独断時評


ドイツ太陽光発電の栄光と苦悩

読者の皆さんの中には、バイエルン州やザクセン州の田園地帯を車で旅行された時に、農地を埋め尽くすように灰色の太陽光発電パネルが設置されているのをご覧になった方も多いと思う。この国のあちこちに作られているメガ・ソーラー(大規模太陽光発電施設)である。また、郊外の農家や工場の屋根にも太陽光発電パネルがびっしりと取り付けられている。

太陽光発電ブーム

ドイツは世界で最も太陽光発電に力を入れている国の1つだ。ドイツ太陽光発電連合会によると、この国で1年間に新設された太陽光発電装置の設置容量は、2010年に前年の2倍に増えて7400メガワットとなった。11年の新規設置容量は7500メガワットと戦後最高の水準を記録し、12年にも7300メガワット。つまり、3年連続で7000メガワットを超えたのである。これは、連邦政府の想定(年間3500メガワット)を大幅に上回るものだ。今年の設置容量は、3500~4000メガワットになると予想されている。

ちなみに、ドイツ最大の総出力を持つ原子力発電所はバイエルン州で稼働しているイザール2で、1485メガワット。この数字と比べると、ドイツで過去3年間に新設された太陽光発電装置の容量がいかに大きかったかをご理解頂けるだろう。

太陽光発電の急成長の最大の理由は、社会民主党(SPD)と緑の党の左派連立政権が、2000年に再生可能エネルギーの本格的な助成を開始したことである。送電事業者はEEGという法律によって、太陽光や風力から作られた電力を、需要の有無にかかわらず、優先的に買い取って送電網に流し込むことを義務付けられた。しかも、買取価格は20年間にわたり固定され、発電事業に投資する投資家にとっては損失を受けるリスクが少なくなった。中でも太陽光エネルギーの買取価格は、風力や水力などと比べて大幅に高く設定されていた。買取価格は毎年漸減したので、2011年以降、価格が大きく下がる前に多くの発電事業者が発電装置の「駆け込み設置」を行ったことが、3年間にわたって毎年7000メガワットを超える容量が設置されたことの原因である。

巨額の助成金が追い風

再生可能エネルギーの買取価格は、最終的に電力を使う消費者が負担する。2011年に需要家がエコ電力促進のために払った金額は約135億ユーロ(約1兆7550億円・1ユーロ=130円換算)。00年から12年までの助成金を合計すると、およそ9兆円に上る。これは、クロアチアとルクセンブルクの11年の国内総生産(GDP)の合計に匹敵する。エコ電力買取のために天文学的な金額が注ぎ込まれていることが分かる。01年にはドイツの発電量に占める太陽光発電の比率はほぼゼロだったが、現在では約5%になっている。

モジュール・メーカーの苦境

だがこうした太陽光発電ブームにもかかわらず、ドイツの太陽光関連産業、特に発電モジュールのメーカーは青息吐息の状況にある。2011年にはドイツの太陽光モジュールメーカー2社(ソロン社とソーラー・ミレニアム社)が倒産したほか、他社もドイツの工場を閉鎖し、アジアに生産施設を移すなどして生き残る努力をしている。ドイツの太陽光モジュール・メーカーは、かつて「太陽光バブル」を経験した。04年に株式市場に上場した太陽光関連企業の数は4社だったが、06年には30社が上場。ソーラーワールド社の株価は、1999年の創業から9年間で、3689%上昇した。しかし黄金時代は、数年間で終わった。

象徴的なのは、トップメーカーの1つ、Qセルズの凋落である。1999年に3人のエンジニアが創業した同社は急成長して、従業員数2000人を超えるグローバル企業になった。2008年までは、製造した発電装置の容量では世界最大の太陽光モジュール・メーカーだった。だが11年には売上高が前年に比べて24%落ち込み、赤字に転落。昨年4月には債権者が経営再建策に同意しなかったため、裁判所で破産手続きを行った。今年7月にはハンブルクに本社を持つコナジー社が倒産。ソーラーワールド社は、債務減免などの措置によって、倒産の危機と必死で戦っている。

中国製品による価格破壊

ドイツの太陽光モジュール・メーカーの業績が悪化した理由は、中国から安価な太陽光モジュールが欧州に流れ込んだため、価格が暴落したことである。昨年1年間で、モジュール価格は約40%下落した。大手メーカー、ボッシュとシーメンスは太陽光関連ビジネスからの撤退を宣言した。

このため欧州委員会は、中国からの太陽光モジュールにダンピングの疑いがあるとして、制裁関税の導入を検討。中欧間で「貿易戦争」勃発かという観測もあったが、中国側が、高率の関税が課される期限の直前に、輸出量の上限や最低価格について欧州連合(EU)と合意し、紛争にエスカレートすることを避けた。

経済学者や電力業界の関係者の間では、「EEG助成金の50%が太陽光発電に注ぎ込まれているのに、太陽光が発電量に占める割合は5%にすぎない」として、ドイツで太陽光発電を助成することは非効率だとする批判が強い。ギリシャ・クレタ島の年間日照時間は2700時間だが、ドイツでは1550時間。太陽光発電ブームとは対照的に、この国のメーカーの苦境は今後も続きそうだ。

16 August 2013 Nr.960

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:02
 

参院選をドイツはどう見たか

ドイツのメディアは、東日本大震災と福島第一原発事故以降、日本についてあまり報道しなくなっていたが、今年7月21日の参議院選挙については、比較的大きく伝えた。

自民圧勝の陰に

参院選

この選挙では自民党が議席数を84から115に増やして大勝し、公明党とともに参議院でも過半数を確保。自公はいわゆる「ねじれ」状態の解消に成功した。今後3年間は選挙がないので、安倍政権は法案を衆参両院ですんなりと通過させることができる。

一方、民主党は議席数を106から59に減らして惨敗。議席の数が実に44%も減少した。国民は、民主党政権が経済政策、原発事故対策、外交政策などをめぐり失政を重ねたことを、今なお許していない。

さらに今回の参院選で象徴的なのは、投票率が52.6%と戦後3番目の低さだったことだ。有権者の半分近くが棄権したことは、国民の強烈な政治不信を示している。一方、ドイツでも投票率は年々低下している。2009年の連邦議会選挙の投票率は戦後最低だったが、それでも70.8%。日本の投票率がいかに低いかを痛感させられる。ドイツの政界にも当てはまることだが、日本の政界の人材不足は甚だしい。このままでは、投票率が50%を割る日も遠くないだろう。

日本改革のチャンス?

さて、ドイツの保守系有力紙フランクフルター・アルゲマイネのカルステン・ゲルミス東京特派員は、「日本が構造改革、対外開放を実現して経済や社会を覆っている殻を打ち破るための最後のチャンスが到来した」という見方を打ち出している。

これまで日本政府は、衆参両院の「ねじれ」に妨害されて、構造改革を本格的に実現することができなかった。だが今や安倍首相の前には、さえぎる物のない大平原が広がっている。少なくとも7月21日に票を投じた有権者の大半は、安倍政権にフリーハンドを与えたのだ。

過去20年間に、ドイツ人の中国への関心が増大するのと反比例して、日本に対する関心は低下した。彼らがかろうじて関心を持っているのは、「日本はデフレと不況からいつ立ち直るのか」ということである。

ゲルミス記者は「黒船来航時の開国、1945年の敗戦に次ぐ、『第三の開国』を日本は必要としている。安倍首相は党内の反対をはねのけて、日本を変えることができるだろうか」と問いかけている。

ドイツ人は、日銀による国債の大量買い取り、つまり公共債務の拡大による景気の緩和には懐疑的だ。しかし「アベノミクス」の発令以降、株価が上昇し、経済成長率も回復の兆しを見せていることには注目している。とは言え、アベノミクスはまだ始まったばかりであり、成長力の回復、社会保障制度の改革、消費税の引き上げなど、難題が山積している。

環境意識の違い

エネルギー問題について、ゲルミス記者は「時間は掛かるだろうが、安倍政権は原子炉の再稼動を実現する。それは貿易赤字の解消など、経済的な理由からだ」と予測している。日本は長年にわたり貿易黒字国だったが、福島での事故以来大半の原発を停止したために、火力発電所のための原油や天然ガスの輸入額が増え、貿易赤字国に転落した。

日本では新聞社が世論調査を行うと、半分を超える回答者が段階的な脱原子力を望むと答える。それにもかかわらず、原子力を推進する自民党が大勝したことは、多くの有権者が投票の際にエネルギー政策を重視していなかったことを示している。これは、2011年の福島原発事故をきっかけに、脱原発へ大きく舵を切ったドイツとの大きな違いである。多くの国民にとって、原子力のリスクに関する議論よりも、「経済」の方が重要なのだろう。

ドイツでは環境政党・緑の党が15%の支持率を持ち、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)、社会民主党(SPD)に次ぐ第三の政党となっているが、今回の参院選で「みどりの風」や「緑の党グリーンズジャパン」は全く議席を取れなかった。脱原子力を要求する俳優の山本太郎氏が、東京選挙区で初当選したことは注目されるが、会派を持たない状態では政治的な影響力は小さい。日本では、原発問題は票に結び付かない。先進工業国で最悪の原発事故となり、16万人を避難させた福島原発事故も、日本国民の意識を変えるには至らなかったのである。日独間に横たわる、環境問題・エネルギー問題についての感受性の違いが浮き彫りになった。

歴史認識問題の行方

さて、ドイツのメディアにとっては「歴史認識」も重要なテーマだ。彼らは、安倍首相の政策が今後、ナショナリズム的な色彩を強めるかどうかに関心を寄せている。例えば安倍首相が参院選直後のインタビューの中で、靖国神社に参拝するかどうかについては明言を避けながらも、一般論として「国のために戦った方々に敬意を表し、ご冥福をお祈りするのは当然のこと」と述べたことを取り上げている。ドイツは、日本と韓国・中国の関係が悪化することによって、世界で最も高い成長率を示すアジア経済にマイナスの影響が及ぶことを懸念している。

この国のメディアは今後、安倍政権の一挙手一投足に注目していくだろう。

2 August 2013 Nr.959

最終更新 Donnerstag, 01 August 2013 13:58
 

メルケル首相の人気の秘密は

今年7月は、日本・ドイツともに「選挙の夏」だ。日本では猛暑の中、参院選の候補者たちが汗を流しながら有権者たちに政策を訴えた。ドイツでも6月末に連邦議会の審議が終わり、議員たちが2カ月という日本よりもはるかに長い選挙戦に突入した。9月22日の連邦議会選挙の投票日まで、ドイツは選挙一色になる。私が住むミュンヘンでも、与野党の幹部たちの演説会のポスターが至る所に掲げられている。

日独ともに現役首相に人気

世論調査
出所: 公共放送ARD, 2013年7月実施

彼は米国の諜報機関である中央情報局(CIA)と国家安全保障局(NSA)で勤務した経験を持つ。さらに、NSAの下請けである民間企業で働いたこともある。

日本の安倍首相とドイツのメルケル首相には、1つの共通点がある。それは、ともに有権者の支持率が圧倒的に高く「我が世の春」を謳歌していることである。

日本では、民主党が権力の座にあった頃の政策に対する国民の不満が今なお根強く、その反動として安倍政権に対する支持率が高くなっている。さらに、日銀による国債の大量買い取りなど「異次元の金融緩和」を主軸とする経済政策アベノミクスによって株価が回復し、円高も緩和されたほか、経済成長率についても回復の兆しが見られる。安倍政権は、原子炉については「安全が確認されたものから再稼動」という方針を掲げている。国民の大半はエネルギー政策よりも、デフレと不況からの脱出を重視し、安倍政権に大きな期待を寄せているのだろう。

ドイツのメルケル首相の支持率も上がる一方だ。公共放送ARDが7月4日に行なった世論調査によると、「次の首相は誰であって欲しいか」という設問にメルケル氏の名前を挙げた人は58%。野党・社会民主党(SPD)のシュタインブルック候補の27%に大きく水を開けている。メルケル首相への支持率は前月に比べて1ポイント増え、シュタインブルック候補への支持率は3ポイント減っている。

政党支持率を見ても、メルケル首相の率いるキリスト教民主同盟(CDU)とバイエルン州の姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)は、前回のアンケートに比べて1ポイント高い42%を記録した。今年旗揚げした反ユーロ政党「ドイツの選択肢(AfD)」がCDU・CSUの票の一部を奪うことが予想されているが、現在の世論調査の結果を見る限りでは、メルケル首相にとって大きな打撃にはならない模様だ。

大連立の可能性?

メルケル首相にとって最も心配なのは、現在連立政権を組んでいる自由民主党(FDP)の低迷だ。FDPは、「5%条項」をクリアできずに、連邦議会で会派を組めない恐れがある(ドイツでは小党乱立を防ぐために、得票率が5%に達しない政党は、会派を議会に送り込めない)。一方、社会民主党(SPD)と緑の党も、現時点では50%に達していない。つまり現在の情勢が9月まで続けば、保守・リベラルともに単独で過半数を確保することが難しそうだ。このため、第1次メルケル政権のように、CDU・CSUとSPDが大連立政権を組む可能性が強いと思われる。

独り勝ちのドイツ経済

なぜメルケル首相の人気は高いのだろうか。その最大の理由は、ドイツの景気が非常に良いことだ。ユーロ危機による不況の暗雲が、フランスやイタリアなどほかの国を覆っている中、数年前からドイツだけが「独り勝ち」という状況が続いている。

ユーロ圏加盟国の失業率は、過去最高の12%に達している。ギリシャとスペインでは失業率が20%を超えている。特に深刻なのが、若年労働者の失業問題。ユーロ圏全体で失業している25歳未満の若者は、353万人に上る。ギリシャの若年労働者の失業率は59.2%、スペインでは55.8%に達している。

GDP成長率
出所: 経済協力開発機構(OECD)

これに対し、ドイツの失業率は約5.5%。ユーロ圏平均の約半分である。ドイツの物づくり企業では、エンジニアなど特殊な技能を持つ人材が枯渇しており、人手不足に悩んでいる。このため、スキルを持つエンジニアなどがスペインやギリシャからドイツに流入している。製造業が多いバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州では、失業率が4%を割って完全雇用状態に近付いている。

フランスやイタリアが貿易赤字に苦しむ中、ドイツだけはここ数年間、貿易黒字を増加させている。上のグラフをご覧頂ければ、ドイツとほかの国の経済成長率に大きな差があることがご理解いただけるだろう。

現在のドイツの好景気はメルケル政権だけの手柄ではない。むしろ、真の功労者は1998年から2005年まで首相だったゲアハルト・シュレーダー氏(SPD)である。経済界では、彼が断行した社会保障制度の大改革の効果が、今現れているという見方が強い。メルケル氏は、シュレーダー氏が蒔いた種の果実を収穫する幸運な立場にあるのだ。次の政権がどのような形で連立を組むにせよ、よほどの番狂わせが起きない限り、メルケル首相が続投する可能性は高い。

19 Juli 2013 Nr.958

 

最終更新 Donnerstag, 18 Juli 2013 12:30
 

米英のネット盗聴とドイツ

「米国と英国の諜報機関が、テロ捜査の一環として、インターネット上の市民の会話やメールのやりとり、携帯電話による会話を傍受し、膨大なデータを蓄積している」。米国人エドワード・スノーデンがマスメディアに対して暴露した情報は、全世界に衝撃を与えた。

元CIA職員の告白

個人情報
ドイツでは個人情報や通信内容を守ろうとする傾向が強い

彼は米国の諜報機関である中央情報局(CIA)と国家安全保障局(NSA)で勤務した経験を持つ。さらに、NSAの下請けである民間企業で働いたこともある。

彼は「テロリストであるという疑いがなくても、市民は政府によって監視され、通信の秘密などの基本的な人権を侵害されている」と主張して、機密を暴露した。元CIA・NSAの職員が、諜報機関の監視システムという機微に触れるテーマについてここまで率直に語ったのは、珍しいことだ。米国政府は、スノーデンを国家反逆罪などで起訴。香港に滞在していたスノーデンはエクアドルに亡命を申請したが、本稿を執筆している6月末の時点ではモスクワ空港のトランジット・エリアで足止めを食っている。

米国政府は、国家に対する反逆者に厳しい制裁を加える。冷戦時代に東ドイツの諜報機関に情報を流していたNSAの職員ジェームズ・ホールは1988年に米国の捜査当局に逮捕され、禁固40年の刑を受けている。スノーデンも米国に送還された場合、重い刑を受けることは確実だ。

ドイツ政府の批判

ドイツでは、米英がネット上の情報を監視、蓄積していたことについて激しい怒りの声が上がっている。その反応は、日本や英国などに比べてはるかに激しい。例えば英国の諜報機関「政府通信本部(GCHQ)」が、米国と欧州を結ぶ光ケーブル回線の盗聴を行っていたというニュースが流れると、ドイツ連邦司法省のロイトホイサー=シュナレンベルガー大臣は「ハリウッド映画が現実になったような悪夢だ。もしも報道の内容が事実だとすれば、大変なことだ。欧州連合(EU)は直ちに調査を始めるべきだ」と述べた。また、メルケル政権の報道官も「ドイツ政府は報道の内容を重く見ている。調査した上でコメントする」と述べている。メルケル首相は6月中旬にベルリンを訪れたオバマ米大統領との会談でもこの問題を取り上げた模様だ。

自由民主党(FDP)の連邦議会議員団で、内政問題を担当するピルツ議員は「市民の通信内容の分析は、法治国家の原則を侵害する。EUでは、政府機関が技術的に可能な手段をすべて駆使して監視を行わないというのが、政府と市民の間の暗黙の了解となっていたはずだ」と述べ、米英の態度を厳しく批判した。

ナチスとシュタージの影

なぜドイツでは、この問題に対する関心が高いのか。それは、ナチスドイツが秘密国家警察(ゲシュタポ)や保安局(SD)などによって国内外に監視網を張り巡らせて、市民の一挙手一投足を見張っていたという歴史と関係がある。外国のラジオ放送を聴いたり、ヒトラーを批判したりした者は密告されて罰せられた。

この伝統は、東ドイツ政府によって引き継がれた。社会主義政権は、国家保安省(シュタージ)に強大な権力を与える。シュタージは市民の間にスパイ(非公然協力者=IM)を送り込んで、四六時中人々の言動や行動に監視の目を光らせていた。反体制派とみなされた人物については、電話や自宅での会話の盗聴、手紙の開封は日常茶飯事。盗聴によって集められたデータに基づき、社会にとって有害な人物と烙印を押された者は、投獄されたり、国外へ追放されたりした。

ドイツ人は、過去2度にわたり独裁政権が強大な監視網によって人権を踏みにじっていたことを反省し、個人情報の保護や通信内容の厳守を極めて重視しているのだ。私は23年間ドイツで働いて、この国では個人データを守ろうとする傾向が、日本や米国よりもはるかに強いことを学んだ。

テロ捜査と市民権の制限

米国政府は、NSAの監視プログラム「プリズム」が監視していたのは米国民ではなく外国人だったことを明らかにしている。オバマ米大統領は、「監視は裁判所の許可の下に行われた」とした上で、プリズムによって複数のテロ計画を事前にキャッチし、犯行を防ぐことができたと釈明している。その中には、ドイツで計画されていたテロ攻撃も含まれていたという。

スノーデンの告白によると、NSAが監視、蓄積していたデータの中で、ドイツに関する情報は特に多かった。これは、2001年に米国で同時多発テロを実行したモハメド・アタらがドイツに拠点を持っていたことなどから、米国の諜報機関がドイツに住むイスラム過激派に対する監視を強めていることを示唆している。

テロ組織に最も頻繁に狙われている米国や英国では、「テロを防ぐために政府が監視の目を光らせるのはやむを得ない」として、ドイツに比べると政府による情報収集を容認する傾向が強い。さらに一部の米国人は、「重大なテロ行為を防ぐためには、容疑者の拷問や令状なしの拘留も正当化される」と考えている。ドイツでは想像もできないことだ。ドイツと米英の間には、「テロ捜査のための市民権の制限」について考え方のギャップがあるのだ。

9・11を境に米国は、それ以前と異なる国になった。今後もドイツと米英の間ではテロ捜査をめぐって様々な意見の違いが表面化するだろう。

5 Juli 2013 Nr.957

 

最終更新 Donnerstag, 04 Juli 2013 13:12
 

日独の政治家と歴史認識

5月中旬から3週間にわたって日本に滞在した。この間、アジア諸国は歴史認識をめぐる議論で揺れた。

橋下発言の波紋

記念碑とドイツ連邦議会
ベルリンにある「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための
記念碑」と、ドイツ連邦議会(背景)

そのきっかけは、5月13日に日本維新の会の橋下徹・共同代表が「第2次世界大戦中には、日本だけでなく他国も慰安婦制度を活用していた。(銃弾が飛び交う戦場で精神的に高ぶっている兵士たちを休息させてあげようと思ったら)慰安婦制度が必要なのは誰にだってわかる」と述べたことだ。

橋下氏が「慰安婦制度は必要だった」と公言したことについて、韓国、中国だけでなく日本、米国、国連で抗議の声が上がった。

橋下氏はこの会見の中で「日本がアジアへの侵略によって周辺諸国に多大な苦痛と損害を与えたことは事実であり、反省とお詫びをしなくてはならない」と述べているほか、「今日も慰安婦制度が必要だとは言っていない」と強調する。しかし、彼の本音は「他国も似たような制度を持っていたのだから、日本だけがレイプ国家だと批判されるのは不当だ」というものだ。

彼は、同じ会見の中で、日本が慰安婦を強制的に拉致したことについても疑問視している。日本の右派勢力の中には、「慰安婦は売春行為を強制されたのではなく、自発的に行った」と主張する者がいる。

橋下氏の発言は、日本の対外的なイメージを深く傷付けた。アジアのメディアはもちろん、欧州の新聞も橋下発言を大きく取り上げている。ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙は、「日本の政治家たちは、何年も前から挑発的な発言を繰り返してきた。過去から目をそらさせ、自国の軍隊が行った犯罪行為を矮小化するためである」と辛辣だ。

橋下氏は、問題の会見の中で「沖縄で米軍兵士による婦女暴行事件を減らすためには、合法的な風俗業を活用してはどうか」と、米軍の司令官に進言したことも明らかにした。この発言は女性への侮辱であり、沖縄だけでなく日本の多くの女性によって強く批判された。

「みんなの党」は、一連の発言をきっかけに参議院選挙における日本維新の会との協力関係を打ち切ることを明らかにしている。

歴史認識をめぐる議論は慎重に

だが日本の政治家の歴史認識に関するレベルを示す発言は、これにとどまらない。5月12日に自民党の高市早苗政調会長は、日本が行った侵略と植民地支配について謝罪した1995年の「村山談話」の中の「国策を誤り」という部分はおかしいと指摘した。

さらに安倍首相も今年4月末に村山談話に関連し、「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う」と発言。安倍氏は日本軍の侵略を否定しているわけではない。しかしこの発言は、首相が日本軍による侵略を相対化しようとしているかのような印象を与える。

歴史認識をめぐる議論は複雑である上に、対外的なインパクトも大きい。歴史的事実に関する深い知識が必要である。したがって歴史認識については、政治家がテレビカメラの前でぺらぺらと語るべきテーマではない。彼らの言葉に「重み」を感じられないのは、私だけだろうか。日本の政治家たちには、慎重さを求めたい。

この原稿を書いている時点で橋下氏は大阪市長の座も、日本維新の会の共同代表の座も辞職していない。もしもドイツで政治家がこのような発言を行なったら、辞職は免れない。ドイツでは多くの政治家が、歴史認識をめぐる失言によって政界から姿を消した。

過去との対決はドイツの国是

ドイツ語には「Erinnerungskultur(過去を心に刻む文化)」という言葉がある。これは、ナチスの犯罪を心に刻み、ドイツ人がユダヤ人や他民族に被害を与えた過去を思い出す生活態度を意味する。心に刻む文化は、ドイツ政府はもとより、(旧東ドイツの極右などを除く)社会の主流である市民の間に根付いている。

ドイツが今日の欧州連合(EU)の中で主導的な立場にあり、周辺諸国から信頼されている背景には、ドイツ人が続けてきた「自己批判」と「謝罪」の努力がある。ドイツの首相や大統領は、イスラエルに行くたびに必ず慰霊施設を訪れ、謝罪の言葉を述べる。もしもドイツ人が戦後ナチスの過去と対決することを怠ってきたら、この国がEUの中で信頼されることはなかったに違いない。以前、首相が行った「謝罪」に関する談話について、保守派から「撤回するべきだ」という意見が出されることは、ドイツでは考えられない。

私は歴史認識に関しては、ドイツの保守派は日本の保守派よりもリベラルだと考えている。この国で政治家になるには、ナチスの過去と批判的に対決するという姿勢が、必要不可欠な前提条件なのだ。

歴史リスクへの配慮を

アジアでは経済的な交流が深化しつつあるが、政治的な関係はギクシャクする一方だ。私は、ある国が過去に犯した罪と批判的に対決することを怠ると、「歴史リスク」が生じると考えている。ドイツはこの歴史リスクの重大さを理解しているので、今なお過去との対決を続けているのだ。

日本の政治家たちも、「歴史リスク」の重要さをかみしめるべき時が来ているのではないだろうか。

21 Juni 2013 Nr.956

最終更新 Donnerstag, 20 Juni 2013 18:19
 

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