独断時評


メルケル首相のEU改革案

2月3日にブリュッセルで欧州連合(EU)加盟国が開いた首脳会議で、ドイツのメルケル首相はEUの債務問題に歯止めを掛けるために「競争力のための協定」という改革案を打ち出した。

具体的にドイツが何を提案したのかを示そう。例えばポルトガルやベルギーなどでは、物価水準が上昇すると自動的に賃金も上昇する制度があるが、こうした物価連動型の賃金協定は、これらの国々の製品の価格競争力を弱めるので、廃止する。

また年金支給額についても、政府は国民の歓心を買うための年金引き上げをやめ、人口の変化に合わせて調整する。ドイツは人口が減少して保険料を支払う人が大幅に減った場合に、実質的な年金支給額が減る計算方法をすでに採用している。

さらにメルケル首相は、毎年の財政赤字が国内総生産(GDP)の特定の比率を超えることを禁止する条項を、EU加盟国の憲法に盛り込むことを提案した。「Schuldenbremse(債務ブレーキ)」と呼ばれるこの制度も、ドイツでは採用済み。ドイツ政府は、毎年GDPの0.35%を超える追加的な借金をすることを憲法によって禁止している。

メルケル首相はなぜこのような提案を行なったのだろうか。その理由は、ドイツ人たちが「ギリシャに端を発した公的債務危機の病根を取り除くには、EU加盟国の借金体質を改め、企業の国際競争力を高めることによって、国の富を増進する必要がある」と考えているからだ。確かにEU加盟国の間の国際競争力には、大きな格差がある。

ドイツは質の高い製品を生産しているために競争力が強く、貿易黒字を抱えているが、ギリシャのように農業や観光を主な収入源としている国は、慢性的な貿易赤字に苦しんでいる。企業の収益が増えない国は、税収も増えないので国債を発行して資金を調達するしかない。EUではこの競争力のギャップを長年にわたって放置してきたことが、現在欧州を脅かしている債務危機の原因の1つだという見方が有力だ。

EU首脳の、債務危機拡大への懸念は強まっている。4月15日にはポルトガルの45億ユーロ(約4950億円)相当の長期国債が償還時期を迎える。スペイン政府の155億ユーロ(約1兆7050億円)相当の長期国債が償還となるのは、4月30日。つまり両国は多額の借金を借り替えなくてはならないのだ。これらの国々が国債の買い手を見付けることができなければ、ギリシャやアイルランドと同じ事態に陥る。

こうした状況に備えて、EU加盟国の首脳はブリュッセルでの会議で「欧州財政安定化機構」が融資できる額を現在の2500億ユーロ(約27兆5000億円)から引き上げることを決めた。スペインとポルトガルに次いで、ベルギーやイタリアも債務危機に巻き込まれた場合、緊急融資額が足りなくなるからだ。この融資額の引き上げは、ドイツやオーストリアなど比較的財政状態が安定している国にとって、負担の増加を意味する。

さらに国際金融筋や経済学者の間では、ギリシャ政府が債務と利息を返済することは不可能なので、大幅な債務の減額(リスケジューリング)は避けられないという見方が強まっている。簡単に言えば、借金の棒引きだ。ギリシャにお金を貸していた人は、投資額の一部を失うことになる。欧州とユーロが突き進んでいる長く暗いトンネル、光はいつ見えるのだろうか。

18 Februar 2011 Nr. 855

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 09:41
 

エジプト革命とドイツ

エジプトが、そして中東が前代未聞の事態に揺れている。1日、エジプト全土で100万人の市民がムバラク大統領に対する抗議デモを繰り広げた結果、同氏は次の大統領選挙に立候補しないことを明らかにした。だが今回の騒乱では、治安部隊の発砲によってすでに約100人の市民が死亡しており、人々の怒りはムバラク氏が退陣するまで収まらないだろう。一部地域では暴動や略奪により治安が悪化しているほか、ゼネストによって生産活動が停止し、経済に悪影響が出始めている。

アラブの国でこのような歴史的な事件が起きると、一体誰が予想しただろうか。チュニジアで起きた市民デモによって独裁者が国外に逃亡した後、エジプトに飛び火した革命は、1981年から続いたムバラク政権にも終止符を打とうとしている。政府は治安を回復するために戦車や装甲車を投入したが、兵士たちは何万人もの市民に圧倒され、「デモ隊に発砲しない」と宣言する始末。この時ムバラク氏の敗北は決まった。

少なくとも現時点では、この市民デモは草の根から発生したものであり、イスラム過激派によって組織されたものではない。欧州委員会や各国政府にとっても今回の事態は青天の霹靂(へきれき)だ。アラブ諸国では、独裁的な指導者が警察や軍を使って強権的な政治を行なっていることが多い。反体制派が投獄され、拷問にかけられることも珍しくない。言論の自由も確保されていない。そうした国で、人々が身の危険を顧みずに街へ出てムバラク氏への怒りをぶちまけ、軍にも止められない革命に発展したのは驚くべきことだ。ヨルダンの国王が1日に突然首相を交代させたことは、アラブ諸国の指導者の間で自国に革命の火の粉が飛んでくることへの恐怖感が高まっていることを示している。

しかしメルケル首相をはじめ、欧米諸国の首脳によるエジプト情勢についての発言は、非常に歯切れが悪い。エジプト政府はアラブ諸国の中でほぼ唯一イスラエルに対して比較的穏健な態度を取ってきた国だからだ。いわばムバラク政権は、欧米諸国にとってアラブ世界との重要なパイプ役を担っていたのである。この見返りとして米国は毎年エジプト政府に20億ドル(約1660億円)もの援助を行ってきた(その内半分以上が軍事援助。今回カイロの路上に出動した戦車もほとんど米国製)。欧米は、公然とムバラク氏の退陣を求めにくいのだ。

欧米やイスラエルにとって最も都合の悪い事態は、ムバラク政権が倒れた後にイスラム過激派と関係の深い政権が生まれて、イスラエルと敵対関係を持つことだ。エジプトでは、「ムスリム同胞団」という過激組織が深い根を張っている。かつてサダト大統領を暗殺したのは、この組織のメンバーである。またムスリム同胞団は、2001年の同時多発テロの首謀者とも関係があった。ムスリム同胞団は今回のデモに加わっているが、中心的な役割を果たしてはいない。

だがムバラク後のエジプトで長期間混乱が続いて市民の不満が高まった場合、この過激組織が権力を手中に収めようとする危険がある。欧米諸国が期待を掛けている穏健派のエルバラダイ氏も、エジプト市民の間では知名度が低い。ドイツ政府はナチスがユダヤ人を迫害・虐殺した反省から、イスラエルの利益を守ることに極めて熱心である。ドイツ政府は、チュニジアからエジプトに広がった造反が連鎖革命となってほかのアラブ諸国に広がり、中東全体でイスラム過激勢力が伸張する事態だけは避けたいと考えているに違いない。ただし、欧米の指導者たちも、長い間政府に抑圧されてきた民衆のパワーが爆発するのを抑えられないことは肝に銘じるべきだ。

11 Februar 2011 Nr. 854

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:32
 

苦境のドイツ連邦軍

ドイツ連邦軍が、またもやスキャンダルに揺れている。昨年11月に海軍の練習船「ゴルヒ・フォック」号で、25歳の女性士官候補生が、訓練中に帆船のマストから転落して死亡した。この直後、ほかの士官候補生たちが事故をきっかけとして訓練の継続を拒否し、上官たちとの間で激しい意見の対立が起きていたことが明らかになった。

グッテンベルク国防相は、「ゴルヒ・フォック」号の訓練航海を中止させ、寄港地に調査団を派遣して事故の背景を調査するよう命じた。「ゴルヒ・フォック」号は、3本の高いマストと白い船体を持つ優美な帆船である。かつて、10マルク紙幣の裏側にこの船の絵が印刷されていたことを覚えている方もおられるだろう。

だがその美しい姿とは対照的に、古参の水兵や上官によっていじめやセクハラが行なわれていたという情報も流れている。2008年にも女性士官候補生が、甲板から海上に転落して謎の死を遂げている。この転落死の背景も明らかにされていない。帆船の中で、何が起きていたのか。女性が転落死した原因は何だったのか。謎は膨らむばかりだ。

4500人のドイツ将兵が戦っているアフガニスタンでも、不祥事が起きた。昨年12月にメルケル首相とグッテンベルク国防相が同国に駐屯しているドイツ兵たちを訪れる直前、1人の兵士が基地で死亡した。当時連邦軍は、「武器の手入れをしている時に、誤って弾丸が発射されて事故が起きた」と発表していた。これを聞いた市民のほとんどは、死亡した兵士が武器を手入れしている際の事故だと思ったはずである。だが今年1月になって、この兵士は、自分のピストルから発射された弾丸ではなく、ある戦友がふざけながら扱っていたピストルから発射された弾丸で死んだことが明らかになった。

なぜ第一報では、事実と異なる内容が流されたのか。どのような状況であれ、ピストルを持ってふざけるのは危険な行為である。それが戦友の死につながったとしたら、上官の監督責任も追及されるだろう。この部隊の上官たちは、首相と国防相が訪れることを意識して、自分たちにとって不都合な事故を隠そうとしたのか。

さらに、この部隊の兵士たちが祖国に送った封書が何者かによって開封され、一部の手紙がなくなっていたこともわかった。ピストルの暴発事故との関連は不明だが、他人の封書を開封するのは犯罪行為である。

軍隊はその性格上、秘密の保持を重視する。このため、一般の市民やマスコミの目が届きにくい閉鎖空間である。グッテンベルク氏には、連邦軍に対する市民の信頼を回復するためにも事実の徹底的な解明と情報公開を行なってほしい。

政府は公的債務と財政赤字を大幅に減らすために、ドイツ連邦軍にも大ナタを振るう予定だ。この国の伝統だった徴兵制が、事実上廃止される可能性も強まっている。今日の連邦軍の主な任務は、本国を敵の侵攻から防衛することではなく、アフガニスタンなど国外での平和維持や危機管理活動になりつつある。連邦軍は創設以来最も大きな変化を経験しようとしているのだ。

そう考えると、優美な3本マストの帆船による洋上訓練が、今後どれだけ継続されるかも未知数である。不幸な出来事が相次いだ今、名高い「ゴルヒ・フォック」号が母港キールにその船体を休める日も遠くないかもしれない。

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:32
 

債務危機は制御可能か?

2010年度の「一番ひどい言葉」大賞にメルケル首相の「alternativlos(選択の余地がない)」が選ばれた。これは、昨年過大な借金によって破たんの危機に陥ったギリシャ政府への援助をめぐる議論の中で、首相が言ったもの。首相は「ギリシャを援助しなければ、ユーロの安定性が脅かされる。つまりギリシャ救済以外に道はない」と訴えたのである。政治家が、ほかに選択肢がないと公に主張するのは、政治の貧困だ。この発言が最もひどい言葉に選ばれたことは、国民がユーロ危機へのドイツ政府の対応に、いかに強い不満を抱いているかを表している。

しかも債務危機をめぐる欧州の情勢は、富裕国ドイツにとってさらに不都合なものになりつつある。1月17日にEU加盟国の財務大臣たちが、破たんの瀬戸際に追い込まれた国を救うための「欧州財政安定化基金(EFSF)」の融資額を引き上げる方針を打ち出したからだ。

EUの援助システムの総額は7500億ユーロ(約81兆円)だが、その中でEFSFは4400億ユーロの限度額を持つ最大の基金。しかし現在の制度では最高2500億ユーロまでしか融資できない。EUは、この融資額を引き上げるために、ドイツやオーストリアなど比較的財政状態が良い富裕国に対して、保証額(間接的な負担額)を増やすよう求める方針だ。EUはギリシャとアイルランドを襲った債務危機が、ポルトガルやスペインなどに飛び火することを恐れているのだ。実は昨年末から、欧州では「7500億ユーロでは、足りないのではないか」という声が出ている。たとえばベルギーの財務大臣は、限度額を現在の2倍、つまり1兆5000億ユーロ(約162兆円)に引き上げるべきだと主張していた。

多くのドイツ人は、EUの提案を聞いて強いショックを受けている。欧州最大の経済パワー・ドイツの負担が増えることは明白だ。ドイツ人がマルクを捨ててユーロを受け入れた時に、政治家たちが行なった約束はことごとく破られてきた。通貨同盟の創設時に法的基盤となったマーストリヒト条約は、「ある国が財政危機に陥った時に、他国が救済することを禁止する」と明記していた。だが昨年メルケル首相が決断したギリシャ救済は、この規定があっさりと破られたことを意味する。

「野放図な財政政策によって財政赤字や公的債務が一定の基準を超えた国には、厳しい制裁を加えるべきだ」というドイツの主張も、他国の反対で葬られた。規則を破っても処罰されず、豊かな国が救済してくれるのであれば、 貧しい国は真剣に財政赤字や公的債務を減らそうとするだろうか。

ドイツ人は、第1次世界大戦後の超インフレによって、通貨が価値を失うという恐ろしい経験を持っている。このため彼らは、通貨の安定性を極めて重視する民族だ。現在EUが取っている政策は、域内の規律を厳しくして、加盟国の債務を減らすことにはつながらない。むしろ救済資金の額を増やすことによって、マーケットを沈静化させることだけを狙っている。つまり病気の根源を取り除くのではなく、熱を下げるための対症療法にすぎない。だが南欧の国々の信用格付けが民間の格付け機関によって引き下げられれば、これらの国々の国債は暴落し、債務危機は再発する。ドイツ人の間では「いつまで他国の借金の面倒を見なくてはならないのか。欧州通貨同盟は、貧しい国を助けるための共同体なのか」という強い疑問の声が上がりつつある。一方、フランスやイタリアなどは、「豊かな国が貧しい国を助けるのは当然だ」と考えて、ドイツ人の懸念を無視している。ドイツ人の我慢が、永遠に続くという保証はない。2011年は欧州通貨同盟にとって、大きな曲がり角になるかもしれない。

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 09:43
 

ダイオキシン汚染の謎

「私たちが食べているドイツの卵は安全なのか?」読者の皆さんの中には、こんな疑問を抱かれている方もおられるだろう。ドイツの一部の家畜の飼料に、有害物質ダイオキシンが混入していた問題は、多くの家庭に不安を与えている。

シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の飼料メーカーH社が、同州の農業省にダイオキシン汚染の疑いを通報したのは、昨年のクリスマスの直前だった。だがH社は昨年の3月にはすでに、ダイオキシンの混ざった工業用油脂が、農業用飼料に混入したことを知っていた。つまり9カ月にわたって、ダイオキシンで汚染された飼料がドイツ全国の農家に売られていた可能性がある。農業省によると、許容値の78倍のダイオキシンが確認されたケースもある。

農家への打撃は甚大だ。本稿を書いている時点で、4700カ所の農家が検査のために業務を停止し、その内558カ所の農家でダイオキシン汚染が見付かり、卵や食肉の出荷を禁止されている。仮に卵がダイオキシンで汚染されていなくても、農家が業務を1週間停止するだけで、3万ユーロ(約330万円)の損害が生じる。

今回のスキャンダルの最大の問題は、情報不足である。今回明らかになったダイオキシン汚染によって、具体的な健康被害が生じたという報告はない。だが、われわれ消費者は、これまで食べていた卵や食肉にどの程度のダイオキシンが含まれていたのか、確認するすべがない。さらに、H社でダイオキシンがどのようにして工業用油脂、そして家畜用の飼料に混ざったのかについても、経緯がはっきりしていない。問題が発覚してから2週間以上経った時点でも、連邦政府は消費者に十分情報を流しているとは言い難い。関係省庁は一刻も早く、市民に正確な情報を与えてほしい。

ドイツでは、食品に関するスキャンダルが後を絶たない。1990年代にはBSE(狂牛病)が欧州の家畜の間で広がったが、その原因の1つも、一部の家畜に与えられていた特別な飼料だった。また2005年以降は、食用に適さない古い肉などが大量に卸売りされていた、いわゆる“Gammelfleischskandal”が次々と明るみに出た。

こうした問題の再発を防ぐためには、工業用油脂と家畜に与えられる飼料を同じ工場で取り扱うことを禁止するだけでなく、飼料や食品の品質検査を強化する必要がある。連邦政府は飼料メーカーなどへの監督を厳しくするだけでなく、罰則の強化も検討している。

今回のスキャンダルの背景に、ドイツの食品業界の激しい価格競争を指摘する声もある。食肉を取り扱う業界で働くあるドイツ人は、「この国では、卵や食肉などの小売価格が、これ以上下げられないという水準まで低くなっている。このため、飼料メーカーが製造過程でコストを極端に節約しようとしたり、トラブルが起きた時に監督官庁への通報を遅らせたりするという事態が起こるのではないか」と推測している。コストを節約するために、消費者の安全が犠牲にされていたとしたら、言語道断である。

われわれの健康な生活は、食べ物が生み出されるプロセスに関わるすべての人々、そしてこのプロセスを監視する省庁への信頼の上に成り立っている。ドイツ政府と業界関係者には、この信頼を1日も早く回復するために、真剣に努力してもらいたい。

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 09:48
 

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