独断時評


欧州中銀、 デフレとの戦い

欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は、「金融市場の魔術師」の異名を持つ。

ユーロ危機を鎮静化

ドラギ氏は、2012年9月6日にフランクフルトで行った歴史的な記者会見で、「改革を実行する国に対しては国債を無制限に買い取る。どんな手段を使ってもユーロを防衛する」と発言した。彼はこの一言で、南欧諸国の国債の利回りを引き下げ、ユーロ危機を少なくとも一時的に鎮静化させることに成功した。

ドラギ氏はECBの資金を1セントも使わずに、金融市場に対する恫喝(どうかつ)だけでユーロを守った。中央銀行総裁の言葉が持つ威力を、世界中に示したのである。この「偉業」は、世界の金融の歴史の中でも語り草になるだろう。

マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁
マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁(右)

マイナス金利の衝撃

その「スーパー・マリオ」が、またもや金融市場を一驚させる大胆な政策に踏み切った。彼は、今年6月5日にフランクフルトで行った記者会見で、政策金利を0.25%から0.15%に引き下げることを発表し、ユーロ圏に事実上の「ゼロ金利」状態を生んだ。

ECBがこの日、政策金利を引き下げることは予想されていた。市場関係者を驚かせたのは、民間銀行がECBに「預金」する場合、0.1%の「制裁金利」を科すとドラギ氏が発表したことだ。ECBが民間銀行に対してマイナス金利を科すのは初めてのこと。これは、ユーロ圏の不況が本格的に回復せず、デフレーションの傾向が強まっていることについて、ECBがいかに大きな懸念を抱いているかを浮き彫りにしている。

ドイツは今、欧州で独り勝ちの状態にある。ドイツに住んでいるとあまり実感が湧かないが、フランスやスペインなどは今もユーロ危機の後遺症に苦しんでいる。ECBは、病が改善しない患者の容態に対して懸念を強めているのだ。

通貨は経済の血液である。民間銀行の中には、金融市場の不安定化などに備えて、資金を企業や個人に貸し出さずにECBに預ける銀行がある。ECBは絶対に倒産しないので、民間銀行にとっては資金を守る「安全な避難港」なのである。しかし、これでは血液が体内を循環しないので、経済の活性化と景気回復にはつながらない。

ドラギ氏は、民間銀行がECBに資金を避難させるのを防ぎ、企業や個人に対して積極的な貸し出しを行うよう、マイナス金利の導入に踏み切ったのである。

資金放出で金融緩和

さらに総裁は、ECBというダムの水門を開けて市場に大量の資金を流し込んだ。ECBは4000億ユーロ(56兆円、1ユーロ=140円換算)という天文学的な額の資金を、0.25%という低金利で民間銀行に貸し出すことを発表した。市場をお金でジャブジャブに満たすことによって、融資や経済活動を活発化させるためである。

これは、ドラギ総裁が「Dicke Bertha(太っちょベルタ)」と呼ぶ金融緩和政策の第3弾である。ECBはこれまでも2度、巨額の資金を市場に流し込むことによってユーロ圏経済の活性化を図ってきた。しかし、景気回復の効果が表れないため、ECBはさらなる金融緩和に踏み切ったのだ。ちなみにDicke Berthaとは、第1次世界大戦でドイツ軍が使用した、口径の大きい大砲のことである。

金融市場は、ドラギ総裁の決断に大喝采を送った。ドイツの大手企業が構成するDAX(ドイツ株価指数)は、ECBの発表からわずか5分後に、1万ポイントの大台を初めて突破した。市場関係者が、「今後は資金を株式投資に回す企業や市民が増える」と予測したり、「民間銀行がマイナス金利を嫌って融資を増やすために、南欧で景気が回復して、ドイツ企業の輸出がさらに改善する」と期待したことが原因だ。

低金利に泣く預金者

だが、悲鳴を上げているのは銀行や生命保険会社にお金を預けている市民だ。ドイツ農業銀行や信用金庫、ドイツ保険協会(GDV)は、「貯蓄をする市民に犠牲を強いる」として、ECBの金利引き下げを批判した。

GDVは「人々の寿命は長くなる一方だが、公的年金は削られている。したがって、若年層や中堅層にとっては、民間の生命保険などによる備えが極めて重要になっている。そうした中で、ECBの政策金利引き下げと金融緩和政策は、人々の貯蓄への意欲を減退させるものであり、危険だ」と警鐘を鳴らした。さらに、「デフレを克服するには金利引き下げではなく、国際競争力の強化が必要」と指摘した。

ユーロ圏の生命保険会社は、低金利のために四苦八苦している。資金運用が困難になりつつあるため、顧客に約束した保証利率の確保に苦労しているのだ。ドイツ政府は生保業界を支援するために、保証利率の引き下げなどを含む法案を6月4日に閣議決定した。

ユーロ圏の「日本化」?

中央銀行がデフレを克服するために政策金利を引き下げ、預金者が苦しむ。これは、1990年のバブル崩壊後の日本にそっくりだ。事実、欧州では「ユーロ圏は第2の日本になるのか?」という懸念の声が出ている。「スーパー・マリオ」はデフレが深刻化した場合、南欧諸国の国債の大量買い取りという、米国の連邦準備制度理事会並みの金融緩和措置も検討しているといわれる。デフレとの戦いは、まだ当分続きそうだ。

20 Juni 2014 Nr.980

最終更新 Mittwoch, 16 Juli 2014 11:05
 

欧州議会選挙で極右・反EU派が躍進

5月22日から25日に掛けて、欧州連合(EU)加盟国で行われた欧州議会選挙の開票結果は、欧州委員会や各国の既成政党に強い衝撃を与えた。フランスや英国などで、EUに批判的な政党が大躍進したからだ。

FNの圧勝

EU全体を特に揺るがしたのは、フランスの極右政党フロン・ナショナール(FN)が、社会党などほかの政党をしのぐ最高得票率を記録して勝利したことだ。

前回の欧州議会選挙でのFNの得票率は6.3%だったが、今回は得票率を約4倍に増やして25%を記録。保守政党・国民運動連合(UMP)は20.8%、オランド大統領が率いる社会党はわずか14%にとどまった。

フランスの欧州議会選挙でFNがトップの座に立ったのは初めてのこと。満面に笑みをたたえた党首マリーヌ・ル・ペン女史は、勝利確定後の演説で、「FNの勝利はフランスの政界地図を塗り替える。オランド大統領は国民にとって裏切り者だ。有権者は今目覚め、偉大なフランスを復活させようとしている。(外国人ではなく)フランス人が自国で優先される時代が、ようやくやって来た」と獅ししく子吼した。

リベラルな思想を持つ人や、外国人に寛容なフランス人たちは、FNの圧勝に茫然自失の状態である。彼らは今回の事態を、「séisme(地震)」と形容した。

FNのデモ
パリで行われたFNのデモ(撮影: 筆者)

経済危機が背景に

フランスはユーロ危機による不況に苦しんでいるが、オランド大統領が有効な対策を打ち出せないでいるため、市民の不満は高まっている。FNの勝利は、有権者の政府に対する抗議の表明である。ル・ペン党首は、移民の流入制限と治安の強化を訴えてきた。またFNは、フランスのユーロ圏からの脱退とフランの再導入を求めている。現在、シェンゲン協定に加盟している国の間では国境検査が廃止されているが、FNは国境検査と関税の復活を求めている。

フランスではドイツに比べてグローバル化に対する反感が強く、企業がフランス国内の工場を閉鎖して労働コストが安い地域での生産比率を高めることに、人々は不安を抱いている。多くのフランス人にとって、欧州統合はグローバル化の初期段階であった。ル・ペン氏は欧州統合に対する人々の不満を利用して、得票率を大幅に伸ばした。今回のFNの選挙スローガンは、「ブリュッセルにノン、フランスにウイ」だった。ル・ペン氏の訴えは、「EUが私たちの日常生活に不当に介入している」と感じるフランス人の心をつかんだ。

さらにFNは近年、穏健化路線を強めることによって、「極右政党」という悪いイメージの払拭に努めてきた。このため、FNに票を投じることに対する有権者の抵抗感は、年を追うごとに減ってきた。特に、2011年にル・ペン氏が党首になってからは、同党は極右的、人種差別的なスローガンを控えて、市民に受け入れられやすいソフト路線に切り替えている。

FNを創設した父親ジャン・マリー・ル・ペン氏は頑固な極右政治家で、ナチスへの共感や反ユダヤ思想を隠さなかった。彼は「アウシュヴィッツにガス室があったかどうかは、第2次世界大戦の歴史の細部に過ぎない」と発言し、罰金刑を言い渡された。また、「ヒトラーの台頭は通常の選挙によって達成されたのだから民主的だ」とも語っている。一方、娘のマリーヌはそのような態度を表に出さないよう細心の注意を払ってきた。

しかし、いくらオブラートで包んでも、FNの本質が外国人の権利制限を目指す極右政党であることに変わりはない。同党は欧州議会選挙のための政見放送の中で、「シンティー・ロマの流入はフランスが抱える最大の問題の1つだ」と訴えている。人々の外国人に対する反感を煽る、一種のヘイトスピーチだ。

英独でも反EU派が躍進

英国でも予想外の展開があった。反EU政党のイギリス独立党(UKIP)が、保守党や労働党を上回る27.5%の得票率を記録し、トップの座に立ったのだ。同党は、英国のEU脱退や移民の制限、外国企業の英国への直接投資の制限などを求める右派ポピュリスト政党である。ナイジェル・ファラージ党首は、「英国がEUから脱退すれば、1200億ポンド節約できる」と主張している。これまで英国のキャメロン首相はUKIPを「愚か者と人種差別主義者の集まり」と評していたが、今回の開票結果はUKIPが英国でもはや無視できない勢力となったことを示している。さらにこの選挙結果は、英国の有権者へのEUに対する不信感の高まりをも浮き彫りにした。英国が将来EUから脱退する可能性は、一段と高まったと言える。

反EU政党はドイツでも躍進した。ユーロの段階的廃止を求める新政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、7.1%の得票率を記録し、欧州議会入りを果たした。フランスや英国とは異なり、政権党であるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が62.6%を確保したが、AfDは結党からわずか1年余りで保守系市民約200万人の間に一定の地盤を築き上げた。逆にかつて連立政権のパートナーだった自由民主党(FDP)は得票率を11%から3.3%に減らし、事実上「泡沫政党」となった。FDPはAfDに大量の票を奪われたのである。

欧州議会選挙の開票結果は、欧州のエリート層と庶民の間で、意識の格差が広がりつつあることを浮き彫りにしている。はたしてEUは、市民の信頼を回復できるのか。各国の既成政党の前途も多難である。

6 Juni 2014 Nr.979

最終更新 Donnerstag, 05 Juni 2014 11:22
 

集団的自衛権とドイツ

日本では今、集団的自衛権をめぐり激しい議論が行われている。もし安倍政権の主張が通れば、日本が戦後約70年にわたって貫いてきた大きな原則が変更されることになる。

憲法解釈を変更へ

集団的自衛権とは、同盟に属するほかの国が攻撃された場合、自国が攻撃されたことと同等にみなして、他国を防衛するために戦う権利である。

例えば、ドイツが加盟している北大西洋条約機構(NATO)は、典型的な集団的自衛組織だ。もしポーランドが外国から攻撃された場合、ドイツはほかのNATO加盟国とともに、ポーランドを防衛するために戦う義務を負う。その代わり、ドイツが他国に攻撃された場合は他国の防衛援助を受けられる。

国連憲章の第51条は、個別自衛権だけではなく、集団自衛権も認めている。これまで日本の歴代政権は、「日本には集団自衛権があるが、憲法の制約のために行使できない」と解釈してきた。ところが安倍政権は、「国際情勢の変化に伴い、集団的自衛権を行使できるように憲法上の解釈を変更する」方針を打ち出している。安倍政権は集団的自衛権を行使する状況の具体的な例として次の2つを挙げている。

・公海を航行中の米軍の艦艇が他国から攻撃を受けた場合、併走していた自衛隊の艦艇が反撃する。
・米国に向かうかもしれない弾道ミサイルが飛んできたときは、自衛隊がこれを撃墜する。

安倍首相の私的な諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は、5月末までに報告書を首相に提出し、政府はこれを受けて6月22日の国会閉会までに憲法解釈の変更を決める予定だ。

安倍首相とラスムセンNATO事務総長
5月6日、ブリュッセルにあるNATO本部を訪れた安倍首相、ラスムセンNATO事務総長と

背景にアジアの緊張激化

端的に言えば、これまで自衛隊は米軍とともに戦うことはできなかったが、今回の憲法解釈の変更によって、初めて米軍と共同で外国軍と戦えるようになるということだ。

ただし、自衛隊の戦闘行動にどのような制約を加えるかについては様々な論議がある。例えば、自衛隊が戦える地域を国内もしくは周辺地域に限定するのか、それとも、アフガニスタンやイラクのような遠隔地まで含めるのかについては結論が出ていない。

背景にあるのは、東アジアでの緊張の高まりだ。日本は中国・韓国との間で、島の領有権をめぐるトラブルを抱えている。中国は核保有国である上、軍事予算を増やして装備の近代化を進めている。さらに、核爆弾を保有する北朝鮮は、弾道ミサイルの発射実験などの挑発行為を繰り返している。

地理的にNATO同盟国の中に身を埋めているドイツとは異なり、日本には周辺に同盟国がない。日本は米国との間で日米安全保障条約を結んでいるが、これは世界でも珍しい片務条約だ。つまり、日本が攻撃された場合に米国は日本のために戦う義務を負うが、日本は米国が攻撃されても、米国のために戦うことはできない。平和憲法(日本国憲法第9条)の制約があるからである。つまり日本は今、憲法の解釈をめぐって戦後最大の節目に立っているのだ。

米国の力の弱まり

集団的自衛権をめぐる議論のもう1つの背景は、米国の国力が弱まって「世界の警察官」の役割を果たせなくなったことだ。米国は2001年の9・11事件以後、アフガニスタンとイラクで戦争を行って多数の犠牲者を出し、巨額の戦費を支出してきた。米国政府は財政赤字や公的債務を減らすために、国防予算の増加に歯止めを掛けなければならない。このため、世界各地のあらゆる局地紛争に「火消し役」として馳せ参じることは、もはやできない。

そこで米国は、同盟国に軍事貢献を増やすように要求している。安倍政権が自衛隊の米軍との共同作戦を可能にしようとしている背景には、米国からの圧力もあるだろう。

ドイツの経験

私は24年前から、欧州の安全保障問題について取材、執筆を続けてきたが、日本での議論の中で1つ欠けているものを感じる。それは、自衛隊が米軍と肩を並べて戦うことについて、我々日本人に相応の覚悟ができているのかということだ。

死傷者のない戦争はない。ドイツはNATOの一員として、2002年からアフガニスタンに軍を派遣し、タリバンと戦ってきた。アフガニスタンには常時約5000人のドイツ軍将兵が駐屯し、これまでに55人が棺に納められて故国に帰還した。

1999年のコソボ紛争で、ドイツ連邦軍はNATOのセルビア空爆に参加。空爆の約90%は米軍が行ったが、ドイツも初めて電子偵察任務などを担当した。当時の政権党は社会民主党(SPD)と緑の党だったが、特に平和主義を重視する緑の党にとっては、参戦の苦悩は大きかった。ある意味、緑の党は志を曲げた。

国際情勢の変化に合わせて、法律を改正することはやむを得ない。ドイツは50回以上憲法を改正してきた。だが、今の日本での議論は、憲法や国際法に焦点が絞られている。我々は、これから自衛隊員を戦地へ送ろうとしている。そしてそのうちの何人かは、亡骸として日本に帰ってくることになるかもしれない。我々日本人はこのことについて十分な覚悟ができているのか、議論する必要があると思う。

16 Mai 2014 Nr.978

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 10:45
 

インターネット産業革命がやってくる

機械が自動的に機械を製造する―。SF映画に時々現れる「未来の工場」が、現実化しつつある。

欧米の産業界では、「第4の産業革命」ともいうべき大変革が静かに進行している。そのキャッチフレーズは、「インドゥストリー4.0(Industrie 4.0)」である。

ネットによる生産システム

これは、ドイツ連邦政府が「第4の産業革命」と名付けて、官民一体で推進している技術開発プロジェクトである。第1の産業革命は、18世紀から19世紀に掛けて英国で始まった。蒸気機関や水力機関が中心となり、自動織機の開発は、繊維業の生産性を飛躍的に高めた。第2の産業革命は、20世紀初頭に始まった、電力を使った労働集約型の大量生産方式の導入。3番目は1970年代に始まった、電子技術の導入による生産工程の部分的な自動化である。

これに続くインドゥストリー4.0は、インターネットと人工知能の本格的な導入によって、生産・供給システムの自動化、効率化を革命的に高めようとする試みだ。米国では「インダストリアル・インターネット(Industrial Internet)」、つまり産業インターネットと呼ばれている。

ハノーファー・メッセでも話題に

今年4月にメルケル首相は、世界最大の産業見本市ハノーファー・メッセの会場を訪れ、ある模型の前で足を止めた。それは、ベージュ色のプラスチック素材で作られた未来の自動車工場の模型である。ドイツで最大の電機・電子メーカー、シーメンスのヨー・ケーザー社長が、マイクを片手に解説した。この模型は、シーメンスが自動車メーカー、フォルクスワーゲンと共同で開発中の「スマート自動車工場」を概念化したものだ。

「スマート工場」は、インターネット産業革命の中核となるもので、ネットによって結ばれた生産システムである。インターネットの最大の特徴は、リアルタイム(即時)性だ。スマート工場はこの特性を最大限に活用し、生産拠点や企業間の相互反応性を高める。具体的には、生産工程に関わる企業がネットによって伝達される情報に反応して生産・供給活動を自動的に行う。人間が関与しなくても、機械がネットによって情報を伝達し合い、生産や供給を行うので、「スマート(利口な)」という言葉が使われている。

ハノーファー・メッセ
4月に開催された産業見本市「ハノーファー・メッセ」のシーメンスの展示

生産・供給への人間の関与が不要に

例えば、自動車を組み立てているA工場と、そのために自動車部品を供給しているB社をネットで繋ぎ、A工場で部品の在庫が一定水準以下に減ると、その情報がネットを通じてB社に自動的に伝達される。するとB社から自動的に部品がA工場に供給され、代金の支払いも自動的に決済される。このプロセスには、人間が一切関わる必要がない。組立工場の内部では、工作機械の不具合などがあると、システムが異常を自動的に感知し、自動的に修理する。

現在、ドイツではスマート工場に関する試験プロジェクトが次々に生まれている。例えば、企業財務ソフトウエアの大手SAPは、自動生産システムメーカー、フェストと電力・ガス供給の自動制御システムのメーカー、エルスターとともに研究を行っている。

ドイツでは自動車、IT、機械製造の各業界がインドゥストリー4.0に重大な関心を寄せており、連邦政府も「第4の産業革命の波に乗り遅れたら競争力に悪影響が出る」として、研究活動を積極的に支援している。

最先端は米国

この種のスマート・ビジネスが最も進んでいるのは、グーグルやフェイスブックが本社を置き、IT分野で欧州やアジアに水を開けている米国だ。同国は、インターネット利用者の嗜好に関するビッグ・データの活用においては世界で最も進んでいる。

例えば、読者の皆さんもインターネットを利用していて、自身が関心のある製品や旅行先の検索をした後、次に見るサイトの片隅にそれに関する広告が自動的に現れたり、そうした製品に関する宣伝メールが送られてくることに気付かれた方も多いだろう。大手通販サイトのアマゾンも、「あなたはこんな本に関心があるのではないですか」と新刊の購入を勧めてくる。これは、インターネットを利用して消費者の嗜好に関するデータを集め、人工知能がデータを分析して消費者に商品を勧めるスマート・ビジネスの一例だ。

このように米国は、まず大衆向けの商品に関するビジネスのスマート化を進めているが、今後は工業用のスマート・ビジネスを本格化させる。米国のジェネラル・エレクトリック、シスコ、インテルが、今年4月上旬に「産業インターネット・コンソーシアム(IIC)」というプロジェクトをスタートさせたのはその表れだ。

労働市場には悪影響も

スマート工場建設の鍵の1つはソフトウエアの開発だが、多額の資金が掛かるため、ドイツ企業の90%を占める中規模企業(ミッテルシュタント)にとっては不利だ。このため、政府が主導で産業のスマート化を進めようとしていることは重要である。

ただし、産業のスマート化には問題点もある。スマート工場が普及した場合、企業は人件費を大幅に削減することができるが、労働市場には悪影響が出る。政府は、インターネット産業革命が社会に及ぼす悪影響についても十分配慮してほしいものだ。

2 Mai 2014 Nr.977


最終更新 Donnerstag, 01 Mai 2014 13:35
 

エコ電力助成制度改革、「勝者は産業界・敗者は庶民」

4月8日、メルケル政権は再生可能エネルギー促進法(EEG)改革法案を閣議決定した。ジグマー・ガブリエル経済相(社会民主党=SPD)は、「この改革によってエネルギー革命(Energiewende)は新たなスタートを切る。我々は再生可能エネルギーを拡大するだけでなく、その透明性と安定性を高める」と述べて、法案の重要性を訴えた。

コスト増に歯止めを!

メルケル政権がこの法案を打ち出したのは、太陽光や風力など、再生可能エネルギー拡大のためのコストが年々増大し、産業界や消費者団体から苦情が出ていたためだ。今年、電力消費者が負担する助成金の総額は236億ユーロ(3兆3040億円、1ユーロ=140円換算)に上る。シュレーダー政権がEEGを施行させた2000年と比べ、約26倍の増加だ。電力を1キロワット時消費するごとに市民や企業が支払う助成金の額も、13年は前年比47%、14年には18%増えた。

ガブリエル経済相の狙いは、この助成金の増大に歯止めを掛けることにある。例えば、今年8月1日以降に建設される発電装置(出力500キロワット以上)については、その電力を卸売市場で直接売ることを義務付ける。将来は、市場で売らなければならないエコ電力の比率が拡大していく。

ガブリエル経済相
ガブリエル経済相(SPD)

弱められた改革案

だが、300ページを超える法案を読むと、ガブリエル氏が今年1月に打ち出した改革案の骨子に比べて、緩和された点が多いことに気付く。その理由は、産業界や一部の州政府がガブリエル氏の最初の提案に猛烈な集中砲火を浴びせて見直しを迫ったからだ。

例えば、ガブリエル氏は当初、「毎年新しく設置される陸上風力発電の発電容量を2500メガワットに限定する」と上限を設定していた。しかし、メクレンブルク=フォアポンメルン州など、風力発電を重視する州政府はこの上限に反対。北部の州が連邦参議院で法案をブロックすることを防ぐために、ガブリエル氏は「古い発電プロペラを更新する場合には、その分は新規の発電容量には含まない」という一文を盛り込まざるを得なかった。

さらに、洋上風力発電装置についても、助成金額の削減幅が今年1月の提案に比べて緩和された。これも北部の州政府の圧力によるものだ。北部の州政府は、ガブリエル氏の改革法案によって、洋上風力発電プロジェクトに資金を出す投資家が尻込みすることを懸念していた。

産業界の権益を保護

また、ガブリエル氏はドイツの産業界に対しても大幅に譲歩した。彼は1月の提案の中で、産業界のEEG助成金の負担を大幅に増加させることを計画していたが、もともとアルミニウム製造企業や製鉄業、化学メーカーなど、電力を大量に消費する企業については、EEG助成金の負担が減免されていた。電力コストによって、企業の国際競争力が弱まることを防ぐためである。現在、2098社がこの減免措置を受けており、これらの企業が支払いを免れているEEG助成金の総額は、毎年約51億ユーロ(約7140億円)に上る。

だが、この減免措置については、緑の党や消費者団体から是正を求める声が上がっていた。個人世帯や中小企業などは、減免措置を受けられないからである。さらに欧州委員会も、「EEG助成金の減免は国内企業への保護措置であり、欧州連合(EU)の法律に違反する」として調査を開始していた。

このためガブリエル氏は、EEG助成金の減免措置を受けられる企業の数を1600社に減らすことを決定。ただし、これらの企業が負担するのはEEG助成金の15%に過ぎず、助成金負担には企業収益の4%までという上限が設けられている。このため、51億ユーロの節約額は変わらない見通し。ここに、電力を大量に消費する企業に対する配慮が感じられる。ドイツ産業連盟(BDI)やドイツ商工会議所連合(DIHK)が、「電力コストが高騰するなら、企業は生産拠点をドイツから国外へ移す」と反対キャンペーンを行ったのが功を奏した。

また、自家発電についてもガブリエル氏は産業界に譲歩した。現在、自家発電による電力についてはEEG助成金が課されていないが、同氏はこの例外措置を廃止する方針だった。しかし今回の改正案によると、8月1日以前に稼働した自家発電装置についてはEEG助成金が免除され、それ以降に稼働する自家発電装置についても、EEG助成金負担は最高50%に制限される。

個人世帯の負担は増加へ

改革法案が緩和された結果、個人世帯の助成金はすぐには下がらない。2020年の時点で1キロワット時当たりのEEG助成金は、現在より0.2セント高くなる。個人世帯が1年間に払うEEG助成金は現在よりも7ユーロ増える。大企業が有利になり、庶民が相対的に重い負担を抱えるという構図は変わらない。

ベルリンのドイツ経済研究所(DIW)のクラウディア・ケムファート研究員は、「今回の改正案は抜本的なものではなく、ミニ改革。勝者は産業界と言える」とコメント。メルケル政権は結局、産業界と一部の州政府の権益を重視したようである。ドイツでは毎年、電力料金を支払えないために、およそ35万世帯が一時的に電気を止められている。消費者団体からは、さらに踏み込んだ改革を求める声が高まるに違いない。

18 April 2014 Nr.976

 

最終更新 Montag, 28 April 2014 16:37
 

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