Hanacell
独断時評


肝臓移植スキャンダルの闇

ドイツの病院で「Oberarzt=オーバーアルツト(医長)」と言えば、知識や経験が豊富で、なかなか診察してもらうことができない「大先生」である。しかもゲッティンゲンとレーゲンスブルクの大学病院は、高い医療水準で世界的に知られている。この2つの病院を舞台にして、ある医長が肝臓移植をめぐる不正行為に関わっていた疑いが強まり、検察庁が捜査を始めた。

この医長は、レーゲンスブルクの大学病院からゲッティンゲンの大学病院に移籍した直後、肝臓移植を待っている患者のリストを改ざんし、特定の患者が早く手術を受けられるようにした疑いを持たれている。病院側は、7月末にこの医師を解雇した。

さらにこの医師は、レーゲンスブルクの大学病院でも患者のリストを書き換えて、アンマンに住むヨルダン人の患者4 人の名前を加えていた。

手術の希望者に比べると、肝臓のドナー(提供者)は不足している。このため重い肝臓疾患に苦しむ市民は、リストに名前を登録して、移植手術を待っている(ドイツでは約1万2000人が、肝臓や腎臓の移植を待っている)。ドナーが脳死状態に陥って肝臓を提供できる状態になると、リストに載っている患者は移植を受けられる。

ドイツ医師会の指針によると、この国でドナーから肝臓をもらって移植手術を受けられるのは、ドイツに住む患者に限られている。

したがって問題の医長は、ヨルダン人の患者がドイツに住んでいるかのように見せかけるため、偽の住所を移植希望者のリストに書き込んでいた。しかも彼はわざわざアンマンに行って肝臓移植手術を行っていた。彼がヨルダンに輸送した肝臓は、元々レーゲンスブルクの患者に移植されるはずだった。ヨルダン側は、1回の手術ごとに5000ドル(37万5000円・1ドル=75円換算)を支払ったが、この内75%は医師、残りは病院に払われた。

検察庁は、この医師が特定の患者から金品を受け取ることによって、ほかの患者よりも早く肝臓移植手術を受けられるようにしていたかどうかについて、調べている。

もしもこの医師が、多くのドイツ人患者が移植手術を待っているのを尻目に、より高い報酬を支払う外国の患者に優先的に肝臓移植手術を行っていたとしたら、収賄罪にあたる。この医師の態度については、2005年頃から不審な点が目立ったとされているが、病院側はなぜ調査を行わなかったのか。なぜこの医師は易々と患者リストを改ざんし、外国で肝臓移植手術を行うことができたのか。

ドイツ政府が進めている健康保険制度の改革と医療費の削減によって、医師の報酬は伸び悩んでいる。このためドイツ人医師が英国に移住したり、週末に中東へ行ってアルバイトをしたりする例が増えてきた。問題の医長も肝移植をめぐる不正によって、私腹を肥やしていたのだろうか。検察庁にはこのスキャンダルを徹底的に解明し、患者の臓器移植制度に対する信頼の回復に努めてほしい。

17 August 2012 Nr. 932

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:17
 

ユーロ危機・孤立するドイツ

債務危機の炎は、ギリシャだけでなくスペインにも広がり始めた。同国の10年物国債の利回りは、7月末に一時7.6%というユーロ導入以来の最高水準に達した。利回りが7%を超えると、普通マーケットで国債を売るのが困難になる。同国では、多くの金融機関が不動産バブルの崩壊によって多額の不良債権を抱えている。スペイン政府にはこれらの銀行を援助する金がないので、同国はEUに対して銀行救済だけを目的とした融資を申請。しかしこの融資を受けたために、国内総生産(GDP)に占める債務比率が急激に上昇し、国債を売るのが難しくなっているのだ。銀行危機と債務危機の悪循環である。同国では若年層のほぼ半数が失業するなど、不況の影響も深刻になりつつある。

このためスペインのラホイ政権は、欧州中央銀行(ECB)に「わが国の国債を買って、利回りを引き下げるのを手伝って欲しい」と泣きついた。これに対し、ドイツ政府は猛然と反対した。欧州通貨同盟の法的基盤であるリスボン条約は、ECBが加盟国の国債を買うことを禁じているからだ。ドイツ連邦銀行は、 反対の理由を、「ECBによる国債買い上げは、印刷機を使ってユーロ紙幣を大量に印刷し、過重債務国に金を貸し出すことを意味する。ECBが援助してくれるとわかれば、南欧諸国は痛みを伴う経済改革を怠るだろう」と説明している。さらに、大量の通貨がユーロ圏内に出回ると、インフレの危険も強まる。

ECBは2010年5月以来、ギリシャなどの国債2115億ユーロ(21兆1500億円・1ユーロ=100円換算)相当を買い上げて、過重債務国を支援した。ドイツなどの反対により、現在では買い上げを行っていない。

しかしドイツは、EUの中で徐々に孤立しつつある。フランスやイタリアなどの首脳は、少なくともECBがスペインなどの国債を買い取るべきだという意見に傾きつつある。7月26日には、ECBのマリオ・ドラギ総裁(彼はイタリア人である)が、「ユーロ防衛のため、ECBは与えられている権限の範囲で、必要なことは何でもする」と発言して全世界の注目を集めた。市場関係者が「ECBが近くスペイン国債の買い上げに踏み切る」と予想したため、一時スペイン国債の利回りが下落している。

ユーロ圏加盟国のリーダーであるジャン・クロード・ユンカー氏は、7月30日に「ドイツは、ユーロ問題に国内政治を持ち込むべきではない。もしも他の加盟国がドイツのように振舞ったら、ユーロ圏は崩壊の危機にさらされる」とドイツの態度を批判した。「ドイツは自分の国の繁栄と安定ばかり考えて、困っている南欧諸国を助けようという態度に欠ける」という批判が高まっているのだ。

ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ポール・クルーグマンも、「緊縮と節約だけを求めるドイツの路線は間違っている。ユーロ圏の成長を促す政策に切り替えるべきだ」と述べている。各国からの圧力が高まる中、メルケル政権は国債買い取りや欧州安定メカニズム(ESM)の銀行化などに反対する姿勢を固持できるだろうか? 今年の夏から秋にかけて大きな転機が来るかもしれない。

10 August 2012 Nr. 931

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:18
 

豊かな州・貧しい州

ドイツ

ドイツを北から南まで旅行してみると、この国にも大きな地域格差があることがわかる。この国には、Länderfinanzausgleich(州の間の財政的な格差を是正する制度)があり、財政的に余裕のある州は、台所事情が苦しい州のために財政支援を行うことになっている。

この制度に、バイエルン州のホルスト・ゼーホーファー首相(キリスト教社会同盟=CSU)がいちゃもんを付けた。彼は、豊かな州が恒常的に負担を強いられるこの制度は憲法に違反しているとして、カールスルーエの連邦憲法裁判所に訴訟を起こすことを明らかにしたのだ。

バイエルン州は昨年、貧しい州を助けるために36億6000万ユーロ(3660億円・1ユーロ=100円換算)を負担した。さらにヘッセン州(18億ユーロ)、バーデン=ヴュルテンベルク州(17億8000万ユーロ)、ハンブルク(6000万ユー ロ)の3つの州も、ほかの州を支援している。

これに対し、財政格差是正制度で支援を受けている州は、12州に上る。最も多いのが財政難に苦しむベルリンで、昨年30億4000万ユーロの支援を受けた。旧東独州はすべて財政援助を受けているほか、ノルトライン=ヴェストファーレン州も2億2000万ユーロの支援を受けた。4州が12州を助ける支援制度は、確かにバランスが悪い。

ゼーホーファー氏は、「我々はほかの州を支援するのが嫌だと言っているわけではない。しかし一部の州だけが常に負担を迫られるような支援制度は、改革すべきだ」と述べ、制度の公平化を求めている。これに対し、北部の州政府は「来年のバイエルン州選挙でCSUの票を増やすための作戦だ」と冷ややかな反応を見せている。

だがバイエルン州政府の主張の背景には、ドイツ国内の地域格差がある。この国では、南部に比較的豊かな州が多い。バイエルン州とバーデン=ヴュルテンベルク州には、BMW、シーメンス、ダイムラー、ボッシュなど世界的に有名なメーカーだけでなく、ニッチ市場で大きなシェアを持つ中規模企業が多数集まっている。雇用が多いために、北部や東部から移転する市民が絶えない。このため南部の州政府の金庫には、法人税や営業税だけでなく、市民からの所得税もきちんと流れ込む。

ドイツ連邦労働局によると、今年6月時点でバイエルン州の失業率は3.4%と全国で最も低い。バーデン=ヴュルテンベルク州では3.7%。経済学者は失業率が4%未満の状態を「完全雇用状態」と呼ぶが、この2つの州はその状態を達成したことになる。これに対し、失業率が最も高いのはベルリンで12%。ドイツの平均値6.6%を大幅に上回っている。

旧東独州やベルリンには、南部の州ほど企業の数が多くない。特に旧東独の優秀な若者たちは、東部が経済的に自立するのを待てずにバイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州、ハンブルクなどの企業にどんどん就職している。この格差を解消するには、ベルリンや旧東独の経済競争力を改善する必要がある。しかし、この目標を達成するには膨大な時間が掛かるので、ドイツの地域格差は当分続くのではないだろうか。

3 August 2012 Nr. 930

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 11:18
 

ドイツ人と労働時間

ようやくドイツでも、夏らしく暑い日々がやって来た。子どもたちだけでなく大人たちも、夏休みの旅行に行きたくて、うずうずしているに違いない。ところでドイツに住んでいる皆さんの中には、「ドイツ人は本当に長い休みを取るなあ」と思われた人もいるのではないだろうか。夏やクリスマスに3週間の休みを取る人は、少なくない。

ケルンのドイツ経済研究所の調査によると、2010年にドイツ人が取得した有給休暇の平均日数は30日。これに祝日(10日)を加えると、ドイツ国民は合計40日、つまり8週間休んだことになる。これは、デンマークと並んで欧州で最も長い。ドイツはフランス(有給休暇25日+祝日10日)、英国(有給休暇25日+祝日8日)などにも大きく水を開けている。

ドイツ企業は、「休暇の最低日数に関する法律」に基づき、社員に最低24日(フルタイムで週6日就業の場合)の有給休暇を与えなくてはならない。実際には大半の企業が約30日の有給休暇を与えている。ドイツの管理職は、部下に有給休暇を完全に消化させることを義務付けられている。このため、社員は上司が組合から批判されないようにするためにも、休暇をすべて取らなくてはならない。しかもバカンス中に病気になった場合、そのことを直ちに上司と人事部に連絡すれば、病気だった日は休暇ではなく「病欠」と認定されるので、後でその分の休暇日数が戻ってくる。我が国では考えられないことだ。

一方日本では、有給休暇2週間の内、実際に休むのは1週間だけで、残りの1週間は病気をしたときのためにとっておくという話をよく聞く。リーマンショック以降の日本では、人減らしが進んだために労働量が増え、私の知人の中には、毎日終電で帰宅するという人もいる。私はNHKの記者だった時、大事件の取材のために3カ月間、土日も含めて1日も休めなかったことがある。ドイツ人には想像もできないことだろう。

ドイツでは労働時間も、日本に比べて短い。経済協力開発機構(OECD)によると、2011年のドイツの年間労働時間は1411時間で、日本(1725時間)よりも18%短い。

最大の原因は、ドイツの労働法である。この国の企業は、管理職ではない社員を1日当たり10時間を超えて働かせることを法律で禁じられている。仮に社員を毎日12時間働かせている企業があったとすれば、企業監督局の検査を受けた場合、罰金を課されたり検察庁に告発されたりする危険もある。

だから、ドイツの管理職は社員に「絶対に10時間を超えて働かないように」ときつく言い渡す。私が日本で記者をしていた時は、毎日13時間働いたり、徹夜で番組のコメントを書いたりすることも珍しくなかったが、ドイツではマスメディアも10時間ルールを厳守しなくてはならない。

ドイツ人の労働時間は、日本より18%短いが、国民1人当たりのドイツのGDPは、4万3110ドルで日本を3%上回っている(2010年・世界銀行調べ)。またOECDによると、2011年のドイツの労働生産性(1時間当たりの国内総生産)は55.5ドルで、日本(39.8ドル)を39%も上回る。

もちろんドイツ社会では、休暇が優先されるために顧客が悪影響を受けるなどの問題もある。ドイツですら仕事のストレスのために「燃え尽き症候群」にかかる人が出始めている。それでも、短い労働時間でそこそこの成果を上げている国があることは、我々日本人にとっても参考になるのではないだろうか。

27 Juli 2012 Nr. 929

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:55
 

ユーロ救済で妥協したメルケル

6月28、29日にブリュッセルで行なわれたEU首脳会議は、ユーロ救済のために何度も行われてきたこれまでのサミットとは異なる様相を見せた。ギリシャなど過重債務と不況に苦しむ南欧諸国の救済をめぐって、ドイツのメルケル首相が初めて妥協したからだ。

今回のサミットの焦点は、EUの緊急融資機関・欧州金融安定メカニズム(ESM)だ。ESMは、ギリシャのように債務危機に陥った国に融資を行う、一種の火消し役だ。EUが2010年に一時的に創設した欧州金融安定ファシリティー(EFSF)を永続的な機関とするために作られた。

これまでEFSFとESMは、銀行に直接融資することを禁止されており、まず各国政府に融資しなくてはならなかった。現在ユーロ圏で火の手が最も近くまで迫っているのは、スペインだ。同国では不動産バブルの崩壊後、銀行が多額の不良債権を抱えたが、政府は財政難に苦しんでおり、銀行を救済するための資金がない。このためスペイン政府は6月25日、銀行への支援を理由に、EUに緊急援助を要請した。

スペイン政府はEUからお金を借りると、公的債務比率(債務と国内総生産=GDPの比率)が上昇する。すると、スペインは国債を売る際に高い利回りを払わなくてはならなくなり、資金調達がさらに困難になる。EUが「銀行と国債の悪循環」と呼ぶ事態である。今回のサミットでは、この悪循環を打破することが最大の課題となった。スペインとイタリアは、近い将来、銀行危機がさらに悪化する事態に備えて、ESMが銀行に直接融資できるよう制度改革を求めていた。

これまでドイツは、ESMによる銀行への直接融資に強く反対してきた。彼らは「ESMが銀行に直接融資するということは、ESMへの出資者である各国政府が、経営難に陥った民間銀行の“投資家”になることを意味する。その銀行が倒産した場合、各国政府、さらには納税者が損失を受ける。銀行に出資していた機関投資家の損失が、納税者によって軽減されるというのはおかしい」と主張したのだ。

ドイツはEU最大の経済パワーなので、加盟国の中で最も多く負担を強いられる。ドイツのESMへの貢献額は2480億ユーロ(24兆8000億円・1ユーロ=100円換算)に達している。

過去のサミットでドイツは、ギリシャやイタリアから「自国の負担ばかり気にして、真剣に南欧諸国を助けようとしていない。ドイツの頑固な態度がユーロを危険にさらしている」という批判を受けてきた。ドイツを支援するのは、オーストリア、オランダ、フィンランドなど欧州北部の国だけで、サルコジの敗退後に就任したオランド仏大統領も、ドイツの緊縮一辺倒の路線を批判し、南欧諸国に同情的な姿勢を見せていた。これらの圧力に屈したのか、メルケル首相は「ユーロ圏全域の銀行を監視する監督官庁が設置されることを条件に、ESMが各国の銀行に直接融資できるようにする」という共同宣言に調印した。

ユーロ圏の最大の弱点は、通貨が同じなのに、各国の財政政策や経済政策がてんでばらばらであることだ。ドイツは、いわゆる「銀行同盟」を創設するとともに各国に財政政策に関する主権をEUに譲り渡すことを求め、政治統合を一気に進化させることを狙っている。だがドイツ国内では、経済学者らがメルケルの妥協を強く批判しており、連邦憲法裁判所でESMをめぐって違憲訴訟も始まっている。ユーロ圏は発足当初からの理想だった政治統合を深められるのか。それとも、債務危機の重圧に負けて脱落者を出すのか。欧州諸国は、戦後最も重要な分水嶺に差し掛かりつつある。

20 Juli 2012 Nr. 928

最終更新 Donnerstag, 19 Juli 2012 13:19
 

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