Hanacell
独断時評


ガザ紛争とドイツの反応

イスラエル人とパレスチナ人の憎悪の悪循環が再び加速している。今年7月、ガザのパレスチナ自治区からイスラム原理主義組織ハマスがロケット弾をイスラエルに向けて発射したことを受け、イスラエル軍が戦闘機と地上部隊を投入してガザ地区を攻撃したのだ。

パレスチナ側に多数の犠牲者

これまでのガザ紛争と同様に、パレスチナ側の犠牲者数はイスラエル側の死者数を大幅に上回った。パレスチナ側では市民ら約1800人が死亡し、約9000人が重軽傷を負った。一方、イスラエル側では兵士64人が死亡、3人がロケット攻撃で死亡している。

今回のガザ紛争の特徴は、イスラエル側の無差別攻撃が目立ったことである。ガザ地区には、国連が運営している学校がいくつかあり、ここに数千人の市民が避難していた。市民は、「イスラエル軍が国連の学校を攻撃することはない」と考えたからである。しかしガザに侵攻したイスラエル軍は、ハマスのテロリストをせん滅するという名目で数回にわたって国連の学校に砲撃を加え、市民に多数の死者が出た。

ガザ, 国連学校
7月30日、イスラエル軍に攻撃されたガザの国連学校

例えば8月3日には、ガザ地区南部のラファーで国連の学校をイスラエル軍が攻撃し、子どもを含む30人が死亡、35人が負傷した。学校関係者たちは、事前にイスラエル軍に対して学校を攻撃しないよう再三にわたって要請していた。国連の潘基文事務総長は、避難者で溢れる国連施設への攻撃を「狂気の沙汰であり、犯罪である」と非難。通常はイスラエルを弁護する米国政府も「受け入れがたい行為だ」と批判した。

ロケット攻撃に対する報復

今回のイスラエル軍の軍事行動の最大の目的は、ハマスのロケット発射装置の破壊である。ハマスは、7月9日以来、約3400発のロケット弾をイスラエルに向けて発射。イスラエル軍はこの内90%を迎撃ミサイルで破壊したとしているが、一部は住宅街などに着弾した。ハマスは兵器の性能を以前と比べて大幅に向上させており、一部のロケット弾はテルアビブだけでなく、イスラエル北部やエルサレム周辺にも落下した。ガザ地区の隣接地域では、警報が発令されてから着弾するまでに15秒しかない。また、ハマスはガザ地区の住宅密集地やモスクの近くにロケットの発射装置を隠したため、市民の犠牲者が増加する一因となった。

もう1つの目的は、ハマスがガザ地区からイスラエルへ向けて掘ったトンネルを破壊することだった。紛争のきっかけは、今年6月にヨルダン川西岸地区でハマスのテロリストがイスラエル人の若者3人を誘拐して殺害したことだった。これに対しイスラエルの過激派勢力が、報復としてパレスチナ人の少年を殺害。この事件に対する報復として、ハマスはロケット攻撃を開始した。イスラエル政府は、将来ハマスのテロリストがトンネルを使ってイスラエルに侵入し、市民や兵士を誘拐したりテロ攻撃を行うことを警戒しているのだ。

反ユダヤ・ヘイトスピーチ

今回のイスラエルのガザ攻撃に対しては、欧州を中心に世界中で非難の声が巻き起こり、各地でイスラエルに抗議するデモが繰り広げられた。この背景には、圧倒的な軍事力でガザを攻撃し、パレスチナ市民に多数の犠牲者が出ることもいとわないイスラエル政府の姿勢に、多くの市民が強い反感を抱いたからである。この反感は、一部の市民の間で反ユダヤ主義を煽った。7月25日にベルリンで行われたデモでは、約2000人の参加者の中にイスラム原理主義者、ネオナチ、極左勢力、トルコ人過激派も混じっていた。参加者の一部は過激な反ユダヤ的スローガンを叫び、中には、ナチスの「ジーク・ハイル(勝利万歳)」というスローガンを叫ぶ者もいた。この露骨な反ユダヤ主義は、ドイツ社会に戦慄を走らせた。ドイツは1940年代前半のナチス政権下で、多数のユダヤ人を迫害し虐殺した過去を持つので、反ユダヤ主義には極めて敏感だ。

極右と極左が結集

ドイツではこれらのヘイトスピーチは、国民扇動(Volksverhetzung)として刑罰の対象となる。テロリストや過激派勢力の監視を担当する連邦憲法擁護庁のハンス=ゲオルク・マーセン長官は、「様々な過激派勢力が反イスラエルの旗の下に結集し、これだけの規模で大衆行動を行うのは新しい現象だ」と述べ、強い警戒感を示した。

多くの国内メディアも、「イスラエル政府の無差別攻撃を批判することは許されるべきだが、ネオナチが煽るようなユダヤ人に対する憎悪やヘイトスピーチには、ノーと言おう」として、イスラエル政府のガザ攻撃に対する批判と、反ユダヤ主義を区別すべきだという姿勢を打ち出した。

独政府は和平工作に関与を

今回のガザ攻撃の苛烈さは、ドイツ政府にとっても頭の痛い問題である。ドイツ政府は過去に対する反省から、イスラエル政府を基本的に支援する立場を貫いてきた。メルケル首相は、「イスラエルの安全を守ることはドイツの国是だ」と語ったこともある。ナチスによるユダヤ人迫害が中東地域への移民を促し、イスラエル建国の大きな起爆剤の1つとなったことは間違いない。その意味でドイツは、過去の世代の行為を通じて、中東での対立の責任の一端を間接的に担っている。

かつてヨシュカ・フィッシャー外相(任期1998〜2005年)が行ったように、ドイツの外相には中東での調停工作にもっと力を入れて欲しい。

15 August 2014 Nr.984

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:19
 

ウクライナ内戦とマレーシア航空機撃墜事件

今年3月のロシアによるクリミア半島併合以来、ウクライナをめぐる状況はエスカレートの一途をたどってきたが、7月17日にその危機は頂点に達した。ウクライナ内戦に全く関係のない多数の民間人が巻き添えとなって、命を落としたのである。

親ロシア武装勢力の誤射か

この日、ウクライナ東部地域の上空を飛んでいたマレーシア航空の旅客機MH17便が墜落し、乗客・乗員合わせて約300人が犠牲となった。西側軍事関係者の間では、「親ロシア武装勢力が、旅客機を軍用機と誤認して、対空ミサイルで撃墜した」という見方が広がっている。米国のオバマ大統領は、MH17便は撃墜された可能性が強いとしている。同国は軍事偵察衛星などによってウクライナ東部地域を24時間体制で監視しているので、すでに何らかの具体的な情報を握っているはずだ。

マレーシア航空機撃墜事件
7月23日、オランダ人搭乗者の遺体を祖国へ送る準備をするウクライナ護衛兵

軍事関係者の間では、ロシア製の自走式地対空ミサイル「ブーク」が使われたという見解が有力だ。このミサイルは1970年代に開発された兵器だが、改良を重ねられ、現在のブークの最大射程は2万5000キロメートルに達する。通常旅客機の飛行高度は1万キロメートルなので、このミサイルの射程内である。

MH17便は、救難信号を出す間もなく墜落した。さらに、機体が分解して広い地域に分散していることも、撃墜の可能性を示唆する。ブークは戦車のような車体の中にレーダーを搭載しており、画面上で捉えた目標に命中する確率は95%と言われる。

もしも親ロシア武装勢力がMH17便を撃墜したとすれば、同機のフライトレコーダーやボイスレコーダーの回収など、事故原因の究明は困難を極めるだろう。墜落地点は親ロシア武装勢力が支配している地域なので、調査活動が制限される可能性が強く、親ロシア武装勢力による撃墜を示唆する証拠は隠滅される危険性が高い。事故の原因が本当に誤射にあるとしたら、持続的な停戦を実現できないロシア政府、ウクライナ政府にも今回の事故の責任がある。さらに、両国を交渉のテーブルに着かせることができない欧米諸国にも、間接的な責任がある。戦争によって最も大きなツケを払わされるのは、常に市民なのだ。

空域は封鎖されていなかった

空の旅は30年前に比べて割安になり、快適になった。だが今回の事件は、空の旅も実は薄氷の上を歩んでいることを浮き彫りにした。

読者の皆さんの中には、「なぜ内戦が行われている地域の上空を、旅客機が通過していたのか」と思われる方もおられるだろう。だが航空界では、国際民間航空機関(ICAO)などが飛行禁止命令を出さない限り、紛争地域の上空を旅客機が通過するのは日常茶飯事である。特にマレーシアなど、東南アジアと欧州を結ぶ飛行ルートは、ロシアとウクライナ国境の上空を通っている。内戦が勃発してからも、数百機の旅客機がこの空域を通過している。

紛争地域上空の空域が封鎖されていないのに、そうした地域を迂回して飛ぶと、旅客機の燃料消費量が増え、到着が遅れる可能性も高まる。したがって、航空会社にとっては利益にならない。しかし私は、「米国政府は遅くとも、7月14日にはICAOに対してウクライナ東部地域の民間機の飛行を全面的に禁止するよう勧告すべきだった」と考えている。その理由は、7月14日に親ロシア武装勢力が、ウクライナ政府軍の輸送機を地対空ミサイルによって撃墜していたからである。しかも、米国の情報筋は、7月初めにはウクライナの諜報機関経由で、ロシアがウクライナ東部の親ロシア武装勢力に旧式のブーク・ミサイルを2基供与したことをつかんでいた。当初米国政府は、親ロシア武装勢力には、このブーク・ミサイルを使って航空機を撃墜する能力がないと見ていたようだ。だが米国は、7月14日に親ロシア武装勢力がウクライナの輸送機を撃墜した時点で、この地域上空の民間機の飛行を禁じさせるべきだった。そうすれば、MH17便が撃墜されることはなかったに違いない。

1 August 2014 Nr.983

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:20
 

集団的自衛権問題とドイツの論調

7月1日深夜。私は東京・永田町にある首相府近くで、約1万人の市民が響かせるシュプレヒコールや太鼓の音を聞いていた。人々は、この日安倍政権が集団的自衛権の容認を閣議決定したことに抗議しているのだ。

この週、日本のメディアは集団的自衛権をめぐる報道で埋め尽くされた。祖国での論争に耳を傾けて私が強く感じたことは、安倍政権が中国や北朝鮮による脅威をいかに重大視しているかということだ。

自衛隊の行動の自由を拡大

安倍首相は明らかに急いでいる。彼は時々、何かに追い立てられているかのような印象を与える。首相が、憲法改正ではなく、閣議決定による憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を可能にしたことは、現政権が東アジアの安全保障をめぐる情勢について、「日本への脅威が高まっており、自衛隊に対する足かせを一刻も早く減らす必要がある」と考えていることを示す。

これまで自衛隊が戦うことができたのは、日本が直接攻撃を受けたときだけであった。憲法第9条が歯止めとなっていたからである。しかし今回、安倍政権は日本と密接な関係にある他国(具体的には米国)が攻撃され、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由などが根底から覆される明白な危険」が生じたときには、日本が直接攻撃されていなくても、自衛隊が他国を攻撃できると判断した。

安倍政権は、どのような事態を想定しているのか。例えば朝鮮半島で戦争が勃発し、米軍が日本人を含む非戦闘員を救出して艦船で日本へ輸送する際、この艦船が北朝鮮軍の攻撃を受けた場合に、海上自衛隊の護衛艦は北朝鮮軍への反撃が可能になる。これまでの憲法解釈では、自衛隊の反撃は許されていなかった。

また、北朝鮮がグアムにある米軍基地に向けて弾道ミサイルを発射したとき、これまで日本は上空を通過するミサイルを打ち落とすことを禁じられていた。だが、憲法解釈の変更によって今後は自衛隊がこうしたミサイルを撃墜することが可能になった。

安倍首相は「武力行使はあくまでも例外」と主張するが、自衛隊が米軍とともに共同作戦を取る可能性が増えたことは間違いない。さらに、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由などが根底から覆される明白な危険が生じたとき」という定義は客観的ではなく、将来の政権による幅広い解釈が可能である。

集団安全保障にも踏み込む

私が日本で安倍政権の発表を聞いて驚いたのは、今回の閣議決定が集団的自衛権だけではなく、集団安全保障に基づく武力行使も含んでいることだ。集団安全保障とは、日本や米国が直接攻撃されていなくても、国際連合が安全保障理事会の決議に基づいて、特定の国に対する武力行使を認めるものだ。例えば、1991年にイラクがクウェートに侵攻した際、米国を中心とする多国籍軍が国連決議に基づいてイラク軍を攻撃したのは、集団安全保障に基づく武力行使である。

安倍政権が想定するのは、次のような事態だ。ホルムズ海峡が機雷で封鎖され、日本などのアジア諸国に原油を運ぶタンカーが通過できなくなったとする。この際、海上自衛隊が機雷除去作業を行っている途中で、国連安保理が掃海作戦に関する決議を行ったとする。これまで自衛隊は集団安全保障に基づく軍事行動への参加を許されていなかったので、掃海作業を中断しなくてはならなかったが、今回の憲法解釈の変更によって安保理の決議後も掃海作業の続行が可能になる。

安倍首相は「日本がイラクやアフガニスタンのような戦争に加わることはない」と説明するが、将来別の政権が米国政府の圧力に屈して現在よりも幅広い解釈を行うことは十分あり得る。

地味だったドイツの論調

ドイツのメディアは、今回の閣議決定を大きく扱わなかった。この国の軍隊は、1990年代の旧ユーゴ内戦や、2000年代のアフガニスタン紛争を通じて、集団的自衛権だけでなく集団安全保障に基づく軍事行動に参加しているので、多くの報道機関は安倍政権の決定を目新しいものと思わなかったのだ。

閣議決定を比較的詳しく報じたのは、フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)紙のC・ゲルミス東京特派員である。彼は安倍政権の決定を「自衛隊が米軍と肩を並べて戦うことを初めて可能にする歴史的な政策転換」と位置付けた。さらにゲルミス氏は、「日本のリベラル勢力は、この決定によって日本が戦争に巻き込まれると批判しているが、安倍政権はドイツと同じように、武力行使については国会の事前承認を義務付ける方針」と解説している。

民主主義に関する議論が欠如

だがゲルミス氏の記事は、閣議決定が日本の民主主義について投げ掛けた問題には斬り込んでおらず、不十分だ。日本の防衛に関する戦後最も重大な政策転換が、憲法改正や国民投票ではなく、内閣の決定だけで実施された。ドイツならばそのこと自体を問題視して、直ちに違憲訴訟が提起されるだろう。安倍政権が直ちに、北朝鮮による日本人拉致問題という国民に分かりやすいニュースをメディアに提供したために、集団的自衛権をめぐる論争への関心は急激に低下した。巧みなメディア誘導である。日本はドイツに比べると、「Diskussionskultur(何についても活発に議論する国民性)」が欠けている。集団的自衛権に関する閣議決定は、そのことを浮き彫りにした。

18 Juli 2014 Nr.982

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:22
 

テロ組織ISIS、 欧州への新たな脅威

イラク情勢が、再び緊迫の度を高めている。その理由は、シリアでアサド政権と戦っているイスラム過激組織ISIS(イラクとシャームのイスラーム国)が、隣国イラクにも侵入し、マリキ政権を打倒するために首都バグダッドへ向けて進撃しているためだ。

イラクで破竹の進撃

ISISのテロリストたちは今年6月上旬にイラク第2の都市モスルをわずか1日で陥落させ、全世界を驚かせた。彼らはこの町にあったイラク政府軍の武器や米国製のヘリコプターを捕獲したほか、銀行から4億7000万ドル相当(470億円、1ドル=100円換算)の現金を奪った。さらにイラク最大の製油所がISISに制圧されたという情報もある。

ISISは捕虜にした多数のイラク軍兵士を処刑し、その映像をインターネット上で公開している。このためイラク軍では、ろくに戦わずに退却したり、ISIS側に寝返ったりする兵士が続出した。そこでマリキ首相は、米国に対してISISの部隊を空爆するよう要請。オバマ米大統領は、300人の軍事顧問団をイラクに派遣するとともに、空母をペルシャ湾へ移動させた。このことは、米国がいかに事態を深刻に受け止めているかを物語っている。

ジョージ・H・W・ブッシュ
ペルシャ湾に緊急配備された米海軍の空母「ジョージ・H・W・ブッシュ」

アルカイダよりも強力な組織

ISISの母体となったテロ組織は、2004年初め頃に、ヨルダン生まれのテロリストA・ザルカウィが「イラクのアルカイダ」として創設。中東の各地で爆弾テロや欧米人の誘拐、処刑を繰り返してきた。現在はアルカイダから分かれているが、約1万5000人の戦闘員を擁す、「イスラム世界で最も強力で凶悪な組織」と見られている。

またISISは、「世界で最も資金が豊富なテロ組織」と言われている。イラク軍が押収したISIS関係者のコンピューターを分析したところ、ISISはモスルの銀行から現金を強奪する以前から、すでに8億5000万ドル(850億円)もの資金を持っていた。彼らは占領した地域の原油や美術品を売って、資金を調達しているのだ。

ISISとイラク政府の戦いは、宗教戦争でもある。ISISではイスラム教のスンニ派が主流。これに対しイラクのマリキ首相はシーア派だ。マリキ氏は政権をシーア派で固め、スンニ派を冷遇したために、スンニ派市民から批判されていた。米国も、マリキ首相がスンニ派を差別したことを批判していた。ISISが破竹の進撃を続けている裏には、イラクのスンニ派の支援を受けているという事実がある。シーア派国家であるイランが、イラクのマリキ政権を支援する方針を打ち出しているのもそのためだ。

つまり、かつて敵国だった米国とイランが、イラクのシーア派政権を守るために協力する可能性があるのだ。かつて米国は、イランと戦っていたイラクのサダム・フセインを支援したことがある。そう考えると、現在の米国とイラクの「共同戦線」は奇妙に思えるが、国際政治の世界には、「敵の敵は味方」という鉄則がある。米国はその時々の「国益」に応じて、支援する国家を次々に変えていくのだ。

ISISに加わる欧州市民

さてISISは、ドイツをはじめとする欧州諸国にとっても重大な脅威だ。その理由は、ドイツやフランス、英国など8カ国の狂信的なイスラム教徒約2000人がシリアでISISに加わってアサド政権と戦い、一部が戦闘経験を積んだテロリストとして欧州に戻り始めているからだ。

彼らの多くは、中東や北アフリカ諸国から欧州に移住した市民の子どもや孫たちである。欧州の社会や価値観の違いに失望し、インターネットの世界で流されるイスラム過激派のメッセージに共感して、中東の戦場へ向かった人々だ。「シリア帰還兵」は実際にテロ事件を起こしている。

今年5月末に、ブリュッセルのユダヤ博物館でテロリストが自動小銃を乱射し、イスラエル人ら4人を殺害した。犯人は、シリアでISISに加わって欧州に戻ったフランス人のイスラム教徒と分かった。

この男がフランクフルト空港に着いたとき、ドイツ人の国境検査官はフランス政府がこの人物を要注意人物に指定し、パスポートのデータをシステムに入力するよう要請していることには気付いたが、フランス政府は逮捕を要請していなかったので、この係官はデータを入力しただけで男を入国させた。テロリストはその直後、ブリュッセルで4人を殺害した。つまり、ドイツの警察がこの男を直ちに拘束していれば、ブリュッセルでのテロは防げたのである。ある意味、警察の失態だ。

このため欧州の捜査当局は、シリアやイラクに滞在した後に欧州に戻って来る人物に対する監視を強化しており、6月15日にも、ベルリン空港警察はシリアから戻って来たISISのメンバーを逮捕した。

捜査当局は、ISISで戦闘訓練を受けた一部の欧州市民が、今後も欧州でテロ事件を起こす可能性があると見ている。欧州では、国境の垣根が取り払われつつある。シェンゲン協定に加盟している国の間には国境検査はないので、テロリストが一度入国してしまえば、発見が極めて難しい。

欧州の捜査当局にとっては、頭の痛い問題だ。イスラム過激派による無差別テロの防止を最優先の課題にしてほしい。

4 Juli 2014 Nr.981

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:23
 

欧州中銀、 デフレとの戦い

欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁は、「金融市場の魔術師」の異名を持つ。

ユーロ危機を鎮静化

ドラギ氏は、2012年9月6日にフランクフルトで行った歴史的な記者会見で、「改革を実行する国に対しては国債を無制限に買い取る。どんな手段を使ってもユーロを防衛する」と発言した。彼はこの一言で、南欧諸国の国債の利回りを引き下げ、ユーロ危機を少なくとも一時的に鎮静化させることに成功した。

ドラギ氏はECBの資金を1セントも使わずに、金融市場に対する恫喝(どうかつ)だけでユーロを守った。中央銀行総裁の言葉が持つ威力を、世界中に示したのである。この「偉業」は、世界の金融の歴史の中でも語り草になるだろう。

マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁
マリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁(右)

マイナス金利の衝撃

その「スーパー・マリオ」が、またもや金融市場を一驚させる大胆な政策に踏み切った。彼は、今年6月5日にフランクフルトで行った記者会見で、政策金利を0.25%から0.15%に引き下げることを発表し、ユーロ圏に事実上の「ゼロ金利」状態を生んだ。

ECBがこの日、政策金利を引き下げることは予想されていた。市場関係者を驚かせたのは、民間銀行がECBに「預金」する場合、0.1%の「制裁金利」を科すとドラギ氏が発表したことだ。ECBが民間銀行に対してマイナス金利を科すのは初めてのこと。これは、ユーロ圏の不況が本格的に回復せず、デフレーションの傾向が強まっていることについて、ECBがいかに大きな懸念を抱いているかを浮き彫りにしている。

ドイツは今、欧州で独り勝ちの状態にある。ドイツに住んでいるとあまり実感が湧かないが、フランスやスペインなどは今もユーロ危機の後遺症に苦しんでいる。ECBは、病が改善しない患者の容態に対して懸念を強めているのだ。

通貨は経済の血液である。民間銀行の中には、金融市場の不安定化などに備えて、資金を企業や個人に貸し出さずにECBに預ける銀行がある。ECBは絶対に倒産しないので、民間銀行にとっては資金を守る「安全な避難港」なのである。しかし、これでは血液が体内を循環しないので、経済の活性化と景気回復にはつながらない。

ドラギ氏は、民間銀行がECBに資金を避難させるのを防ぎ、企業や個人に対して積極的な貸し出しを行うよう、マイナス金利の導入に踏み切ったのである。

資金放出で金融緩和

さらに総裁は、ECBというダムの水門を開けて市場に大量の資金を流し込んだ。ECBは4000億ユーロ(56兆円、1ユーロ=140円換算)という天文学的な額の資金を、0.25%という低金利で民間銀行に貸し出すことを発表した。市場をお金でジャブジャブに満たすことによって、融資や経済活動を活発化させるためである。

これは、ドラギ総裁が「Dicke Bertha(太っちょベルタ)」と呼ぶ金融緩和政策の第3弾である。ECBはこれまでも2度、巨額の資金を市場に流し込むことによってユーロ圏経済の活性化を図ってきた。しかし、景気回復の効果が表れないため、ECBはさらなる金融緩和に踏み切ったのだ。ちなみにDicke Berthaとは、第1次世界大戦でドイツ軍が使用した、口径の大きい大砲のことである。

金融市場は、ドラギ総裁の決断に大喝采を送った。ドイツの大手企業が構成するDAX(ドイツ株価指数)は、ECBの発表からわずか5分後に、1万ポイントの大台を初めて突破した。市場関係者が、「今後は資金を株式投資に回す企業や市民が増える」と予測したり、「民間銀行がマイナス金利を嫌って融資を増やすために、南欧で景気が回復して、ドイツ企業の輸出がさらに改善する」と期待したことが原因だ。

低金利に泣く預金者

だが、悲鳴を上げているのは銀行や生命保険会社にお金を預けている市民だ。ドイツ農業銀行や信用金庫、ドイツ保険協会(GDV)は、「貯蓄をする市民に犠牲を強いる」として、ECBの金利引き下げを批判した。

GDVは「人々の寿命は長くなる一方だが、公的年金は削られている。したがって、若年層や中堅層にとっては、民間の生命保険などによる備えが極めて重要になっている。そうした中で、ECBの政策金利引き下げと金融緩和政策は、人々の貯蓄への意欲を減退させるものであり、危険だ」と警鐘を鳴らした。さらに、「デフレを克服するには金利引き下げではなく、国際競争力の強化が必要」と指摘した。

ユーロ圏の生命保険会社は、低金利のために四苦八苦している。資金運用が困難になりつつあるため、顧客に約束した保証利率の確保に苦労しているのだ。ドイツ政府は生保業界を支援するために、保証利率の引き下げなどを含む法案を6月4日に閣議決定した。

ユーロ圏の「日本化」?

中央銀行がデフレを克服するために政策金利を引き下げ、預金者が苦しむ。これは、1990年のバブル崩壊後の日本にそっくりだ。事実、欧州では「ユーロ圏は第2の日本になるのか?」という懸念の声が出ている。「スーパー・マリオ」はデフレが深刻化した場合、南欧諸国の国債の大量買い取りという、米国の連邦準備制度理事会並みの金融緩和措置も検討しているといわれる。デフレとの戦いは、まだ当分続きそうだ。

20 Juni 2014 Nr.980

最終更新 Mittwoch, 16 Juli 2014 11:05
 

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