独断時評


不況は終わったのか?

経済学者や政府関係者らは、8月13日にヴィースバーデンの連邦統計庁が発表した数字を見て目を丸くした。今年第2四半期のドイツの国内総生産(GDP)がプラス0.3%とわずかに増加したからだ。

昨年初め以来、ドイツ経済はマイナス成長を続けていた。特に米国でリーマンブラザーズが破たんして金融危機が本格化してからはGDPが急降下。昨年の第4四半期にはマイナス2.4%、今年第1四半期にはマイナス3.5%と、ドイツ経済という患者の症状は悪化の一途をたどっていた。

経済学的な観点から言えば、GDPの減少が止まりわずかな増加を示したということは、不況の終わりを意味する。確かに今年6月には、製造業界への受注も前月に比べて4.5%増加し、景気が上向く兆しが見えていた。株価指数の動きも、8月中旬には将来の景気回復を織り込んで上昇傾向を示していた。

ただし、今年第2四半期のGDPは、昨年の同じ時期に比べると5.9%も低い。患者が衰弱していることは間違いなく、手放しで喜ぶことはできないだろう。

このため、政治家たちの反応もまちまちである。グッテンベルク経済大臣は、「我々を勇気づけるような数字だ。最悪の時期は乗り越えたのかもしれない」と述べた。これに対してメルケル首相は「まだ経済危機は終わっていない」と述べ、楽観論に釘を刺した。

さらに企業の倒産件数を見れば、景気に赤信号が灯っていることは明らかだ。民間の信用調査機関クレディート・レフォルムによると、今年上半期に倒産した企業は1万6650社。前の年の同時期に比べて14%も増えている。さらに倒産の危険にさらされている企業で働いている人の数は、前年に比べて54.4%も増加し、25万4000人となった。

特に倒産の危険が高いのが製造加工業で、倒産件数は前年比で31.4%増えている。コメルツバンクなどの銀行、オペルのような有名企業は政府に救ってもらえるが、ドイツ経済の屋台骨である中小企業(ミッテルシュタント)は、マスコミに注目されることもなく、破たんしていく。クレディート・レフォルムの調べでは、倒産企業の実に61.5%が、年間売上高が50万ユーロに満たない中小規模の企業である。

現在、多くの企業が労働時間の短縮(クルツアルバイト)を実施し、政府から給料の削減分を補てんしてもらうことにより従業員の解雇を防いでいる。現在140万人の労働者がクルツアルバイトによって解雇を免れているが、この制度が適用されるのは最長24カ月まで。したがって、今後失業者が増えることは避けられないと見られている。

与党関係者は、選挙対策の一環として「政府の景気対策が功を奏して、不況の暗雲に光が射してきた」と言いたいところだろうが、プラス0.3%の成長率だけでは、企業倒産や失業者数の増加に歯止めをかける材料にはならない。

こう考えると、この患者(ドイツ経済)をリーマン・ショック以前の状態にまで回復させるには、まだ時間がかかるというべきだろう。

28 August 2009 Nr. 780

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:28
 

グッテンベルク旋風


 ©Deutcher Bundestag /
 Paul Schirnhofer
政治の世界とは不思議なものだ。保守的なCSU(キリスト教社会同盟)の一議員がドイツで最も人気のある閣僚になることを昨年の今頃、誰が予想しただろうか。今年2月にメルケル首相が連邦経済・技術大臣に任命したテオドア・ツゥ・グッテンベルク氏は、瞬く間に政界のスターの座に駆け上がった。今月行われたある世論調査によると、回答者の73%が「グッテンベルク氏には次の任期にも閣僚にとどまって欲しい」と答えた。

ドイツ人が好む政治家像は、「明確な主義主張を持ち、たとえ孤立しても自分の意見をはっきり言う人物」である。ドイツ語で言うと「Rückgrat (背骨)を持つ」、潔い人物が求められる。

多くの市民は、グッテンベルク氏の中にそうした政治家像を見出した。彼は今年6月にメルケル首相や他の閣僚たちとオペル救済について深夜まで協議した際に、「マグナ社の再建プランは投資家のリスクが少なく、むしろ政府と国民に多額の負担を強いるものであり、受け入れられない」として反対した。大半の出席者はGMが倒産する前にオペルを救うことを重視しており、マグナの提案に賛成。グッテンベルク氏の意見は少数派だった。彼は自分の提案が聞き入れられない場合には、経済大臣を辞めるとまで言い切った。メルケル首相に説得されて大臣に留まったが、職を賭けて自分の主張を通そうとした彼の態度は国民の注目を集めた。そうした潔い態度は、今日の政界ではなかなか見られるものではない。

彼は政界に進出する前に家族企業の経営に関わっていたため、リスクや損得に関する感覚が他の閣僚に比べて鋭いのかもしれない。また貴族の家庭に生まれたことや、祖父が1960年代に連邦首相府の次官を務めたことも、彼の政治家としての態度に影響を与えているのかもしれない。ほとんどの新聞・雑誌もグッテンベルク氏については好意的な論評を行っている。この貴族政治家を「アンゲラ・メルケルの最大の発見」と評したマスコミもあるほどだ。

そのグッテンベルク大臣が今月初めに突然、「金融業界関連法を補完する法律」に関する構想を発表し、社会の注目を集めた。彼はこの法律によって、銀行が倒産しそうになった場合には株主が反対しても、銀行を国家の管理下に置いて安定化させることを目指している。そして株主が持っている議決権を一時的に凍結して、経営者に指示を与えたり、役員を任命したりする権利を金融監督庁に与える。銀行が国家の管理下に置かれている間は、株主への配当や役員へのボーナスの支払いも禁止される。

経営危機に陥った銀行が国民の血税で救済されているのに、一部の役員たちは雇用契約に基づき巨額のボーナスを受け取っている。このことに多くの国民が強い不満を抱いているが、グッテンベルク氏はそうした感情に配慮したのであろう。

驚いたのは、ツィプリース司法大臣。同じ内閣にいながらグッテンベルク氏からこの構想について知らされていなかったからだ。ツィプリース氏は、CSUのライバルであるSPD(社会民主党)に所属する。9月末の連邦議会選挙が迫り、大連立政権内部では有権者の支持を増やすための競争が始まっているのだ。グッテンベルク氏は37歳。史上最年少の経済大臣である。総選挙へ向けて強力な秘密兵器を手にした保守勢力CDU・CSU。かたやSPDは、経済が重要な争点となっている今、苦戦を強いられるだろう。

21 August 2009 Nr. 779

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:13
 

完全雇用は幻想か?

日本と同じく、ドイツの政局も総選挙を中心に展開している。その中でも8月3日に、社会民主党(SPD)のフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー首相候補が行った演説は大きな注目を集めた。

シュタインマイヤー氏は「明日の雇用について」と題した演説の中で、「2020年までに400万人分の新たな雇用を創出して、完全雇用状態を実現する」と宣言したのである。経済学者の間では、失業率が4%以下の状態を完全雇用と定義している。現在の失業率は8%前後なので、SPDは失業率の半減を狙っているのだ。

シュタインマイヤー氏が失業根絶の切り札として大きな期待をかけているのが、環境保護や省エネ関連技術である。「次の産業革命の主役は、伝統的な製造業と環境保護技術を組み合わせたものである。環境保護を重視することによって、伝統的な製造業界、とくに中小企業にも大きなチャンスが巡ってくるのだ」。

ドイツ経済を支える屋台骨は、機械・化学・金属産業、とりわけ規模が小さな企業(Mittelstand)である。また世界中で、二酸化炭素など温室効果ガス削減についての関心が高まっていることから、太陽光発電、風力発電、暖房の効率化、電気自動車など環境関連技術のマーケットは急速に拡大しつつある。

SPDはこの提案によって、環境保護に強い関心を持つ市民だけでなく、伝統産業に従事する人々にもアピールしようとしているのだ。

しかし経済学者や企業経営者たちからは、シュタインマイヤー氏の野心的な構想について批判的な意見が出ている。連邦政府の諮問機関である「経済専門家会議」のヴォルフガング・フランツ議長は、「政治家が400万人分の雇用創出を一方的に目標にするのは、危険な戦略だ」と指摘。また、「雇用を創出するのは政界ではなく経済界の役目だ」として、政治家は財政赤字の削減や教育投資の増加などに専念するべきだと主張している。

ドイツの政治家にとって失業者数の削減は最も重要な課題の1つだが、これまで歴代の首相が数値目標を達成できたためしがない。1996年に、当時のコール首相が200万人分の雇用創出を目指すと宣言したが、実現しなかった。シュレーダー前首相も失業者数の大幅な削減を政策目標に掲げたが、労働市場の改革プロジェクト「ハルツIV」やITバブル崩壊の影響で、失業者数は500万人を超え、戦後最悪の数字を記録した。シュレーダー氏は財界と深い関係を持つ、SPDでは異色の政治家だった。彼は財界の意向を汲んで法人税や社会保障コストの削減などに力を入れ、企業の体力を強化することによって雇用を増やそうとした。しかし労働組合などからは「弱者を切り捨て、格差を是認する政策だ」として強い批判が上がり、SPDへの支持率は急落した。

同党は2005年の連邦議会選挙では34.2%の得票率を確保したが、ARDなどの世論調査によると、今年7月末の支持率はわずか24%。「首相を直接選べるとしたら、誰を選ぶか」という問いに対しては、回答者の60%がメルケル氏と答えているのに対し、シュタインマイヤー氏の支持率は25%にすぎない。

400万人分の雇用創出という夢のような構想で、シュタインマイヤー氏が劣勢を挽回できるかどうか。大きな疑問符がつきまとう。

14 August 2009 Nr. 778

最終更新 Mittwoch, 19 April 2017 15:26
 

重みを増すユーロ


  
ユーロ導入よりもかなり以前の1992年、私は欧州通貨同盟について記事を書くために、当時ボンにあった連邦財務省で担当課長G氏をインタビューした。私の最大の関心は、なぜドイツは安定通貨マルクを廃止するのかという点だった。G氏は「我々はマルクを捨てますが、マルクの安定性、優秀性を欧州全体に輸出するのです」と言った。マルクに固執していたら、ドイツの成長には限界がある。発展的に解消してこそ、未来があるというのだ。それから17年経った今、彼の予言は現実のものになりつつある。

国際通貨基金(IMF)の調べによると、世界各国が持っている外貨準備高の中でユーロが占める割合は、1999年には18%だったが、現在では9ポイント上昇して27%になっている。ユーロ誕生前、国際金融市場の基軸通貨はドルだけだった。中国などアジア諸国、それに中東の国々が、彼らのポートフォリオの中でユーロを少しずつ増やしているのだ。ユーロ建ての外貨準備高の増大は、欧州統一通貨の国際的な地位が上昇していることを意味する。ユーロは将来、ドルと並ぶ基軸通貨になるかもしれない。

東欧を中心に、EU加盟だけでなくユーロ導入も希望する国は多い。長い目で見れば、地中海沿岸の諸国にもユーロが広がっていく可能性がある。

ユーロ導入によって最大の利益を得たのは、ドイツだ。1990年代初頭、ドイツはマルク高に見舞われ、それによってスペインやイタリアへの輸出が急激に減少し、大きな悪影響を受けたことがある。ユーロ導入によって、域内での貿易は国内取引と同じになったので、ドイツ企業は少なくともユーロ圏内では、為替変動の悪影響を一切受けなくなった。輸出依存度が高いドイツにとって、これは大きな利益である。将来東欧にユーロ圏が拡大すれば、ドイツ企業の輸出先はさらに増えるだろう。一方、ユーロと対照的に、ドルが世界の外貨準備高に占める割合は過去10年間に71%から64%に減った。また、円の割合も6%から3%に減っている。長期的に見ればドルによる一極支配は、終局に向かいつつあるのだ。

このことは、第2次世界大戦直後には文字通り世界最強だった米国の政治的な地位が、東西対立の終焉以降、徐々に低下していることも反映している。

今年7月に開かれたラキラ・サミットで中国は再び、「ドルを唯一の基軸通貨とする、現在の外貨準備システムを改革するべきだ」と主張した。中国の外貨準備高は過去2年半の間で2倍以上に増え、初めて2兆ドル(約180兆円)の大台を突破した。ドル建て外貨準備高でも世界一の座にある。中国は、米国が金融危機の影響で巨額の財政赤字を抱え、ドルの価値が不安定になることを懸念し、ドルに変わる新しい国際準備通貨を創設することを提案しているのだ。

こうした中国の発言は、世界経済の主要メンバーの間で、力関係の変化が進んでいることを示している。上海証券取引市場は、株式時価総額ですでに東京を追い抜いた。中国が国際経済の表舞台に堂々と姿を現し、日本は静かに舞台の後方に下がりつつある。

ドイツ・マルクが、単独で今日のユーロのような地位を占めることは不可能だった。その意味でマルクを廃止し、他の国々とユーロを分かち合ったドイツ政府の決断は、正しかったと言うべきだろう。現役を退いて年金生活者となっているG氏は今頃、ライン川のほとりで満足そうに微笑んでいるに違いない。

7 August 2009 Nr. 777

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:13
 

ドイツ政府と人権問題


 ©共同
7月17日午後、ミュンヘンの中心部にある広場マリエン・プラッツに、「虐殺をやめろ!」というシュプレヒコールが響いた。ウイグル人と彼らを支援するトルコ人たちが、中国政府に抗議するデモを行ったのである。女性たちはベールをかぶっており、イスラム教徒が多いことがわかる。彼らの中には、現在中国の一部であるウイグル人の自治区を「東トルキスタン」という名前で独立させることを要求し、トルコの国旗に似ているが下地が青色の東トルキスタンの旗を掲げている人もいた。

7月初めに中国の新疆ウイグル自治区で発生した暴動では、ウイグル人と漢民族が衝突しただけではなく、警官隊がウイグル人の暴徒に発砲した。中国政府の発表によると、双方におよそ190人の死者が出た。しかし現地の外国人ジャーナリストは、当局によって許可された範囲内の取材しかできないので、実際の犠牲者数を確認することはきわめて難しい。

ミュンヘンに本部を持つ世界ウイグル人会議は、「死者は1000~3000人に達する」と推定しており、中国政府に対して「ウイグル人に対する人権侵害を即刻やめるべきだ」と要求している。ミュンヘンでは中国人観光客がウイグル人に襲われる事件も起きており、中国外務省は同市への旅行を控えるよう自国民に勧告している。

シュタインマイヤー外務大臣は7月9日に声明を発表し、「新疆ウイグル自治区で起きている衝突、とくに死傷者が多数出ていることに強い懸念を抱いている。(漢民族、ウイグル人)双方とも暴力ではなく、対話によって紛争を解決すべきだ。暴力では、民族対立や社会の摩擦を解決することはできない」と事態の沈静化を呼びかけた。

ドイツ政府は、人権問題にきわめて敏感である。シュタインマイヤー氏は、7月15日にチェチェンで人権活動家ナタリア・エステミロヴァ女史が誘拐され射殺体となって見つかった時にも、「この卑怯な犯罪を強く糾弾する」と述べて事件の真相解明を求めた。犯人は捕まっていないが、市民団体「メモリアル」に属していたエステミロヴァ氏は、チェチェンでのロシア軍の残虐行為などを公表しており、軍関係者にとっては目の上のコブだった。

6月にイラン市民が「選挙結果に不正な点がある」として抗議デモを行い、警官隊と衝突して死傷者が出た時にも、メルケル首相は「ドイツは発言と集会の自由を求める市民の味方だ」と述べ、イラン政府に対して暴力によって市民を弾圧しないよう要求した。

また、ドイツ人が外国での人権侵害を厳しく批判する背景には、第2次大戦中にナチスがユダヤ人や異民族を弾圧したいまわしい過去に対する反省がある。ドイツの憲法である基本法の第1条第1項には、過去と対決する戦後ドイツ人の姿勢が現われている。“Die Würde des Menschen ist unantastbar. Sie zu achten und zu schützen ist Verpflichtung aller staatlichen Gewalt.„(人間の尊厳は不可侵である。人間の尊厳を重んじ、守ることはすべての国家権力の義務である。)ドイツの政治家や官僚が外国の人権侵害を無視できない理由は、ここにある。「言葉だけでは弾圧される市民を救えない」という批判もあるかもしれない。だが政治は言葉の戦いである。外交の世界では、黙っていることは事態を受け入れていると解釈される。貿易相手として重要な国に対しても、人権侵害の排除を求めるドイツ政府の姿勢に敬意を表したい。

29 Juli 2009 Nr. 776

最終更新 Mittwoch, 24 August 2011 11:14
 

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