Hanacell
独断時評


集団的自衛権問題とドイツの論調

7月1日深夜。私は東京・永田町にある首相府近くで、約1万人の市民が響かせるシュプレヒコールや太鼓の音を聞いていた。人々は、この日安倍政権が集団的自衛権の容認を閣議決定したことに抗議しているのだ。

この週、日本のメディアは集団的自衛権をめぐる報道で埋め尽くされた。祖国での論争に耳を傾けて私が強く感じたことは、安倍政権が中国や北朝鮮による脅威をいかに重大視しているかということだ。

自衛隊の行動の自由を拡大

安倍首相は明らかに急いでいる。彼は時々、何かに追い立てられているかのような印象を与える。首相が、憲法改正ではなく、閣議決定による憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を可能にしたことは、現政権が東アジアの安全保障をめぐる情勢について、「日本への脅威が高まっており、自衛隊に対する足かせを一刻も早く減らす必要がある」と考えていることを示す。

これまで自衛隊が戦うことができたのは、日本が直接攻撃を受けたときだけであった。憲法第9条が歯止めとなっていたからである。しかし今回、安倍政権は日本と密接な関係にある他国(具体的には米国)が攻撃され、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由などが根底から覆される明白な危険」が生じたときには、日本が直接攻撃されていなくても、自衛隊が他国を攻撃できると判断した。

安倍政権は、どのような事態を想定しているのか。例えば朝鮮半島で戦争が勃発し、米軍が日本人を含む非戦闘員を救出して艦船で日本へ輸送する際、この艦船が北朝鮮軍の攻撃を受けた場合に、海上自衛隊の護衛艦は北朝鮮軍への反撃が可能になる。これまでの憲法解釈では、自衛隊の反撃は許されていなかった。

また、北朝鮮がグアムにある米軍基地に向けて弾道ミサイルを発射したとき、これまで日本は上空を通過するミサイルを打ち落とすことを禁じられていた。だが、憲法解釈の変更によって今後は自衛隊がこうしたミサイルを撃墜することが可能になった。

安倍首相は「武力行使はあくまでも例外」と主張するが、自衛隊が米軍とともに共同作戦を取る可能性が増えたことは間違いない。さらに、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由などが根底から覆される明白な危険が生じたとき」という定義は客観的ではなく、将来の政権による幅広い解釈が可能である。

集団安全保障にも踏み込む

私が日本で安倍政権の発表を聞いて驚いたのは、今回の閣議決定が集団的自衛権だけではなく、集団安全保障に基づく武力行使も含んでいることだ。集団安全保障とは、日本や米国が直接攻撃されていなくても、国際連合が安全保障理事会の決議に基づいて、特定の国に対する武力行使を認めるものだ。例えば、1991年にイラクがクウェートに侵攻した際、米国を中心とする多国籍軍が国連決議に基づいてイラク軍を攻撃したのは、集団安全保障に基づく武力行使である。

安倍政権が想定するのは、次のような事態だ。ホルムズ海峡が機雷で封鎖され、日本などのアジア諸国に原油を運ぶタンカーが通過できなくなったとする。この際、海上自衛隊が機雷除去作業を行っている途中で、国連安保理が掃海作戦に関する決議を行ったとする。これまで自衛隊は集団安全保障に基づく軍事行動への参加を許されていなかったので、掃海作業を中断しなくてはならなかったが、今回の憲法解釈の変更によって安保理の決議後も掃海作業の続行が可能になる。

安倍首相は「日本がイラクやアフガニスタンのような戦争に加わることはない」と説明するが、将来別の政権が米国政府の圧力に屈して現在よりも幅広い解釈を行うことは十分あり得る。

地味だったドイツの論調

ドイツのメディアは、今回の閣議決定を大きく扱わなかった。この国の軍隊は、1990年代の旧ユーゴ内戦や、2000年代のアフガニスタン紛争を通じて、集団的自衛権だけでなく集団安全保障に基づく軍事行動に参加しているので、多くの報道機関は安倍政権の決定を目新しいものと思わなかったのだ。

閣議決定を比較的詳しく報じたのは、フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)紙のC・ゲルミス東京特派員である。彼は安倍政権の決定を「自衛隊が米軍と肩を並べて戦うことを初めて可能にする歴史的な政策転換」と位置付けた。さらにゲルミス氏は、「日本のリベラル勢力は、この決定によって日本が戦争に巻き込まれると批判しているが、安倍政権はドイツと同じように、武力行使については国会の事前承認を義務付ける方針」と解説している。

民主主義に関する議論が欠如

だがゲルミス氏の記事は、閣議決定が日本の民主主義について投げ掛けた問題には斬り込んでおらず、不十分だ。日本の防衛に関する戦後最も重大な政策転換が、憲法改正や国民投票ではなく、内閣の決定だけで実施された。ドイツならばそのこと自体を問題視して、直ちに違憲訴訟が提起されるだろう。安倍政権が直ちに、北朝鮮による日本人拉致問題という国民に分かりやすいニュースをメディアに提供したために、集団的自衛権をめぐる論争への関心は急激に低下した。巧みなメディア誘導である。日本はドイツに比べると、「Diskussionskultur(何についても活発に議論する国民性)」が欠けている。集団的自衛権に関する閣議決定は、そのことを浮き彫りにした。

18 Juli 2014 Nr.982

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:22
 

テロ組織ISIS、 欧州への新たな脅威

イラク情勢が、再び緊迫の度を高めている。その理由は、シリアでアサド政権と戦っているイスラム過激組織ISIS(イラクとシャームのイスラーム国)が、隣国イラクにも侵入し、マリキ政権を打倒するために首都バグダッドへ向けて進撃しているためだ。

イラクで破竹の進撃

ISISのテロリストたちは今年6月上旬にイラク第2の都市モスルをわずか1日で陥落させ、全世界を驚かせた。彼らはこの町にあったイラク政府軍の武器や米国製のヘリコプターを捕獲したほか、銀行から4億7000万ドル相当(470億円、1ドル=100円換算)の現金を奪った。さらにイラク最大の製油所がISISに制圧されたという情報もある。

ISISは捕虜にした多数のイラク軍兵士を処刑し、その映像をインターネット上で公開している。このためイラク軍では、ろくに戦わずに退却したり、ISIS側に寝返ったりする兵士が続出した。そこでマリキ首相は、米国に対してISISの部隊を空爆するよう要請。オバマ米大統領は、300人の軍事顧問団をイラクに派遣するとともに、空母をペルシャ湾へ移動させた。このことは、米国がいかに事態を深刻に受け止めているかを物語っている。

ジョージ・H・W・ブッシュ
ペルシャ湾に緊急配備された米海軍の空母「ジョージ・H・W・ブッシュ」

アルカイダよりも強力な組織

ISISの母体となったテロ組織は、2004年初め頃に、ヨルダン生まれのテロリストA・ザルカウィが「イラクのアルカイダ」として創設。中東の各地で爆弾テロや欧米人の誘拐、処刑を繰り返してきた。現在はアルカイダから分かれているが、約1万5000人の戦闘員を擁す、「イスラム世界で最も強力で凶悪な組織」と見られている。

またISISは、「世界で最も資金が豊富なテロ組織」と言われている。イラク軍が押収したISIS関係者のコンピューターを分析したところ、ISISはモスルの銀行から現金を強奪する以前から、すでに8億5000万ドル(850億円)もの資金を持っていた。彼らは占領した地域の原油や美術品を売って、資金を調達しているのだ。

ISISとイラク政府の戦いは、宗教戦争でもある。ISISではイスラム教のスンニ派が主流。これに対しイラクのマリキ首相はシーア派だ。マリキ氏は政権をシーア派で固め、スンニ派を冷遇したために、スンニ派市民から批判されていた。米国も、マリキ首相がスンニ派を差別したことを批判していた。ISISが破竹の進撃を続けている裏には、イラクのスンニ派の支援を受けているという事実がある。シーア派国家であるイランが、イラクのマリキ政権を支援する方針を打ち出しているのもそのためだ。

つまり、かつて敵国だった米国とイランが、イラクのシーア派政権を守るために協力する可能性があるのだ。かつて米国は、イランと戦っていたイラクのサダム・フセインを支援したことがある。そう考えると、現在の米国とイラクの「共同戦線」は奇妙に思えるが、国際政治の世界には、「敵の敵は味方」という鉄則がある。米国はその時々の「国益」に応じて、支援する国家を次々に変えていくのだ。

ISISに加わる欧州市民

さてISISは、ドイツをはじめとする欧州諸国にとっても重大な脅威だ。その理由は、ドイツやフランス、英国など8カ国の狂信的なイスラム教徒約2000人がシリアでISISに加わってアサド政権と戦い、一部が戦闘経験を積んだテロリストとして欧州に戻り始めているからだ。

彼らの多くは、中東や北アフリカ諸国から欧州に移住した市民の子どもや孫たちである。欧州の社会や価値観の違いに失望し、インターネットの世界で流されるイスラム過激派のメッセージに共感して、中東の戦場へ向かった人々だ。「シリア帰還兵」は実際にテロ事件を起こしている。

今年5月末に、ブリュッセルのユダヤ博物館でテロリストが自動小銃を乱射し、イスラエル人ら4人を殺害した。犯人は、シリアでISISに加わって欧州に戻ったフランス人のイスラム教徒と分かった。

この男がフランクフルト空港に着いたとき、ドイツ人の国境検査官はフランス政府がこの人物を要注意人物に指定し、パスポートのデータをシステムに入力するよう要請していることには気付いたが、フランス政府は逮捕を要請していなかったので、この係官はデータを入力しただけで男を入国させた。テロリストはその直後、ブリュッセルで4人を殺害した。つまり、ドイツの警察がこの男を直ちに拘束していれば、ブリュッセルでのテロは防げたのである。ある意味、警察の失態だ。

このため欧州の捜査当局は、シリアやイラクに滞在した後に欧州に戻って来る人物に対する監視を強化しており、6月15日にも、ベルリン空港警察はシリアから戻って来たISISのメンバーを逮捕した。

捜査当局は、ISISで戦闘訓練を受けた一部の欧州市民が、今後も欧州でテロ事件を起こす可能性があると見ている。欧州では、国境の垣根が取り払われつつある。シェンゲン協定に加盟している国の間には国境検査はないので、テロリストが一度入国してしまえば、発見が極めて難しい。

欧州の捜査当局にとっては、頭の痛い問題だ。イスラム過激派による無差別テロの防止を最優先の課題にしてほしい。

4 Juli 2014 Nr.981

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:23
 

欧州中銀、 デフレとの戦い

欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は、「金融市場の魔術師」の異名を持つ。

ユーロ危機を鎮静化

ドラギ氏は、2012年9月6日にフランクフルトで行った歴史的な記者会見で、「改革を実行する国に対しては国債を無制限に買い取る。どんな手段を使ってもユーロを防衛する」と発言した。彼はこの一言で、南欧諸国の国債の利回りを引き下げ、ユーロ危機を少なくとも一時的に鎮静化させることに成功した。

ドラギ氏はECBの資金を1セントも使わずに、金融市場に対する恫喝(どうかつ)だけでユーロを守った。中央銀行総裁の言葉が持つ威力を、世界中に示したのである。この「偉業」は、世界の金融の歴史の中でも語り草になるだろう。

マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁
マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁(右)

マイナス金利の衝撃

その「スーパー・マリオ」が、またもや金融市場を一驚させる大胆な政策に踏み切った。彼は、今年6月5日にフランクフルトで行った記者会見で、政策金利を0.25%から0.15%に引き下げることを発表し、ユーロ圏に事実上の「ゼロ金利」状態を生んだ。

ECBがこの日、政策金利を引き下げることは予想されていた。市場関係者を驚かせたのは、民間銀行がECBに「預金」する場合、0.1%の「制裁金利」を科すとドラギ氏が発表したことだ。ECBが民間銀行に対してマイナス金利を科すのは初めてのこと。これは、ユーロ圏の不況が本格的に回復せず、デフレーションの傾向が強まっていることについて、ECBがいかに大きな懸念を抱いているかを浮き彫りにしている。

ドイツは今、欧州で独り勝ちの状態にある。ドイツに住んでいるとあまり実感が湧かないが、フランスやスペインなどは今もユーロ危機の後遺症に苦しんでいる。ECBは、病が改善しない患者の容態に対して懸念を強めているのだ。

通貨は経済の血液である。民間銀行の中には、金融市場の不安定化などに備えて、資金を企業や個人に貸し出さずにECBに預ける銀行がある。ECBは絶対に倒産しないので、民間銀行にとっては資金を守る「安全な避難港」なのである。しかし、これでは血液が体内を循環しないので、経済の活性化と景気回復にはつながらない。

ドラギ氏は、民間銀行がECBに資金を避難させるのを防ぎ、企業や個人に対して積極的な貸し出しを行うよう、マイナス金利の導入に踏み切ったのである。

資金放出で金融緩和

さらに総裁は、ECBというダムの水門を開けて市場に大量の資金を流し込んだ。ECBは4000億ユーロ(56兆円、1ユーロ=140円換算)という天文学的な額の資金を、0.25%という低金利で民間銀行に貸し出すことを発表した。市場をお金でジャブジャブに満たすことによって、融資や経済活動を活発化させるためである。

これは、ドラギ総裁が「Dicke Bertha(太っちょベルタ)」と呼ぶ金融緩和政策の第3弾である。ECBはこれまでも2度、巨額の資金を市場に流し込むことによってユーロ圏経済の活性化を図ってきた。しかし、景気回復の効果が表れないため、ECBはさらなる金融緩和に踏み切ったのだ。ちなみにDicke Berthaとは、第1次世界大戦でドイツ軍が使用した、口径の大きい大砲のことである。

金融市場は、ドラギ総裁の決断に大喝采を送った。ドイツの大手企業が構成するDAX(ドイツ株価指数)は、ECBの発表からわずか5分後に、1万ポイントの大台を初めて突破した。市場関係者が、「今後は資金を株式投資に回す企業や市民が増える」と予測したり、「民間銀行がマイナス金利を嫌って融資を増やすために、南欧で景気が回復して、ドイツ企業の輸出がさらに改善する」と期待したことが原因だ。

低金利に泣く預金者

だが、悲鳴を上げているのは銀行や生命保険会社にお金を預けている市民だ。ドイツ農業銀行や信用金庫、ドイツ保険協会(GDV)は、「貯蓄をする市民に犠牲を強いる」として、ECBの金利引き下げを批判した。

GDVは「人々の寿命は長くなる一方だが、公的年金は削られている。したがって、若年層や中堅層にとっては、民間の生命保険などによる備えが極めて重要になっている。そうした中で、ECBの政策金利引き下げと金融緩和政策は、人々の貯蓄への意欲を減退させるものであり、危険だ」と警鐘を鳴らした。さらに、「デフレを克服するには金利引き下げではなく、国際競争力の強化が必要」と指摘した。

ユーロ圏の生命保険会社は、低金利のために四苦八苦している。資金運用が困難になりつつあるため、顧客に約束した保証利率の確保に苦労しているのだ。ドイツ政府は生保業界を支援するために、保証利率の引き下げなどを含む法案を6月4日に閣議決定した。

ユーロ圏の「日本化」?

中央銀行がデフレを克服するために政策金利を引き下げ、預金者が苦しむ。これは、1990年のバブル崩壊後の日本にそっくりだ。事実、欧州では「ユーロ圏は第2の日本になるのか?」という懸念の声が出ている。「スーパー・マリオ」はデフレが深刻化した場合、南欧諸国の国債の大量買い取りという、米国の連邦準備制度理事会並みの金融緩和措置も検討しているといわれる。デフレとの戦いは、まだ当分続きそうだ。

20 Juni 2014 Nr.980

最終更新 Mittwoch, 16 Juli 2014 11:05
 

欧州議会選挙で極右・反EU派が躍進

5月22日から25日に掛けて、欧州連合(EU)加盟国で行われた欧州議会選挙の開票結果は、欧州委員会や各国の既成政党に強い衝撃を与えた。フランスや英国などで、EUに批判的な政党が大躍進したからだ。

FNの圧勝

EU全体を特に揺るがしたのは、フランスの極右政党フロン・ナショナール(FN)が、社会党などほかの政党をしのぐ最高得票率を記録して勝利したことだ。

前回の欧州議会選挙でのFNの得票率は6.3%だったが、今回は得票率を約4倍に増やして25%を記録。保守政党・国民運動連合(UMP)は20.8%、オランド大統領が率いる社会党はわずか14%にとどまった。

フランスの欧州議会選挙でFNがトップの座に立ったのは初めてのこと。満面に笑みをたたえた党首マリーヌ・ル・ペン女史は、勝利確定後の演説で、「FNの勝利はフランスの政界地図を塗り替える。オランド大統領は国民にとって裏切り者だ。有権者は今目覚め、偉大なフランスを復活させようとしている。(外国人ではなく)フランス人が自国で優先される時代が、ようやくやって来た」と獅ししく子吼した。

リベラルな思想を持つ人や、外国人に寛容なフランス人たちは、FNの圧勝に茫然自失の状態である。彼らは今回の事態を、「séisme(地震)」と形容した。

FNのデモ
パリで行われたFNのデモ(撮影: 筆者)

経済危機が背景に

フランスはユーロ危機による不況に苦しんでいるが、オランド大統領が有効な対策を打ち出せないでいるため、市民の不満は高まっている。FNの勝利は、有権者の政府に対する抗議の表明である。ル・ペン党首は、移民の流入制限と治安の強化を訴えてきた。またFNは、フランスのユーロ圏からの脱退とフランの再導入を求めている。現在、シェンゲン協定に加盟している国の間では国境検査が廃止されているが、FNは国境検査と関税の復活を求めている。

フランスではドイツに比べてグローバル化に対する反感が強く、企業がフランス国内の工場を閉鎖して労働コストが安い地域での生産比率を高めることに、人々は不安を抱いている。多くのフランス人にとって、欧州統合はグローバル化の初期段階であった。ル・ペン氏は欧州統合に対する人々の不満を利用して、得票率を大幅に伸ばした。今回のFNの選挙スローガンは、「ブリュッセルにノン、フランスにウイ」だった。ル・ペン氏の訴えは、「EUが私たちの日常生活に不当に介入している」と感じるフランス人の心をつかんだ。

さらにFNは近年、穏健化路線を強めることによって、「極右政党」という悪いイメージの払拭に努めてきた。このため、FNに票を投じることに対する有権者の抵抗感は、年を追うごとに減ってきた。特に、2011年にル・ペン氏が党首になってからは、同党は極右的、人種差別的なスローガンを控えて、市民に受け入れられやすいソフト路線に切り替えている。

FNを創設した父親ジャン・マリー・ル・ペン氏は頑固な極右政治家で、ナチスへの共感や反ユダヤ思想を隠さなかった。彼は「アウシュヴィッツにガス室があったかどうかは、第2次世界大戦の歴史の細部に過ぎない」と発言し、罰金刑を言い渡された。また、「ヒトラーの台頭は通常の選挙によって達成されたのだから民主的だ」とも語っている。一方、娘のマリーヌはそのような態度を表に出さないよう細心の注意を払ってきた。

しかし、いくらオブラートで包んでも、FNの本質が外国人の権利制限を目指す極右政党であることに変わりはない。同党は欧州議会選挙のための政見放送の中で、「シンティー・ロマの流入はフランスが抱える最大の問題の1つだ」と訴えている。人々の外国人に対する反感を煽る、一種のヘイトスピーチだ。

英独でも反EU派が躍進

英国でも予想外の展開があった。反EU政党のイギリス独立党(UKIP)が、保守党や労働党を上回る27.5%の得票率を記録し、トップの座に立ったのだ。同党は、英国のEU脱退や移民の制限、外国企業の英国への直接投資の制限などを求める右派ポピュリスト政党である。ナイジェル・ファラージ党首は、「英国がEUから脱退すれば、1200億ポンド節約できる」と主張している。これまで英国のキャメロン首相はUKIPを「愚か者と人種差別主義者の集まり」と評していたが、今回の開票結果はUKIPが英国でもはや無視できない勢力となったことを示している。さらにこの選挙結果は、英国の有権者へのEUに対する不信感の高まりをも浮き彫りにした。英国が将来EUから脱退する可能性は、一段と高まったと言える。

反EU政党はドイツでも躍進した。ユーロの段階的廃止を求める新政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、7.1%の得票率を記録し、欧州議会入りを果たした。フランスや英国とは異なり、政権党であるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が62.6%を確保したが、AfDは結党からわずか1年余りで保守系市民約200万人の間に一定の地盤を築き上げた。逆にかつて連立政権のパートナーだった自由民主党(FDP)は得票率を11%から3.3%に減らし、事実上「泡沫政党」となった。FDPはAfDに大量の票を奪われたのである。

欧州議会選挙の開票結果は、欧州のエリート層と庶民の間で、意識の格差が広がりつつあることを浮き彫りにしている。はたしてEUは、市民の信頼を回復できるのか。各国の既成政党の前途も多難である。

6 Juni 2014 Nr.979

最終更新 Donnerstag, 05 Juni 2014 11:22
 

集団的自衛権とドイツ

日本では今、集団的自衛権をめぐり激しい議論が行われている。もし安倍政権の主張が通れば、日本が戦後約70年にわたって貫いてきた大きな原則が変更されることになる。

憲法解釈を変更へ

集団的自衛権とは、同盟に属するほかの国が攻撃された場合、自国が攻撃されたことと同等にみなして、他国を防衛するために戦う権利である。

例えば、ドイツが加盟している北大西洋条約機構(NATO)は、典型的な集団的自衛組織だ。もしポーランドが外国から攻撃された場合、ドイツはほかのNATO加盟国とともに、ポーランドを防衛するために戦う義務を負う。その代わり、ドイツが他国に攻撃された場合は他国の防衛援助を受けられる。

国連憲章の第51条は、個別自衛権だけではなく、集団自衛権も認めている。これまで日本の歴代政権は、「日本には集団自衛権があるが、憲法の制約のために行使できない」と解釈してきた。ところが安倍政権は、「国際情勢の変化に伴い、集団的自衛権を行使できるように憲法上の解釈を変更する」方針を打ち出している。安倍政権は集団的自衛権を行使する状況の具体的な例として次の2つを挙げている。

・公海を航行中の米軍の艦艇が他国から攻撃を受けた場合、併走していた自衛隊の艦艇が反撃する。
・米国に向かうかもしれない弾道ミサイルが飛んできたときは、自衛隊がこれを撃墜する。

安倍首相の私的な諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は、5月末までに報告書を首相に提出し、政府はこれを受けて6月22日の国会閉会までに憲法解釈の変更を決める予定だ。

安倍首相とラスムセンNATO事務総長
5月6日、ブリュッセルにあるNATO本部を訪れた安倍首相、ラスムセンNATO事務総長と

背景にアジアの緊張激化

端的に言えば、これまで自衛隊は米軍とともに戦うことはできなかったが、今回の憲法解釈の変更によって、初めて米軍と共同で外国軍と戦えるようになるということだ。

ただし、自衛隊の戦闘行動にどのような制約を加えるかについては様々な論議がある。例えば、自衛隊が戦える地域を国内もしくは周辺地域に限定するのか、それとも、アフガニスタンやイラクのような遠隔地まで含めるのかについては結論が出ていない。

背景にあるのは、東アジアでの緊張の高まりだ。日本は中国・韓国との間で、島の領有権をめぐるトラブルを抱えている。中国は核保有国である上、軍事予算を増やして装備の近代化を進めている。さらに、核爆弾を保有する北朝鮮は、弾道ミサイルの発射実験などの挑発行為を繰り返している。

地理的にNATO同盟国の中に身を埋めているドイツとは異なり、日本には周辺に同盟国がない。日本は米国との間で日米安全保障条約を結んでいるが、これは世界でも珍しい片務条約だ。つまり、日本が攻撃された場合に米国は日本のために戦う義務を負うが、日本は米国が攻撃されても、米国のために戦うことはできない。平和憲法(日本国憲法第9条)の制約があるからである。つまり日本は今、憲法の解釈をめぐって戦後最大の節目に立っているのだ。

米国の力の弱まり

集団的自衛権をめぐる議論のもう1つの背景は、米国の国力が弱まって「世界の警察官」の役割を果たせなくなったことだ。米国は2001年の9・11事件以後、アフガニスタンとイラクで戦争を行って多数の犠牲者を出し、巨額の戦費を支出してきた。米国政府は財政赤字や公的債務を減らすために、国防予算の増加に歯止めを掛けなければならない。このため、世界各地のあらゆる局地紛争に「火消し役」として馳せ参じることは、もはやできない。

そこで米国は、同盟国に軍事貢献を増やすように要求している。安倍政権が自衛隊の米軍との共同作戦を可能にしようとしている背景には、米国からの圧力もあるだろう。

ドイツの経験

私は24年前から、欧州の安全保障問題について取材、執筆を続けてきたが、日本での議論の中で1つ欠けているものを感じる。それは、自衛隊が米軍と肩を並べて戦うことについて、我々日本人に相応の覚悟ができているのかということだ。

死傷者のない戦争はない。ドイツはNATOの一員として、2002年からアフガニスタンに軍を派遣し、タリバンと戦ってきた。アフガニスタンには常時約5000人のドイツ軍将兵が駐屯し、これまでに55人が棺に納められて故国に帰還した。

1999年のコソボ紛争で、ドイツ連邦軍はNATOのセルビア空爆に参加。空爆の約90%は米軍が行ったが、ドイツも初めて電子偵察任務などを担当した。当時の政権党は社会民主党(SPD)と緑の党だったが、特に平和主義を重視する緑の党にとっては、参戦の苦悩は大きかった。ある意味、緑の党は志を曲げた。

国際情勢の変化に合わせて、法律を改正することはやむを得ない。ドイツは50回以上憲法を改正してきた。だが、今の日本での議論は、憲法や国際法に焦点が絞られている。我々は、これから自衛隊員を戦地へ送ろうとしている。そしてそのうちの何人かは、亡骸として日本に帰ってくることになるかもしれない。我々日本人はこのことについて十分な覚悟ができているのか、議論する必要があると思う。

16 Mai 2014 Nr.978

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:45
 

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