と対決する道を選んだ。フランスは空母「シャルル・ドゴール」を地中海に移動させ、ISの拠点への空爆回数を増加させた。だが、アフガニスタンの例を見れば分かるように、テロ組織を空爆だけで壊滅させることは不可能であり、地上部隊の投入が不可欠である。このためオランドは、欧州連合(EU)のリスボン条約に基づき、「フランスは軍事攻撃を受けたので、他の加盟国はフランスを軍事的に支援してほしい」と要請。英国は、フランスの空爆を支援する姿勢を表明した。オランドは米国のオバマ大統領、ドイツのメルケル首相とも次々に会談し、支援を求めた。

だがメルケルは、「軍事的な手段によってテロの問題を解決することはできない」として、直接的な軍事支援には難色を示している。同国は、フランスが3000人の兵士を送っているマリにドイツ連邦軍を派遣し、フランス軍の負担を一部肩代わりすることを提案している。アフガニスタンとイラクでの戦争に疲弊した米国も、地上軍の派遣には消極的である。

武力だけではテロ問題は解決できない

フランスでは、極右政党「フロン・ナショナール(国民戦線=FN)」が近年、支持率を増やしている。再来年に大統領選挙を控えたオランドは、同国史上最悪のテロ事件で軟弱な姿勢を見せた場合、FNに多くの有権者を奪われる可能性がある。したがって、彼は米国のブッシュ前大統領が見せたような、「テロと闘う強い指導者」という顔を見せているのだ。

だがフランスの軍事攻撃は、ISの思うつぼである。ISは、欧州諸国をシリア内戦に引きずり込むことによって、「欧州人は中東でイスラム教徒を殺している」というプロパガンダを行い、自分たちの組織の戦闘員をさらに増やすことを目指している。

フランスが抱えるもう一つの大きな問題は、すでに約1万人の過激勢力が国内に住んでいることだ。彼らの大半は、アルジェリアやモロッコなどからの移民の子どもたちであり、フランス国籍を持つ。11・13事件の犯人たちの多くも、フランスかベルギーの国籍を持つイスラム教徒の子どもたちだった。インターネットやイスラム教の礼拝所で過激派の思想に感化され、シリアへ渡って戦闘訓練を受けて、フランスやベルギーに戻ってくる者もいる。つまりISは、すでにフランスやベルギーに多数のエージェントを潜伏させているのだ。フランス政府は、国内の差別問題、移民の多いバンリュー(郊外)と白人の多い地域が分離してしまっている問題(二重社会)について解答を出さない限り、「ホーム・メード・テロリスト」の問題を根本的に解決することはできない。

ドイツでも今年は、約100万人の難民が流入し、外国人の数が急増する。大半の難民は、戦火を逃れてきた善良な市民である。しかし将来、ドイツ社会に失望して過激思想に感化される者が現れるかもしれない。ISが、難民の中に戦闘員を紛れ込ませている可能性もある。ドイツにとっても、フランスの苦境は対岸の火事ではない。

4 Dezember 2015 Nr.1015

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:14
 

拡大するVW排ガス不正の闇

欧州最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)が不正なソフトウエア(ディフィート・デバイス)を使って米国の窒素酸化物(NOx)規制をくぐり抜けていた問題は、戦後最悪の企業スキャンダルの一つだ。

故意による法令違反

ドイツだけでなく欧州や米国をみても、これだけ根が深く、大規模な不祥事は起きたことがない。VWのスキャンダルは、部品の欠陥などを見過ごしてしまったというたぐいの不祥事ではない。エンジニアが、自分たちの技術では監督官庁の規制をクリアできないとして、違法なソフトウエアによって「故意」に規制逃れを行った、悪質な法令違反である。今年9月に米国の環境保護局(EPA)が暴露した不正ソフトが搭載されていた自動車の数は900万~1100万台に上り、同社は来年1月からリコールを開始する。

ガソリン車にも飛び火

VWは11月3日、同社が連邦自動車局(KBA=日本の運輸局に相当)から自動車の認可を受ける際に、二酸化炭素(CO2)の排出量を実際よりも低く申告していたことを、自ら明らかにした。NOx不正をきっかけに始まった同社の内部調査の過程で、CO2不正が見つかったのだ。同社は「1キロ走るごとに排出するCO2の量は90グラム」と申告していたが、実際には131グラムのCO2を排出しており、欧州連合(EU)の基準値に違反していることが分かった。

CO2の値が過少に申告されていた自動車の数は、80万台に上る。しかも、その中にはガソリン・エンジンを搭載した自動車が約9万8000台含まれている。つまり、VWの排ガス・スキャンダルは、ディーゼル車からガソリン車にまで広がったのだ。

VWは、これらの自動車のリコール費用として、20億ユーロ(約2700億円・1ユーロ=135円換算)の引当金を計上。同社はEPAから指摘されたNOxをめぐる不正のために、すでに65億ユーロ(約8775億円)のリコール費用を計上していた。

ドイツのメディアは、「CO2不正の発端がヴィンターコルン前CEO(最高経営責任者)の過大な要求にある」という、VWのエンジニアらの見方を報じている。ヴィンターコルンは、2012年に「15年までにCO2の排出量を30%減らせ」と命じたが、エンジニアたちは「技術的な限界のために、不正行為なしには、この目標の達成は不可能だ」と考えた。そこで技術陣は、13年頃から、検査場での排ガス検査の際のタイヤの空気圧を通常よりも高くしたり、自動車のオイルに軽油を混ぜたりすることによって、テストのときだけCO2排出量が少なくなるような工作を行ったという。

ユーザーの信頼感に傷

ドイツでは2009年以降、車両税を計算する際に、CO2の排出量も基準の一つとして使われている。このため、問題の80万台の車両については、CO2排出量がVWによって少なく申告されたので、徴税された車両税の額が不足していたことになる。連邦財務省は、「VWの不正のつけをドライバーに払わせるのは酷だ」として、法律を改正し、VWから車両税の不足額を追徴する方針だ。

CO2不正は、監督官庁のずさんな態勢をも明らかにした。KBAは、VWが提出した偽りのデータを独自に検査せず、鵜呑みにしていたのだ。

高級ディーゼル車にも飛び火?

VWが直面している新たな疑惑は、これだけではない。EPAは11月2日、「VWグループに属するアウディやポルシェの高級ディーゼル車約1万台についても、不正ソフトウエアによって、NOxの試験場での排出量を路上走行時よりも低く見せる工作が行われていた」と指摘した。EPAが新たに不正を指摘したのは、2014~16年までに発売された、ポルシェ・カイエンやアウディA6クワトロ、VWトウアレグなどの3リッターエンジン搭載車。カイエンなどは価格が高く、VWグループにとっては重要な収益源だ。また、これまでNOx不正が指摘されていたのは、2リッター以下のエンジン搭載車だった。

この発表は、VWにとって寝耳に水であった。同社は、「EPAが指摘したポルシェやアウディなどの自動車に、不正ソフトを使ったことは一切ない」として、疑惑を全面的に否定している。

DIW「費用総額は1000億ユーロに」

最初の疑惑の解明も終わっていないうちに、新たに2つの疑惑が浮かび上がったことは、VWの経営陣にとっては痛手である。VWは、特別監査チームのほかに米国の弁護士事務所も投入して内部調査を行っているが、「疑惑の解明には数カ月かかる」としている。ヴィンターコルン前CEOなど、経営陣が不正行為を知っていたかどうかが、調査の焦点の一つとなる。

ドイツ経済研究所(DIW)のフラッチャー所長は、「米国の監督官庁の罰金や、株主からの損害賠償訴訟なども考慮に入れると、VWにのしかかるコストは、最悪の場合1000億ユーロ(13.5兆円)に達する。これはドイツのGDPの約3%に相当する」という、悲観的な見方を明らかにしている。

VW、KBAや連邦交通省は、失われた信頼感を回復するために、不正の全容を1日も早く解明して発表するとともに、チェック体制を強化すべきだ。さもなくば、「メイド・イン・ジャーマニー」の栄光が泣く。

20 November 2015 Nr.1014

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:36
 

難民危機でメルケル首相への批判高まる

第2次世界大戦後最大の難民危機をめぐり、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は国民から厳しい批判を浴びている。難民危機は、メルケルの政治生命にとっても重大な脅威となりつつある。

批判の急先鋒は、大連立政権にも参加しているキリスト教社会同盟(CSU)のホルスト・ゼーホーファー党首だ。彼は、9月4日にメルケルがシリア難民の受け入れを決定した直後から、「重大な政策ミスであり、ドイツに長年にわたって悪影響を及ぼす」と批判していた。ゼーホーファーは、バイエルン州政府の首相でもある。今年1~9月までにバイエルン州が受け入れた亡命申請者の数は、約8万9000人。これは、ノルトライン=ヴェストファーレン州に次いで2番目に多い数である。

バイエルン州政府に対しては、市町村から、「難民のための暫定的な宿泊施設が見つからない。収容能力の限界を超えている」という声が寄せられている。

ゼーホーファーは、メルケルに対して「憲法が基本権として保障している亡命権を見直して、ドイツに受け入れる難民数を制限すべきだ」と述べ、難民政策の修正を要求。さらに、「連邦政府が難民の流入に歯止めをかけない場合、連邦憲法裁判所に提訴する」と強硬な態度を打ち出している。

だが、難民政策の見直しを求めているのは、CSUだけではない。メルケルの足元にも火がついている。彼女が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)の地方支部や、同党を支持する市町村の首長たちからも、「これ以上は不可能だ。難民の受け入れを制限してほしい」という要求がメルケル政権に寄せられている。

10月15日、メルケルはザクセン州のシュコイドリッツで行われたCDUの党員集会に参加したが、一部の党員たちは、首相に対して痛烈な批判を浴びせた。「メルケルさん、あなたは何人の難民がドイツに流れ込んでいるかも、誰が来ているのかも知らない。この難民流入を直ちに止めるべきです」「知り合いから、メルケルは私の首相ではないと言われました」(CSUの批判に対するメルケルの、「困っている人々に援助の手を差し伸べたことについて、私が謝罪しなくてはならないとしたら、ドイツは私の国ではない」との発言を受け)。党員の1人は、「Merkel entthronen!(メルケルを王座から引きずり下ろせ)」と書いた横断幕を掲げた。

Merkelmussweg
PEGIDAのデモで掲げられたプラカード「Merkelmussweg(メルケルよ去れ)」

これらの発言は、CDUの草の根の党員たちの間で、メルケルに対する反感がいかに強まっているかを示している。さらに、連邦議会のCDU・CSU議員団の間でも、メルケルの難民政策に対する批判が強まっており、会議の席上でメルケルに対し、「私はあなたとは違う意見を持っている」と、公然と反論する議員も現れた。

メルケルにとって深刻なのは、有権者からの支持率が難民危機の影響で低下していることだ。公共放送ARDが9月末に行った世論調査によると、回答者の51%が「難民急増に不安を抱いている」と答えた。1カ月前の調査に比べると、13ポイントの増加だ。メルケルへの支持率は、この1カ月間で9ポイント下落し、54%となった。逆に、メルケルを批判したゼーホーファーに対する支持率が、11ポイントも伸びた。

また、アレンスバッハ人口動態研究所が10月末に行った世論調査によると、「ドイツは何人の難民を受け入れるかについて、完全にコントロールを失っている」と答えた回答者は57%に上った。回答者の71%が、「ドイツは難民に対する待遇が良過ぎるために、難民が急増した。ドイツにも大きな責任がある」と答えている。今年8月に、「ドイツへの難民急増について、非常に強い懸念を抱いている」と答えた回答者は40%だったが、10月には54%となった。

保守勢力は、「メルケルの難民政策は、極右政党が支持率を増やすのに絶好のチャンスを与える」との危惧を強めている。実際、ドイツの極右勢力は難民急増を契機に過激化しつつある。旧東独に多くの支持者を持つ右派市民団体「西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人(PEGIDA)」が10月に行ったデモでは、一部の参加者が絞首台の模型を掲げ、メルケルの名前を書いた紙片をつるした。同月19日にドレスデンで行われたPEGIDAのデモには、約1万5000人の市民が参加した。ケルンの市長選挙の投票日前日には、難民受け入れを支持していた候補者が、極右思想を持つ暴漢にナイフで刺されて重傷を負った。

外国人排撃を動機とする犯罪は、今年1~6月までは毎月200件のペースで発生していた。しかしその数が、7月には423件、8月には628件と大幅に増加している。連邦内務省によると、難民宿泊施設に対する放火や落書きなどの犯罪行為についても、昨年は約153件だったが、今年は10月初めの時点で490件に増えている。昨年比220%以上もの増加だ。今後は、難民受け入れに批判的な右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」への支持率が急速に高まるだろう。

2011年の脱原子力に関する決定に見られるように、メルケルは世間の空気を読んで政策を急激に変えることをためらわない政治家だ。すでに難民政策を硬化させる兆候を見せており、例えば「国境近くにトランジット・ゾーンを設置して、亡命資格のない外国人は直ちに強制送還すべきだ」というCSUの提案に賛成している。

9月初めには「マザー・テレサ」にも例えられたメルケルだが、人道的な政策は、現実政治の厳しさの前に潰されるのだろうか。

6 November 2015 Nr.1013

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:57
 

VW排ガス 不正事件の衝撃

9月18日に発覚したフォルクスワーゲン(VW)・グループの排ガス不正事件は、欧州の産業史上、最悪のスキャンダルだ。世界中のドライバーが「欧州最大の自動車メーカーで、ドイツ経済をけん引していた巨大企業が、なぜ長年にわたって、このような不正をしていたのか」と首をかしげている。このスキャンダルは、高品質の代名詞だった「メイド・イン・ジャーマニー」という言葉に暗い影を落とした。

不祥事が発覚した場所は米国である。環境保護局(EPA)は、VWがEA189型ディーゼル・エンジンを積んだ自動車約48万台に、違法なソフトウエアを組み込むことによって、排ガス規制を免れていたと発表。このソフトウエアは、英語でDefeat Device、ドイツ語でAbschalteinrichtung(無効化機能)と呼ばれる。Defeat Deviceは、自動車が規制当局などの検査のため、テスト台に乗せられ、4つの車輪が同時に動いていないことを検知すると、自動的に窒素酸化物(NOx)の排出量を削減する。VWは、このようにして排ガス規制検査に合格していた。しかし、自動車が路上を走っているときは、この装置が作動しないので、上限値を大幅に上回る窒素酸化物が大気中に放出されていた。

窒素酸化物は、燃料を高温で燃やす際に窒素と酸素が結びついて発生し、のど、気管、肺などの呼吸器に悪影響を及ぼす。日本で一時期問題になった光化学スモッグは、窒素酸化物が紫外線を受けて化学反応を起こし、光化学オキシダントという物質を生成することによって発生する。VWは違法ソフトによって、大気汚染を野放しにしていたのだ。

このソフトウエアが組み込まれていた自動車の数は、全世界で1100万台に上る。そのうち、ドイツでは500万台、その他の欧州諸国でも300万台が不正車に該当する。VWはこれらの自動車をリコールして、違法ソフトの除去などを実施しなくてはならない。

全世界に60万人の従業員と12のブランド、100カ所の工場を持つVWグループは、トヨタを追い抜き、世界最大の自動車メーカーになることを目標としていた。今年上半期に、VWは504万台の自動車を売り、一時的にトヨタの販売台数(502万台)を追い抜いた。通年でもトップの座に立とうとしていたこのタイミングで、創業以来最悪の不祥事が発覚。世界一の栄冠をいただく夢は、崩れ去った。VWの株価は1週間で約40%も下落し、250億ユーロ(3兆5000億円)の株式価値が吹き飛んだ。

一時は、「世界で最も有能な社長」と称賛されたマルティン・ヴィンターコルンは、9月下旬にCEO(最高経営責任者)の契約を更新する予定だったが、不祥事発覚のために引責辞任に追い込まれた。

米国や欧州、日本では、過去にも自動車の性能をめぐるスキャンダルはあった。しかし、VWの不祥事の原因は、欠陥の見逃しなどによるミスではなく、使用が禁止されているソフトを故意に使った「確信犯罪」である。VWの肩にのしかかるのは、自動車のリコール費用だけではない。同社は今後、深刻な法務リスクに直面する。まず、米国のEPAや司法当局が科す罰金。米国のEPAは、法律違反のためにリコールされた自動車1台につき、最高3万7500ドルの罰金を科すことができる。VWが米国で48万台の自動車をリコールした場合、罰金の総額は約180億ドル(2兆1780億円)に達する。

さらに、マイカーの価値が下がったことについて損害賠償を求める市民からの民事訴訟や、株価下落により損失を受けた投資家からの株主代表訴訟も、米国や欧州で提起されつつある。法曹関係者の間では、「この不祥事をめぐってVWが支払う賠償金や費用の総額は、700億ユーロ(9兆8000億円)前後に達する」という予測もある。

なぜVWは不正を行ったのか。2007年にCEOに就任したヴィンターコルンは、米国市場でのシェア拡大を目指していた。当時、VWの米国でのシェアは3%にも満たなかった。米国では軽油よりもガソリンの価格の方が安く、ディーゼル車の人気は低かった。そこでVWは、「燃費が良く環境に優しい」というキャッチフレーズで、米国でのシェアを高めようとした。

だが、米国の排ガス規制は、世界で最も厳しい。欧州連合が二酸化炭素(CO2)の排出量の抑制を重視しているのに対し、米国は窒素酸化物を重視している。ディーゼル・エンジンで燃費を良くしようとすると、窒素酸化物や煤の排出量が増える。有害物質を減らすためには、追加的な装置が必要となるので、自動車の値段が高くなってしまう。自動車の開発チームにとっては、重大なジレンマだ。2007年当時、VWの技術陣は決められたコストの枠内で、米国の厳しい排ガス規制に合格するエンジンを開発することができなかった。しかし、エンジニアたちはヴィンターコルンCEOに対し「うちの技術では無理です」と白旗を掲げて叱責されるのではなく、違法ソフトを組み込んで規制当局の目を逃れる道を選んだ。

ドイツの環境保護団体は、数年前から「検査時の窒素酸化物の排出量と、路上走行時の排出量の間に差がある」と主張し、連邦交通省などに調査を求めてきたが、行政当局はこれまで本格的な検査を行わなかった。環境団体は「VWの不正は、氷山の一角」と主張している。このため陸運局は、10月6日にすべてのメーカーの自動車について、検査時の排出量と走行時の排出量を比べる検査を実施する方針を明らかにした。

VWが不正の全容を解明し、消費者の信頼を回復するには、相当の歳月を必要とするだろう。

16 Oktober 2015 Nr.1012

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:40
 

難民急増でドイツが直面する試練

9月5日にメルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)が、ハンガリーで足止めされていたシリア難民らをドイツで亡命申請をさせるという、歴史的な発表を行ってから約1カ月が過ぎた。この決定については、「欧州の良心」を体現するとして世界中の人が称賛した。

難民
ミュンヘン中央駅に到着した難民たち(筆者撮影)

悲鳴を上げる市町村

だが現在、ドイツの保守勢力や市民の間では懸念の声が高まりつつある。ドイツ連邦移民難民局(BAMF)によると、今年1~7月までにドイツで亡命申請をした外国人の数は、約22万人。前年同期の2倍を超える数だ。9月中旬にドイツ政府は、同国で亡命を申請する難民の数が今年末までに100万人に達するという見方を示した。昨年(20万2834人)の約5倍だ。

ドイツ国内で最も大きな負担を強いられているのは、各市町村である。メルケルは、9月5日の難民受け入れについての決定を、全国の州政府に事前に連絡せずに発表した。そのため州政府や市町村は、時には24時間以内に難民の宿泊場所を見つけなければならなかった。州政府からは、「もはや対応しきれない」という声が連邦政府に寄せられた。

保守勢力からは、にわかにメルケル批判が高まった。キリスト教社会同盟(CSU)のゼーホーファー党首は、「多数の難民をノーチェックで受け入れるという決定は間違っている。この決定はドイツの将来に悪影響を及ぼす」と述べ、メルケルを公に批判した。

バイエルン州の農村部では、州政府から突然多数の難民の受け入れを命じられたことについて、不満や当惑が広がっている。

国内での批判に応えてメルケル政権は9月13日、オーストリアから入国する外国人に対して国境検査を始めた。ただし、難民の受け入れを停止したわけではない。オーストリアからドイツに入って、亡命の意思表示をした外国人は、国境付近で難民として登録され、ミュンヘンには行かずに、他都市の宿泊施設に送られる。国境検査は、あくまで難民流入の速度にブレーキをかけ、地方自治体の負担を減らすための措置だ。

メルケルはCSUの批判に対し、「現在は緊急事態。困っている人々に援助の手を差し伸べたことについて、私が謝罪しなくてはならないとしたら、ドイツは私の国ではない」と、珍しく感情を露にして反論した。メルケルは「私は何度でも言う。ドイツは多数の難民が入って来ても十分に対応できる」と強調した。

亡命審査期間の短縮を目指す

とはいえ、ドイツは大きな試練に直面している。BAMFが1人の亡命申請者を審査するのに要す時間は、約5カ月。このため、処理されていない亡命申請の数は約25万件に上る。対応する審査官の数は550人に過ぎず、BAMFはこの数を今年末までに1000人に増やすとしているが、焼け石に水という感じがする。

重要なことは、シリアなどの紛争国から逃げてきた難民以外の、いわゆる「経済難民」を早急に祖国へ帰還させることだ。今年1~8月までにドイツで亡命を申請した約23万人のうち、38.1%は戦争が起きていないバルカン半島の国々の市民だった。これはシリア人の比率(22.9%)を上回る。バルカン半島の国々では景気が悪く失業者が増加しているため、ドイツへの移住を希望する人が増えている。スイスでは、紛争国以外の国から来た亡命申請者は、48時間以内に送還される。このためスイスでの亡命申請者はドイツよりもはるかに少ない。

社会への統合と自立が鍵

また、多数の難民に言語を習得させて、一刻も早く社会に溶け込ませ、経済的に自立させるという大きな課題もある。西ドイツは1950~60年代に労働力不足を補うため、トルコから多数の労働移民を受け入れた。しかし、ドイツ語の習得義務を課さなかったために社会に溶け込まず、この国に住み始めて30年以上経っても、ドイツ語を話せないというトルコ人は珍しくない。ベルリンなどには、ドイツ人と関わりを持ちたがらないトルコ人がコミュニティーを作る「二重社会」が生まれている。ドイツは、今回入国する難民たちについては、この失敗を避けなくてはならない。

ナーレス連邦労働相は、「シリア難民のうち、直ちにドイツで働ける資格を持つ者は、10%に満たない」と悲観的な見方を打ち出している。行政側は、難民たちに原則としてドイツ語を7カ月受講させるが、企業などで働くのに必要なドイツ語を身に付けるには、不十分だ。

中東情勢の安定化が不可欠

9月22日に欧州連合(EU)加盟国の内務相たちは、12万人の難民を28の加盟国に割り当てることを決定した。割り当ては、各国のGDPや失業率などを勘案した比率に基づいて行われる。今年8月の時点では、EU全体の亡命申請者の約40%をドイツ1国で受け入れていた。EU内相会議が行った決定は、この偏りを是正するための第一歩である。

だが、難民危機の解決にとって最も重要なシリアでの内戦終結の兆しは見えない。ドイツのフォン・デア・ライエン防衛相は、「外交手段による解決が不可能な場合、ドイツは軍事貢献も行う」という姿勢を打ち出した。欧米諸国は、内戦に終止符を打つために、ISに対する空爆だけでなく地上部隊の投入にも踏み切るだろうか。難民危機を根本的に解決するには、中東地域の安定化が不可欠である。

2 Oktober 2015 Nr.1011

最終更新 Montag, 19 September 2016 12:58
 

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