Hanacell

史上最大の財政赤字


 シュタインブリュック財務相(SPD)
 ©D. Butzmann/F. Jaenicke/S. Knoll/
 B.aehahn
ドイツ連邦財務省のペーア・シュタインブリュック大臣は、よく口をヘの字に曲げて苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。6月24日には、大臣は特に機嫌が悪そうに見えた。彼はこの日、2010年の政府予算を発表したが、その中で来年度の財政赤字が861億ユーロ(約11兆1930億円)に膨らむことを明らかにしたのである。

今年度の財政赤字は、すでに476億ユーロ(約6兆1880億円)に達している。つまり今年と来年の財政赤字を合わせると、1337億ユーロという天文学的な数字になる。ドイツ政府がこれほど巨額の財政赤字を抱えるのは、初めてのことだ。

財政赤字急増の原因は、公的資金による銀行救済と不況対策である。昨年秋以来、ドイツの銀行業界は一時危機的な状況に陥った。特に不動産融資銀行ヒポ・レアル・エステートが、米国のサブプライム関連債権が混入した金融商品に多額の投資を行っていたために、業績が急激に悪化。政府はこの銀行が倒産して国際金融市場に連鎖反応が起こることを防ぐために、巨額の資金注入を余儀なくされた。このほかコメルツバンクなどの大手金融機関も、自己資本が急激に減ったために政府の支援を受けている。

また、政府は車の買い替え奨励金や生産縮小に追い込まれている自動車メーカーの労働者の給料減額分の補填に多額の予算を回している。今年後半からは、失業者が大幅に増えるものと予想されている。

財務省によると、2008年から来年にかけて歳出は16%増えるのに、税収は10.6%減る見通し。GDP(国内総生産)が1年間で約6パーセント減るという、戦後最悪の景気後退の爪痕がはっきり現われている。

省庁別に比べると、来年度の歳出が最も多いのは失業対策や年金問題を担当する連邦労働社会省で、1531億ユーロ(約19兆9030億円)。今年に比べて歳出が19.7%も増える。すべての省庁の中で最も急激な伸び率である。連邦労働社会省の歳出は、来年度の連邦政府全体の実に47%を占める。このことは、来年にかけて不況が雇用状況に与える悪影響について、政府が悲観的な見通しを抱いていることを示している。

ユーロ圏加盟国は、財政赤字などがGDPに占める比率を一定の数字以下に抑えなくてはならない。現在、ドイツを含む多くの国が不況のためにこの基準に違反しているが、政府は財政赤字を一刻も早く減らさなくてはならない。財務省は再来年から歳出を減らし、税収を増やすことを計画している。だがシュタインブリュック大臣は、税収を増やす方法については明らかにしていない。

このため各党の間では税金をめぐる議論が活発化している。9月末に連邦議会選挙が迫っているだけに、大変デリケートな問題である。連立政権の樹立を狙うキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と自由民主党(FDP)の一部の議員は、減税を提案している。選挙での得票率の引き上げを狙った発言である。これに対しシュタインブリュック大臣は、「減税を語るには時期尚早だ」と釘を刺す。CDUの一部の政治家は、付加価値税の引き上げを提案。メルケル首相は慌てて否定した。財政再建をどのように行うかは、今後の政局の重要な争点になるだろう。

10 Juli 2009 Nr. 773

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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