Hanacell

ダイオキシン汚染の謎

「私たちが食べているドイツの卵は安全なのか?」読者の皆さんの中には、こんな疑問を抱かれている方もおられるだろう。ドイツの一部の家畜の飼料に、有害物質ダイオキシンが混入していた問題は、多くの家庭に不安を与えている。

シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の飼料メーカーH社が、同州の農業省にダイオキシン汚染の疑いを通報したのは、昨年のクリスマスの直前だった。だがH社は昨年の3月にはすでに、ダイオキシンの混ざった工業用油脂が、農業用飼料に混入したことを知っていた。つまり9カ月にわたって、ダイオキシンで汚染された飼料がドイツ全国の農家に売られていた可能性がある。農業省によると、許容値の78倍のダイオキシンが確認されたケースもある。

農家への打撃は甚大だ。本稿を書いている時点で、4700カ所の農家が検査のために業務を停止し、その内558カ所の農家でダイオキシン汚染が見付かり、卵や食肉の出荷を禁止されている。仮に卵がダイオキシンで汚染されていなくても、農家が業務を1週間停止するだけで、3万ユーロ(約330万円)の損害が生じる。

今回のスキャンダルの最大の問題は、情報不足である。今回明らかになったダイオキシン汚染によって、具体的な健康被害が生じたという報告はない。だが、われわれ消費者は、これまで食べていた卵や食肉にどの程度のダイオキシンが含まれていたのか、確認するすべがない。さらに、H社でダイオキシンがどのようにして工業用油脂、そして家畜用の飼料に混ざったのかについても、経緯がはっきりしていない。問題が発覚してから2週間以上経った時点でも、連邦政府は消費者に十分情報を流しているとは言い難い。関係省庁は一刻も早く、市民に正確な情報を与えてほしい。

ドイツでは、食品に関するスキャンダルが後を絶たない。1990年代にはBSE(狂牛病)が欧州の家畜の間で広がったが、その原因の1つも、一部の家畜に与えられていた特別な飼料だった。また2005年以降は、食用に適さない古い肉などが大量に卸売りされていた、いわゆる“Gammelfleischskandal”が次々と明るみに出た。

こうした問題の再発を防ぐためには、工業用油脂と家畜に与えられる飼料を同じ工場で取り扱うことを禁止するだけでなく、飼料や食品の品質検査を強化する必要がある。連邦政府は飼料メーカーなどへの監督を厳しくするだけでなく、罰則の強化も検討している。

今回のスキャンダルの背景に、ドイツの食品業界の激しい価格競争を指摘する声もある。食肉を取り扱う業界で働くあるドイツ人は、「この国では、卵や食肉などの小売価格が、これ以上下げられないという水準まで低くなっている。このため、飼料メーカーが製造過程でコストを極端に節約しようとしたり、トラブルが起きた時に監督官庁への通報を遅らせたりするという事態が起こるのではないか」と推測している。コストを節約するために、消費者の安全が犠牲にされていたとしたら、言語道断である。

われわれの健康な生活は、食べ物が生み出されるプロセスに関わるすべての人々、そしてこのプロセスを監視する省庁への信頼の上に成り立っている。ドイツ政府と業界関係者には、この信頼を1日も早く回復するために、真剣に努力してもらいたい。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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