Hanacell

大統領選と大連立政権の混乱

来年の総選挙を前に、メルケル首相率いる大連立政権で、内部対立が目立ち始めている。特に大統領選挙をめぐって、5月26日に社会民主党(SPD)が、ゲジーネ・シュヴァン氏を候補として擁立したことは、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)に強い衝撃を与えた。

CDU/CSUは、現職のケーラー大統領が続投することを希望している。連立政権を構成する二つの党が別々の候補を推薦するというだけでも、政府内部に強い不協和音があることを示している。だがCDU/CSUを最もいらだたせているのは、シュヴァン候補が大統領選の際に、左派政党リンクス・パルタイの票を必要とすることだ。

シュヴァン氏は、「左派政党が生まれたのは、ドイツ統一とグローバル化の結果であり、無視することはできない」という趣旨の発言を行っており、リンクス・パルタイに対して批判的な姿勢はとっていない。それどころか、「(自分を選ぶよう)左派政党と交渉はしないが話し合いは行う」と、意味深長な発言をしている。

メルケル首相をはじめCDU/CSUの幹部は、「シュヴァン氏の擁立によって、SPDがまた一歩、リンクス・パルタイに歩み寄った」と厳しく批判している。SPDのベック党首は、各州のSPD党支部が州議会で左派政党と連立することは承認しているが、「連邦議会では左派政党とは組まない」と発言している。しかしCDU/CSU側は、今回のシュヴァン氏擁立について、連邦レベルでもSPDが左派政党と協力しようとしている姿勢の表れだと見て警戒している。

一方、左派政党の赤い津波は、旧西ドイツの州にもひたひたと押し寄せている。5月25日にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州で行われた地方自治体選挙でも、リンクス・パルタイは躍進して6.9%の得票率を確保。一方、既成政党のCDUとSPDは得票率を大幅に減らした。西側でも、左派政党の「社会保障費の削減に歯止めをかけ、所得格差を減らそう」という訴えに共感する庶民が増えているのだ。

しかし、左派政党の綱領を読んでみても、現在の政府の財政状態で、本当に社会保障サービスを増やしたり、教育などのために500億ユーロもの投資を行ったりすることができるのかどうかが見えてこない。シュヴァン氏自身も、「リンクス・パルタイは、グローバル化に対するドイツの解答を提示していない」と分析している。

社会保障費削減は、長年の「ドイツ病」を治して失業者の数を減らすために、シュレーダー前首相が始めたものである。現在のドイツ社会の左旋回は、そうした「治療」に対する患者の強い拒否反応だ。

ドイツ人たちは、どちらの道を選ぼうとしているのか。来年の総選挙へ向けて、政局の動向から目を離せない。

6 Juni 2008 Nr. 717

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作