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火力発電所の閉鎖とエネルギー転換の矛盾

ミュンヘンの北90キロのところに、人口約7700人のフォーブルク・アン・デア・ドナウという小さな町がある。この町にあるイルシング天然ガス火力発電所は、ドイツ政府が粛々と進めているエネルギー転換(Energiewende)のジレンマの象徴として、電力業界だけでなく、政界・経済界で大きな注目を集めている。

E.ONの火力発電所イルシング
E.ONの火力発電所イルシング

自然エネルギーの拡大が原因

そのきっかけは、3月30日に大手電力会社エーオン(E.ON)が、「2016年4月1日をもって、火力発電所イルシングの4号機・5号機を停止する許可を監督官庁に申請した」 と発表したことだ。

両発電所の出力量を合わせると、約1400メガワットに達する。これは、原子力発電1基の出力量に匹敵する。特に5号機は、ガスタービンコンバインドサイクルという発電方式を使っているために、燃焼効率が59.7%と比較的高い。このため二酸化炭素(CO2)の排出量は、褐炭火力発電所の3分の1程度にとどまる。

運転を開始したのは、5号機が2010年、4号機が2011年。つまりイルシングは、この国で最も新しく、効率が良い火力発電所の1つなのだ。エーオンはこの発電所の建設に約4億ユーロ(520億円、1ユーロ=130円換算)を投じた。まだ4~5年しか運転しておらず、褐炭や石炭に比べると環境に優しい発電所を、なぜエーオンは閉鎖しようとしているのだろうか。

その理由は、風力発電や太陽光発電など、再生可能エネルギーが拡大したことにある。2014年末の時点で、再生可能エネルギーの発電比率は25.8%に達している。大量の自然エネルギーによる電力が市場に流れ込んだため、卸売市場の電力価格が暴落した。このため、火力発電所の稼働率が低下し、運転コストをカバーすることができなくなった。つまり電力会社は、減価償却が終わっていない新しい火力発電所を運転すればするほど、赤字が増えるのだ。

エーオンは、火力発電所の収益性の悪化などによって、2014年度決算が31億6000万ユーロ(4108億円)という創業以来最大の赤字となった。同社は、「化石燃料などの伝統的なビジネスモデルでは、収益を増やすことが難しい」として、原子力、火力発電などを別会社に分離し、本社は再生可能エネルギーなどの新しいビジネスモデルに特化する方針を明らかにしている。

火力発電所はバックアップとして不可欠

メルケル政権は、原子力だけでなく化石燃料による発電所も減らすことを目指している。地球温暖化の原因となるCO2の排出量を減らすためである。したがって、政府にとっては化石燃料を使う発電所が減るに越したことはない。

しかし、イルシングのような発電所の閉鎖は、メルケル政権にとっては不都合をももたらす。風力や太陽光のように自然に依存するエネルギーは変動が激しく、原子力や火力発電に比べると人為的なコントロールが難しい。このためメルケル政権は、風が弱い日や、太陽が照らない日に寒波が襲来し、電力需要が急激に高まった事態などに備えて、天然ガス火力発電所をバックアップ用として確保しようとしている。メルケル政権は、2050年の再生可能エネルギーの発電比率の目標を80%としているが、残りの20%は天然ガス火力発電所などによるリザーブ電源なのである。

政府は、イルシング発電所を「電力の安定供給に不可欠な発電所」と位置付けていた。この場合、電力会社は採算が合わなくても独自の判断で発電所を閉鎖することを禁止されている。

エーオンは、赤字のイルシング発電所を運転する「補償金」として国から約6000万ユーロ(78億円)を受け取っているが、この契約は来年3月末に失効する。この契約は、欧州連合(EU)から補助金とみなされる危険があるので、来年4月以降は継続されない可能性が強い。

さらに、この契約は燃料費などのコストだけをカバーし、発電所の建設にかかった資本コストは含まれていない。このためエーオンは、補償金の額が不十分だとみていた。来年も政府が運転継続をエーオンに命じた場合、同社は補償金額の引き上げを求めて政府を訴えるかもしれない。

一時、CO2排出量も増加

ドイツの2014年の発電比率を見ると、褐炭が25.6%、石炭が18%と高い割合を占める。特に褐炭の発電比率は、2013年に比べて増加している。この理由は、大手電力会社が減価償却も終わり、老朽化した褐炭・石炭火力発電所をフル稼働させることにより、収益の目減りを減らそうとしているからだ。電力会社は、EUのCO2排出権取引制度に基づき、火力発電の運転に伴い排出されるCO2について、排出権を購入しなくてはならない。しかし、現在CO2排出権は1トン当たり約7ユーロ。電力会社にとっては大きな負担にはならない。このため、ドイツの毎年のCO2排出量は、2009~13年までに4.2%増えてしまった。

ドイツ政府は、2020年までにCO2排出量を90年比で40%削減することを目標としている。しかし現在のままでは、CO2排出量の削減率は32~35%にとどまると予想されている。再生可能エネルギーの拡大のために、比較的環境への負荷が少ない最新型の火力発電所が閉鎖され、CO2の排出量が多い褐炭火力発電所の比率が増加する。これはメルケル政権の「エネルギー転換」精神に反する現象だ。

ドイツ人たちは、この矛盾をどのように解決するのだろうか。その糸口は、まだ見えていない。

1 Mai 2015 Nr.1001

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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