Hanacell

ニッポンの世界一

「一体、この国はどうなってしまったのだろう」。今年5月中旬から3週間日本に滞在して、こんな声を時々聞いた。東京や地方都市を回って、「1980年代に比べると、日本は元気を失っている」と感じた。確かに我が国は今、様々な問題を抱えている。

総理大臣は猫の目のように頻繁に交代し、リーダーシップの欠如のために、国民の政治不信は頂点に達している。チェルノブイリ原発事故を除けば世界最悪となった原発事故のために、多くの人々が今なお不便な避難生活を余儀なくされており、自殺者も出ている。福島の原発事故は、「高度なハイテク大国ニッポン」に対する外国の信頼を打ち砕いた。原発停止で燃料の輸入コストが増大したことや、東日本大震災や円高の悪影響で輸出が伸び悩んだことが響いて、昨年日本は31年ぶりに貿易赤字を記録した。貧富の格差は拡大する一方で、生活保護受給者の数は200万人を超えている。厚生労働省によると、国が生活保護のために行う支出は、今年度3兆7000億円に達する見通し。同省はこの額が、2025年には40%増えて5兆2000億円になると予測している。

経済協力開発機構(OECD)によると、日本の債務残高は国内総生産(GDP)の200%を超えている。ギリシャやスペインと異なり、日本の国債の大部分は国内で買われている上、日本には多額の個人金融資産がある。このため日本政府が信用格付けを引き下げられても、国債の利回りが南欧諸国のように高騰する危険性は今のところ低い。それにしても、債務比率の悪化をいつまでも放置して良いのか。不安を抱く市民は少なくない。

野田政権が消費税の引き上げを実施しようとしているのは、債務比率を引き下げる決意を世界中に示す意味もある。しかし、現在日本政府が考えている消費税は、ドイツと異なり食品など生活必需品の税率を緩和しないので、低所得層には厳しい。ドイツで付加価値税が引き上げられた時に景気が冷え込んだように、日本でも消費税導入は不況を悪化させるに違いない。

日本の家電メーカーは深刻な赤字を抱え、外国市場で韓国、中国、台湾の激しい攻勢にさらされている。特にテレビや携帯電話などの大衆向け製品では、日本企業は韓国に比べてグローバル化が圧倒的に遅れている。この結果、企業は正社員の採用を減らす傾向にあり、学生たちは就職難に苦しんでいる。

多事多難の日本だが、日本滞在中に「世界に誇れるものはまだある」と感じた。たとえば、一眼レフのデジタルカメラなど、特殊なニッチ市場では、日本企業は世界最高の水準にある。物づくりの伝統は廃れていない。

レストランや商店、ホテルでのサービスは世界一だ。ドイツのような「サービス砂漠」に住んでいる私は、日本へ行くたびに店員さんや車掌さんの対応の良さ、気配りの細かさに感激させられる。

さらに、豊かな食文化を忘れてはならない。世界の色々な国を訪れたが、日本の食事のバラエティーの豊かさと洗練度は、間違いなく世界一である。ミシュランのレストランガイドで、1つ星や2つ星のレストランも含めて、星の合計数では日本が最多というのも不思議ではない。(3つ星や4つ星など星が多いレストランの数では、フランスが日本を上回る)あるヨーロッパ人は、「日本を訪れて、生まれて初めて食事の楽しさを知った」と語る。

また、漫画やイラスト、映画などの文化活動でも、日本は世界の中で傑出している。村上隆や大友克洋の作品が外国で高い評価を受けたのは、その証拠だ。工芸品や文房具の美しさには、多くの外国人が魅了されている。

ニッポンはまだ負けていない。そう思いながら、成田空港を飛び立った。

6 Juli 2012 Nr. 926

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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