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独断時評


ギリシャ危機は終わらない

7月上旬の12日間、世界経済は再び欧州の小国ギリシャに振り回された。日本の新聞やテレビでも、ギリシャ危機がトップニュースとして扱われた。

•事実上の支払い不能状態

ギリシャ政府の過重債務が表面化した2009年末以来、ドイツをはじめとするユーロ圏加盟国はギリシャ救済に取り組んできた。しかし、ギリシャの債務をめぐる今回の危機は、過去5年間で最も深刻な事態を迎えた。ギリシャ政府がほかのユーロ圏加盟国が求めていた緊縮策や経済改革の実行を約束しなかったため、6月30日の深夜にギリシャへの第2次救済プログラムは失効した。このため、ギリシャ政府は6月30日までに国際通貨基金(IMF)に返済するべきだった債務約15億4000万ユーロ(2156億円、1ユーロ=140円換算)を返すことができなかった。これは、ギリシャが事実上の債務不履行状態(デフォルト)に陥ったことを意味した。IMFや格付け機関は、デフォルトを直ちに宣言しなかったが、ユーロ圏加盟国がIMFの債務返済を延滞したのは初めてのこと。

ギリシャのチプラス首相は、「緊縮策を受け入れるか否かについて、7月5日に国民投票を行う」と一方的に宣言。ドイツのメルケル首相や欧州委員会のユンケル委員長は、国民投票についてチプラス首相から事前に知らされておらず、「ギリシャ政府に対する信頼は完全に失われた」と強い口調で同国を批判した。

7月5日の国民投票では、ギリシャの有権者の61%が緊縮策を拒否した。これによって、ギリシャが正式にIMFなどからデフォルトを宣言され、ユーロ圏から脱退する可能性が一段と高くなった。ドイツのショイブレ財務相は、ギリシャ経済が回復するまで、少なくとも5年間はユーロ圏から離脱することを盛り込んだ提案を準備していた。当時ギリシャの財務相だったバルファキス氏も、ユーロと並行して旧通貨ドラクマを流通させる計画を密かに検討していた。

ギリシャで発行された2ユーロ硬貨
ギリシャで発行された2ユーロ硬貨

•銀行倒産の危機

ギリシャ政府の金庫は当時、実質的に空っぽの状態となり、ギリシャの銀行は、欧州中央銀行(ECB)の「緊急流動性援助(Emergency Liquidity Assistance=ELA)という短期融資によって、かろうじて生き長らえている状態だった。もしもECBがこの融資を停止したら、ギリシャの銀行は倒産することが確実だった。

このため、チプラス政権は6月28日に「資本移動規制」を発動し、市民や企業に外国への資金の持ち出しや振り込みを禁止し、さらに6月29日から1週間にわたり国内の銀行を休業させた。市民が銀行から預金を引き出す額も、1日につき60ユーロ(8400円)に制限した。

窮地に追い込まれたギリシャ政府は7月8日、ユーロ圏の緊急融資機関ESM(欧州安定メカニズム)に対し、第3次救援プログラムの発動を申請した。同国は正式な破綻を免れるために、ESMに対し3年間にわたって535億ユーロの融資を求めたのだ。だが、ほかのユーロ圏諸国は、チプラス政権が緊縮策や経済改革を実行することを確約しない限り、融資を行わないという態度を強調した。

このためチプラス政権は、国民が緊縮策に対して「ノー」と言ったにもかかわらず、部分的に債権国側の要求を受け入れた。7月9日、チプラス政権は欧州委員会に対し、緊縮策や経済改革を網羅した13ページの文書を提出。同政権は、国営企業の民営化や公的年金の受給開始年齢の67歳への引き上げ、観光業界に対する税制上の優遇措置の廃止、軍事予算の削減などを約束した。

7月12日、ユーロ圏加盟国の首脳は17時間にわたる緊急会議の結果、ギリシャが緊縮策と経済改革を実行することを条件に、第3次救援プログラムの発動を決定。ギリシャは最高860億ユーロ(12兆400億円)の追加融資を受けられることになった。

•ギリシャは債務を返せるのか?

この合意により、ギリシャのユーロ圏離脱の危機は当面遠のいた。だが私は、ギリシャ危機が終わったと考えるのは早過ぎると思う。この5年間、ギリシャ政府は何回も似たような緊縮策を約束し、部分的に法制化したものの、労働組合などの反対を受けて実行できていない。

これまで、ユーロ圏加盟諸国はギリシャに対して2400億ユーロ(33兆6000億円)の融資を与えたほか、2012年には民間の投資家の債権1070億ユーロを減免した。それにもかかわらず、ギリシャの公的債務残高の国内総生産に対する比率は、2010年の148%から2014年には175%に増加した。

フライブルク大学のL・フェルト教授は、7月14日付けの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)で、「ギリシャのチプラス政権は、ほかのユーロ圏加盟国の信頼を失った。このため、今後、同国が経済改革を実行するかどうか、慎重に見極める必要がある」と発言。

また、ドイツ連邦政府の経済諮問委員会を率いるC・シュミット委員長も、「ギリシャはまず、合意文書の内容を実行するためのメカニズムが機能するかどうかを、他国に証明しなくてはならない。ギリシャ政府が、今回の合意を実行できるかどうかについては、懐疑的にならざるを得ない」という慎重な見方を示した。

同国をめぐる危機は、まだ終わっていない。今後ユーロ圏加盟諸国は、数10年間にわたってギリシャを支援することを迫られるかもしれない。

7 August 2015 Nr.1007

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:10
 

なぜドイツはサービス砂漠なのか?

私は毎年、少なくとも1度は日本に出張するが、その度に手厚いサービスを受けて感激する。

東京のあるホテルでは、ズボンのファスナーが壊れたため、「修理してくれる店を教えてくれませんか」と尋ねると、頼んでもいないのに無料で直してくれた。

日本の新幹線が、折り返し運転のために終着駅に停車する時間はわずか12分。その間、清掃チームはたった7分で掃除を終えるという。車内は、7分の清掃とは思えないほど清潔になる。日本のサービスの質の高さを象徴する早業である。

ある和菓子屋では、買った商品を紙袋に包んで手提げ袋に入れてくれるだけでなく、店員がわざわざカウンターの奥から店の前まで出て来て客に手提げ袋を手渡し、店先まで見送りをしてくれる。雨が降っているときには、紙の手提げ袋にビニール袋までかけてくれる。理髪店や美容院の中には、コーヒーや肩揉みをサービスする店もある。

ベルリンのカフェ
ベルリンのカフェの様子

•ドイツ人もサービスの悪さに驚く

読者の皆さんの中には、「おもてなし」を世界に誇る日本からドイツに来られて、商店などでの顧客サービスの悪さに強いショックを受けられた方もいらっしゃるのではないだろうか。

「サービス砂漠・ドイツ」に悩んでいるのは、われわれ日本人だけではない。私の知人で日本に長年勤務したドイツ人は、故郷に戻って来た直後、パン屋の店員の態度の悪さにショックを受けたという。彼は、日本の店員の丁寧な接客態度に慣れてしまっていたのである。あるレストランでは、食事をしながら日本から来た知人と話をしていたら、「食べ終わった後の皿を渡してくれ」とウエイトレスから指図された。レストランなどでナイフとフォークを平行に揃えておくことは、「食事が終わった」というサインだが、このウエイトレスはそのルールも知らなかった。

なぜドイツ人はサービスが不得意なのだろう。ドイツ語でサービスはDienstまたはDienstleistung だが、この言葉はdienen、つまり、誰かに仕えるという動詞からきている。dienenというドイツ語には、従属的な語感がある。自分が他者に対して、低い地位にいるような印象を与える。つまり、個人主義と独立性を重んじるドイツ人にとっては、イメージの悪い言葉だ。

したがって、ドイツではサービスが無料ではない。この国の企業や商店は、サービスを提供するためのコストを常に考慮する。サービスに掛かる費用が、収益に比べて高くなり過ぎると判断された場合には、サービスは提供しない。これは、日本とドイツの商習慣の最も大きな違いの1つだ。

もう1つ、サービス砂漠を象徴するものは、商店の営業時間の短さだ。これは「閉店法」という法律によるものだが、ドイツに初めてやって来た日本人の多くは、ほとんどの商店が日曜日や祝日に閉まっていることに戸惑う。日本では、コンビニエンス・ストアだけではなく、スーパーマーケットやデパートの中にも夜間営業を行う店が増えているが、ドイツでは考えられないことだ。

日本人は、「休日は多くの市民が買い物をする時間があるのだから、店を開けておけば売り上げが増えるではないか」と思うだろう。しかしドイツでは、週末に店を開けて売り上げを伸ばすよりも、休みを優先させる。「オフィスで働くサラリーマンだけではなく、商店で働く人々にも、家族との時間を楽しむ権利を保証するべき」という意見が有力だ。

•価格を抑えるためにサービスを節約?

一方で、ドイツの物価は日本に比べると割安である。その理由には、サービスを省略しているということもあるだろう。ドイツの商店やホテルが、日本のような、かゆいところに手が届くようなサービスを提供できない背景には、人件費が高いゆえに効率的に仕事をさせなくてはならないという事情がある。もしも、ドイツのホテルや商店で日本並みの水準のサービスを要求したら、請求書の金額はより高くなるだろう。

例えばドイツには、サービスは悪いが、割安なホテルがたくさんある。税金や社会保険料のために、ドイツの可処分所得は日本よりも低いので、市民にとっては細かいサービスよりも、安いことの方が重要なのだ。

ドイツのスーパーマーケットには、日本のように丁寧な態度をとる店員はめったにいない。あるスーパーでは、店員が商品を補充するために、品物を満載した運搬カートを通路のど真ん中に置いていた。カートが邪魔で客が通れなくて困っていても、店員はそ知らぬ顔である。ドイツの店員は、こうした点について全く気が利かない。

その代わり、この国の牛乳やヨーグルト、バター、パンなどの食料品の価格は、かなり安い。多数の安売りスーパーが激烈な価格競争を繰り広げていることも理由だが、ドイツの消費者が、良いサービスを商店やホテル、飲食店に期待せず、むしろ価格の安さを重視することが背景にある。ここに、「名を捨てて実を取る」というドイツ人の国民性が反映されている。サービスが行き届かないことに慣れてしまっていることが、ドイツのサービス砂漠がなかなか改善されない原因の1つである。

ただし、私がドイツに来た1990年頃に比べると、ドイツのサービスもやや改善した。営業時間の延長などはその1例である。顧客が気持ち良く買い物できるように、値段だけでなくサービスにも配慮してもらいたいものだ。

17 Juli 2015 Nr.1006

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:09
 

エルマウでのG7首脳会談と脱石炭への決意

雄大なアルプス山脈を見渡す、ドイツ南部バイエルン州のエルマウ。ここで6月7日から2日間にわたり、独、日、米などの主要7カ国が首脳会議(G7)を開いた。

•地球温暖化防止が重点

この首脳会議は、「環境サミット」として後世に記憶されるだろう。各国の首脳たちは、ウクライナ危機や難民問題だけではなく、環境保護とエネルギー問題にも重点を置いたからである。特に焦点となったのが、地球温暖化の防止である。各国首脳が「二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないグローバル経済の建設を目指す」と宣言したことは、各国のエネルギー戦略にも大きな影響を及ぼすだろう。

G7首脳は、共同声明の冒頭で「我々は地球の未来をどう形作るかについて、責任を負っている」とした上で、「今年12月に国連がパリで開く気候変動枠組条約・第21回締約国会議(COP21)が、気候変動に歯止めをかける上で決定的な役割を果たす」と断定。主要国はパリの会議で、CO2など温室効果ガスの本格的な削減のための、新たな議定書の合意に向けて努力することを確認した。その上でG7諸国は、「2050年までに世界中の温室効果ガス排出量を、2010年比で40~70%削減する」という目標へ向けて、各国が経済の低炭素化へ向けた戦略を作り、実行することで合意した。さらに主要国は、COP21で合意される温室効果ガス削減目標を実現するために、2020年までに合わせて1000億ドルの資金を投じることも明らかにした。主要国は原則として、21世紀末までに化石燃料の使用をやめることを目指している。

•最大の被害者は発展途上国

地球温暖化は、南北格差の問題でもある。G7諸国は、過去数世紀にわたって経済成長を行う中で、大量の温室効果ガスを放出してきた。だが、気候変動によるハリケーンやサイクロン、暴風低気圧の増加によって、最も深刻な被害を受けるのは主要国ではなく、東南アジアやカリブ海の発展途上国である。彼らはG7諸国と異なり、経済発展の果実を享受していないだけではなく、温室効果ガス増加のつけを払わせられている。しかもこれらの国々では、自然災害から人命や財産を守るための公的な保障制度や民間保険が、主要国に比べると発達していない。

このため、G7諸国は共同声明の中で、気象関連の自然災害に対する公的・民間の保険カバーに守られている発展途上国の市民の数を、2020年までに現在より4億人増やすための支援措置を取ることを明らかにした。同時に、自然災害に対する警報システムの設置についても援助を行う。

またG7は、老朽化して燃焼効率が悪い石炭火力発電所などが、温室効果ガス削減努力に逆行していることを問題視。CO2を多く発生させる化石燃料への補助金の禁止や、温室効果ガスの放出を減らすテクノロジーに対する輸出の融資条件を緩和するなどの措置を提案している。

これらの提案には、今回の首脳会議の議長国であるドイツの筆跡が色濃く感じられる。同国は、世界で最も環境保護に熱心な国の1つであり、2050年に再生可能エネルギーの発電比率を80%に引き上げることを目標にしている。メルケル政権は福島の原発事故をきっかけに、2022年末までに原子力発電所の全廃を決めたが、現在は「脱石炭・脱褐炭」へ向けて舵を切りつつある。

•中国・インドを巻き込む必要

だが、温室効果ガスの削減を重要な目標に掲げたG7首脳会議に、世界最大のCO2排出国である中国の姿がないのは空しい印象を与える。米国のNGO「憂慮する科学者同盟(UCS)」によると、2011年の世界のCO2排出量のうち、中国の比率は27%で世界最大。やはり会議に参加しないインドとロシアを合わせると、その比率は37%に達する。

中国やインドは、今後も着実に経済成長を遂げていく。国内総生産(GDP)の拡大と同時に、エネルギー需要も増大し、CO2の排出量も増えていくだろう。中国などの新興国は、「G7諸国は、これまで経済成長のために大量のCO2を大気中に排出して、地球温暖化を進行させた。我々新興国にも、経済成長のためにCO2を排出する権利がある。先進国が我々にCO2排出量の削減を求めるのは不公平だ」と主張している。したがってG7諸国は、温室効果ガスの本格的な削減を目指すのならば、最大のCO2排出国である中国やインドをエルマウでの会議に招待するべきであった。

また、米国の今後の動きも気になる。G7諸国のCO2排出量の比率を比べると、米国の比率が17%と最大だ。だが、米国はシェールガスやシェールオイルを重要なエネルギー源とみなしており、21世紀には、米国が石油や天然ガスの輸出国となるのだ。シェールガス革命を行っている米国が、脱化石燃料の動きに同調するかどうかは未知数だ。その他のG7諸国のCO2排出量の比率は、日本4%、ドイツ2%、フランス1%など、いずれも1桁である。これらの国々がCO2排出量を大幅に削減しても、地球規模で見た場合、効果は限られている。本当に脱化石燃料を実行しなくてはならないのは、中国や米国なのだ。

気候変動に歯止めをかけるという志は高く評価するが、実効性という点では一抹の不安感を与えたエルマウ・サミット。それだけに、12月にパリで開かれる気候会議の結果が大いに注目される。

3 Juli 2015 Nr.1005

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 10:23
 

EUは難民問題に どう対応するのか?

今年、北アフリカや中東から漁船に乗って欧州に渡ろうとする難民が急増している。4月末までにリビアやシリアからイタリア、ギリシャといった南欧諸国にたどり着いた難民は約100万人に上ると推定されている。しかし、満員の漁船が荒天のために転覆する例も多く、1〜4月に約1500人が溺死した。

荒れ模様の地中海
荒れ模様の地中海

•後手に回るEU諸国

「地中海はアフリカ難民たちの墓場になる」。このような見出しが欧州各国の新聞の1面に掲げられた。多くの報道関係者、市民たちは、欧州連合(EU)が難民の増加や海上での救援体制の整備に対し、有効な対策を打ち出さないことについて、いらだちを隠さない。

しかも、この悲劇は今に始まったことではない。2013年10月3日、イタリア南部のランペドゥーサ島の近くで難民の乗った船が沈没し、366人が溺れ死んだ。その8日後には、マルタ島の近くで500人の難民が犠牲となった。この事件を受け、イタリア政府は同年10月に難民救助作戦「マーレ・ノストルム」を開始。フリゲート艦や上陸用舟艇など5隻の軍艦とヘリコプターを投入して難民の救助にあたった。イタリア海軍の900人の将兵たちが約600回出動して約14万人の難民を救助し、作戦は一定の効果を挙げた。しかしこの作戦には年間1億1000万ユーロ(約143億円)の費用が掛かったため、イタリア政府は、「資金の捻出が難しい」として、2014年10月31日にマーレ・ノストルム作戦を打ち切った。だが作戦打ち切りの背景には、資金難だけではなく、アフリカや中東で「イタリア海軍に救助される可能性が高まり、海路による亡命の危険が減った」という見方が強まることが、難民増加に拍車を掛けるとの懸念もあった。

マーレ・ノストルム作戦が打ち切られた後、EUの国境を警備するFRONTEX(欧州対外国境管理協力機関)がトリトン作戦を開始した。だが、艦艇の捜索範囲はイタリア軍の難民救助作戦とは異なり、沿岸から30マイルの海域に限られていた。難民の海難事故の大半は、この海域の外で発生している。さらに、この作戦に充てられた年間予算額は約3000万ユーロで、マーレ・ノストルム作戦の3分の1程度だった。

•EUは難民救助体制の強化を!

世論の批判が高まったため、EUは急きょブリュッセルで首脳会議を開き、トリトン作戦の予算を3倍に増やした。さらに、ドイツ政府は5月中旬から、フリゲート艦「ヘッセン」など2隻の軍艦を難民救助のために地中海に投入し始めた。EU諸国は、難民救助のための努力を強化すべきだ。EUは、第2次世界大戦の惨劇を教訓として生まれた国際機関であり、人権の擁護を大義名分としている。したがって、難民が欧州を目前として海の藻屑と消えるのを、拱手傍観(きょうしゅぼうかん)することは、EU創設の理念に反する。

また、欧州が直面している現在の状況は、難民危機の序幕に過ぎない。特に憂慮されているのがシリア情勢だ。同国ではすでに内戦や虐殺により約20万人が死亡。国連難民高等弁務官(UNHCR)によると、戦火を避けてトルコ、レバノン、ヨルダンなどに避難しているシリア人の数は、398万人に達し、トルコ1国が受け入れた難民の数は、160万人に上る。

•ドイツに45万人が亡命申請か

いわゆる「アラブの春」によって、リビア、エジプト、チュニジアなど北アフリカや中東の国々の一部では国家秩序が崩壊、もしくは大きく動揺している。さらにテロ組織「イスラム国(IS)」は、シリアだけでなくイラク政府にとっても脅威となりつつある。現在これらの国々では、亡命を望む人々から金を取って欧州へ移送する業者たちが暗躍している。

さらに、地球温暖化や気候変動によるかんばつが、将来アフリカでの食糧不足に拍車をかける危険もある。その場合、アフリカから欧州を目指す難民の数はさらに増えるだろう。これに加えて、EUが域内の移動を自由化したことを利用して、ブルガリア、ルーマニア、さらにEU域外のコソボなどから西欧諸国への亡命を望むシンティ・ロマ(いわゆるジプシー)も増えている。彼らは、「東欧諸国で差別されているので、亡命申請した」と主張している。

メルケル政権は5月初め、「今年、ドイツの亡命申請者の数は45万人に達する」という予測を発表し、これまでの見通しを大幅に引き上げた。これは、第2次世界大戦後、最も多い数字だ。

•経済大国に求められるリーダーシップ

ドイツの地方自治体は、現在も難民の受け入れ態勢の整備に苦労している。予算や人手が圧倒的に不足しているのだ。旧東独では、亡命申請者を住まわせる予定の住宅が放火されるなど、極右勢力が不気味な動きを見せ始めている。ドイツは、EU加盟国の中で最も多い貿易黒字を記録し、連邦政府の財政収支も黒字になった。ドイツが戦火に追われて着の身着のままで逃げてくる市民に救いの手を差し伸べることは、当然の義務だと考える。連邦政府は、地方自治体への財政支援を増やすべきだ。さらに、EU各国では難民の受け入れに批判的なポピュリズム政党が支持率を増しており、難民増加は、これらの政党をさらに躍進させるかもしれない。伝統的な政党は、なぜ難民を助けるべきなのかについて、国民を納得させる必要がある。

欧州諸国にとって、難民増加は21世紀最大の政治問題、社会問題に繋がるかもしれない。

19 Juni 2015 Nr.1004

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:35
 

なぜドイツの 労働時間は短いのか

読者の皆さんの中には、「ドイツの労働時間は、日本に比べて短い」と感じている方もおられるのではないだろうか。

•日独間の労働時間に大きな差

経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本では就業者1人当たりの1年間の平均労働時間が1745時間(2012年当時)だった。これに対し、ドイツは1393時間と約20%も短く、日本人より年間で352時間も短いというのだ。352時間といえば、およそ14日間に相当する。

ドイツは、世界でも労働時間が最も短い国の1つだ。OECDの調査の対象となった35カ国の中で、オランダに次いで短い。一方、日本の年間労働時間は35カ国の中で8番目に長い。OECDによると、ドイツの1時間当たりの労働生産性は日本よりも高いが、その理由の1つに労働時間が日本よりも短いことが挙げられる。労働生産性は、国内総生産(GDP)を労働時間で割って算出されるからだ。労働時間が短くなればなるほど、1時間当たりの労働生産性は高まる。

シュピーゲル誌の表紙
2012年の就業者1人当たりの労働時間(単位・千時間)

労働時間を法律で厳しく規制

なぜドイツの労働時間は短いのだろうか。その最大の理由は、政府が法律によって労働時間を厳しく規制し、違反がないかどうか監視していることだ。

企業で働く社員の労働時間は、1994年に施行された「労働時間法(ArbZG)」によって規制されている。この法律によると、平日(月~土)1日当たりの労働時間は8時間を超えてはならない。1日当たりの労働時間は、最長10時間まで延長することができるが、その場合にも6カ月間の1日当たりの平均労働時間は8時間を超えてはならない(ただし経営者と社員が特別の雇用協定を結ぶことは許されているほか、緊急事態の例外は認められている)。つまりドイツの企業では、1日当たり10時間を超える労働は、原則として禁止されているのだ。

•役所が労働時間を厳しくチェック

読者の皆さんは「日本でも労働基準法の第32条によって、1週間の労働時間の上限は40時間、1日8時間と決まっている」と考えるかもしれない。だが日独の労働時間規制の間には、大きな違いがある。それは、ドイツでは労働安全局(日本の労働基準監督署に相当する)が立ち入り検査を行って、企業が労働時間法に違反していないかどうか厳しくチェックを行っているということだ。労働安全局の係官は時折、事前の予告なしに企業を訪れて、労働時間の記録を点検する。

労働安全局が検査をした結果、企業が組織的に毎日10時間以上の労働を社員に強いていたり、週末に働かせていたことが発覚すると、経営者は最高1万5000ユーロ(210万円)の罰金を科される。悪質なケースでは、経営者が最高1年間の禁固刑を科されることもある。2009年4月には、テューリンゲン州の労働安全局が、ある病院の医長に対し、ほかの医師らに超過労働をさせていたという理由で6838ユーロの罰金の支払いを命じた例がある。

企業が社員に長時間労働を課さないもう1つの理由は、企業イメージを守るためだ。メディアが「組織的に長時間労働を行わせて、労働時間法に違反していた」という事実を報じると、企業のイメージに深い傷がつく。現在ドイツでは優秀な人材が不足しているので、そのような報道が行われると、「あそこは長時間労働をさせる企業だ」と思われて、優秀な人材に敬遠されることになる。これは企業にとって大きなマイナスである。

このためドイツの雇用者、特に大企業の管理職は、1日の労働時間が10時間を超えないように、口を酸っぱくして注意する。

•社会的市場経済が背景

ドイツでは、残業が必要になるということは、業務量に比べて社員の数が足りないことを意味する。したがって経営者は、繁忙期などに残業をさせる場合には、原則として事業所委員会(企業ごとの労働組合)の同意を得る必要がある。ドイツの企業経営者は、社員にやたらと残業をさせてはならないのだ。

筆者は、「ライフ・ワーク・バランス」を確保するという意味では、ドイツ政府が労働時間を法律で厳しく制限していることは、悪いことではないと考えている。会社で働くだけではなく、誰もが家族と一緒に過ごす時間も持てるように法律が整えられているわけだ。これは、ドイツが戦後一貫して続けている社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)のたまものだ。つまり米国のような自由放任主義に基づく競争社会ではなく、政府が法律によって社会の枠組みを整える制度である。

時代が変わっても、ドイツ人は社会的市場経済の原則だけは維持していくだろう。

5 Juni 2015 Nr.1003

最終更新 Montag, 19 September 2016 13:02
 

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