独断時評


エルマウでのG7首脳会談と脱石炭への決意

雄大なアルプス山脈を見渡す、ドイツ南部バイエルン州のエルマウ。ここで6月7日から2日間にわたり、独、日、米などの主要7カ国が首脳会議(G7)を開いた。

•地球温暖化防止が重点

この首脳会議は、「環境サミット」として後世に記憶されるだろう。各国の首脳たちは、ウクライナ危機や難民問題だけではなく、環境保護とエネルギー問題にも重点を置いたからである。特に焦点となったのが、地球温暖化の防止である。各国首脳が「二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないグローバル経済の建設を目指す」と宣言したことは、各国のエネルギー戦略にも大きな影響を及ぼすだろう。

G7首脳は、共同声明の冒頭で「我々は地球の未来をどう形作るかについて、責任を負っている」とした上で、「今年12月に国連がパリで開く気候変動枠組条約・第21回締約国会議(COP21)が、気候変動に歯止めをかける上で決定的な役割を果たす」と断定。主要国はパリの会議で、CO2など温室効果ガスの本格的な削減のための、新たな議定書の合意に向けて努力することを確認した。その上でG7諸国は、「2050年までに世界中の温室効果ガス排出量を、2010年比で40~70%削減する」という目標へ向けて、各国が経済の低炭素化へ向けた戦略を作り、実行することで合意した。さらに主要国は、COP21で合意される温室効果ガス削減目標を実現するために、2020年までに合わせて1000億ドルの資金を投じることも明らかにした。主要国は原則として、21世紀末までに化石燃料の使用をやめることを目指している。

•最大の被害者は発展途上国

地球温暖化は、南北格差の問題でもある。G7諸国は、過去数世紀にわたって経済成長を行う中で、大量の温室効果ガスを放出してきた。だが、気候変動によるハリケーンやサイクロン、暴風低気圧の増加によって、最も深刻な被害を受けるのは主要国ではなく、東南アジアやカリブ海の発展途上国である。彼らはG7諸国と異なり、経済発展の果実を享受していないだけではなく、温室効果ガス増加のつけを払わせられている。しかもこれらの国々では、自然災害から人命や財産を守るための公的な保障制度や民間保険が、主要国に比べると発達していない。

このため、G7諸国は共同声明の中で、気象関連の自然災害に対する公的・民間の保険カバーに守られている発展途上国の市民の数を、2020年までに現在より4億人増やすための支援措置を取ることを明らかにした。同時に、自然災害に対する警報システムの設置についても援助を行う。

またG7は、老朽化して燃焼効率が悪い石炭火力発電所などが、温室効果ガス削減努力に逆行していることを問題視。CO2を多く発生させる化石燃料への補助金の禁止や、温室効果ガスの放出を減らすテクノロジーに対する輸出の融資条件を緩和するなどの措置を提案している。

これらの提案には、今回の首脳会議の議長国であるドイツの筆跡が色濃く感じられる。同国は、世界で最も環境保護に熱心な国の1つであり、2050年に再生可能エネルギーの発電比率を80%に引き上げることを目標にしている。メルケル政権は福島の原発事故をきっかけに、2022年末までに原子力発電所の全廃を決めたが、現在は「脱石炭・脱褐炭」へ向けて舵を切りつつある。

•中国・インドを巻き込む必要

だが、温室効果ガスの削減を重要な目標に掲げたG7首脳会議に、世界最大のCO2排出国である中国の姿がないのは空しい印象を与える。米国のNGO「憂慮する科学者同盟(UCS)」によると、2011年の世界のCO2排出量のうち、中国の比率は27%で世界最大。やはり会議に参加しないインドとロシアを合わせると、その比率は37%に達する。

中国やインドは、今後も着実に経済成長を遂げていく。国内総生産(GDP)の拡大と同時に、エネルギー需要も増大し、CO2の排出量も増えていくだろう。中国などの新興国は、「G7諸国は、これまで経済成長のために大量のCO2を大気中に排出して、地球温暖化を進行させた。我々新興国にも、経済成長のためにCO2を排出する権利がある。先進国が我々にCO2排出量の削減を求めるのは不公平だ」と主張している。したがってG7諸国は、温室効果ガスの本格的な削減を目指すのならば、最大のCO2排出国である中国やインドをエルマウでの会議に招待するべきであった。

また、米国の今後の動きも気になる。G7諸国のCO2排出量の比率を比べると、米国の比率が17%と最大だ。だが、米国はシェールガスやシェールオイルを重要なエネルギー源とみなしており、21世紀には、米国が石油や天然ガスの輸出国となるのだ。シェールガス革命を行っている米国が、脱化石燃料の動きに同調するかどうかは未知数だ。その他のG7諸国のCO2排出量の比率は、日本4%、ドイツ2%、フランス1%など、いずれも1桁である。これらの国々がCO2排出量を大幅に削減しても、地球規模で見た場合、効果は限られている。本当に脱化石燃料を実行しなくてはならないのは、中国や米国なのだ。

気候変動に歯止めをかけるという志は高く評価するが、実効性という点では一抹の不安感を与えたエルマウ・サミット。それだけに、12月にパリで開かれる気候会議の結果が大いに注目される。

3 Juli 2015 Nr.1005

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 10:23
 

EUは難民問題に どう対応するのか?

今年、北アフリカや中東から漁船に乗って欧州に渡ろうとする難民が急増している。4月末までにリビアやシリアからイタリア、ギリシャといった南欧諸国にたどり着いた難民は約100万人に上ると推定されている。しかし、満員の漁船が荒天のために転覆する例も多く、1〜4月に約1500人が溺死した。

荒れ模様の地中海
荒れ模様の地中海

•後手に回るEU諸国

「地中海はアフリカ難民たちの墓場になる」。このような見出しが欧州各国の新聞の1面に掲げられた。多くの報道関係者、市民たちは、欧州連合(EU)が難民の増加や海上での救援体制の整備に対し、有効な対策を打ち出さないことについて、いらだちを隠さない。

しかも、この悲劇は今に始まったことではない。2013年10月3日、イタリア南部のランペドゥーサ島の近くで難民の乗った船が沈没し、366人が溺れ死んだ。その8日後には、マルタ島の近くで500人の難民が犠牲となった。この事件を受け、イタリア政府は同年10月に難民救助作戦「マーレ・ノストルム」を開始。フリゲート艦や上陸用舟艇など5隻の軍艦とヘリコプターを投入して難民の救助にあたった。イタリア海軍の900人の将兵たちが約600回出動して約14万人の難民を救助し、作戦は一定の効果を挙げた。しかしこの作戦には年間1億1000万ユーロ(約143億円)の費用が掛かったため、イタリア政府は、「資金の捻出が難しい」として、2014年10月31日にマーレ・ノストルム作戦を打ち切った。だが作戦打ち切りの背景には、資金難だけではなく、アフリカや中東で「イタリア海軍に救助される可能性が高まり、海路による亡命の危険が減った」という見方が強まることが、難民増加に拍車を掛けるとの懸念もあった。

マーレ・ノストルム作戦が打ち切られた後、EUの国境を警備するFRONTEX(欧州対外国境管理協力機関)がトリトン作戦を開始した。だが、艦艇の捜索範囲はイタリア軍の難民救助作戦とは異なり、沿岸から30マイルの海域に限られていた。難民の海難事故の大半は、この海域の外で発生している。さらに、この作戦に充てられた年間予算額は約3000万ユーロで、マーレ・ノストルム作戦の3分の1程度だった。

•EUは難民救助体制の強化を!

世論の批判が高まったため、EUは急きょブリュッセルで首脳会議を開き、トリトン作戦の予算を3倍に増やした。さらに、ドイツ政府は5月中旬から、フリゲート艦「ヘッセン」など2隻の軍艦を難民救助のために地中海に投入し始めた。EU諸国は、難民救助のための努力を強化すべきだ。EUは、第2次世界大戦の惨劇を教訓として生まれた国際機関であり、人権の擁護を大義名分としている。したがって、難民が欧州を目前として海の藻屑と消えるのを、拱手傍観(きょうしゅぼうかん)することは、EU創設の理念に反する。

また、欧州が直面している現在の状況は、難民危機の序幕に過ぎない。特に憂慮されているのがシリア情勢だ。同国ではすでに内戦や虐殺により約20万人が死亡。国連難民高等弁務官(UNHCR)によると、戦火を避けてトルコ、レバノン、ヨルダンなどに避難しているシリア人の数は、398万人に達し、トルコ1国が受け入れた難民の数は、160万人に上る。

•ドイツに45万人が亡命申請か

いわゆる「アラブの春」によって、リビア、エジプト、チュニジアなど北アフリカや中東の国々の一部では国家秩序が崩壊、もしくは大きく動揺している。さらにテロ組織「イスラム国(IS)」は、シリアだけでなくイラク政府にとっても脅威となりつつある。現在これらの国々では、亡命を望む人々から金を取って欧州へ移送する業者たちが暗躍している。

さらに、地球温暖化や気候変動によるかんばつが、将来アフリカでの食糧不足に拍車をかける危険もある。その場合、アフリカから欧州を目指す難民の数はさらに増えるだろう。これに加えて、EUが域内の移動を自由化したことを利用して、ブルガリア、ルーマニア、さらにEU域外のコソボなどから西欧諸国への亡命を望むシンティ・ロマ(いわゆるジプシー)も増えている。彼らは、「東欧諸国で差別されているので、亡命申請した」と主張している。

メルケル政権は5月初め、「今年、ドイツの亡命申請者の数は45万人に達する」という予測を発表し、これまでの見通しを大幅に引き上げた。これは、第2次世界大戦後、最も多い数字だ。

•経済大国に求められるリーダーシップ

ドイツの地方自治体は、現在も難民の受け入れ態勢の整備に苦労している。予算や人手が圧倒的に不足しているのだ。旧東独では、亡命申請者を住まわせる予定の住宅が放火されるなど、極右勢力が不気味な動きを見せ始めている。ドイツは、EU加盟国の中で最も多い貿易黒字を記録し、連邦政府の財政収支も黒字になった。ドイツが戦火に追われて着の身着のままで逃げてくる市民に救いの手を差し伸べることは、当然の義務だと考える。連邦政府は、地方自治体への財政支援を増やすべきだ。さらに、EU各国では難民の受け入れに批判的なポピュリズム政党が支持率を増しており、難民増加は、これらの政党をさらに躍進させるかもしれない。伝統的な政党は、なぜ難民を助けるべきなのかについて、国民を納得させる必要がある。

欧州諸国にとって、難民増加は21世紀最大の政治問題、社会問題に繋がるかもしれない。

19 Juni 2015 Nr.1004

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:35
 

なぜドイツの 労働時間は短いのか

読者の皆さんの中には、「ドイツの労働時間は、日本に比べて短い」と感じている方もおられるのではないだろうか。

•日独間の労働時間に大きな差

経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本では就業者1人当たりの1年間の平均労働時間が1745時間(2012年当時)だった。これに対し、ドイツは1393時間と約20%も短く、日本人より年間で352時間も短いというのだ。352時間といえば、およそ14日間に相当する。

ドイツは、世界でも労働時間が最も短い国の1つだ。OECDの調査の対象となった35カ国の中で、オランダに次いで短い。一方、日本の年間労働時間は35カ国の中で8番目に長い。OECDによると、ドイツの1時間当たりの労働生産性は日本よりも高いが、その理由の1つに労働時間が日本よりも短いことが挙げられる。労働生産性は、国内総生産(GDP)を労働時間で割って算出されるからだ。労働時間が短くなればなるほど、1時間当たりの労働生産性は高まる。

シュピーゲル誌の表紙
2012年の就業者1人当たりの労働時間(単位・千時間)

労働時間を法律で厳しく規制

なぜドイツの労働時間は短いのだろうか。その最大の理由は、政府が法律によって労働時間を厳しく規制し、違反がないかどうか監視していることだ。

企業で働く社員の労働時間は、1994年に施行された「労働時間法(ArbZG)」によって規制されている。この法律によると、平日(月~土)1日当たりの労働時間は8時間を超えてはならない。1日当たりの労働時間は、最長10時間まで延長することができるが、その場合にも6カ月間の1日当たりの平均労働時間は8時間を超えてはならない(ただし経営者と社員が特別の雇用協定を結ぶことは許されているほか、緊急事態の例外は認められている)。つまりドイツの企業では、1日当たり10時間を超える労働は、原則として禁止されているのだ。

•役所が労働時間を厳しくチェック

読者の皆さんは「日本でも労働基準法の第32条によって、1週間の労働時間の上限は40時間、1日8時間と決まっている」と考えるかもしれない。だが日独の労働時間規制の間には、大きな違いがある。それは、ドイツでは労働安全局(日本の労働基準監督署に相当する)が立ち入り検査を行って、企業が労働時間法に違反していないかどうか厳しくチェックを行っているということだ。労働安全局の係官は時折、事前の予告なしに企業を訪れて、労働時間の記録を点検する。

労働安全局が検査をした結果、企業が組織的に毎日10時間以上の労働を社員に強いていたり、週末に働かせていたことが発覚すると、経営者は最高1万5000ユーロ(210万円)の罰金を科される。悪質なケースでは、経営者が最高1年間の禁固刑を科されることもある。2009年4月には、テューリンゲン州の労働安全局が、ある病院の医長に対し、ほかの医師らに超過労働をさせていたという理由で6838ユーロの罰金の支払いを命じた例がある。

企業が社員に長時間労働を課さないもう1つの理由は、企業イメージを守るためだ。メディアが「組織的に長時間労働を行わせて、労働時間法に違反していた」という事実を報じると、企業のイメージに深い傷がつく。現在ドイツでは優秀な人材が不足しているので、そのような報道が行われると、「あそこは長時間労働をさせる企業だ」と思われて、優秀な人材に敬遠されることになる。これは企業にとって大きなマイナスである。

このためドイツの雇用者、特に大企業の管理職は、1日の労働時間が10時間を超えないように、口を酸っぱくして注意する。

•社会的市場経済が背景

ドイツでは、残業が必要になるということは、業務量に比べて社員の数が足りないことを意味する。したがって経営者は、繁忙期などに残業をさせる場合には、原則として事業所委員会(企業ごとの労働組合)の同意を得る必要がある。ドイツの企業経営者は、社員にやたらと残業をさせてはならないのだ。

筆者は、「ライフ・ワーク・バランス」を確保するという意味では、ドイツ政府が労働時間を法律で厳しく制限していることは、悪いことではないと考えている。会社で働くだけではなく、誰もが家族と一緒に過ごす時間も持てるように法律が整えられているわけだ。これは、ドイツが戦後一貫して続けている社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)のたまものだ。つまり米国のような自由放任主義に基づく競争社会ではなく、政府が法律によって社会の枠組みを整える制度である。

時代が変わっても、ドイツ人は社会的市場経済の原則だけは維持していくだろう。

5 Juni 2015 Nr.1003

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

政権を揺るがすBNDの違法盗聴スキャンダル

ドイツの対外諜報機関・連邦情報局(BND)をめぐる、超弩ど級のスキャンダルが暴露された。今後の展開によっては、メルケル政権の存立を揺るがしかねない「破壊力」を秘めている。

シュピーゲル誌の表紙
シュピーゲル誌の表紙(5月2日発行)

BNDが欧州企業を盗聴?

週刊「シュピーゲル」誌の調査報道チームは、4月下旬に「米国の諜報機関である国家安全保障局(NSA)が、BNDに数百万件のメールアドレスやIPアドレス、携帯電話番号を渡して盗聴を依頼していたが、盗聴の対象にはフランスの外交官や欧州の企業も含まれていた」というスクープ記事を放った。

NSAは2001年の同時多発テロ以来、アルカイダなどのイスラム過激派組織の動向をつかむために、世界的規模でメールや通話の盗聴を強化している。イスラム過激派はしばしば欧州に拠点を持っているため、NSAはBNDに協力を要請したのだ。BNDが米国側から要請を受けたのには、バイエルン州のバート・アイブリングに、NSAから引き継いだ高性能の盗聴システムを所有しているためであろう。

だが、2013年にBNDが米国から盗聴を依頼されたアドレスや電話番号を点検した結果、BNDが盗聴を禁止されている同盟国フランスの政府関係者や、ドイツ企業が関与していた欧州航空防衛大手EADS(現在のエアバス社)も含まれていることが分かったのだ。その数は実に約4万件に上る。シュピーゲル誌の報道が事実ならば、BNDは最も密接な関係にある同盟国フランスの外交官を盗聴していただけでなく、産業スパイの片棒を担いでいたことになる。

連邦首相府の異例のコメント

しかしBNDは、連邦首相府直属の機関であるにもかかわらず、この事実を連邦首相府に報告していなかった。2012年からBNDの長官を務めるゲアハルト・シンドラーがこの事実を知ったのは、今年の4月12日。彼は直ちに連邦首相府にこの違法盗聴について報告したが、それが連邦議会のNSA盗聴問題調査委員会に伝わり、シュピーゲル誌にリークされた。

そうした経緯でメディアが動き出したため、連邦首相府は異例の措置を取った。4月23日に、連邦政府のスポークスマンが「BNDに技術的、組織的な欠陥があったことが判明した。このため連邦首相府は、この欠陥を直ちに是正するよう指示を出した」という声明をウェブサイト上で発表したのだ。連邦首相府が「身内」であるBNDを批判する公式声明を出すというのは、前代未聞である。メルケル政権は、「スキャンダルの規模が大きく、とても隠し通せるものではない」と考えたのであろう。

大連立政権を揺さぶる不協和音

この盗聴事件は、メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)とガブリエル副首相(社会民主党=SPD)間の信頼関係にも亀裂を生じさせた。大連立政権のパートナーであるSPDは、メルケル首相と連邦首相府に集中砲火を浴びせており、経済相も兼任するガブリエル副首相は5月4日、メルケル首相との諜報機関に関する会話の内容をメディアに暴露し、CDU/CSU(=キリスト教社会同盟)を激怒させた。

ガブリエル氏は、「私はメルケル首相に、“BNDがNSAの依頼を受けて企業に対するスパイ行為を行ったことを示す証拠があるのか”と2回尋ねたが、メルケル氏は2回とも否定した」と述べたのである。彼の言葉には、メルケル氏への不信感がにじみ出ている。さらに、「今回の疑惑は、これまでのBNDのスキャンダルとは異なり、政権を大きく揺るがす可能性がある」とも述べ、BNDの違法盗聴を極めて重く見ていることを明らかにした。首相と副首相が他者を交えずに行った会話、しかも諜報機関の活動に関する話の内容を公表するのは、連立政権のルールに違反する行為だ。ドイツの政治記者たちは、ガブリエル氏の今回の発言を「SPDのCDU/CSUへの宣戦布告であり、2017年の連邦議会選挙でガブリエル氏が首相の座を目指すという意思表示」と解釈している。

メルケル首相を証人喚問か

5月5日、メルケル首相はNSA盗聴問題調査委員会に証人として出席し、証言する用意があることを明らかにした。同委員会は、「BNDが違法に盗聴していた個人や企業を特定できなければ、調査が不十分になる」として、リストの公開を求めている。しかしメルケル氏は、それを拒否した。今回の疑惑の焦点は、BNDがなぜ2年間も違法盗聴の事実を隠していたのか、さらに、連邦首相府は本当に、今年4月まで違法盗聴について知らなかったのかということである。しかし、議会の調査権には限界があるため、これまでのBNDに関する醜聞と同じく、真相は闇の中にとどまるだろう。2007年にドイツの捜査当局は、NSAからの情報により「ザウアーラント・グルッペ」と呼ばれるイスラム系テロ組織の爆弾テロを防ぐことができた。ドイツは今後も、NSAの情報に依存せざるを得ないのだ。

一方、BNDも米国の中央情報局(CIA)やNSAの諜報活動に協力してきた。特に米国のスパイが活動しにくい中東や欧州では、BNDが諜報活動を肩代わりした。米国が自国企業を利するために、欧州や日本企業の活動について諜報活動を行っていることも周知の事実である。だが企業の間では、今回のスキャンダルについて批判が高まっている。今後は、「国家によるサイバー攻撃」について、警戒感が強まるだろう。

15 Mai 2015 Nr.1002

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

火力発電所の閉鎖とエネルギー転換の矛盾

ミュンヘンの北90キロのところに、人口約7700人のフォーブルク・アン・デア・ドナウという小さな町がある。この町にあるイルシング天然ガス火力発電所は、ドイツ政府が粛々と進めているエネルギー転換(Energiewende)のジレンマの象徴として、電力業界だけでなく、政界・経済界で大きな注目を集めている。

E.ONの火力発電所イルシング
E.ONの火力発電所イルシング

自然エネルギーの拡大が原因

そのきっかけは、3月30日に大手電力会社エーオン(E.ON)が、「2016年4月1日をもって、火力発電所イルシングの4号機・5号機を停止する許可を監督官庁に申請した」 と発表したことだ。

両発電所の出力量を合わせると、約1400メガワットに達する。これは、原子力発電1基の出力量に匹敵する。特に5号機は、ガスタービンコンバインドサイクルという発電方式を使っているために、燃焼効率が59.7%と比較的高い。このため二酸化炭素(CO2)の排出量は、褐炭火力発電所の3分の1程度にとどまる。

運転を開始したのは、5号機が2010年、4号機が2011年。つまりイルシングは、この国で最も新しく、効率が良い火力発電所の1つなのだ。エーオンはこの発電所の建設に約4億ユーロ(520億円、1ユーロ=130円換算)を投じた。まだ4~5年しか運転しておらず、褐炭や石炭に比べると環境に優しい発電所を、なぜエーオンは閉鎖しようとしているのだろうか。

その理由は、風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギーが拡大したことにある。2014年末の時点で、再生可能エネルギーの発電比率は25.8%に達している。大量の自然エネルギーによる電力が市場に流れ込んだため、卸売市場の電力価格が暴落した。このため、火力発電所の稼働率が低下し、運転コストをカバーすることができなくなった。つまり電力会社は、減価償却が終わっていない新しい火力発電所を運転すればするほど、赤字が増えるのだ。

エーオンは、火力発電所の収益性の悪化などによって、2014年度決算が31億6000万ユーロ(4108億円)という創業以来最大の赤字となった。同社は、「化石燃料などの伝統的なビジネスモデルでは、収益を増やすことが難しい」として、原子力、火力発電などを別会社に分離し、本社は再生可能エネルギーなどの新しいビジネスモデルに特化する方針を明らかにしている。

火力発電所はバックアップとして不可欠

メルケル政権は、原子力だけでなく化石燃料による発電所も減らすことを目指している。地球温暖化の原因となるCO2の排出量を減らすためである。したがって、政府にとっては化石燃料を使う発電所が減るに越したことはない。

しかし、イルシングのような発電所の閉鎖は、メルケル政権にとっては不都合をももたらす。風力や太陽光のように自然に依存するエネルギーは変動が激しく、原子力や火力発電に比べると人為的なコントロールが難しい。このためメルケル政権は、風が弱い日や、太陽が照らない日に寒波が襲来し、電力需要が急激に高まった事態などに備えて、天然ガス火力発電所をバックアップ用として確保しようとしている。メルケル政権は、2050年の再生可能エネルギーの発電比率の目標を80%としているが、残りの20%は天然ガス火力発電所などによるリザーブ電源なのである。

政府は、イルシング発電所を「電力の安定供給に不可欠な発電所」と位置付けていた。この場合、電力会社は採算が合わなくても独自の判断で発電所を閉鎖することを禁止されている。

エーオンは、赤字のイルシング発電所を運転する「補償金」として国から約6000万ユーロ(78億円)を受け取っているが、この契約は来年3月末に失効する。この契約は、欧州連合(EU)から補助金とみなされる危険があるので、来年4月以降は継続されない可能性が強い。

さらに、この契約は燃料費などのコストだけをカバーし、発電所の建設にかかった資本コストは含まれていない。このためエーオンは、補償金の額が不十分だとみていた。来年も政府が運転継続をエーオンに命じた場合、同社は補償金額の引き上げを求めて政府を訴えるかもしれない。

一時、CO2排出量も増加

ドイツの2014年の発電比率を見ると、褐炭が25.6%、石炭が18%と高い割合を占める。特に褐炭の発電比率は、2013年に比べて増加している。この理由は、大手電力会社が減価償却も終わり、老朽化した褐炭・石炭火力発電所をフル稼働させることにより、収益の目減りを減らそうとしているからだ。電力会社は、EUのCO2排出権取引制度に基づき、火力発電の運転に伴い排出されるCO2について、排出権を購入しなくてはならない。しかし、現在CO2排出権は1トン当たり約7ユーロ。電力会社にとっては大きな負担にはならない。このため、ドイツの毎年のCO2排出量は、2009~13年までに4.2%増えてしまった。

ドイツ政府は、2020年までにCO2排出量を90年比で40%削減することを目標としている。しかし現在のままでは、CO2排出量の削減率は32~35%にとどまると予想されている。再生可能エネルギーの拡大のために、比較的環境への負荷が少ない最新型の火力発電所が閉鎖され、CO2の排出量が多い褐炭火力発電所の比率が増加する。これはメルケル政権の「エネルギー転換」精神に反する現象だ。

ドイツ人たちは、この矛盾をどのように解決するのだろうか。その糸口は、まだ見えていない。

1 Mai 2015 Nr.1001

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

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