独断時評


リスボン条約否決とドイツの反応

リスボン条約否決とドイツの反応ドイツは、欧州連合(EU)の政治的、経済的な統合を強めることに最も積極的な国の一つである。それだけに、今月13日にアイルランドで行われた国民投票でEUのリスボン条約の批准が否決されたことは、ドイツ政府に強い衝撃を与えた。メルケル首相は、「政治統合をやめるわけにはいかない。なぜアイルランド国民がこういう反応を示したのか、まず調べなくてはならない」と述べた。

リスボン条約は、EU加盟国が27カ国に増えたことから、意志決定のためのプロセスを加速し、EUを一種の「連邦」に近づけることを目的にしている。たとえば、最高決定機関である欧州理事会での議決方式の変更や、「欧州外務大臣」のポスト新設を盛り込んでいる。

もともとEUは欧州憲法を施行しようとしていたが、3年前にフランスとオランダで行われた国民投票で市民が批准案を否決した。そこで「憲法」という言葉を使わずに、ほぼ同じ内容の改革案をリスボン条約という名前で成立させようとしているのだ。だがこの条約は、全ての加盟国によって批准されなくては効力を発揮できないので、今回のアイルランドの拒否によって条約そのものがご破算になる危険もある。

ドイツのシュタインマイヤー外務大臣は、「アイルランドを外して政治統合を進める必要性がある」という意味の発言を行ったために失笑を買った。EUの議決方式などに関する重要な条約を26カ国に適用させて、1カ国だけに適用させないということは現実的に不可能だからだ。以前ドイツには、外務大臣だったフィッシャー氏を中心として、「政治統合に積極的な独仏だけがEUの中核になって、他の国よりも速く統合を進めるべきだ」という意見もあったが、この「二つのスピードを持つEU論」は、EUの団結を弱めるとしてすでに葬られているのだ。

EUの政治統合はエリートたちには歓迎されているが、庶民は不信感を抱いている。アイルランドだけでなくフランスやオランダにも、「EUの力が強大になることによって、自国政府の権力が弱まるのはごめんだ」と考える市民が多いのだ。今や、各国の経済に関する法律の70%はEUの指令を国内法に変えたものである。しかも欧州委員会の委員たちは、市民によって直接選ばれるわけではないので、決定過程が不透明である。そうしたブラックボックスの中で、自国の利益を左右するような重要な決定が次々と行われることに疑問を抱く市民が増えるのは当然である。

さらに多くの市民が、政治統合の強化やEU拡大を「グローバル化」と見なして警戒している。経済のグローバル化は、工場などが人件費の高いフランスやドイツから労働コストの安い東欧へ移転することを促進する。西欧の多くの人々は、産業の空洞化によって失業することに強い不安感を抱いている。

長い目で見れば、EUが政治統合を強めていくことは間違いない。だがフランスとオランダに続いて、アイルランドも「ノー」の意志を見せたことは、市民の不信感がいかに強いかを浮き彫りにした。またしても座礁した船を、再び航路に乗せることができるのは、誰だろうか。

27 Juni 2008 Nr. 720

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:10
 

気候保護のコストは?

今月初め頃、メルケル首相はほっと胸をなでおろしたに違いない。大連立政権に参加している各党は、数週間にわたる激しい応酬の末、二酸化炭素(CO2)を削減し、地球温暖化を防止するための環境エネルギー政策(Klimapaket)の実現に向けた一連の法案を連邦議会で可決させることに成功したからだ。

具体的には、暖房用の熱と電力を同時に供給できるコージェネ型の発電所(KWK)の建設がさらに推進される。また太陽光で作られた電力への振興金の将来の水準について合意し、再生可能エネルギー促進法を更新することができた。

ドイツはこれらの施策によって、2020年までにCO2排出量を1990年に比べて40%減らすことを狙っている。その目玉は再生可能エネルギーの促進だ。ドイツエネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、昨年のドイツの再生可能エネルギーの発電量は前年比で20.9%も増えている。

ドイツが欧州連合(EU)の議長国だった時に発表したCO2排出量の削減計画は「トリプル20」とも呼ばれる。20年までにEU域内全体で、CO2排出量を90年に比べて20%減らし、再生可能エネルギーが消費電力に占める比率を20%まで高め、エネルギー消費量を20%減らすことを目指しているからだ。

欧州委員会のバローゾ委員長によると、CO2削減のためのコストは年間600億ユーロ(約9兆6000億円)で、EUの国内総生産(GDP)の0.45%に相当する。これは、EU域内に住む人々が、一人当たり毎週3ユーロずつ負担するのに等しい。ドイツ産業連盟(BDI)のユルゲン・トゥーマン会長は、「この計画によって、欧州とドイツに巨額の追加コストが生じ、産業基盤が侵食される危険がある。特にエネルギー集約型の産業にとっては大きな脅威であり、数百万人分の雇用が脅かされる」として、EUの提案を激しく批判した。

今回可決された再生可能エネルギー促進法の改訂版についても、経済省やキリスト教民主同盟(CDU)の一部の議員からは、「消費者の負担が大きすぎるので、太陽光発電への振興金をもっと大幅に減らすべきだ」という意見が出ていた。政府は風力や太陽光などで作られた電力について、他のエネルギー源で作られた電力よりもはるかに高い値段で買い取ることを保証している。そのための振興金は、06年の時点で58億1000万ユーロ(約9296億円)。過去6年間で4.9倍に増えている。この振興金は、我々消費者が毎月支払う電力料金に上乗せされている。ドイツの電力が日本や米国に比べて高い理由の一つはそこにある。電力代の40%は税金なのだ。

多くの市民はあまり関心を持っていなかったようだが、今回の法案可決で我々は今後、地球温暖化に歯止めをかけるためのコストをズッシリと感 じることになる。

20 Juni 2008 Nr. 719

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:00
 

テレコムによる違法監視の衝撃

テレコムによる違法監視の衝撃社会主義時代の東ドイツで、悪名高い秘密警察シュタージ(国家保安省)は、政府に批判的な市民の電話を盗聴したり手紙を開封したりして、情報を集めていた。東ドイツは、あらゆる手段を使って情報を集める巨大な監視国家だった。

ドイツ統一によって幸いシュタージは消滅したが、市民は引き続き違法に監視されていた。ドイツの一流企業、それも最大の電話会社であるドイチェ・テレコムが、個人情報を違法に集めて分析していたことが明らかになったのである。同社は2005年ごろ、監査役会で話し合われた会話の内容がニュース雑誌などにたびたび掲載されることに、頭を痛めていた。会社の内紛がすっぱ抜かれるのは、経営者にとって悩みの種である。そこで、情報を漏らした犯人を探し始めた同社は、監査役会に出席していた組合代表がマスコミに情報を漏えいしていると判断。証拠をつかむために、組合代表や、特ダネを書いた雑誌記者の通話に関するデータを集め、ベルリンの探偵事務所などに調査を依頼したのだ。

ドイツでも日本と同じく、企業のスキャンダルが次々に暴露されているが、今回の事件は非常に重大である。通話データは個人情報であり、第3者に渡して調査させるのは個人情報保護法に違反する行為だ。また、ジャーナリストの取材活動の自由を脅かすものでもある。通信網を運営する電話会社は、通話データを簡単に入手できる立場にあり、通信の秘密を特に厳しく守ることを求められる。そうした会社が、法律を破って通話データを悪用していたのである。倫理観のまひ、モラルの低下のひどさに戦慄させられる。

検察当局はテレコム本社などへの家宅捜索に踏み切り、当時社長だったカイ=ウーヴェ・リッケ氏と監査役会長だったクラウス・ツムヴィンケル氏が、違法な調査について知っていたかどうかに注目している。もしも検察庁の捜査によって、企業のトップが通信の秘密を侵害する行為を命じていたとしたら、ドイチェ・テレコムへの信頼は完全に地に堕ちるだろう。

コミュニケーション技術の発達によって、個人の通話や行動パターンなどを監視することはますます容易になりつつある。今回のテレコムによる違法監視は、便利なテクノロジーが実は両刃の剣であることをはっきり示した。

違法な監視を行っていたのはドイチェ・テレコムだけではない。スーパーマーケット・チェーン「リードル」も、従業員の行動を監視するために、隠しビデオカメラで店内を撮影していた。シュタージによる市民に対する監視や弾圧はなくなったが、モラルを失った民間企業による違法な監視活動はますます強まっているように見える。

「国家による暴力は恐ろしい。しかし、カネの暴力も危険だ」。違法監視の実態を聞くと、東ドイツ出身のある共産主義者が語ったこの言葉が、脳裏によみがえってくる。

13 Juni 2008 Nr. 718

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:10
 

大統領選と大連立政権の混乱

来年の総選挙を前に、メルケル首相率いる大連立政権で、内部対立が目立ち始めている。特に大統領選挙をめぐって、5月26日に社会民主党(SPD)が、ゲジーネ・シュヴァン氏を候補として擁立したことは、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)に強い衝撃を与えた。

CDU/CSUは、現職のケーラー大統領が続投することを希望している。連立政権を構成する二つの党が別々の候補を推薦するというだけでも、政府内部に強い不協和音があることを示している。だがCDU/CSUを最もいらだたせているのは、シュヴァン候補が大統領選の際に、左派政党リンクス・パルタイの票を必要とすることだ。

シュヴァン氏は、「左派政党が生まれたのは、ドイツ統一とグローバル化の結果であり、無視することはできない」という趣旨の発言を行っており、リンクス・パルタイに対して批判的な姿勢はとっていない。それどころか、「(自分を選ぶよう)左派政党と交渉はしないが話し合いは行う」と、意味深長な発言をしている。

メルケル首相をはじめCDU/CSUの幹部は、「シュヴァン氏の擁立によって、SPDがまた一歩、リンクス・パルタイに歩み寄った」と厳しく批判している。SPDのベック党首は、各州のSPD党支部が州議会で左派政党と連立することは承認しているが、「連邦議会では左派政党とは組まない」と発言している。しかしCDU/CSU側は、今回のシュヴァン氏擁立について、連邦レベルでもSPDが左派政党と協力しようとしている姿勢の表れだと見て警戒している。

一方、左派政党の赤い津波は、旧西ドイツの州にもひたひたと押し寄せている。5月25日にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州で行われた地方自治体選挙でも、リンクス・パルタイは躍進して6.9%の得票率を確保。一方、既成政党のCDUとSPDは得票率を大幅に減らした。西側でも、左派政党の「社会保障費の削減に歯止めをかけ、所得格差を減らそう」という訴えに共感する庶民が増えているのだ。

しかし、左派政党の綱領を読んでみても、現在の政府の財政状態で、本当に社会保障サービスを増やしたり、教育などのために500億ユーロもの投資を行ったりすることができるのかどうかが見えてこない。シュヴァン氏自身も、「リンクス・パルタイは、グローバル化に対するドイツの解答を提示していない」と分析している。

社会保障費削減は、長年の「ドイツ病」を治して失業者の数を減らすために、シュレーダー前首相が始めたものである。現在のドイツ社会の左旋回は、そうした「治療」に対する患者の強い拒否反応だ。

ドイツ人たちは、どちらの道を選ぼうとしているのか。来年の総選挙へ向けて、政局の動向から目を離せない。

6 Juni 2008 Nr. 717

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:11
 

選挙と年金改革

今年7月から、ドイツの2000万人の年金生活者が受け取る年金が1.1%引き上げられることが決まった。年金額はここ数年据え置きされてきたので、物価上昇率を考えると、実質減らされてきた。年金生活者たちにとってはグッド・ニュースだが、社会全体の視点で長期的に考えると手放しでは喜べない。

旧西ドイツは、高福祉国家として充実した公的年金制度を持っていた。しかし統一によって旧東ドイツの市民を受け入れた上、高齢化と少子化が急速に進んでいることから、このままの状態では破綻することが目に見えていた。このため前のシュレーダー政権は、年金制度が創設されて以来、最も抜本的な改革を行った。端的に言えば、公的年金の大幅な削減が始まったのである。

具体的には、保険料を払い込む人口が減ると支給額の伸びにブレーキがかかるように、年金の計算方法を変更した。また年金の受給開始年齢も、65歳から67歳に引き上げられた。

シュレーダー改革は「ドイツ企業の国際競争力向上につながる」として、財界からは大歓迎された。しかし、労働組合や市民の間では不評だった。社会民主党(SPD)への支持率が急落し、社会主義政党であるリンクス・パルタイがヘッセンやハンブルクでの地方議会選挙で大幅に得票率を伸ばした背景には、市民が社会保障改革に強い不満を抱いているという事実がある。リンクス・パルタイは、特に高齢者の間で着実に支持者を増やしている。

今回の年金引き上げは、来年の連邦議会選挙で得票率が大幅に下がることを恐れた、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の一部の政治家の強い要望に基づく。メルケル首相自身は、シュレーダー氏が始めた改革を続行することを基本路線にしているので、年金引き上げに批判的だったが、党内で亀裂が拡大することを恐れてしぶしぶ首を縦に振った。9月にバイエルン州議会選挙で得票率が下がることを危惧しているCSU内では、所得税減税を提案する声も強まっている。これもまた選挙対策にほかならない。

確かに現在、連邦政府の財政状態は数年前に比べて改善しつつある。その利益を市民に還元するべきだという意見も理解できる。しかし、シュレーダー改革の狙いは公的年金制度を長期的に安定させることにある。本来は財政状態が良い時に、将来に備えて蓄えを行うのが筋であろう。そう考えると、有権者を喜ばせるために一時的に年金を引き上げるというのは正しい政策だろうか。シュレーダー改革による年金の大幅カットで将来最も皺寄せを受けるのは、現在30代から50代の働き盛りの世代なのである。

今回の決定は、公的年金が選挙の道具として利用されつつあることをはっきり示しており、CDUなど与党が来年の選挙についていかに悲観的な見通しを抱いているかを浮き彫りにしたと言えるだろう。

30 Mai 2008 Nr. 716

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:52
 

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