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ニーダーザクセン州 議会選挙の波乱!

「選挙は水物(みずもの)。投票箱を開けるまで、予断は許されない」。新人記者の時に、デスクから頭に叩き込まれた鉄則である。この警句が正しいことを改めて示したのが、1月20日に行われたニーダーザクセン州議会選挙である。

FDPが予想外の善戦

この日、どの世論調査機関や政治ジャーナリストも予想していなかったことが起きた。自由民主党(FDP)では目下、フィリップ・レスラー党首の指導力の弱さに対して党内から批判の声が高まっており、事前の世論調査では、同党への支持率が5%を割っていた。ドイツでは法律が定める「5%条項」に基づき、得票率が5%未満の政党は、会派として議会に議席を持つことができない。このため選挙前は、FDP会派がニーダーザクセン州議会から姿を消す可能性が取りざたされていたのだ。ところが投票箱の蓋を開けてみると、FDPは世論調査の約2倍に相当する9.9%の票を獲得。これは前回の選挙を1.7ポイント上回る得票率だ。

FDPは、なぜ世論調査の予想に反して5%ラインを突破できたのだろうか。それは、キリスト教民主同盟(CDU)の支持者が連立相手であるFDPの弱体化により、保守中道連立政権が崩壊することを恐れて、援護射撃を行ったためと推測されている。

赤緑政権の誕生

もちろんFDPの善戦は、政権交代を食い止めることができなかった。デビッド・マカリスター首相の率いるCDUが、得票率を42.5%から6.5ポイントも減らして大敗したからだ。これに対し、野党である社会民主党(SPD)は得票率を2.3ポイント、緑の党は得票率を5.7ポイント増やして政権奪取に成功した。

今年9月には、連邦議会選挙が迫っている。このためニーダーザクセン州議会選挙は、8カ月後の選挙の行方を占う前哨戦として注目されていた。続投を狙うアンゲラ・メルケル首相にとって最大の悩みは、FDPの世論調査による支持率が前回の連邦議会選挙の得票率の半分以下に落ち込み、5%を割っていたことだった。したがって、もしもニーダーザクセン州のようにFDPが国政選挙でも10%近い得票率を確保できれば、保守中道連立政権はSPDと緑の党を敗北させることが可能になるかもしれない。

「レスラー降ろし」は続く

だが、FDPの善戦が連邦議会選挙でも再現されるかどうかは、未知数である。FDPの反レスラー派の政治家たちは、ニーダーザクセン州議会選挙で敗北することを予想していた。そして、選挙直後に臨時党大会を開き、レスラーを党首の座から追い落とす予定だった。ところが同州議会選挙でFDPが前回に比べて票を伸ばしたため、反レスラー派は党首交代を大っぴらに画策することができなくなったのである。

しかしFDPの地方支部では「レスラー党首では、連邦議会選挙で負ける」という不安感が強い。このため反レスラー派は、ニーダーザクセン州での選挙から時間が経って記憶が薄れた時点で、再び党首交代のための策動を開始するだろう。この国で初めて連邦大臣を務めたアジア系ドイツ人の評判は、残念ながら非常に悪いようだ。このためメルケル首相は、連邦議会選挙でのFDPの得票率が前回のように10%に達するという確信を持つことはできないだろう。FDPの党内で今後8カ月間に何が起こるかわからないからだ。

SPDの重荷=シュタインブリュック候補

さて今回の選挙は、野党側の苦しいお家事情もくっきりと映し出してくれた。ベルリンのSPD本部では、ニーダーザクセン州議会選挙でSPDの得票率が2.3ポイントしか伸びなかった原因は、連邦議会選挙の首相候補であるペール・シュタインブリュック氏にあるという見方が有力だ。

実際、この人物に対する有権者の評価は下がる一方で、人々のSPD離れにつながっている。前回、このコラムでお伝えしたように、シュタインブリュック氏は財務相を辞めてからの3年間に、企業などのために75回の講演を行い、125万ユーロもの講演料を受け取っていた。さらに、「連邦首相の給料は、民間企業に比べて少な過ぎる」という奇妙な発言を行い、世論から総スカンを食った。

もしもシュタインブリュック氏が首相候補になっていなかったら、ニーダーザクセン州でのSPDの得票率の伸びは2.3ポイントを大きく上回り、SPDと緑の党はCDUとFDPに大差を付けて圧勝したものと見られている。つまり、保守対リベラルが接戦を繰り広げた原因は、SPDの足を引っ張るシュタインブリュック氏にあるのだ。

ニーダーザクセン州議会選挙の得票率比較

連邦議会選挙も接戦か

SPDも、とんだ人物を首相候補に祭り上げたものだ。シュタインブリュック氏を見ていると、「日本だけでなくドイツの政党の人材不足も甚だしい」という感想を抱かざるを得ない。また今回の選挙では、左派党と海賊党が5%ラインを超えることができなかった。このことはCDUやSPD、緑の党など伝統的な政党に有利に働く。

ニーダーザクセン州議会選挙の結果は、9月の連邦議会選挙が接戦になることを示唆している。保守・リベラルともに過半数を確保できず、大連立政権が生まれるかもしれない。

1 Februar 2013 Nr.947

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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