独断時評


福島第1原発事故後の日本とドイツ(1)

先進工業国で最悪の原子力災害となった福島第1原発の炉心溶融事故から2年が過ぎた。私は事故調査報告書やメディアの調査報道に基づくルポを多く読んできたが、このような事故が祖国で起きたことの「重さ」を、時が経つにつれてますます強く感じる。除染は遅々として進まず、多くの市民が故郷を奪われたまま。「フクシマ」は終わっていない。我々はこの問題に今後何十年も取り組んでいかなければならない。

減った福島事故の報道

Die Welt紙面
3月11日、12日発行のDie Welt紙面上の日本関連記事

ドイツでは、今年も3月11日前後に福島原発事故に関する特集記事や特別番組がパラパラと見られた。しかし、2011年に比べて大幅に少なくなっていることは否めない。このためドイツ人たちから、「福島は今どうなっているのか」という質問をよく受ける。

特に彼らの目に奇異に映っているのが、わが国のエネルギー政策の将来だ。「日本は広島と長崎で核攻撃を受け、福島の原発事故を体験したにもかかわらず、なぜ原子力を使い続けようとしているのか」と聞かれることも多い。福島原発事故をきっかけに、2022年までに原発を全廃することを決めたドイツ人ならではの疑問である。

エネルギー政策は霧の中

昨年9月14日、ドイツ人たちは東京からの特派員電を見て目を丸くした。「日本政府、2030年までに脱原子力へ」という見出しが飛び込んできたからだ。エネルギー・環境会議が「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」と明記した「革新的エネルギー・環境戦略」を発表したという報道である。ドイツ人特派員の中には、「日本はドイツと同じ道を進むことを決めた」とか、「脱原子力はすでに決まった」と書いている者もいた。この記事を読んだ人は、日本政府がメルケル首相のような政策の大転換を行ったかのような印象を持ったはずだ。

だがドイツ・メディアの「日本も脱原子力」フィーバーは、6日間しか続かなかった。野田政権(当時)は、「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定を見送り、参考文書の扱いにとどめたからだ。閣議決定は、政権交代後も次の政権に対して拘束力を持つが、参考文書にはそれがない。政治的な「重み」は、はるかに低いのだ。ドイツでは9月20日に「野田政権は脱原子力の決定から後退した」と報じられたが、6日前の「日本も脱原子力」の記事に比べてはるかに小さかった。

この右往左往ぶりは、福島原発事故の後も日本政府の政策決定能力、コミュニケーション能力が相変わらず不足していることを物語っている。日本の将来にとって重要な、フクシマ後の長期的なエネルギー戦略を打ち立てようという真剣さが感じられない。

再稼動へ進む安倍政権

昨年末に誕生した安倍政権は、早々に脱原子力政策の見直しを宣言。首相は、原子力規制委員会が安全と認定した原子炉については、再稼動させる方針だ。多くのドイツ人が不思議に思っているのは、現在日本にある54基の原子炉は福井県の大飯原発の2基を除いてすべて停止しているのに、3・11直後のような深刻な電力不足が起きていないことだ。彼らは、日本の電力会社が天然ガスや石油などの輸入量を増やし、火力発電所からの電力で原発の穴埋めをしていることを知らない。日本の再生可能エネルギーの発電比率は、ドイツに比べるとはるかに低く、まだ安定した電力の供給源とはなっていないのだ。

経済界の影響力の違い

あるドイツ人は、「国民の間では脱原子力を希望する声が強いのに、なぜ安倍政権は原子炉の再稼動を計画しているのか」という疑問をぶつけてきた。日本の産業界や財界にとって、電力の安定供給と電力価格の抑制は極めて重要な課題である。このため、経済団体は原子力の使用継続を求めている。昨年4月から9月までの連結決算では、日本の電力会社10社の内、8社が原子炉停止と燃料費の高騰のために赤字を計上した。電力料金の値上げは、日本の製造業界の国際競争力の低下につながりかねない。

福島原発事故後に誕生した原子力規制委員会は現在、原発の下に活断層があるかどうかを調査している。活断層が見付かった場合は原子炉の廃炉を命じる可能性もあり、それを受けて電力会社が経営難に陥ることもあり得る。

電力の輸出入が日常茶飯事であるドイツとは異なり、日本は現在のところ電力を外国から輸入することができない。経済界は、福島原発事故後の電力供給の状況に強い危機感を抱いているのだ。

また、日本ではドイツに比べて、日本経団連や経済同友会など、経済団体の発言力、政治的な影響力が大きい。このことが、安倍政権が原子炉再稼動を目指す理由の1つであろう。これに対しドイツの政治家は、ドイツ産業連盟(BDI)のような経営者団体の意見よりも、市民の投票動向を重視する。福島原発事故直後にバーデン=ヴュルテンベルク州で行なわれた州議会選挙で、半世紀ぶりにキリスト教民主同盟(CDU)の単独支配に終止符が打たれ、緑の党の首相が誕生したことは記憶に新しい。

この違いが、日独のエネルギー政策の違いにもつながっているのだ。(次回に続く)

最終更新 Montag, 15 April 2013 15:10
 

貧困移民とドイツ

今ドイツの地方自治体が、強く神経を尖らせている問題がある。それが、「Armutseinwanderer(貧困移民)」だ。読者の皆さんは「我々日本人には関係ない話」と思われるかもしれない。ところが、この問題は日本人を含むすべての外国人に飛び火しかねない危険な要素を含んでいる。私の21年前の経験を踏まえて、解説しよう。

急増する貧困移民

2007年には、ブルガリア、ルーマニア、セルビアなどの東欧諸国からドイツに移住した市民の数は6万4000人だった。しかしこの数は、2011年に14万7000人と、2倍以上に増加している。昨年上半期には、移民数が前年同期比で24%も増えている。今年1月には、7332人がドイツへの移住を申請。前年の同時期に比べて50%の増加だ。

貧困移民の大半は定住地を持たない「ロマ」(俗にジプシーと呼ばれることもあるが、正確な名称ではない)だが、政治的な迫害を逃れた亡命ではなく、経済的な理由でドイツへやって来たものと推定されている。ルーマニアやブルガリアでは、犯罪組織がロマたちから金を集めて、バスなどで西欧に移動させる例も報告されている。

問題は、欧州連合(EU)の指令により来年1月から、ブルガリアやルーマニアからドイツなど西欧諸国への労働者の移動の自由(Arbeitnehmerfreizügigkeit)が認められること。労働人口が域内で自由に移動することを奨励するEUの政策により、ロマたちもまるで国内を移動するかのように、欧州の中を移住することが可能になる。このためドイツ内務省は、この国を目指す移民の数が来年以降さらに増えると予測している。

社会保障支出も増加

現在、貧困移民が増えているのがベルリン、フランクフルト、マンハイム、ドルトムントなどの大都市。ノルトライン=ヴェストファーレン州では、デュイスブルクでロマの増加が目立ち、その数は約6000人に達している。同市では、炭坑や鉄鋼業の衰退によって空き家になったアパートが多く残っている。地方自治体が貧困移民をそうしたアパートに住まわせるので、この町で貧困移民の数が急増しているのだ。このためデュイスブルク市では昨年、社会保障関連の歳出が1800万ユーロ(21億6000万円・1ユーロ=120円換算)も増えた。

ベルリンのノイケルン地区では、ルーマニアとブルガリアからのロマ2400人が自営業者として登録し、子ども養育手当などを市役所から支給されている。地方自治体は、「EUの政策のツケを我々が払わされるのは不当だ」として、連邦政府に対応を求めている。これを受けてハンス=ペーター・フリードリヒ内務相は、「貧困移民をなくすには、ルーマニアやブルガリアの貧困を根絶することが最良の道」として、両国に働きかけることを約束した。

21年前にも同じ経験

ドイツは、1990年代に東欧からのシンティ・ロマの移民数が増えたことによって、すでに苦い経験を持っている。1992年夏に旧東ドイツ・ロストック市の団地街で、シンティ・ロマの数が急増。施設に入りきらなくなった移民たちは、団地の前の芝生で寝起きしていた。衛生状態が悪化し、住民たちは苦情の声を上げた。その後、ネオナチが亡命申請者の登録施設があった建物に放火し、付近の住民も拍手喝采を浴びせたのだ。

ベルリンの壁の崩壊以降、出入国規制が緩和されたために、東欧と西欧の間の人の行き来は比較的容易になった。この隙をついて、犯罪組織が東欧のシンティ・ロマたちを西欧に送り込む例が急増したのだ。しかし各国政府やEUが迅速に対応しなかったため、財政難に苦しむ地方自治体が責任を負わされる形となった。

1992年には、極右勢力による暴力が全国で増加。この年にネオナチに殺された外国人・ドイツ人の数は前年に比べて5倍以上も増えて、17人に上った。旧西ドイツのメルンやゾーリンゲンでは、ネオナチがトルコ人の住宅に放火して、多数の死傷者が出た。この年の極右による暴力事件の総数は、約2290件に達した。

極右勢力に追い風

シンティ・ロマの急増が引き金となって、社会全体で外国人に対する反感が高まったのだ。ビデオカメラの前で団地に火炎瓶を投げ込むネオナチの映像は世界中を駆け巡り、ドイツの対外的なイメージに深い傷が付けられた。ドイツはそれまで寛容だった政治亡命者の受け入れに関する規定を、厳しくせざるを得なかった。

現在、「貧困移民」の急増に地方自治体が手を焼く姿は、21年前にこの国が経験した悪夢を彷彿(ほうふつ)させる。この状況は、外国人の排斥を求めるネオナチ勢力にとって追い風となる。「貧困移民は税金や社会保険料も払っていないのに、高福祉社会ドイツを食い物にしている」という極右の主張にうなずく市民が増えるからだ。極右政党NPDは、すべての外国人を社会保険制度から締め出すことを綱領の中で提案している。

「この道はいつか来た道」とならないように、ドイツ政府とEUは早急に対策を取るべきだ。また、ネオナチの外国人排斥論への同調者が増えないように、ドイツのマスメディアも報道の仕方には細心の注意を払ってほしい。

最終更新 Donnerstag, 28 Februar 2013 10:19
 

なぜドイツはナチスの犯罪を心に刻むのか

1月30日、ドイツ連邦議会でユダヤ人など、ナチスの暴力支配の犠牲者を追悼する式典が行われた。この催しは、アウシュヴィッツ強制収容所がソ連軍によって解放された1月27日前後に毎年行われている。今年の式典は、ヒトラーが政権を取った1933年1月30日からちょうど80年目に当たる日に行なわれた。

「国民にも責任の一端」

連邦議会のノルベルト・ランメルト議長は、「ナチスによる政権獲得は、Betriebsunfall(事故)ではなかった。これは偶然に起きたものでも、避けられないものでもなかった」と述べた。

ヒトラーという犯罪者が最高権力を握ったのは、クーデターによるものではない。国民が選挙という民主的な手段で彼の政党を選び、当時大統領だったヒンデンブルクが正式に権力を与えたのだ。ヒトラーは権力を握るや否や、社会民主党や共産党などの野党を禁止し、ユダヤ人に対する迫害を始めた。

ドイツ国民が自ら選んだ政治家が、民主政治の息の根を止めて人権侵害に乗り出したのだ。12年間の暴力支配と第2次世界大戦の終着駅が、約600万人のユダヤ人の抹殺(ホロコースト)だった。

史上例のない犯罪

歴史上、大量虐殺は世界各地で、様々な民族によって行われてきた。しかし工場のような施設を建て、流れ作業を行うようにして、罪のない市民を数百万人単位で殺した民族は、ドイツ人以外にいない。ユダヤ人殺害を専門に行っていた親衛隊の「特務部隊(Einsatzgruppe)」の報告書を見ると、彼らが毎日殺したユダヤ人の数を細かく記録して「戦果」をベルリンの本部に伝えていたことがわかる。人間性のかけらもない。ランメルト議長は、「ヒトラーは、偶然権力を取ったのではない。彼を選んだドイツ国民にも、責任がある」と訴えているのだ。現在のような民主社会、法治国家は空気のようなものではなく、意識して守らなくてはならないものだというメッセージである。

過去と批判的に対決

私は、23年間ドイツに住んで、この国の社会や人々について批判したいことも山々ある。しかしドイツ政府が第2次世界大戦の終結から70年近く経った今も、毎年ナチスの犯罪を心に刻む式典を催していることには、敬意を表する。さらにこの国が若者たちに歴史教育の中でドイツ人が犯した犯罪について詳しく教えていること、ナチスの殺人については時効を廃止して、司法当局が今なお強制収容所の看守らを追及していることを、高く評価する。

マスメディアや出版業界も、ナチスの問題を繰り返し取り上げている。今年はスターリングラードでドイツ第6軍が壊滅してから、70年目に当たる。ドイツのテレビでこの戦闘の記録フィルムをご覧になった方も多いだろう。ドイツが欧州連合(EU)の中で指導的な立場にあり、周辺諸国から信頼されている背景には、ドイツ人が続けてきた「自己批判」と「謝罪」の努力がある。ドイツの首相や大統領は、イスラエルへ行くたびに必ず慰霊施設を訪れ、謝罪の言葉を述べる。

ナチズムの犠牲者の広場
ミュンヘンにある「Platz der Opfer des Nationalsozialismus
(ナチズムの犠牲者の広場)」

ネオナチは生きている

ドイツには、数は少ないものの、今なおナチスの思想を継承する者たちがいる。例えば極右政党NPDは、すべての外国人をドイツの社会保障制度から締め出し、雇用を制限することを綱領の中で要求している。旧東独のメクレンブルク=フォアポンメルン州の一部の地域では、市民の4人に1人がNPDを支持している。NPDは同州の州議会で議席を持っているので、ほかの主要政党同様、政府から交付金を受けている。外国人排斥を求める政党が、我々の税金によって援助されているのだ。噴飯物である。

ネオナチは武装し、テロリストとして地下に潜行しつつある。テロ組織「国家社会主義地下活動(NSU)」は、ドイツ全国でトルコ人やギリシャ人など10人を射殺したが、警察は10年間にわたって外国人同士の抗争と思い込み、極右によるテロであることを見抜けなかった。外国人を憎む勢力は、死に絶えていない。

ナチスの過去は現代の問題

NPDやNSUの問題は、ナチスの問題が決して過去の出来事ではなく、今なおドイツ社会に影を落としていることを物語っている。イスラエルやポーランドなど、ナチスの被害を受けた国々は、ドイツの一挙手一投足を常に見守っている。ドイツがナチスの蛮行を心に刻もうとするのは、そのためである。彼らの反省は、主に道徳的な理由によるものだが、それだけではない。貿易立国ドイツにとって、過去と対決することは、歴史から決して消えることのない犯罪を犯した国が生き残る「処世術」でもあるのだ。

アジアの緊張を憂える

わが祖国日本の状況はどうだろうか。東アジアでは、日本と中国、韓国との間で領土問題をめぐる緊張が高まり、貿易にまで悪影響が出ている。その根底には、歴史問題がある。もちろん地政学的な理由から、日本とドイツの状況を単純に比較することはできない。しかし、周辺諸国との間で良好な関係を築いているのは、ドイツと日本のどちらだろうか。ナショナリズムは、最終的にはすべての国の市民を不幸にする。欧州の20世紀の歴史は、そのことをはっきりと示している。

15 Februar 2013 Nr.948

最終更新 Donnerstag, 14 Februar 2013 10:23
 

ニーダーザクセン州 議会選挙の波乱!

「選挙は水物(みずもの)。投票箱を開けるまで、予断は許されない」。新人記者の時に、デスクから頭に叩き込まれた鉄則である。この警句が正しいことを改めて示したのが、1月20日に行われたニーダーザクセン州議会選挙である。

FDPが予想外の善戦

この日、どの世論調査機関や政治ジャーナリストも予想していなかったことが起きた。自由民主党(FDP)では目下、フィリップ・レスラー党首の指導力の弱さに対して党内から批判の声が高まっており、事前の世論調査では、同党への支持率が5%を割っていた。ドイツでは法律が定める「5%条項」に基づき、得票率が5%未満の政党は、会派として議会に議席を持つことができない。このため選挙前は、FDP会派がニーダーザクセン州議会から姿を消す可能性が取りざたされていたのだ。ところが投票箱の蓋を開けてみると、FDPは世論調査の約2倍に相当する9.9%の票を獲得。これは前回の選挙を1.7ポイント上回る得票率だ。

FDPは、なぜ世論調査の予想に反して5%ラインを突破できたのだろうか。それは、キリスト教民主同盟(CDU)の支持者が連立相手であるFDPの弱体化により、保守中道連立政権が崩壊することを恐れて、援護射撃を行ったためと推測されている。

赤緑政権の誕生

もちろんFDPの善戦は、政権交代を食い止めることができなかった。デビッド・マカリスター首相の率いるCDUが、得票率を42.5%から6.5ポイントも減らして大敗したからだ。これに対し、野党である社会民主党(SPD)は得票率を2.3ポイント、緑の党は得票率を5.7ポイント増やして政権奪取に成功した。

今年9月には、連邦議会選挙が迫っている。このためニーダーザクセン州議会選挙は、8カ月後の選挙の行方を占う前哨戦として注目されていた。続投を狙うアンゲラ・メルケル首相にとって最大の悩みは、FDPの世論調査による支持率が前回の連邦議会選挙の得票率の半分以下に落ち込み、5%を割っていたことだった。したがって、もしもニーダーザクセン州のようにFDPが国政選挙でも10%近い得票率を確保できれば、保守中道連立政権はSPDと緑の党を敗北させることが可能になるかもしれない。

「レスラー降ろし」は続く

だが、FDPの善戦が連邦議会選挙でも再現されるかどうかは、未知数である。FDPの反レスラー派の政治家たちは、ニーダーザクセン州議会選挙で敗北することを予想していた。そして、選挙直後に臨時党大会を開き、レスラーを党首の座から追い落とす予定だった。ところが同州議会選挙でFDPが前回に比べて票を伸ばしたため、反レスラー派は党首交代を大っぴらに画策することができなくなったのである。

しかしFDPの地方支部では「レスラー党首では、連邦議会選挙で負ける」という不安感が強い。このため反レスラー派は、ニーダーザクセン州での選挙から時間が経って記憶が薄れた時点で、再び党首交代のための策動を開始するだろう。この国で初めて連邦大臣を務めたアジア系ドイツ人の評判は、残念ながら非常に悪いようだ。このためメルケル首相は、連邦議会選挙でのFDPの得票率が前回のように10%に達するという確信を持つことはできないだろう。FDPの党内で今後8カ月間に何が起こるかわからないからだ。

SPDの重荷=シュタインブリュック候補

さて今回の選挙は、野党側の苦しいお家事情もくっきりと映し出してくれた。ベルリンのSPD本部では、ニーダーザクセン州議会選挙でSPDの得票率が2.3ポイントしか伸びなかった原因は、連邦議会選挙の首相候補であるペール・シュタインブリュック氏にあるという見方が有力だ。

実際、この人物に対する有権者の評価は下がる一方で、人々のSPD離れにつながっている。前回、このコラムでお伝えしたように、シュタインブリュック氏は財務相を辞めてからの3年間に、企業などのために75回の講演を行い、125万ユーロもの講演料を受け取っていた。さらに、「連邦首相の給料は、民間企業に比べて少な過ぎる」という奇妙な発言を行い、世論から総スカンを食った。

もしもシュタインブリュック氏が首相候補になっていなかったら、ニーダーザクセン州でのSPDの得票率の伸びは2.3ポイントを大きく上回り、SPDと緑の党はCDUとFDPに大差を付けて圧勝したものと見られている。つまり、保守対リベラルが接戦を繰り広げた原因は、SPDの足を引っ張るシュタインブリュック氏にあるのだ。

ニーダーザクセン州議会選挙の得票率比較

連邦議会選挙も接戦か

SPDも、とんだ人物を首相候補に祭り上げたものだ。シュタインブリュック氏を見ていると、「日本だけでなくドイツの政党の人材不足も甚だしい」という感想を抱かざるを得ない。また今回の選挙では、左派党と海賊党が5%ラインを超えることができなかった。このことはCDUやSPD、緑の党など伝統的な政党に有利に働く。

ニーダーザクセン州議会選挙の結果は、9月の連邦議会選挙が接戦になることを示唆している。保守・リベラルともに過半数を確保できず、大連立政権が生まれるかもしれない。

1 Februar 2013 Nr.947

最終更新 Mittwoch, 13 Februar 2013 18:55
 

どうなる? ドイツ連邦議会選挙

2013年は、ドイツにとって重要な選挙が目白押しの年だ。州議会選挙は、1月20日にニーダーザクセン州、9月15日にバイエルン州、12月にヘッセン州で行われる。さらに9月には、今後4年間の国政の行方を大きく左右する連邦議会選挙が実施される。連邦議会選挙の投票日は、本稿を執筆している1月上旬の時点では9月22日が有力である。

メルケル首相に人気集中

現在、アンゲラ・メルケル首相の人気は比較的高い。メルケル氏は、昨年12月4日にキリスト教民主同盟(CDU)の党大会で党首に再選されたが、その際には97.94%もの支持率を得た。彼女は2000年からCDU党首を務めているが、これほど高い支持率を得たことは今までになかった。

公共放送ARDが1月4日に行なった世論調査によると、CDUと姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)への支持率は、4年前の連邦議会選挙に比べて約7ポイント増えて41%となっている。

政党支持率

好景気が追い風

メルケル氏の人気が上昇した最大の理由は、好景気である。連邦雇用庁によると、2012年の就業者数は、前年に比べて1%増えて4150万人となり、過去最高の記録を達成した。確かに私が住んでいるミュンヘンでも、エンジニアなど特殊技能を持つ人材が枯渇しているだけではなく、パン屋やスーパーマーケットまでが、「店員募集中」の張り紙を出している。私はこの国に23年間住んでいるが、これほどの好景気は珍しい。

連邦統計局によると、メルケル氏が首相に就任した2005年の失業率は10.5%。457万人が路頭に迷っていた。しかし過去8年間で失業者数は173万人も減った。昨年11月時点の失業率は5.3%。ドイツ統一以来最低の水準である。バイエルン州の失業率は4%を割っており、いわゆる「完全雇用状態」を実現した。

もちろんこれはメルケル氏だけの業績ではなく、前任者のゲアハルト・シュレーダー氏が抜本的な労働市場改革を実施し、労働コストを削減したことが奏功している。メルケル氏は、赤緑政権が実施した「痛みを伴う改革」がもたらした果実を手にするという、幸運な立場にあるわけだ。

FDPの地盤沈下

しかしメルケル氏とて、油断は禁物である。保守中道政権の連立相手である自由民主党(FDP)の低迷が著しいからだ。FDPへの支持率は、前回選挙の14.6%から3分の1以下に減って、わずか4%。このため3党を合わせた支持率は45%と、前回に比べて約3ポイント減っている。ドイツでは、いわゆる「5%条項」に基づき、得票率が5%未満の政党は会派として議席を持つことができない(小政党の乱立を防ぐため)。つまり今のままでは、FDPの議員団が連邦議会から締め出される恐れもあるのだ。

FDP低迷の最大の理由は、フィリップ・レスラー党首の指導力の欠如である。党内ではレスラー氏への風当たりが日に日に厳しくなっている。このため同党は、ニーダーザクセン州議会選挙で敗北した場合、党首交代によって支持率の挽回を図る可能性が高い。

メルケル首相にとっては、FDPが支持率を回復できるかどうかが政権維持を大きく左右するのだが、CDUには、「FDPが現在の泥沼から抜け出せない場合、CDU・CSUは緑の党との連立を考えてはどうか」という意見を持つ議員すらいる。実現の可能性は低いとは思うが、FDPの状況がいかに深刻であるかを示すエピソードだ。

シュタインブリュック氏の講演問題

一方、野党側もいまひとつ元気がない。昨年中頃の時点では、今年、社会民主党(SPD)と緑の党による連立政権が誕生するのは必至と見られていた。確かにSPDと緑の党への支持率は、前回の選挙に比べて約7ポイント増えて41%となっている。だが、SPDが2005年の大連立政権で財務相を務めたペール・シュタインブリュック氏を首相候補に選んでから、雲行きが怪しくなっている。

それは、同氏が財務相を辞めてからの3年間に、企業などのために75回講演を行い、125万ユーロ(1億2500万円・1ユーロ=100円換算)の講演料を受け取っていたことがわかったからだ。同氏はこの講演料を税務申告しており、法的には問題ない。しかし財務相を務めた議員が、企業から多額の報酬を受け取っていたことは、多くの市民を驚かせた。この問題を受け、SPDへの支持率は徐々に下がりつつある。

緑の党も、福島第1原発事故の直後は20%近い支持率を誇っていたが、その後勢いを増した海賊党に若い有権者の票を横取りされつつある。さらに保守党も含めてすべての政党が脱原子力と再生可能エネルギーの拡大を支持しているので、緑の党が環境政党としての独自色を出すのが難しくなってきている。

次の選挙でも、勝敗を決するのは固定した支持政党を持たない浮動層である。中国や米国、ドイツ以外のユーロ圏加盟国の景気が悪化する中、貿易立国ドイツの経済の先行きにも黄信号が灯っている。浮動票は、今年から来年にかけての景気の悪化に対して、有効な対策を打ち出せそうな政党に流れるに違いない。

その意味で、連邦議会選挙の最大の争点は「経済政策」と「社会保障政策」に絞られるだろう。

18 Januar 2013 Nr.946

最終更新 Mittwoch, 13 Februar 2013 19:03
 

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