Hanacell

アフガン戦とテロの影

「イスラム系過激派がドイツで同時多発テロを計画している?」

7月上旬に流れた情報は、ドイツ社会を緊張させた。連邦内務省などの治安当局が恐れているのは、9月末の連邦議会選挙の直前に、アルカイダの思想に共鳴するテロリストたちが英国やスペインで起きたような無差別テロをドイツ国内で実行することだ。

テロは選挙の結果に大きな影響を与えることがある。たとえば2004年にスペインは米軍を支援してイラクに戦闘部隊を派遣していたが、マドリードで通勤途中の市民らを狙った無差別テロが発生し、国民の政府への反感と厭戦気分が非常に高まった。このためテロの直後に行われた選挙では、米国寄りの与党が大敗して政権交代が実現。新政府はスペイン軍をイラクから撤退させた。つまりイスラム過激派は爆弾テロを行うことで世論を操作し、政治的な目的を達成したのである。極めて危険な前例だ。

ドイツでも、連邦軍のアフガニスタン駐留に批判的な意見が強まっている。インフラテスト社の世論調査によると、アフガン駐留に反対する回答者の割合は2004年には47%だったが、今では69%に増えている。アルカイダに共鳴する過激組織は、インターネット上でドイツにアフガニスタンからの撤退を要求している。

このため治安当局は、イスラム過激派がスペインと同じように選挙の直前にテロを起こすことを危惧しているのだ。多数の市民が犠牲になれば、メルケル政権への批判が強まり、アフガン派兵に反対している党が選挙で得票率を伸ばすかもしれない。

ドイツはアフガン北東部を中心に4500人の兵士を派遣している。ドイツ軍が担当しているクンドゥス周辺の地域では、道端に仕掛けられた爆弾や対戦車ロケット砲、小火器による攻撃が増えている。パトロール中の兵士が発砲され、激しい銃撃戦に巻き込まれることは珍しくない。兵士たちが身を守るために武器を使用するだけでなく、発見したゲリラ部隊を積極的に攻撃して制圧したケースも報告されている。

シュピーゲル誌によると、これまで前線の兵士たちは「実際に攻撃されるか攻撃が迫っている時以外に武器を使用してはならない」という規定に縛られていたが、今年4月にこの規定が削除されたため、以前よりも自由に武器を使用できるようになった。

これまでにアフガニスタンでの戦闘や事故で死亡したドイツ兵の数は、7月上旬の時点で35人。国防大臣を務めた社会民主党のペーター・シュトゥルック院内総務は、「ドイツ軍がアフガニスタンで戦争を行っているのは、まぎれもない事実。メルケル政権はそのことを認めるべきだ」と主張している。これに対しメルケル首相やユング国防大臣は、「アフガニスタンでの連邦軍の任務は平和維持である」として、戦争という言葉を使うことを避けている。

ドイツ人は平和主義的な傾向が強い国民である。政府が戦争という言葉を使いたがらない背景には、9月末の選挙に悪影響が及ぶことへの懸念がある。だが前線からの報告を読むと、アフガニスタンでの日常はもはや単なる平和維持活動ではなく、外国軍と抵抗勢力の間の戦争という性格を日に日に強めている。ドイツ人が、旗幟(きし)を鮮明にしなくてはならない時が、次第に近づいているように思える。

17 Juli 2009 Nr. 774

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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