独断時評


国民の不安にどう答えるのか

今秋から来年にかけて、ドイツでは重要な選挙がいくつか行われる。たとえば今年9月には、バイエルン州議会選挙、そして来年には連邦議会選挙がある。これら選挙の重要な争点の一つは、国内で格差社会化が進む中、既成政党は国民の漠然たる不満にどう答えるのか、ということである。

2年前から景気が上向き、失業者数が減っているにもかかわらず、ブルーカラーだけでなくホワイトカラーの間にも将来に対する不安が残っている。特に前のシュレーダー政権が始め、メルケル政権が引き継いで行っている社会保障の削減によって、多くの市民が「仕事があるうちは何とかやっていけるが、病気になったり高齢になったら、自分は貧困層に属するのではないか」という不安を持っている。

先ごろ、ヘッセンとハンブルクで行われた州議会選挙で、社会主義政党・リンクスパルタイが躍進したのは、まさにそうした人々が政府に対する抗議票として選んだからである。(外国人である私は、彼らがネオナチ政党に投票しなかったのは良かったと思っている)リンクスパルタイの連邦議会入りは、確実と見られている。

また、多くの市民は、ドイチェ・バンクのアッカーマン頭取や、ドイチェ・ポストの元社長だったツムヴィンケル氏のように、毎年数億円を稼ぐ人々が庶民とは違う尺度で生きていることに腹を立てている。たとえば起訴されても、司法に金さえ払えば有罪判決を免れたり、身柄の拘束を避けたりすることができるからだ。マンネスマンのエッサー氏のように、会社は買収されて消滅するのに、数億円の退職金を受け取る人もいる。米英型の価値観が富裕層に浸透するほど、戦後の旧西ドイツが誇ってきた「社会的市場経済」に対する人々の信頼は揺らいでいく。

今年3月2日にバイエルンで行われた市町村選挙は、既成政党の地盤がじわじわと崩れていることをはっきり示した。キリスト教社会同盟(CSU)は自らの牙城で、前回選挙に比べて得票率を5.8%減らし、40%に落ち込んだのである。これは1966年以来、最悪の記録である。この保守王国バイエルンですら、市民は既成政党に強い不満を抱いているのだ。人々の怒りは、党首だったシュトイバー氏が辞任してから一気に表面に噴出した。CSU関係者は、この選挙結果に強い衝撃を受けている。

バイエルン州政府が、シュトイバー氏の悲願だった超高速列車トランスラピードの建設計画を葬った背景にも、人々の怒りを鎮めようというCSUの意図が感じられる。だがバイエルン州立銀行で、サブプライム危機による損失が増えていることはCSUにとって痛手である。一方、興味深いのは、バイエルンの市町村選挙で社会民主党(SPD)も得票率を2.5%減らし、むしろバイエルンでは少数派である緑の党が得票率を2.6%伸ばしたことだ。9月の州議会選挙、そして来年の総選挙でも、大きな波乱が起こるかもしれない。

23 Mai 2008 Nr. 715

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:52
 

健康保険ブルース

原稿の書きすぎのせいか、腱鞘炎(けんしょうえん)になった。左手首の関節に、時おり痛みが走る。このため整形外科医へ行こうとしたら、電話がつながるまでに15分もかかった。受付には、公的健康保険に入っている患者と民間健康保険に入っている患者の窓口が別々に設けてあった。見ていると、民間健保の加入者は優先的に診察してもらっており、待ち時間も公的健保の患者より短い。米国ほどではないが、ドイツでも医療制度が二つの階級に分かれ始めているのを象徴する光景だった。

公的健保に入っている市民は、民間健保に入っている市民に比べて、診察や検査のために待たされる日数がはるかに長くなる。一方、民間健保では、家族一人ひとりの保険料を払わなくてはならないので、保険料が公的健保よりもはるかに高くなる。

この国では、民間健保の被保険者は10%にすぎない。だが公的健保と違って、医師が請求できる診療報酬には上限が設けられていないので、彼らにとっては重要な収入源なのである。ある皮膚科の医師が、「我々は、民間健保に入っている人々のおかげで生き延びているのです」と自嘲気味に語っていたことがある。またすでに、民間健保に入っている患者以外は診察しない医師も現われている。

いよいよ来年から、メルケル政権の社会保障改革の目玉である健康保険基金制度がスタートする。これにより公的健保の患者は、これまでとは異なり、この健康保険基金に保険料を払い込み、公的健保の運営機関(クランケンカッセ)は、同基金から資金を受け取ることになる。

ドイツでは現在、健康保険に入っていない市民が増えている。そのため政府は、無保険者を減らすために、民間健保に公的健保と同範囲をカバーする「基本タリフ」の商品を開発させようというのだ。それにより民間健保会社は、基本タリフの商品を望む市民には、リスクにかかわらずこの商品を売らなくてはならなくなる。しかし、基本タリフの商品が生まれることによって、現在の民間健保の保険料は大幅に高くなる見通しとなっており、民間健保会社は、基本タリフの商品販売を強制されることを不服として、連邦憲法裁判所に提訴している。

米国では患者は、病気にかかって検査や治療を受ける前に保険会社に電話して、その治療行為が保険でカバーされるかどうか事前にたずねなくてはならないケースがある。高額な治療費がかかっても、保険会社が支払わないことがあるからだ。同国では、治療費を払うことができず破産する市民すらいるのだ。

ドイツでも高齢化が進んでいることから、改革によって医療費の増加に歯止めをかける必要があることは確かだ。しかし、ドイツが米国のように「医は算術」の世界になることだけは避けてほしいものだ。

16 Mai 2008 Nr. 714

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:51
 

BNDによるマスコミ監視の危険性

対外諜報機関である連邦情報局(BND)が、またも世論の批判にさらされている。BNDの要員が、シュピーゲル誌の女性記者ズザンネ・ケルブル氏のメールをおよそ半年間にわたって傍受していたのだ。

BNDは、アフガニスタンのある大臣が、過激組織タリバンを支援しているのではないかという疑いを抱き、大臣が使っているコンピューターにいわゆる「トロイの木馬」と呼ばれるウイルス・ソフトウエアを仕掛けた。このソフトを使うと、メールを盗み読みできるだけでなく、コンピューターを使って作成した文書まで、自動的に入手することができる。

BNDは、2006年にケルブル記者がこの大臣とメールのやりとりをしていることに気づいたが、内容を盗み読みして記録するだけで、シュピーゲル側には今年になるまで連絡しなかった。

スパイ機関がマスコミを監視していたのは、今回だけではない。2年前、BNDが国内の記者たちの電話を盗聴するなどしていたことが明らかになり、議会関係者から強い批判が浴びせられた。BNDの主要任務は、外国人に関する情報を集めることであり、自国民、それも言論機関の監視を行うことではない。

このスキャンダルが明るみに出たにもかかわらず、スパイたちはケルブル記者のメール交信を傍受し続けた。内部告発の手紙がシュピーゲル誌などに送られなかったら、この違法行為は永久に闇に葬られるところだった。

BNDのウアラウ長官は、ドイツで諜報活動に最も詳しい官僚の一人だ。イスラエルとパレスチナ自治政府を仲介して、ケルン・ボン空港を舞台にした捕虜交換を成功させるなど、その手腕が高く評価されてきた人物だ。その諜報のプロが、なぜこのような活動を野放しにしていたのか、理解に苦しむ。辞任を求める声が高まるのも、無理はない。記者は、取材活動を通じ、テロ容疑者も含めて、捜査当局が接触できない人物にも会うことができる。スパイ機関にとっては、絶好の監視対象である。だが、スパイ機関に盗聴されていると思ったら、記者は自由な取材活動を行うことができなくなる。ジャーナリストにとって、情報源を守ることは基本中の基本だからである。ニュースソースとの会話がスパイ機関に筒抜けになっていたら、ジャーナリストは取材先との信頼関係を保つことができない。

その意味で、今回の傍受事件は、言論の自由やマスコミの独立性を脅かすものとして、重く見られなくてはならない。BNDで働く人々は、重要な情報を入手するために、国外でその国の法律に違反しても、上司からはとがめられない。だがドイツの法律や原則に違反することは許されない。企業だけでなく、BNDでもコンプライアンス(法令順守)意識を徹底させることが重要なのではないか。

9 Mai 2008 Nr. 713

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:51
 

ハンブルクの実験

ドイツ北部で、この国の政治史上、例のない試みが行われている。州と同格のハンブルク市で、保守党であるキリスト教民主同盟(CDU)と緑の党を代表するグリュン・アルタナティーヴェ・リステ(GAL)が、初めて連立政権を作ったのである。

国内各地のGALのほとんどは、かつてシュレーダー政権に参加した緑の党・連合90には属していないが、ハンブルクのGALだけは緑の党の州支部(Landesverband)である。GALは1982年の州議会選挙で7.7%の得票率を確保し、初めて州議会入りするなど、ハンブルクに確固たる支持層を持つ。一見、黒(CDU)と緑(GAL)というコンビは、火と水のように異質な物の組み合わせのように思える。それだけにこの連立政権は、これまでの政界の常識を破るものだ。

確かに、政策の方向を示す連立条約を見ると、CDUがGALに様々な譲歩をしたことがわかる。たとえば今、多くの国民にとって大きな関心事である教育問題では、GALの要求が大幅に取り入れられた。小学校への通学期間を伸ばしたり、託児所や全日制の学校を増やし、両親が安心して働ける環境を整えたりするというのはGALの主張である。エルベ川の改修工事についても、連立条約は環境保護に大きく配慮することを明記した。

だが今後、両党の対立につながる火種も残っている。たとえばエネルギー問題は、CDUと緑の党の主張が大きく食い違うテーマである。緑の党は、モーアブルクに電力会社ヴァッテンファルが建設している石炭火力発電所に、あくまでも反対の姿勢を崩していない。CDUはむしろエネルギーの安定供給を重視し、電力会社側の立場を代表することが多い。連立条約も、この問題については姿勢を明確にしていない。

大きく譲歩したように見えても、この連立で得をするのはCDUである。現在、ドイツ社会では、所得格差が広がっているために左派政党が勢いを増しつつある。その中で、CDUが環境政党と手を組むことは、保守政党に「進歩的」なイメージを与えるかもしれない。メルケル首相(CDU)も、黒・緑連立には前向きな姿勢を示していた。バーデン=ヴュルテンベルグ州のエッティンガー首相が「黒・緑連立は中央政界でもありうる」と発言したのも、同じ文脈の中にある。

一方、イメージ面で損をするのは緑の党かもしれない。左派政党にとって保守派と組むことは、政策が現実的なものになるという利点はあるが、「リベラル政党」としての特徴がぼやけて、個性がなくなる危険をはらんでいる。緑の党でも左派に属する党員の中には、CDUとの連立に落胆した人もいるに違いない。

さらに、CDUが緑の党と組んだ背景には、CDUにとって、急速に左派傾向を強めつつある社会民主党(SPD)との連立が難しくなったこともある。SPDのベック党首が、ヘッセン州で左派政党リンクスパルタイとの連立を認めたからである。SPDにとって、旧東ドイツの政権党SEDを母体とする党と組んだことは、重大な一線を越えてしまったことになる。このことは、来年の連邦議会選挙にも大きく影を落とすに違いない。

2 Mai 2008 Nr. 712

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 09:12
 

どうなる?将来のエネルギー

ドイツは、世界でも1年当たりの停電時間が最も短い国の一つ。エネルギーの供給が比較的安定している国なのだ。同時にドイツ人は、世界で最も環境保護に熱心な国民に属する。このため、原子力発電に対する市民の不信感は根強い。前のシュレーダー政権に加わった緑の党は、世界の主要経済国では例がない原子力廃止を実行に移した。この政策に変更が加えられなければ、2020年頃には、ドイツから原子力発電所が完全に姿を消すことになる。05年にエムニード研究所が行った世論調査によると、回答者の70%が脱原子力政策に賛成している。また75%が「自分の家の近くに、原子力発電所が建設されるのはごめんだ」と答えている。

問題は、全発電量の30%近くを供給している原子力を何によって代替するかである。連邦政府は、風力や太陽光などの再生可能エネルギーの比率を20%前後まで高めようとしている。しかし、風や太陽光は不安定で、常に電力を生んでくれるとは限らないので、万一の際にバックアップする発電能力が必要である。「再生可能エネルギーの信頼性が低いので、補完する発電所が必要だ」ということは、緑の党のエネルギー専門家たちも認めている。

電力業界は、二酸化炭素(CO2)の排出量が少ない、近代的な石炭火力発電所を建設することによって、原子力や再生可能エネルギーを補完しようとしている。しかし、昨年11月には、大手電力会社RWEがザール地方のエンスドルフ石炭火力発電所を改築し、より燃焼効率が良いタイプに変更しようとしたところ、住民投票で市民の70%が反対したため、計画が暗礁に乗り上げてしまった。またハンブルク近郊のモーアブルクでは、電力会社が新しい石炭火力発電所を建設しようとしたが、監督官庁から許可が下りないため、今月14日に市当局を訴えた。同市の連立政権に加わると見られている左派政党GALは、この発電所の建設に反対している。

つまり全国各地で、原子力反対運動の次は、地球温暖化との絡みで、石炭火力発電所への反対運動が頭をもたげ始めているのだ。CO2の排出量を減らして、温暖化に歯止めをかける必要があることは理解できる。だが、原子力と石炭火力を両方とも廃止して、ドイツの経済力に悪影響は出ないのだろうか。

ドイツ・エネルギー機関(DENA)は、「発電所建設計画に次々に待ったがかけられているため、2020年には発電所15カ所分に相当する発電能力が不足する可能性がある」と指摘している。住民の反対運動のためにプロジェクトが頓挫することを恐れて、投資家は石炭火力発電所への投資に尻込みするかもしれないというのだ。

ドイツ国民は、電力の安定供給を犠牲にしてでも、一種の「環境ロマン主義」を貫こうとしているのか。メルケル政権は、一刻も早く長期的なエネルギー戦略について、社会的なコンセンサス(合意)を作り上げるべきではないだろうか。

25 April 2008 Nr. 711

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:49
 

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